千三百五十三話 女将ハブラゼル
2024年1月29日 23時52分 最後、ラコザラエムの部分を少し修正
通路の奥の暖簾が少し揺れている。
その厨房が覗ける通路から現れたのは白っぽい着物を着た女性。
彼女が女将のハブラゼルさんだろう。
キサラがカウンター越しに、
「あ、女将、此方の男性がシュウヤ様、背後の皆が眷属で仲間です」
「はい、シュウヤ様と、皆様――」
ハブラゼルさんは、通路内で、お辞儀をしてくれた。
背後にいた料理人たちが此方を見やる。
廃墟から路地に出た時にも一度見ているが、料理人の中には女性もいた。
と、ハブラゼルに――。
お辞儀を返すように頭を下げる。
先にお辞儀を終えたハブラゼルさんは、俺をジッと見てからサシィたちをチラッと見た。島田崩し風の黒髪が少し揺れる。
その黒髪には赤色のグラデーションが掛かっていた。
魔力も帯びているし、髪薬の効果かも知れない。素敵だな。
綺麗な銀と金の魔力を有した簪が、その黒髪に刺さっていた。
細い眉は整えられている。
瞳は黒色と焦げ茶色で、<血魔力>のような魔力を有している。
鼻は高く、頬はほんのりと赤い、細い顎と首筋が魅惑的。
そして、白を基調とした着物は薄らと蒼色も入っているから涼しげだ。
更に薄らと見る角度で変化するような蒼色と紫色の牡丹と似た花模様もあるようだ。それでいて、和の素材なんだから素晴らしい着物だ。
相当な高級品なんだろうな。
俺の知る日本の現代でも、あの見る角度で花模様が変化する和服なら売れるだろうし、大人気間違いなしだ。
帯紐はレンとは違い細い。
帯揚げと巾着袋の先端が繋がっていてお洒落だ。
そのハブラゼルさんはカウンターに内に寄った。
カウンターの端は受付台か、その台の上に持っていたお洒落な帳簿を置いた。
客の名簿か、仕入れと支出が記載されているのかな。
端のカウンターの上には天秤と分度器に小型金庫と羅針儀のような物が鎮座。
他にもペン立てに納まる筆ペンが置いてあった。
それらの品すべてに魔力が内包されている。
ハブラゼルさんは、
「――皆様、キサラ様から重に話は承っております。改めて、このハブラゼルの魔宿にようこそお越しくださいました、非常に嬉しい思いです」
と、女将らしく挨拶してくれた。そして、ニコッとしてくれた。
美人さんの笑顔とか最高じゃないか、嬉しい。
そのハブラゼルさんは、微妙に照れている俺をジッと見てから皆を見る。
そして、口紅が魅力的な小振りの口が、
「……皆様、私の名はハブラゼル。普段は女将か、ハブラゼルとお呼びくださいな……宿内に居れば直ぐにでも皆様の下に駆けつけますので」
と発言。その口調から威厳的なモノを感じた。
レンとは、また違う着物美人さんだ。
「ん、女将のハブラゼル、こんにちは、わたしの名はエヴァです」
「はい、エヴァさん、こんにちは、あ、階段用の補助道具を出します」
「ん、ありがとう、でも大丈夫。魔導車椅子のまま浮かぶこともできる。あと――」
とエヴァは座っていた魔導車椅子ごと体を少し浮かせる。
「あら本当に、飛行術系統の魔法、スキルが使えるのですね」
ハブラゼルは笑顔で納得したように発言。
エヴァは「ん」と息を吐くように微かな声を発して、細い両腕と背中から濃い紫色の魔力を放出――。
ゆらりゆらりと紫色の魔力が揺れながら大気に消えていく。
その姿は、可憐だが、まさに、エスパーだ。
エヴァっ子だから可愛すぎる。
と、エヴァと共に浮いていた魔導車椅子が瞬時に分解され、溶けながら金属の細かな部品と成って、エヴァの骨の両足へと吸引されて吸着しては、金属と骨の足と筋肉が融合して、金属の両足となった。
相変わらず踝と踵の金属が渋い。
エヴァはその金属の足で床に着地した。
金属音は重そうに聞こえる。
女将のハブラゼルは驚いて、
「え! 凄い、一瞬で金属を溶かし部品を組み合わせた……? その金属の足で自由に動けるのですか」
と発言しつつエヴァの金属の足を凝視。
内部の機構はかなり細かいからな……。
「ん、動ける」
「凄まじい」
「ふふ、ありがとう、昔はトンファーを使ってた」
とエヴァは、両腕の裾から錬魔鋼と霊魔鉱を融合したトンファーを伸ばす。
「これを使って歩いていたことが多かった」
懐かしい黒トンファーだな。
ハブラゼルはエヴァに同情したような表情を浮かべ、
「そうだったのですね……」
と発言した。
エヴァは頷きつつ黒トンファーを掲げ、
「ん、大切な〝武器〟で、大切な〝足〟があったから今がある」
と言いながら俺を見てきた。
エヴァの眼差しには熱の他に感謝の念が感じられた。
エヴァは優しげに微笑んで、
「シュウヤと出会ってなかったら、まだ、この黒トンファーと義足を使う生活が続いていたはず。そう思うと怖い」
と顔色を悪くしていた。
そんなエヴァを大丈夫だと言いたくて、抱きしめたくなった。
ハブラゼルは、
「義足……」
「ん、大丈夫、当時は鋼魔士で義足も立派な武器で防具だった。クロスボウ型義足もあったし、鉄槌義足でモンスターを踏み潰して倒したこともある」
「え、あ、そうなのですね、現状も凄まじく洗練された<魔闘術>系統に<導魔術>使いのようで、金属使いの戦闘職業も持っていると分かりますよ」
女将のハブラゼルの発言にエヴァは「ん、ありがと」と少し照れていた。
そのエヴァは俺を見ながら、
「わたしが成長できたのは、ペルネーテの迷宮でシュウヤに助けてもらったから、そのお陰で、光魔ルシヴァルの<筆頭従者長>にしてもらえたの。わたしはあの時に救われたとも言える。ミスティとも出会えて、金属類の研究も研鑽できた。先生と再会できた。お父さんとお母さんに愛されていたことを知った。呪っていた骨の足が最大の恵みだってことに気付くことできた。だから、感謝しかない」
エヴァの途中から涙目になって語っていた、心に響く。
少し静かな空気となったところで、エヴァの肩に手を当てた。
「ん、ごめん」
「いやいや、謝るなって、此方こそエヴァに感謝だ」
「ん――」
エヴァに抱きしめられた。
「はは」
「ん」
エヴァは見上げてくる。
頬を赤く染めていた。可愛いが、皆がいる、エヴァも直ぐに離れた。
「ん、皆、自己紹介を続けて」
「「ふふ」」
「ふふ、おのろけエヴァも可愛いのでずっと見ていられます」
キサラの言葉にエヴァが、「ん、もう!」と少し怒っていた。
キサラとエヴァが可愛い。
すると、ヘルメが、
「では、自己紹介を再開しますよ、ハブラゼル、わたしの名はヘルメ――」
と頭を下げたヘルメは頭を上げて、
「閣下と共に最上階の高級な部屋に泊まらせていただきます。宜しくお願いします。水を扱いますから、ピュッとしてほしかったら言ってくださいね、植木ちゃんも好きなので、よかったら植木ちゃんの紹介もしてほしいです」
と話をすると、ハブラゼルは、
「う、植木ちゃん……植物が好きなのですね」
「はい!」
鷹揚に両腕を動かし、その細い両腕から霧のような水飛沫を放っていた。
ハブラゼルは、
「わぁ、綺麗な水……キサラ様やゼメタスとアドモス様から聞いていましたが、ヘルメさんは……水の精霊様で……」
「はい」
「……な、なるほど……」
ハブラゼルは、ヘルメを凝視。
ヘルメの両腕と水の衣からは、煌びやかな水飛沫が一定のリズムで踊るように放出されている。
初見だと驚くのも無理はない。
水の衣は、時々体から出た水に当たり、透ける時がある。
ムチムチとした張りのある肌と衣装が顕わになることもあるから、最高なんだ。
と一人エロい感想を持っていると、
「わたしの名はグィヴァです――御使い様と皆様と共に泊まらせていただきます」
グィヴァも名乗って頭を下げてから、宣言。
と、体から小さい雷鳴を響かせてきた。
ハブラゼルは「え? 雷鳴?」とグィヴァの体とグィヴァの周囲を見回す。
と、ハブラゼルは魔眼持ちか、自然と双眸の虹彩にルーン文字のような魔法文字が出現し、クルクルとそれが回る。
と、眼球の前に薄い積層型の魔法陣が浮かんでいた。
が、ハッとして直ぐにその魔眼を消していた。
グィヴァもだが、ヘルメ、エヴァ、キサラは俺をチラッと見てきた。
皆の視線の意味は分かる。
『今の魔法陣は怪しい?』
『ハゼラゼルは強者?』
と言う感じだろう。
続いて、
「わたしの名はエトア、高級な部屋は久しぶりで、楽しみでしゅ」
「――イモリザッ、でぇす♪」
イモリザは独特のポージングで挨拶をした。
「わたしの名はサシィ、よろしく頼む」
続いてペミュラス、ナロミヴァス、ヴィナトロス、バミアル、キルトレイヤも挨拶していく。
全員の挨拶を終えると
「皆様、食事は抜きとキサラ様から言われてますが、魔宿の施設は自由に使ってくださいね。個別に、踊り子ラミレース、ヒミコ、白拍子の遊女トイコ、按摩師デンザブロウ、キイチロウ、マイ、トモコや、娼襠子の踊り屋ヤマダ、ガン、嫖妓キン、アイコの指名が可能です。必要の際は私か妹に申しつけくださいな」
ハブラゼルの魔宿にも、芸者、舞子に娼婦と男娼がいるのか。
直ぐにキサラが、
「ハブラゼル?」
強い声で警告。
「……キサラ様? 私たちも商売なので……」
「それは分かっていますが……」
と娼婦のような存在を、俺には言うなと、言っていたようだ。
そのキサラは俺を見て、
「按摩師以外の女たちと個別に遊ぶのは控えてくださいね」
見知らぬ文化は気になるが、女遊びはしない。
独り身なら違っただろうが、キサラも、とびきりいい女だしな。
「おう」
「ん、シュウヤのヴィーネが言う見知らぬ文化を知りたいって好奇心は分かるから、わたしたちか、眷属を連れての遊びならいい?」
「あ、そうですね、えっちなことが無ければなんでもいいんですが」
「ん、それは当然」
エヴァとキサラは頷き合う。
俺も頷いた。エヴァは優しく微笑む。
キサラは安心してくれたように肩の力を抜いていた。
女将のハブラゼルは、俺たちの様子を微笑ましく見ている。
そのハブラゼルは、
「ふふ、シュウヤ様は、もてもてのようで、女遊びは必要ないようですね。では、ここはキサラ様たちに協力しましょう、ラミレース、ヒミコ、トイコ、キン、アイコたちにはシュウヤ様を個別に誘わないように注意しておきます」
「良かったです」
「「「おぉ」」」
「ん、女将、気が利く!」
女性陣から歓声が上がる。
闇の悪夢アンブルサンも混じっていたのが面白かった。
褒められたハブラゼルさんは、ニコニコと笑顔となって、
「はい、当然のことです!」
と発言、ハブラゼルさんも和服が似合う美人さん。
同時に、自然と気が引き締まる。
すると、ヘルメが、
「ふふ、閣下は女性が大好きですが、キサラやエヴァたちのほうが魅力的ですからね、あ、でも媚薬入りの魔酒を仕込まれたら、分かりません? うふ」
ヘルメが、また危なげなことを……。
そのヘルメはキサラたちに笑みを送って「ふふ、冗談です、気にせず――」と言いながら、片腕を俺に向ける。
と、俺の背中側に移動してきた。
その片腕の細い指が<魔戦酒胴衣>と合わせていた肩の竜頭装甲に触れると、
「ングゥゥィィ」
と鳴いたハルホンク。
液状化したヘルメの動きに合わせて胴衣の一部を変化させてきた。
ヘルメは俺の背中を覆うような水外套と成る。
と言っても<魔戦酒胴衣>はスキル。
元々胴衣の端の素材は、液状だが個体という不思議素材の繊維を持つ胴衣だから、ヘルメの水マントが元々の装備にも見える。
そして、ヘルメは最近お気に入りの水マントか、液体状の外套を、女将のハブラゼルに披露したかっただけかな。
ハブラゼルは、
「……凄い、顔と上半身の一部を残してシュウヤ様と融合とは……ヘルメ様は精霊様なだけはありますが、器用な武装魔霊でもある」
「おう、グィヴァも精霊だ」
「はい――」
浮いているグィヴァは闇雷精霊の力を見せるように――。
右腕と右足を雷状の剣に変化させた。
床に右足から出ている電弧放電の一部が床に当たりそうで当たらない。
「おぉ……畏れ入りました……」
ハブラゼルは畏まるような姿勢となる。
そのハブラゼルに、
「ハブラゼル、驚いているところ悪いが……いいか?」
「はい」
「キサラから聞いたが、俺に血のことで話があるとか」
「あ、はい、吸血神ルグナド様の血筋ではないようですね」
「それが分かるということは、ハブラゼルは……」
「はい、吸血神ルグナド様の<筆頭従者長>から離脱した元<筆頭従者長>ラコザラエムと<筆頭従者>たちです」
「……一族もろともの〝血魂の逆紙帛〟か」
ビュシエが少し怒っているような印象で、秘宝の名を告げる。ハブラゼルは、驚いて、
「え、どうして、その秘宝の名を……」
続きは明日。
HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1~20」発売中。
コミックス1巻~3巻発売中。




