千三百五十二話 魔猫ブギーと、うり坊のような魔獣
ハブラゼルの魔宿の建材の大半は木材と鋼外だと思うが、壁には硝子と樹脂が使われているような印象だ。
四階、三階、二階の外壁と軒の端の雨樋には魔族たちが様々な存在と争う様子の意匠が施されていた。
外壁や軒にも、雨樋の芸術と合う雄大な【メイジナ大平原】を意味するだろう景色のようなモノが刻まれてあった。
かなり渋い宿だな。
魔地図的な意味もあるのか?
【レン・サキナガの峰閣砦】の周辺地図にも見える。
俺たちが泊まる予定の最上階以外にも、部屋が沢山ある。
そして、地面より少し高い位の板の間は俺たちがいる通り側に延びている。
そのテラスの端には太い柱が並び二階と三階のベランダと部屋を支える造りだった。
テラスには、丸いテーブルと椅子が数セット設置されていて複数のお客が、そこで羊羹的なお菓子を食べてティーカップに入った紅茶を飲んでいた。
二眼四腕の魔族の女性だ。
二つの色違いのティーカップを細長い二つの手で持つ仕種は優雅だが、装備はどれもマジックアイテム。武器は出していないが、身なりは冒険者風。
アイテムボックスは確実に持つ。
かなりの強者と分かる。隣にいる方も強者だろう。
黒髪の丁髷、侍で、面頬はテーブルに置いてある。
鎧は和洋折衷の防護服、魔剣師かな。冒険者風だ。
あ、ここでは魔傭兵と呼ぶべきか。
ずんぐりむっくりな、四眼二腕の魔族も居た。
あの魔族は初見だ。ドワーフと少し似ている。
首の後ろ骨が飛び出ていた。先端が刃にも見える。
四眼三腕なのか? 興味深い魔族さん、観察したいが……左端も気になった。
テラスの板の間に、樽と麻袋と木箱が積まれた場所がある。
そのテラスの先の路地、否、路地の下のほうから水が流れている音がある。
そこから、背に袋を担いだ四眼四腕の魔族が現れた。
袋を担ぐ三人の魔族たちはテラスの板に荷を降ろす。
路地の先に船寄せ場もあるようだ。
【レン・サキナガの峰閣砦】の下にも多数の堀があった。
下水道設備も整っている。
近くの【メイジナ大平原】には、ハイム川のような大河はないが、小さい川と水田は見かけていた。
【レン・サキナガの峰閣砦】の背後は山のような印象だから、奥には水源がある?
それか地下水が豊富なのかも知れない。
と浄水設備もあるなら人口は十万人以上はあるかも知れないなと、考えつつ、二階と三階の軒の上を器用に魔猫の群れが列を成して歩いていた。
可愛い。
狭いところを器用に歩く猫の姿はセラでもよく見かけたが……。
一列に並んで歩く姿は珍しい……。
猫島にでも来た気分となった。
と、うりぼうのような小型魔獣も軒先をトコトコと歩いているではないか!
「あ、ここにも魔猫ちゃんたちがいるのですねぇ、あ、魔獣ポプンもいまちゅ、可愛い~」
と、小さいエトアの発言に頷いた。
あれが魔獣ポプンか。かなり可愛い。
ゼメタスとアドモスが興奮するのも分かる気がする。
成猫の黒猫と銀灰猫が少しハブラゼルの魔宿に近付きつつ見上げて、
「ンン、にゃぉ~」
「にゃァ」
と、軒先にいた魔猫たちと魔獣ポプンに向けて挨拶している。
魔猫たちは俺たちを見て、早速、
「「「ンンン――」」」
と喉声を発しながら続々と手慣れた調子で降りてきた。
太ましい魔猫は二階の軒から飛び降りる。
と、樽の上の座布団に着地を狙ったようだが、失敗し、転けた。
樽も倒れてしまうと埃が舞った。
と、周囲で珈琲を飲んでいた客が、
「ブギーなにすんだい!」
「にゃごぉ」
と太ましい魔猫は逆ギレしつつテラスから降りた。
地面の上で片方の後ろ脚を斜めに上げながら、スコ座り。
と、お尻か腹を舐めるように頭部を下腹部に向ける。
ブギーは、お尻をぺろぺろし始めた。
舐めているから痛かったのかな。
その間にも、ハブラゼルの魔宿にいたであろう魔猫と魔獣ポプンのうりぼうのような可愛い魔獣たちが黒猫と銀灰猫の前にぞろぞろと集まってきた。
面白いし、ここは魔猫天国だったのかと少し興奮。
うり坊のような魔獣が可愛すぎる。
が、母親が近くにいるんではないか?
と周囲の通りを見回した。が、いない。
黒猫と銀灰猫はエジプト座りで堂々とした態度。胸元の毛が凜々しい。
そして、猫は猫なりの流儀があるんだろう。
「ンン、にゃ、にゃ、にゃぁ~ん」
「ン、にゃァ、にゃ、にゃ、にゃ、にゃぉん~」
黒猫と銀灰猫は魔猫たちに何かを伝える。
喉の毛をふるふる振動させる、その一生懸命さが可愛い。
と、ハブラゼルの魔宿の客に、ブギーと呼ばれていた魔猫が、お尻を舐めるのを止めてムクッと立ち上がる。
鈍さが可愛い。
ブギーは、のしのしと、ドワーフ的に歩いているから老猫?
黒と白のゼブラ模様で毛並みは白黒猫と似ている。
手足が白いから白いソックスを履いているように見えた。
妙に可愛い。
そのブギーが、黒猫と銀灰猫の前でエジプト座りを行う。
尻尾で地面に弧を描くように小さい白い両足を隠すように巻いた。
少し警戒していると分かる。
え、あ、首には魔力を有した鈴が付いた首輪を嵌めていた。
斑の魔猫ブギーは飼い猫か。
しかし、膨大な魔力を有した首輪に鈴か……。
白猫を思い出す。
「……にゃ、にゃお、にゃっ、にゃ~」
と、ブギーが鳴く。
黒猫と銀灰猫は、
「にゃお、にゃ~、にゃ、にゃん~」
「ンン、にゃ、にゃお、にゃごぉ~」
と鳴き返すようにコミュニケーションを行っていた。
銀灰猫は黒猫の前に少し出ながら鳴いていたが、直ぐに黒猫の触手に引っ張られて退いた。
その直後、「にゃご!?」とブギーが驚き、双眸を見開く。
口も少し広げていたから面白い。
背後の数匹の魔猫たちも驚いて後退る。
黒猫は、首下から伸ばしている先端がお豆型の触手をくるくる回す。周囲の魔猫たちは、その動きに釣られるように頭部をぐるぐる回す。面白い。
黒猫は、
「にゃ~、にゃ? にゃ、にゃ~にゃぉ~」
とドヤ顔気味に鳴いていた。
回していた触手を収斂させて仕舞い、元の黒猫に戻る。
すると、周囲の魔猫たちは尻尾をピンと立てながら、
「「にゃぁ~」」
「にゃ、にゃ~」
「にゃお~」
「にゃごぉ~」
「にゃんだふる~」
「にゃんご~」
と鳴きつつ相棒たちに寄った。
黒猫と銀灰猫たちに鼻を寄せていく。
黒猫と銀灰猫も鼻を突き出した。
魔猫たちと鼻キスをすると、互いの体を寄せる。
匂いを嗅ぎ合う。
……お尻の嗅ぎ合いとなった。
と、銀灰猫は魔獣ポプンのお尻の匂いをふがふがと嗅ぐと振り向いて、俺に何かを報告するような顔付きを見せる。
が、直ぐに『にゃ?』という顔付きとなって、もう一度、うり坊と似た魔獣ポプンのお尻を嗅ぐと……。
「にゃ……ごぉ」
と変な鳴き声を発して、俺たちを見る。
鼻袋が膨らんで口を広げて牙と舌を晒す。
くちゃ~な、フレーメン反応となっていた。
「メトちゃん鼻が膨らんでる~ふふ~」
「はは、はい~」
「ははは」
「魔猫の園に、可愛すぎる~」
エトアたちから笑いが起きる。
すると、ブギーも「にゃ……」と弱く鳴いてから、黒猫と銀灰猫に鼻先を当てて皆と同じように挨拶をしていた。
仲良くなったから良かった。
魔猫たちからスキンシップの嵐となった。
「「「にゃ、にゃ~にゃ」」」
「「にゃん、にゃ~」」
「「にゃおおお~」」
と、魔猫たちの井戸端会議か。
前にもあったなぁ……。
すると、数匹の成猫が、黒猫と銀灰猫に頭を下げる? と右の廃墟とハブラゼルの魔宿の間の路地へと誘うように鳴いては振り返ってきた。
「ロロとメト、ハブラゼルの魔宿の魔猫たちと仲良くな、遊んできていいぞ」
「にゃ、にゃお~」
「ンン、にゃァ~」
黒猫と銀灰猫は俺に頭部を向けて鳴く。
案内されている魔猫たちに付いていく。
「ん、ロロちゃんとメトちゃん、後でちゃんと戻ってきてね」
「「にゃ~」」
エヴァにちゃんと返事をしていた。
「魔猫の世界が、仁義なき戦いではないことを願うが……ハブラゼルの魔宿の縄張りを黒猫と銀灰猫が得たのかも知れない」
「ん、ロロちゃん黒女王のような気品があるからね」
「あぁ」
「はい♪ サイデイルでも動物たちには大人気でした」
「ん、メルのとこでも白猫がいたし、あ、太っちょの魔猫だけど、シュウヤは気付いた?」
「あぁ、首輪と鈴か?」
「ん、そう、白猫のような印象、もしかしてアブラナム系の荒神マギトラのような存在があの鈴の中に潜んでいるかも知れない」
あの鈴は緑封印石の首輪のようなマジックアイテムの可能性があるってことかな。
「その可能性はある。吸血鬼繋がりもあるようだし、ヴェロニカのことも頭に浮かぶ」
「ん、たしかに【天凛の月】の前身の【残骸の月】の総長のメルのような方が、ハブラゼルの魔宿の女将かも?」
と冗談的に語る。
続いて、ヘルメが、
「あり得ますね。魔傭兵ドムラチュアの連絡役がこの魔宿を利用するのも、もしかすると……」
「はい」
そこで黙っているナロミヴァスたちに視線を向ける。
「はい、魔界セブドラの街にも当然に闇ギルドはあります。神々や諸侯の僕が多いですが、それは地方ごとによるかと思いまする」
とナロミヴァスが教えてくれた。
闇の悪夢アンブルサンが、
「裏社会はセラと似ていますが、神々の怒りに触れたら即全滅ですから、あまり目立ったことはしません」
「なるほど、小規模の範疇なら」
「はい、あり得ます」
アンブルサンの言葉にキルトレイヤとバミアルなど、皆が頷いた。流觴の神狩手アポルアも頷くが、特に意見はしないようだ。
渋い。
すると、エトアが、
「闇ギルド、闇の結社、魔傭兵、力の差はそれぞれ異なると思いますが、大抵、どこの街にもありましゅ。諸侯の紐付きが殆どですが」
エトアも捕まる前は旅をしていたんだったか。
盗賊が得意な友達もいるんだったな。
そのことではなく、
「納得だ、そして、魔商人、闇商人、大魔商と呼ばれる存在と関連している?」
「はいでしゅ」
エトアの語りに頷いた。
デラバイン族にもいたのだろうか。
【バーヴァイ平原】のデラバイン族はバーソロンの手勢以外は、紡績工が殆どだと思うが、【廃城デラバイン】と【デラバインの廃墟】に住まう者たちのことはあまり知らない。
バーソロンも、あまり言わないのは……。
魔界王子テーバロンテから支城を任せられていたこともあるだろう。
地元の有力者と揉めて護衛部隊と共に長く板挟みだったことは聞いている。
仲間のデラバイン族から酷く言われていた。
闇ギルドも戦力になるのなら、魔界王子テーバロンテもバビロアの蠱物などを使って抱え込むだろう。
綿は、インドワタの変種と似た魔綿畑。
蚕から採れるような絹糸っぽさもある。
アメンディ様の魔法の糸車は綺麗だったな。
と、少し脱線した。
ま、何かあったってことは半々ぐらいで考えておくか。
保留だな。
と、考えていると、エヴァがハブラゼルの魔宿を見て、
「テラスのカフェはお洒落、レベッカにユイに先生も見たいと思う。後、屋根は群島諸国の文化の意匠の雰囲気もある。あ、エセル大広場の店にもありそう」
エヴァの言葉に頷き、
「たしかにレベッカやユイも見たいよな……」
と呟きながらハブラゼルの魔宿とテラスを凝視。
板の間テラスの色合いは濃い臙脂色。
そのテラスの奥の出入り口は、焦げ茶色。
西部劇風の開戸だ。
開戸の上と下から一階大ホールの様子が見て取れる。
開戸の蝶番の金具には魔力があった。
両扉の金具が付いた門柱には、太い薪が二つ掛けられている。
その太い薪には、無数の魔力を有した人形が付いていた。
飾りだと思うが魔力を有しているから御守りか何かかな。
すると、腰にぶら下げた魔軍夜行ノ槍業が振動――。
『弟子、出入り口の左右の太い薪に付いた人形は結界の作用があるだろう……』
『グルドが先に反応するなんて珍しいわね』
『ふむ、旅の者が泊まる魔宿だ。我らに害はないと思うがのう……』
『はい、今も客らしき武者が入りましたから、大丈夫でしょう。最初は普通に入ります』
『『『あぁ』』』
『うん、わたしたちの魔軍夜行ノ槍業的な魔界四九三書や魔造書だけを狙うような結界もあるから要注意よ? ま、宿だしね、敵対的な作用はないと思うけど』
『はい、キサラもすんなり入りましたから大丈夫でしょう』
『あ、そうだったわね』
シュリ師匠の思念の後、魔軍夜行ノ槍業の振動は収まる。
二つの薪に付いた複数の人形は、不気味。
が、キサラは何も告げなかった。
だから問題はないだろう。
テラスのカフェとは反対側のテラスには、見知らぬ四眼四腕の魔族と二眼二腕の黒髪の魔族がいる。魔傭兵風。
「魔界セブドラの街の庶民の暮らしはセラの街の庶民の暮らしと似ているな」
「ん」
「はい、傷場から近い街や都市の一般の方々の暮らしは似ていることが多いですよ」
ビュシエの言葉に頷く。
「そのようだな、早速、中に行こうか」
「ンン」
「にゃァ」
「「「はい」」」
既に開いている両扉からハブラゼルの魔宿に入った。
食堂を兼ねた大ホールを進む。
中心の格闘技やプロレスが行えるぐらいの広さのリングは無人。
周囲の円卓では、カードゲームを行う魔族たちが多い。
魔酒を飲みながら牧歌的な歌を歌う魔族は声が大きい。
魔煙草を物静かに吸う黒髪の着物を着た女性もいた。
机に纏まっている魔薬の粉に鼻を付けて吸う黒髪の魔族は、ヤヴァい雰囲気を醸し出している。
それらを無視し歩むと、
「閣下!!」
「閣下ァァ」
「シュウヤ様、こちらに階段があります~」
「シュウヤ様、最上階は此方です~」
光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスの声が一階に響くと食堂と大ホールのざわつきがピタリと止まるのが面白い。
階段から下りて此方に来たキサラとラムラントとハイタッチ。
「二人とも、お待たせだ、上で眷属化と行こうか」
「はい、ハブラゼルの魔宿は見て回らず?」
「あぁ」
「あら、キサラ様とラムラント様、其方の殿方は……」
と鈴の音を思わせる綺麗な声がカウンターの奥の厨房から響く。
続きは明日。
HJノベルス様「槍使いと、黒猫。1~20」発売中。
コミックス1巻~3巻発売中。




