百三十四話 救出と万国共通運動
数分後に到着した場所は小さな木造の家だった。
「ンン、にゃ」
黒猫の小さい鳴き声。ここにレベッカが居るらしい。
二階建ての古民家か? 玄関が見当たらない。目の前には階段があるだけだ。その階段を覗くと階段下の右の壁に玄関扉があった。
あそこが玄関入り口か。この建物の中から魔素の気配は三つ。
まだ入らない。とりあえずこの古民家を確認する。
古民家の裏側に回り込む、裏側にも扉はなく木窓が幾つかあるだけだった。木窓は枠が小さいので人が出入りできる大きさではない。
周囲は、路地特有の入り組んだ通路が上下左右に続いている。近所の家もあばら家のような襤褸小屋が多い。木製の薄汚れた階段が付いた家々が乱立し、二階や三階の位置にある渡り廊下で横から建物同士が繋がっている不思議な形の建物が多かった。相棒の嗅覚は凄いなぁ。
よくもまぁ、こんな迷路みたいなところを迷わずに追跡できた。
心の中で褒めながら神獣ロロディーヌの首を撫でてやった。
家の周囲を一周した相棒は正面に戻ったところで足を止める。
結局、入り口はここだけか。正面にある小さい階段。
馬と獅子と似たロロディーヌから降りる前にヴィーネを起こす。
ヴィーネは対面座位でぎゅっと抱きついている。
先ほどから目を瞑った状態だ。
「ヴィーネ。ついたから降りるぞ」
「はい」
ヴィーネはパッと目を開けると背中に回していた手を離し、鞍馬競技の終わり際にするようにスラリとした左足を華麗に上げながら神獣ロロディーヌから離れて地に降り立っていた。モデルのような長い両足でしっかりと立つ。グラディエーターロングブーツが似合う。この間のように、足が震えるとかはないようだ。そんなヴィーネに続いて相棒の背から離れて地面へ降りた瞬間、馬獅子から黒猫へ姿を戻す相棒ちゃんは可愛い。
「にゃ」
黒猫の尻尾は傘の柄のよう。
お尻付近のふさふさした毛がぷるぷると震える。
そんな黒猫は俺の足へと頭から背中を擦りつけてきた。
更に脹ら脛に尻尾を絡ませつつ両足の間を行ったり来たりしてから、動きを止めて俺を見上げてきた。頭を擦りつけるのに満足したらしい。
少し丸い瞳は期待している顔だ。褒めて欲しいらしい。
「……よくやったぞ。ロロ」
「ン、にゃお」
黒猫は可愛く返事を行う。
と、目の前にある廃墟の家へ歩いていく。
湿気がありそうな軒下に鼻を動かしてはくんくんっと匂いを嗅いでいた。
野良猫の縄張りの確認かな?
レベッカの匂いでも確認しているのか。
レベッカがここに連れ込まれたのは確実として、出入り口は階段の先にある扉のみ。
「……狭そうな家だ。飛び道具優先で言葉は無しだ。行くぞ」
「にゃ」
「はっ」
黒猫とヴィーネは了承。
そこにヘルメが視界に登場した。
『閣下、わたしの出番かと』
潜入だからな。
『確かに、だが、今回はいい。精霊の目は借りると思う』
ヘルメには悪いが、俺自身で仕留めないと気がすまない。
『分かりました』
ヘルメは頭を下げ視界から消える。
頷き<隠身>を発動。
スニーキングミッションを意識。
すぐに攻撃できるように、魔法、<鎖>、胸ベルトにある短剣を意識しながら石階段を下りていく。右手前にある玄関扉に手をかけた。
鍵は掛かっていない。慎重に木製扉を押す。
スッと開けて中に入った。
中は狭く右に板張りの通路が一つあるだけだ。
板張りの通路の左側には閉められた扉が二つある。
廊下に部屋が二つか。
扉と扉の間の上部にはオレンジ色の光を灯す蝋燭台があり、廊下を照らしていた。
その狭い通路を屈んだ姿勢で進む。
微妙に古木を踏みしめる音が響く。
最初の閉まった扉を見た。
魔素は上からしか感じないが念のため。
『ヘルメ、視界を貸せ』
『はぃっ』
視界に現れたヘルメを掴むイメージ。
『ァッ』
小さい喘ぎ声と共に、左の視界がサーモグラフィ化。
扉の先には赤い反応はなし。
この部屋は無視だな。
もう一つの扉も同様の反応だった。
なので扉の先はチェックせず、足音を立てないように意識しながら通路の奥へ進む。
通路の奥には左斜め上へ続く曲がり階段があった。
その樹板階段を上りきると、正面に土壁、左右に通路があるところに出る。
左右は通路と言うより一つの地続きな広間に繋がるのか?
正面のひび割れた土壁は照明の蝋燭台が飾ってあるだけのシンプルな壁だ。
だが、その壁向こうから話し声が聞こえてくる。
「……あんたの指示通り<遠目>と<絶影矢>で完全に不意をついて頭を正確に射たよ。だけど生きている。二本目は動揺して狙いが外れたけど、首にちゃんと刺さり、その刺さった錬魔鋼の毒矢を平気な顔で引き抜いていた……あの毒はセナアプアの化け物にだって数分は効いた代物なのに、槍使いは塵でも刺さったようにすぐに引き抜こうとしていた……」
女の声だ。
「毒は本当に仕込んだのか? お前は無視して逃げようとしたからな。怪しいんだよ……」
「何でよ、ナイフで脅しているアンタの目の前で、ドスメガラの毒を仕込んだのを見たでしょう。そして、コレクターの倉庫から盗んだ特殊なアイテムで、ちゃんと射たのは遠くから確認していたんでしょ?」
「まぁ、確かに倒れていたし刺さってはいた……だからこそ、あの槍使いがオゼの兄貴を殺ったのも頷ける。何かしらの特殊スキルを持つ者だろう。だが、あいつの弱点はここにいる」
男の声だ。俺の弱点?
「……本当にこの女が囮に使えるのかしら」
「あぁ、間違いない。盗賊ギルドから仕入れた情報通りだ。それにこの女。あの槍使いとパーティを何回か組んでいることは俺の部下も確認済みだ」
やはりレベッカか。
確かに……弱点だ。
気になっている女を人質に取られちゃまずい。
「……そう。それで、どうやってあの槍使いを倉庫街へ誘き寄せるのよ。只でさえ【覇紅の舞】の攻勢が激しいのに……」
「そんなイラつくなよォ、お前の矢で直接知らせてやればいいじゃないか、この女の命が惜しかったら“倉庫街の一五番倉庫へ来い”とな? そこでコレクターから盗んだ特殊なトラップ部屋を使い、この女もろとも一網打尽にしてやる」
「え? わたしが? 弓しかないのに、もういい加減解放してよ……」
「――また脅されたいのか? こないだから逃げるだの解放してだの、うるせえんだよ。お前だって羽の遠弓と呼ばれた幹部だろうが。もっとプライドを見せろよ」
おっと、変な流れに……。
「……あんなの手に負えない。血長耳の盟主よりも怖い。今までは脅されてあんたの復讐に付き合っていたけど、もう、ごめんだわ。わたしには帰らなきゃならない場所があるのよ」
「おぃおぃ、ふざけるなよ。ここまで来て逃げる気か? 組織が駄目になったら逃げ出す糞女の典型か? これだから女は嫌なんだ。何が、幹部だ。何が、遠弓、羽弓だよ……」
「武器を抜いたわね……殺す気?」
喧嘩か仲間割れか荒らげた声は壁の向こう側だ。
魔素の反応も壁向こうから感じる。
精霊の目により、壁が透け赤色やオレンジ色で縁取られた人型シルエットがハッキリと見えていた。
封印していた<分泌吸の匂手>も使用。
ここは俺の縄張りとなった訳だが周りに他の吸血鬼の血の匂いはない。
リビングのような広間か。
壁は目の前の一枚だけ。
魔素は三つある。右手前に一つ、中央に二つ。
立ち姿の人型が中央に一つ、右手前に一つ。
女の匂いは中央と右。
レベッカは中央で寝かされている状態か。
魔素の反応と重なる。
そこで精霊の目を切り、視線と指で、黒猫とヴィーネへ指示を出す。
胸ベルトから短剣を出し、すぐに投げられる準備をしながら壁際の角まで慎重に歩く。
壁際の角に到着した。
そこから間を開けずに角から一気に躍り出る。
瞬時に視線を巡らせ――状況を把握。
匂いと魔素で探知した場所と精霊の目でみた通りだ。
「なんっ」
「えっ」
急に現れた俺たちを見て驚く中央の男と右に居る兎女。
男の足元にはレベッカが寝かされている。
即座に左手首をクイッとスナップさせて、手首の<鎖の因子>から<鎖>を射出させた。
瞬時に伸びた<鎖>の先端は男の胸を貫き、男の体をくの字にさせながら体を部屋の壁まで運ぶ。
「ぐあぁ――」
同時に短剣を横にいる兎女の足へ<投擲>。
「ぎゃっ――」
<投擲>した短剣は兎女の足に刺さる。
鎖によって運ばれた男は、箪笥、椅子にぶつかりながら壁に激突。
タペストリーのように壁に縫い付けられた男は髪紐が切れたのか、落ち武者のような長髪となって顔の左右に髪が垂れている。
そして、男の胸元にあったと思われる小さいアイテムが床に落ちて転がった。それは片眼鏡らしき物で鎖に貫かれて完全に壊れている。
「ベックッ! グッ」
兎女は壁にぶら下がった仲間の名前を叫ぶ。
彼女の右足には短剣が突き刺さった状態だが、足元に置いてあった自分の武器である長弓を拾おうと腕を動かしていた。
そこに黒猫が触手を兎女の手へ伸ばす。
動かそうとしていた兎女の手を触手骨剣が貫いた。
「――っ」
更に、その様子を見ていたヴィーネが素早い身のこなしで抜剣しながら兎女へ近付き、毒剣ではない長剣の銀刃を兎女の首へ当てる。
へぇ、ヴィーネやるじゃん。
何も指示していないのに殺さなかった。
黒猫の行動を見て、咄嗟に判断したのかな。
そんなことを考えながら周りを確認。
無力化した二つ以外に怪しい魔素の気配は無い。
制圧完了だ。
横になっているレベッカを確認。
首に手を当て……脈はあった。
闇布の上で、大事そうに銀杖を胸に抱えて寝息を立てている。
衣服も乱されていないし何もされていない。
良かった、無事だ。
「ガァァ、グホッ、お、おまえ、なぜここが……」
壁に縫われ、ぶら下がっている男が喋っていた。
唇に傷があるボサボサ頭の長髪男。
口から血を流し苦しそうな顔を浮かべ、俺を見ていた。
まだ生きていたのか?
糞が、野郎の賊言葉など聞きたくもない。
ノーモーションで《氷弾》を放つ。
――パァッン。
と、頭が弾ける音が響き脳漿が辺りに散る。
氷の弾丸をぶちこんで、頭部を破壊してやった。
鎖を消去すると壁に縫われていた血塗れの肉塊は木板の床に崩れ落ちていく。
「ヒィィィ」
兎女は仲間が殺られ、悲鳴をあげる。
「……ぇぅ」
兎女の首に剣を当てているヴィーネも俺の行動に吃驚。
小さい声を発していた。際にヴィーネの刃が兎女の首に触れたのか少し血が流れていく。
お前が驚くなよ。とは言わないでおく。
少し目を細めたが、
「ヴィーネ、刃を下ろしていいぞ」
「はっ」
ヴィーネは刀剣を鞘に納めた。
気を直すように兎女を睨む。
彼女は怯えている兎のように大人しくなっている。
「さて、兎さん。色々と訊きたいことがあるんだが……」
「……ヒィィ」
声をかけたらコレか。
ビビりすぎて、話にならないな。
少し、回復させるか。
兎女の足に刺さっていた短剣を引き抜き、傷口へポーションを掛けてあげた。
シュゥッと蒸発するように傷が再生されていく。
「い、痛いぃぃ、あれぇ、痛くない!」
「治ったようだな」
笑みを表に出して、そう言うと、
「ヒィィィ」
「また、ビビるのかよ」
喋らないなら、いっそ、殺すか?
視線に殺気を込める。
「……死にたいらしいな」
「ヒィッ、ま、まって、何を話せばいいの?」
お、ようやくか。
兎女は壁に背を預けビビりながらも口を動かしていた。
「まずはお前の名と闇ギルド。どうして俺を襲いレベッカを誘拐したのか、説明しろ」
「……わたしの名前はレネ、死んだ男はベック。両方とも闇ギルド【梟の牙】の幹部よ。あなたたちを襲った理由は復讐、わたしは巻き込まれた形なの」
名前はレネ、それに、復讐か。
「俺に親、兄弟、親戚でも殺られたのか?」
「わたしは違う。ベックがそうなのよ。ベックは義兄弟である“オゼ”をあなたに殺されて恨んでいた。それに【梟の牙】が潰れたのはあなたが全てに起因するからね」
カイザーオゼか、いや、オゼ・サリガン。
青銀のオゼと名乗っていた敵だな。
確かにホルカーバムの戦いで、俺が倒した相手の名前だ。
魔法の短剣と長剣を扱う二刀流の手練れだった。
思えばあいつが一番こいつらの中で強かった。
「……青銀? あいつか」
「そうよ、元武芸者」
「動機は分かった。次は俺を襲う前からの、もっと詳しい経緯を話せ」
視線を厳しくして、レネに話を促した。
鬼を意識した表情だ。
「う、うん。わたしたち幹部が、ビル総長から急遽、この都市に呼び出されたことから始まったの。そして、この都市の何個かある縄張りを守るように命令された」
セーヴァが言っていた話と合う。
「わたしとベックが担当したのは港近くの倉庫街。その縄張りに到着してから、すぐに縄張り争いは勃発したわ。最初は他の闇ギルドの攻勢を守りきっていたのだけれど、突然、他で守っていた幹部たちと連絡が取れなくなったの。そこからは防戦一方で、縄張りはどんどん他の闇ギルドに奪われ続け……」
仁義なき裏社会の戦いか。
「更には本部までも連絡がつかなくなったの……そこで、ベックが言い出したことが最初よ。『このまま他の闇ギルドに殺られるなら、苦汁を飲まされ続けた……あの槍使いに一矢報いたい。どうせ死ぬなら復讐を果たしてから死にたい』と。そして、勝手に僅かな手勢を率いてあなたを調べて追跡を始めていた。わたしはあとから参加したの……」
矢が刺さった首を触りながら、今の言葉について考えていく。
なるほど。
確かに一矢どころか、二矢を食らった。
あれは痛かったなぁ。
目を潰される感触……視界が無くなるのを味わった。
中々得られないある種の未知なレア体験と思えば良かったのか?
あぁ、駄目だ。喰らうなら膝のが良かった。
矢を膝に喰らっていたら、“ここ”に矢を喰らってしまってな。とか、リアルでできたのに。
チッ、使えねぇ弓使いだ。
だが、喰らった攻撃なぞ、もうどうでもいい。
問題は俺を調べ追跡していたことだ。
レベッカだけではなくエヴァのことも調べたのだろうか。
「……俺のことを調べたと言っていたが、レベッカと車椅子の女について調べたのか?」
「えぇ、あなたに関わりのある冒険者は調べたわ。珍しい車椅子に乗っている黒髪の方は“最初から無視”よ。調べていたら、彼女に絡んだ冒険者やチンピラは大怪我を負うか死ぬかの二択だったからね。しかも裏の繋がりがないのに完璧な仕事……。誘拐するのにリスクが大きすぎて無視が決定。誘拐するなら金髪のハーフエルフの方だとすぐに決まったわ」
エヴァはやはり強い。
この分だと何も起きていないようだ。
そこで、改めて兎女レネを見ていく。
彼女はただの兎女ではないのか?
顔は人族のようで兎耳が生えているから兎の種族だと分かる。
が、腕、外側の手首から肘にかけて縦にふあふあしている白色の鳥羽毛が呼吸するように上下に動き靡いていた。
彼女の種族が気になるが、レベッカが攫われたあの布について聞いてみるか。
「……そういうことか。それでレベッカを誘拐する時に使ったあの闇布は何だ?」
闇布の上で寝ているレベッカに視線を向ける。
「……あれは幹部モラビから貰ったアイテム。闇の念鋼布、回数制限付きのマジックアイテム。使用者は闇属性限定だけど、防御系のアイテムとしては優秀。自動カウンターで攻撃を相殺できる。他にも指定したモノを包み運ぶ機能もある。今回はそれを使ったの」
へぇ、回数制限があるとはいえ、便利なアイテムだ。
「今も使えるのか?」
「もう、その闇の念鋼布は使えないはず」
確かにあの布からはもう魔力を感じないし、ただの風呂敷にしか見えない。
貰おうかと思ったが、使えないのでは意味がない。
後は何を聞こう……。
俺を射ぬいた弓、矢について聞いておくか。
「話は変わるが、俺を射ぬいたのはお前だよな?」
「そ、そうです」
急に兎女レネは目を泳がせ、緊張しながら話す。
「遠距離からのスキルか?」
「はい。遠くを見渡せるスキル<遠目>と弓スキル<絶影矢>を使用しました。主に暗殺用で隠身状態からの効果を矢に上乗せでき魔力を込めた錬魔鋼の鏃を使うことで、矢の命中精度と威力を上げるという遠距離に特化したスキルです」
そんな弓スキルがあるのか。
頷きながら兎女レネから視線を逸らし、ヴィーネの方を見た。
「ヴィーネは弓スキルを持つ?」
「はい、<精密射撃><速連射><雷絶矢>があります」
三つもあるとは、さすがはヴィーネ。優秀だ。
また視線をレネに戻す。
さて、もう聞きたいことは聞いた。
「それじゃ、聞きたいことは聞いた。ロロ、離れていろ」
「ンン、にゃ」
黒猫はレネの腕に突き刺していた触手骨剣を抜き、寝ているレベッカの方へ歩いていく。
血と魂を吸うことはしない。
まだ、ヴィーネに血を吸うことを説明していないからな……。
ま、うすうす俺が普通ではないことは理解できていると思うが。
レネ、顔も綺麗な女だが普通に殺っちゃうか。
殺気を込めた視線を送る。
「ま、待って、殺さないで。わたしはもう敵意はないわ。な、何でもするから命は助けてください……」
怯えた兎女から懇願されてしまった。
副長だったセーヴァとは正反対。
あいつの場合は血を吸っていたから違うか。
「敵意がないだと? なぜ、命乞いをする。お前は闇ギルドの幹部だろう? 俺を殺すという覚悟の上で射ぬいたんじゃないのか?」
「そ、その通りよ。でも、わたしは“虚勢を張った”弓が得意な幹部でしかないの。それに……い、妹が【セナアプア】にいるの……わたしがいなくなったら、あの子が、あの子が一人になっちゃう……」
兎女レネは愁眉の顔つきで涙を流して語る。
自身の胸にかけていた銅製のペンダントを握っていた。
「……妹をだしに命乞いか、随分と都合がいいな?」
「本当なのよっ! このペンダントの中に妹の毛が入ってる」
余程分かって欲しいのか、俺にペンダントを見せてくる。
丸い銅製のペンダントをパカッと開いた中には、確かに折り畳まれた手紙らしき物と白い毛が入っていた。
「ここに妹の毛が入ってるのは、本当のことよ。あなたを射たことを謝るわ。許されることじゃないけど……ごめんなさい」
う、謝られちゃ殺しにくい。
眉筋を動かし眉毛で八の字を作り、目は細く、顎は引いている。
頭も下げてきた。兎女レネの表情から気持ちを読み解くと……。
手紙や妹のことは本当なのだろう。
メンタリストではないが、たぶん、そうだ。
これが演技だったら彼女はアカデミー賞助演女優は堅い。
嘘だったら女不信に陥りそうだ。一度クナで味わっているからな。が、クナと同じ闇ギルドの女だ。
裏ではなにを考えているか分からない。
「……お前を見逃したとして、俺に何のメリットがある」
「お金なら今まで稼いできた分が少し渡せるわ。後、わたしの体で払う……」
確かに美人でスタイルは良いけどさ。
が、こんな気分で女を抱けるかよ。
「ふざけるな。お前は確かに美人だが、すぐ抱けるほど俺の頭はイカれちゃいねぇよ。……仮に逃がしたとしても、お前は仲間を募って、俺にちょっかいを出す可能性がある。それに、またレベッカを誘拐するかもしれない」
兎女レネは即座にかぶりを振って答える。
「――そんなことは絶対にしないし、できないっ。わたしはこれでも元幹部だから多額の賞金が懸かっているはず。……他の多数ある闇ギルドから追われる身よ? この都市だけじゃなく、妹がいる【セナアプア】も危ないの、たとえ、あなたが逃がしてくれても、助かるか分からない状況なの」
切羽詰まった状況か、だが……。
「妹が本当にいるのなら、何故【梟の牙】が劣勢の時にさっさと逃げなかった?」
「逃げられなかったのよ。わたしは弓が扱えるだけで近接戦闘が苦手なの。一緒に組まされた幹部のベックは飛剣流で遠距離も近距離も得意だったし、わたしが少しでもオカシイ真似をすれば、あっさりと近接で殺されていたでしょうね。実際に刃物をちらつかせて脅されていたし……」
突入する前の会話からしても嘘は言っていないように見える。
……しょうがない。長々と話を聞いたのも結局は逃がす理由を探していたようなもんだからな、甘いが逃がしてやるか。
形影合同じ。
普段、命を刈り取る側が考える言葉ではないが、本来、命とはかけがえのないものだ。
俺の場合は女でなおかつ話せる奴限定だが。
「……わかった。逃がしてやるから妹のとこに帰れ」
「えっ、何もしないで、いいの?」
手で変なマークを作るなや、下品な女だ。
「美人がそんなことをするな。俺のピュアな心に傷がつく。ほら、さっさと気持ちが変わらないうちに消えろ」
半笑いで行けと視線で誘導した。
「わかった、それじゃ」
レネはそう簡潔に言うと、床に落ちていた長弓を拾わずに早く去ろうと動く。
俺は視線を長弓に向けながら、
「待て、そこに落ちてる弓、お前のだろ? 持ってけ」
レネは一瞬、怪訝そうに視線を俺に向けるが、頷く。
「う、うん。ありがとう。あ、あの、わたしが言えたことじゃないけど、貴方、最高にカッコイイ……男だと思う。もし、生き延びられたら、一生、貴方に感謝し続けて過ごすわ」
兎女レネは怪我をしていない手で弓を拾うと、真面目な表情を浮かべながら礼を述べて頭を下げる。
別にお前に対してカッコつけた訳ではないが、女に甘いだけだ。
レネは踵を返し小走りで俺たちから離れて階段を下りていく。
「……ご主人様、逃がして宜しいのですか?」
「いいんだ」
「……分かりました」
ヴィーネの目からは残念という色を感じた。
ヘタレなところを見せたかな?
詰めが甘いが、あの分では他の闇ギルドに狙われ続けるだろうし結局は誰かに殺られる可能性は高いだろう。
仮に生き延びたとしても俺に再び弓を向けるか?
話を聞く限りそんなリスクは冒さないはず。
さて、そんなどうでもいい予想より、レベッカを起こす。
寝ているレベッカに近寄り、肩を揺さぶった。
「おい、レベッカ、起きろっ」
「んーぶぅたん、うるさいおー」
何だ? ぶぅたん? 寝惚けてやがる。
「レベッカ? ぶぅたん? そんなのはここにはいないぞ」
ゆっさゆっさと激しく揺らして起こす。
「んぅ~、あらぇえぇ? ここどこ? あぁぁぁっ」
ガバッと起きて、俺を見るなり叫び、疑問顔、変顔だ。
「シュウヤ、顔、首に矢が刺さっちゃった……は、ず?」
「それなら、大丈夫だ。ほら、何にもないだろ?」
顔を上向かせて、首、喉を見せての、無事をアピール。
「嘘っ、嘘よ。もっとちゃんと見せなさいっ、二本も刺さってたのに、ほら、鎧脱いでちゃんと見せてっ!」
レベッカは矢が刺さった場面を思い出したのか、焦ったような顔で俺の身体を逆に揺さぶる。
顔だから鎧は関係ないと思うだが、
このままでは落ち着きそうもないので、言う通りに肩にかけてある胸ベルトを外し外套と鎧を脱いで、上半身裸になり、首を見せてやった。
「――これでどうだ?」
「……」
レベッカは俺が鎧を脱いで上半身裸になったのを見るなり……。
黙って、胸元を見つめるだけになってしまった。
今度は黙りかい。感情の起伏が激しいな、女らしいといえばそうだがレベッカの視線は俺の胸ばかりを凝視しているのは何故だ、怪我した箇所は首だったが、はっ、まさか……男のおっぱいが好きとか?
えぇぇ、野郎のパイパイが好き? 確かに俺の胸筋、少し盛り上がっているが、ライザッ○のCMばりにポーズを取った方が良いんだろうか? よし、健康印のマッスルポーズ。
音楽が鳴るように、万国共通おっぱい運動の胸をぴくぴくっと……。
「……何、胸を動かして変な格好してるの?」
う、違ったらしい。
「はは、いや、ちょいと軽く運動を……」
「はぁ? 意味がわかんない。 そんなことより、その首のネックレス、ちゃんと見せてくれない?」
ん? 何だ、これに興味があったのか。恥ずかしい……。
首に下げていた二つのネックレスを見せる。
一つは昔、地下の骨海の洞穴で見つけた天道虫のネックレス。
もう一つは師匠がくれた鍵がついたネックレスだ。
レベッカは俺が持つ天道虫のネックレスだけを掴むと、近眼ではないと思うが綺麗な蒼い目に近付けて見ていく。
レベッカは改めて頷くと驚愕した表情を浮かべては、目から、あれ? 涙がこぼれ落ちていく。
泣いちゃったよ。どういうことだ?
思わず近くにいたヴィーネへ視線で問うた。
ヴィーネは頭を捻って、さぁ? 分かりません。アピール。
黒猫に視線を移すと、足をバレリーナのように伸ばしてぺろぺろと足先を舐めて毛繕いしている。
しょうがなくレベッカに視線を戻す。
レベッカは泣きながら、天道虫のネックレスを弄っていた。
「……ねぇ、このネックレス――どこで?」
涙目で充血しているので、少し怖かった。
「あぁ、それか――拾った物だ」
地下深い骨海の場所で拾ったんだよな。
不思議と光の天道虫が見えていた。
「やっぱりこれ父さんの?」
「んん? 父さん?」
レベッカはいきなりそう言うと、自分の首に下げていたネックレスを取り出していた。
あれ、レベッカが持っているネックレス……。
天道虫が小さいが俺のネックレスに付いている天道虫に似ている。
レベッカは俺が持っていたネックレスと自分が持っていたネックレスの天道虫の飾りを付け合わせていく。
がちっと音を立てて、二匹の天道虫を組み合わせた。
すると一つの”天道虫の親子”の飾りへ変化。
おおお、すげぇ、揃ってしまったよ。
『一つになったネックレスの天道虫から魔力を感じます』
確かにヘルメの言った通りだ。
感じる。一つになることでマジックアイテムになったのか。
「それは古の星白石?」
ヴィーネが知っているようだ。
「宝石の名前なのか」
「……うんっ」
レベッカは頷くと、目から大粒の涙が流れていく。
すると“一つになった天道虫の親子”が白く輝く。
輝く天道虫の飾りから、輝く虫、天道虫が、どんどん宙に飛び出していくと、俺とレベッカの周囲を包みだす。
「ご主人様!?」
「にゃお?」
『悪い感じはしません。光の精霊さんが溢れ出ています』
ヴィーネと黒猫が驚いてこちらにこようとした。
だが止めておく。光の精霊らしい。
「大丈夫だ、見といて」
白い天道虫たちは白く淡い光線となり弧を描く。
そのまま俺たちを囲うように三百六十度の円が作られる。
この白いのは触れば昇天してしまいそうな白くて淡いカーテンみたい。
それが、天井を突き抜けるように伸びていた。
レベッカは怖くなったのか抱き付いてくる。
同時に俺とレベッカを囲んでいた白い光線から、また小さい天道虫が現れ分裂を始めた。
小さい天道虫たちはそれぞれに燐光を発し眩しく輝いていく。
明るく煌き、薄いカーテン、オーロラ、ホログラムのように宙に幻影を作り出していった。
浮かんだ幻影は一つの仲睦まじい幸せそうな家族の絵だった。
耳が長いエルフの男性と人族の美しい女性に子供の絵。
もしや、レベッカのエルフの父と人族の母の姿か?
どちらも金髪さんで綺麗な蒼い目。レベッカにそっくりだ。
父親の方は瞳が蒼炎を纏っている。
「お父さん、お母さん……」
レベッカは大粒の涙が頬を伝い細い手を幻影へ伸ばす。
『光の精霊たちが幻影を見せている?』
常闇の水精霊ヘルメに質問。
『光の精霊に祝福された魂の欠片が解放されたようです』
『魂の欠片?』
『はい。“精霊の奇跡”、現世に残された魂が精霊の力により僅かに残ることです』
『へぇ』
感動して見ていると、呟いているヴィーネの声も聞こえてきた。
「……これは、精霊の奇跡?」
ヴィーネも小さな声で呟く。感動しているようだ。
彼女はダークエルフ、こういう現象を知っているらしい。
黒猫は興奮して小さい天道虫たちを追いかけている。
すると、声が聞こえた。
「ありがとう、光と闇を持つ者よ。娘に思いを届けてくれて――」
男エルフの幻影が語り出す。
話せるのかよ。びっくりだ。
「い、いや、たまたまですよ」
本心で語る。
「さすがは光を持つ精神だ。素晴らしい謙遜を持つ。だが、君は分からないのかい? こうして光の精霊を運び用いていることに。そして、稀有な光と闇を持つ特別な存在だということを。良かったら君の名前を聞かせてほしい」
「シュウヤ・カガリです」
「そうか、カガリ君。わたしの想いを、ネックレスをちゃんと娘に届けてくれてありがとう。そして――レベッカ、そのネックレスの裏を見てごらん」
レベッカのお父さんは優しくレベッカへ語り掛けている。
「うん」
彼女は言われた通り、金属製のネックレスの天道虫をひっくり返し裏面を見る。
そこには、“永遠の愛をポプラへ”から
“永遠の愛をポプラとレベッカに捧げる”
と、新たなメッセージがリアルタイムに刻まれていくのが見える。
「……お、おとおさん、わたし、……これ、メッセージが追加されている……」
「そうだ。言葉が遅くなってすまないな」
「ううん。ありがとう」
慈愛の表情で娘を見る。父。
「……大きくなったな? わたしや母さんのように、もう立派な魔法使いだ」
「うん。お父さんを超える冒険者になろうと思って」
「そうか。わたしは幸せだ……おっ、わたしのハイエルフの魂とて、光の精霊力を合わせてもここまでか」
光が薄れていく。
「お父さんっ、いっちゃだめ! もっと、もっとお話をして!」
「ははっ、姿は母さんに似て綺麗な大人の女だと思ったが――まだまだ子供だな? カガリ君。こんな娘だが……頼むぞ」
「あっ、はい」
恐縮するように背筋を伸ばして、レベッカの父親へ返事をした。
そんな俺とは正反対にレベッカは頭を左右に振り、金髪を激しく揺らす。
「父さんだめよっ、お話ししたいのっ!」
「レベッカ、もっと強くなるんだ。お前の血にはベファリッツ古貴族を超えた古代の暁から流れる、いや、もっと古い、永久なるハイエルフの血が流れているのだからな。そして、蒼炎神の血筋を引き継ぐ偉大な力が眠っている……幸せになるのだぞ。レベッカ、お前に永遠の愛を、ポプラ――今いくぞ――」
すると、光の天道虫たちが一斉に消えていく。
最後の光の一欠片がレベッカの握る天道虫の親子のネックレスの中へ入るのが見えた。
「お父さん……」
「消えちゃったな……」
……レベッカはハーフエルフではなくハイエルフのハーフか。
だからか、彼女は魔力操作も上手く精霊が集まりやすい。
下級の火魔法の威力が高かった理由か。
ただの貧乏な幸薄いハーフエルフではなかったんだな。
「……ご主人様、今の奇跡はいったい」
ヴィーネは不思議そうにレベッカが握るネックレスを見ている。
「奇跡に説明はいらんだろ、レベッカの父が持つ魔法力が凄かった、そして、ハイエルフとも言っていたから何かしらの力なのだろう」
「ンンン、にゃおぉぉ」
黒猫は追い掛けていた天道虫が消えて残念そうな顔を俺に向けてきたが、無視。俯くレベッカに視線を移す。
「レベッカ、大丈夫か?」
「うん。驚いたけど……お父さんに会えて嬉しかった」
その様子を見て、大丈夫だと判断。
笑顔で頷いてから脱いでいた鎧を着て外套を羽織る。
最後に肩に胸ベルトを背負い終えてから、レベッカを見た。
彼女はまだ天道虫のネックレスを見つめ続けている。
「……まさか、俺が身に着けていた天道虫のネックレスがレベッカのネックレスと繋がっているなんてな。偶然という言葉じゃ片付けられない“運命”という奴を感じるよ」
転生したての頃……。
あの時、骨山をたまたま通ってゾンビやスケルトンを倒さなくてはレベッカが持つネックレスは拾わなかった。
そして、地面に文字が書かれていたのは娘に届けてくれというメッセージだったのか。
……運命。運命神アシュラーという神。
少し前に転生者でもある占い師カザネが色々と語っていた。
俺の運命は見えないと語っていたが実は見えていて俺に嘘をついている可能性もある訳だ。
もしかしたら既に見えない神のレールが俺の前に敷かれているのか?
「……うん、わたしとシュウヤは運命?」
レベッカは真剣な顔で俺を見つめてきた。
蒼い目がマジだ。
少し、真面目に答えるか。
「……そうかもしれない。精霊や神のみぞ知る奴だろう」
真面目に答えると彼女は少し残念そうに顔を少し逸らす。
あれ、まずったかな。
「……確かに、シュウヤが話していることは分かる。今のように奇跡を起こせる精霊、神様はすごいと思う。わたし、炎の精霊様と炎神様を信じていたけど、光精霊フォルトナ様や光神ルロディス様も信じてみようかな。まだ信仰と言えるほどじゃないけど、教会へ行くかもしれない」
教会ねぇ、あまり行く気は起きないが……。
しかし、神様を感じられる場所は大事だよな。
俺も水神様の恩恵に与っているんだし。
「……はは、まぁ、信仰は人それぞれだからな。実は釈迦の掌だった、とかは勘弁だけど自由に考えて行動したらいいさ」
自分に言い聞かせるように語っていた。
「……しゃか? が分からないけど、そうよね。 うん。でも、わたし火の精霊さんが大好きだから浮気はしないんだ」
「俺も水精霊と水神様は好きだな」
『閣下、ありがとうございます』
視界にうっとり顔で登場するヘルメ。
「そうそう。自分の属性は大事だからね」
確かにそうだな。と、なぜかこのタイミングでレベッカの笑う顔を見ていたら、先ほどの寝言の言葉が気になりだしてきた。聞いてみようか。
「ところでさ、突然話を変えるが……ぶぅたんとは何?」
「え? えぇぇぇ……何で知っているの?」
レベッカは慌てたように身を震わせた。
頬と首筋が真っ赤に染まると、自らの手で顔を隠す素振りを見せている。
「寝言で言ってたからさ」
「……人形よ。いつも一緒に寝てるの……」
「あぁ、そういう……」
まだそんな少女的なところがあるんだ。
というか、レベッカの歳、何歳か聞いていないが恥ずかしそうだし年齢を聞くのは止めて軽く流しておこう……。




