千三百四十五話 隔靴掻痒のアキサダ
アキサダは片目を大きくさせるようにレンを睨み付ける。
眉を震わせながら両の瞼を閉じて、頭部を左右に振った。
眉間の皺の数からして往年の経験を感じた。
それだけで尊敬の念を抱くが、それはそれ。
そのアキサダの瞼が上下にゆっくりと発条仕掛けの仕組みがあるように開き、
「……死んだ場合か、オオノウチのような保険は大事だ、わしも歳だからな」
と発言。片方の魔眼が煌めく。
俺たちと黒猫をジッと見てきた。
憎しみはあまり感じない。
そのアキサダに、
「その具足帷子を脱いで、肌に刻まれている魔印か何かを見せることは可能か?」
アキサダは頷く。
「ならば、この枷を外すのか? そして、いやだと言っても見るんだろう? もう視ているとも言えるか」
俺の<闇透纏視>を指摘しているのかな。
ヘルメたちもいるからな。頷いてから、
「レン、枷を外してくれるか?」
「はい」
「だ、大丈夫なの?」
ルミコは不安そうだ。
アキサダは、
「ほぉ……わしが転移用のアイテムを隠し持っていたらどうする」
「持っていたら相棒に捕まる前に使用しただろう。それか、使う瞬間に相棒たちに破壊されたか、だと思うが」
俺の言葉を聞いたアキサダは顰めっ面となった。
「ふむ、あの時のことを見ていたように語りよる……その通りだ。そこの黒猫のロロ、神獣ロロディーヌといったか……そやつにすべて潰された……すべてが狂わされた……」
「相棒に捕まった時の前後の話だな?」
「……そうだ。アキサダ魔獣商会の施設の黒羽衣会や黒海覇王会のメンバーが蹴散らされ、大切な戦闘用の黒き大魔獣ルガバンティ数体とリィバン号などが殺されたのだ」
「にゃ、にゃごぉぉ」
「にゃァ、にゃァァァ」
と黒猫と銀灰猫が少し怒ったニュアンスで鳴いた。パンたちのことを思えばアキサダを倒したかったはずなのに、黒猫は偉い。
その思いで、
「……お前がパンのトトムノ魔物商会を潰したことが原因だろ」
「……」
アキサダは沈黙、肯定した。
が、<魔闘術>系統を強めた。
戦いたいのか? 皆に、
「念の為、少し退いたほうがいいかもな」
と言うと、エトアたちも同じように不安げな表情を浮かべながら後退。ヘルメは直ぐに、退いたエトアたちの前に《水幕》を展開してくれた。
その間に、レンはアキサダの背中に回り、俺を見る。
「この魔法の枷を外しますと、アキサダへの体の負荷が消えますが、よろしいのですね?」
「あぁ、いい」
「「……」」
ルミコは頭部を振るうが、レンは笑顔で『ふふ、大丈夫』と口だけで言いながら二人だけで通じるジェスチャーを繰り返す。
ルミコは『え、そうなの? ほんと、ほんとに、大丈夫なの?』と喋るようにジェスチャーを繰り返す。
レンは静かに頷いた。
落ち着いている。そのレンを見たルミコは溜め息を吐く。
そして、俺を見た。
ジッと見つめ返すと、両手で顔を隠すルミコは童女のままだな。
そのルミコは、レンに頷いてから少し後退。
レンは、アキサダの手首を拘束していた枷を外した。
それを巾着の中に仕舞っていた。
アキサダは両手が自由になった途端、立ち上がる。
レンは後退。
アキサダは両手を振るってから――。
右手で左手首を触りながら、拳を作ってはパーを造る。
そして、不気味な笑みを浮かべては、更に、今までとは違う別の色合いの魔力を体から噴出させてから、俺を見た。
とりあえず、
「さぁ、具足帷子を脱いでくれ」
「ハッ、分かった」
と、少し馬鹿にしたような感じの口調になる。
そのアキサダに、
「外気と肌が触れた途端、ボンッと体が爆発とかないだろうな? 小型の核爆弾とかゴメンだぞ?」
「小型のかくばくだん……」
「ご主人様が知る異世界地球の戦術兵器の名ですね、神級を超えるような地形を変えるほどの攻撃と聞いています」
ヴィーネは俺の地球話に登場した兵器のことを覚えていたようだ。
アキサダは、
「……かく? そのような爆発をする類いではない。が、わしが傷を受ければ、先ほども述べたが、それなりなことは起きるはずだ」
「それなりか、魔印が体に刻まれているんだろ?」
「そうだ。魔印が色々と体に刻まれている。一部の魔印は、わしの体を防護する<魔甲層>として展開されている」
<魔甲層>?
色々か。アキサダは覇王を目指した。
その野望のためなら何でも利用するだろう。
「では契約を結んだ神か諸侯の名を教えてくれ、オオノウチのように大眷属を呼び出す仕組みか?」
「……魔翼の花嫁レンシサ様、悪神ギュラゼルバン様、恐王ノクター様などと契約した魔印だ。魔翼の花嫁レンシサ様の大眷属、バルキーゴ様を呼び出せる」
三つの勢力と契約か。
魔翼の花嫁レンシサ様の大眷属、バルキーゴを呼び出せるか。まだ使っていないのは発動条件がアイテムではない何かってあたりかな。
そして、契約主が露見した途端に爆発はないようで安心できる。
皆も少し安心したような表情を浮かべていた。
「魔法紋の証書に鏡もないように見えるが、バルキーゴを呼び出す条件はなんだ?」
「わしが死にかけた瞬間、呼び出せるようになる……と言っておられた」
「保証は? スキルかアイテムか?」
アキサダは体がビクッと震えてから頷いて、
「……その通り」
「では、具足帷子を脱いでくれ」
「承知した」
アキサダは切腹でもするような印象で右肩を上げて右腕を引き具足帷子を脱いだ。
爆発はナシ、しかし、初老の裸とか……。
あまり見たくないが注視せざるを得ない。
厳つい両肩――。
胸筋は分厚い、下腹部は傷だらけ、両足にも傷が多い。
アキサダの体には無数の魔印が刻まれていた。
更に、体の真上に、アキサダの体を模したような薄い魔力層が展開されている。その魔力層の上も大きい魔法陣が浮いている。
体と隣接している魔力層は、<魔闘術>系統の技術に見えた。
攻撃や分身効果も期待できそうな魔印の効果か。
肌の魔印は、菱形と花模様と四角形が重なっている。
神聖幾何学的な意味がありそう。
「体の皮膚に魔力の装甲を得ているような魔力が<魔甲層>か、武器にもなりそうな印象だ」
「あぁ、なる、<魔闘術>系統の<煉丹闘法>にも重なる。そして、<魔甲層・攻極>のスキルを意識し発動したら、わしの拳回りの拳用の魔力装甲が加わって、攻撃力が更に上昇する」
「へぇ、肌の模様は、他にも秘密がありそうだが」
アキサダの瞳が震えて、今までにない表情筋と手と指の動き。
予想は当たりかな。
「……なぜ分かる」
「ありきたりだろ、予想だ」
「体に不思議な模様がありすぎですからね」
ヘルメの言葉に皆が頷く。
アキサダも納得したような表情を浮かべて、「それは、そうだな……あまり裸を他の者たちに見せたことがなかったものでな」
と、語る仕種がおっさんだから、あまり見たくなかったりしたが、仕方ない。
そのアキサダの肌に刻まれた魔印の真上の<魔甲層>は分厚い。
<闇透纏視>で見たように……。
皮膚に刻まれている魔印を点と点で結べば、それぞれ何かの別の絵になる仕組みもありそうだ。
黄金分割、フィボナッチ数列、鸚鵡貝、宝箱の模様も混じっているから宝物を隠した暗号の地図のような意味もありそう。
上草連長首座アキサダの秘宝の在り処が、この皮膚に刻まれている宝の地図にある?
アキサダの動揺具合からすると大当たりかな。
そして、<闇透纏視>で見ていた通り……。
魔力溜まりが濃い場所に魔印が集中している。
それら点が繋がって魔法陣を形成していた。
何かの呪術にも視える。
エヴァとアイコンタクト。
「ん、わたしも手伝う、アキサダとレンにルミコもいい?」
「いいですわ」
「いいわ」
エヴァと一緒にアキサダに近付いた。
「なんだ、お前は……」
「彼女はエヴァ、少し俺と一緒に触らせてもらう」
「……ひ……」
アキサダは動揺し、隔靴掻痒といった顔色となった。
続きは明日。
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