千三百四十三話 監獄主監ルミコ
怪訝そうな表情を浮かべていたアキサダは顔色を悪くした。
そのアキサダが、
「……賊軍と言えば、オギュウダとウジマサとボクゼンなどの愚連隊どものことだな」
「そうよ、嘗ての仲間たち」
「……あのような奴らをまだ仲間と……しかし、わしも、あやつらのように引き廻しされながら投石を皆から浴びて、打首に……晒し首になるのか?」
「その案は安直すぎるわ」
「……安直だと……」
「当たり前でしょう。上草連長首座の重臣が主君に弓を引いた罪は重い。そして、礫では死なない体でしょうから、民たちの憂さが晴れる程度、打ち首の素直な死を貴方が甘受するには、優しすぎると思うのだけど?」
「……」
優しすぎる死か。イントネーションが変化していた。
武士道に対する皮肉か。
君主のためなら一命を顧みず、信義を重んじるのが武士道の倫理観だ。
薄紫色の口紅の小さい口が動く、
「……無論、死に方は色々と此方が選びますわ……大蟲ジェブドーザーの亜種に生きたまま喰われるのはどうでしょうか……うふ、これも簡単ですわね……では、上草影衆の長であり監獄主監でもあるルミコに登場してもらおうかしら……」
すると、大きな鈴が鳴り響く。
両脇にいた処刑人が、否、処刑人だった大柄な方だと思うが、衣装が黒装束、忍者のような格好になって、ハンドベルのような楽器を鳴らしていた。
そして、ここは、大きな地下牢で……闘技場と同じか、それ以上に頑丈な造りの地下空間……天井の金属と繋がっている大きい坩堝といい……反ニュートリノ観測装置が置かれてあるようなカミオカンデの実験ができるような広さはあるか? 反響音が凄い。
「……ひっ」
アキサダが怖がった。
片目の瞳が散大し、収縮。
片方の目の動きは、時間の動きが違うように遅い動きで爬虫類の宇宙人的な瞳のように細まった。不自然だ、魔眼能力がある?
すると、俺たちの背後から廊下を歩く足音が響いてきた。
廊下の奥から現れたのは、着物が似合う少女。
魔力がまったく外に漏れていない、着物と巾着と綺麗な足袋を履いていた。
鉄格子越しで、横顔だが、かなりの美少女だと分かる。
その少女が何食わぬ顔で大きな牢屋に入ってきた。
着物は黒が基調で、雰囲気があった。
腰帯の右隅には薔薇と似た花の絵が施されてある。
モノトーン基調だが、腰を結んでいる紐は金色と銀色で目立つ。
金と銀の帯揚げと下地の薔薇の絵がマッチしていて、かなりお洒落だ。
「……レン様や、あたいを呼んだかえ……」
「呼びましたわ、ルミコ、このアキサダの拷問をお任せしようと話をしたところでした」
と聞いた途端、
「え? アキサダ? アキサダって……」
と驚きの声を発したルミコ。
「そうよ、謀反を起こしたアキサダとオオノウチ。その部下と戦いとなった。私がオオノウチを仕留めて、シュウヤ様がオオノウチが出した秘策を仕留めてくれたわ」
「さ、様? ってオオノウチが死んだとか信じられない――」
と言いながら、トコトコと俺たちに歩み寄る。
そのルミコはレンの前で止まり、俺たちに会釈――。
「こんにちは、初めまして、名はシュウヤです」
「ん、初めまして、エヴァです。シュウヤの<筆頭従者長>です」
「初めましてか? わたしは源左サシィ、【源左サシィの槍斧ヶ丘】の頭領の立場でもあるが、シュウヤの<筆頭従者長>の一人だ」
「閣下の水の常闇の水精霊ヘルメです」
「御使い様の雷、闇雷精霊グィヴァです」
「こんにちは、名はヴィーネです、エヴァと同じく<筆頭従者長>だ、よろしく頼む」
「宗主の<筆頭従者長>の一人、名はキッカといいます」
「同じく<筆頭従者長>のビュシエです。<血魔力>の扱いには自信がありますよ、うふ」
ビュシエの語りに、ルミコの相貌が変化。
幼女な雰囲気のまま顔色がここまで変化するとは、なにか秘密がありそうだ。
「こんにちは、光魔騎士ヴィナトロスです」
「「「こんにちは~」」」
イモリザ、マルア、アミラが揃って挨拶。
ペミュラスもぺこっとお辞儀、
「百足魔族デアンホザーが頭を下げるとか、あたいは幻術を喰らっている?」
「……百足魔族デアンホザーを連れた側に負けるのは非常に悔いが残るな」
アキサダが余計なことを言っているが、無視。
そして、ペミュラスは百足高魔族ハイデアンホザーなんだが、まぁ、初見で判別はできないか。
キスマリも、
「ふむ、小娘がこんなとこに……」
「六眼とか……怖いんだけど」
「ンン、にゃお~」
「にゃァ」
黒猫と銀灰猫も片足を上げて肉球を見せる挨拶を行った。
ルミコは、パッと明るい表情を浮かべ、
「ま! 肉球ちゃんを見せてくれる挨拶なんて! なんて可愛い魔猫ちゃんなの!」
と黒猫と銀灰猫に寄った。
黒猫と銀灰猫は甘えるかと思ったが、後脚をイモムシのように動かし引くとエヴァの背後に逃げた。
「あぁ~逃げちゃった♪」
ルミコちゃんと呼びたくなるぐらいの童女。
頭の毛で二つの輪を作るような稚児輪の髪形が似合う。
そして、少女で童女だが何か妙な能力を持つことは確実か。
怪し気な雰囲気を持つ。
「「「……」」」
悠久の血湿沼ナロミヴァス、闇の悪夢アンブルサン、流觴の神狩手アポルアは黙ったまま胸元に手を当てて丁寧に頭を下げていた。
あの三人は渋すぎる。
ルミコは、その皆にお辞儀を行ってから、俺を凝視。
双眸の瞳の環に<血魔力>が集結し環になった。
……吸血鬼系か?
「……あたいは監獄主監のルミコよ。でも大勢ねぇ、しかも、黒髪の男、名はシュウヤと言ったけど、魔力が不自然に外に漏れていない。何者なの?」
「シュウヤ様は神聖ルシヴァル大帝国の魔君主様、魔界王子テーバロンテを討伐し、周辺地域を大同盟で纏めた偉人、同時に恩人で、私の魔君主となる殿方」
「え、さっきの言葉は幻聴ではなかったのね……でも、あのレンが、殿方に様とか! しかも私のって、言い方、不潔すぎ! あ、もしかして、さっき副官から俄に聞いて信じてなかったけど、レンが地下闘技場で戦って負けたと聞いたけど……」
「そうよ、互いに真正面から槍武術を使って、負けた。ルミコは見てなかったのね」
「……レンがまともに負けるって、あんたの父さんか、源左の時のタチバナのような相手ってことなの?」
「源左のタチバナだと?」
サシィの言葉が大きな牢屋内に響く。
ルミコは、禁句を聞いたようにムスッとしているレンの顔色を見て、『あ、しまった』と顔に出るような表情を浮かべてから、
「……あ、それより――」
と、ルミコはアキサダを凝視。
「本当に、あのアキサダなのよね……」
と発言。
拷問用の岩に腰掛けているアキサダは微動にしない。
が、アキサダが片方の眉を下げつつ、片目を瞑りながら、
「わしはわしだが、ハッ、お前に……わしが拷問を受けるようになってしまうとはな」
「驚きだけど本当のアキサダね……鬼のアキサダで間違いない、上草連長首座で、黒羽衣会と黒海覇王会を持つ。その連中が黙ってないと思うけど……あ、謀反に加担しているから……」
「ルミコ、その事を含めて、アキサダに色々と喋ってもらおうと貴女を呼んだのよ」
「そっか♪」
「……」
アキサダは顔色がまた悪くなる。
すると、ルミコの左右の細い腕の周囲に風呂敷が拓かれながら出現した。
拡がった風呂敷には拷問用道具が並ぶ。
そのルミコが前に出てアキサダに近付き、小さい顔を近づける。
すると、ルミコの着物と小さい体から蒸気的な魔力が漏れた。
その魔力は半透明な老婆に変化を遂げる。
ルミコと半透明な老婆は頷いてから、体を引かせると、
「……うふ、鬼のアキサダをこんな間近で見るなんてねぇ。普段、あたいに命令ばっかしていた、あの鬼が、ふふふ……でも、あ、謀反の戦いは鎮圧されたの?」
「そうよ、先ほどのオオノウチとの戦いだけど、シュウヤ様がオオノウチの秘策だった――」
とレンは、魔法紋の証書の切れ端を出す。
一部が燃焼し、魔法の文字は見えないところがあった。
悪神条文:第八条・二項:悪神鏡契約者との約束の一方的な反古は認められな――。
と名前のところのバーテの名が残っている。
<闇透纏視>で確認したが、もう効力はなさそうな印象だ。
魔法紋の証書の意味はなさそう。
「この魔法紋を持っていたの、そして、特殊な鏡も持っていた。その鏡から出たのが、悪神ギュラゼルバンの大眷属、六眼バーテだった。召喚か転移は分からない。そして、六眼バーテにシュウヤ様は突っ込んでくれた。そして、その六眼バーテを倒してくださったの」
レン・サキナガは少し熱い調子で語る。
ルミコは、己より少し身長の高いイモリザから、なぜかアピールされていることに気付いているが、頷いて、無難にスルーしていた。
ひょうきんなことを行うイモリザの背中を引っ張るマルアが真面に見える。
ルミコはイモリザから少し逃げて、
「……へぇ、悪神ギュラゼルバンの大眷属を倒したのなら強者は確実ね、魔界王子テーバロンテを倒したって話も本当か……そして、レンを武術だけで屈服させるだけはある」
「うん、オオノウチとアキサダの部下と、シュウヤ様の眷属さんたちは戦ってくれた。ですから、ここにいる方々は大事な大恩人にあたります。あ、黒鳩連隊のミトとハットリに、レン家の子供と大人たちも、バアネル族から救出されています」
「……それは、マジ?」
「うん、本当」
ルミコは俺を見る。
背後に浮かんでいる老婆の幻影が怖いんだが。
そのルミコが、
「もう皆からお礼は聞いていると思うけど、あたいからも! 同胞を救ってくださってありがとうございます」
と、丁寧にお辞儀をしてくれた。
幻影の老婆も笑顔を見せてからお辞儀を行う。
続きは明日。
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