百三十三話 油断
即席パーティ【イノセントアームズ】は無事に地上へ帰還。
宝箱から出たアイテムの鑑定は後にして先にギルドへ向かうことになった。
時間帯は昼過ぎぐらいかな。
太陽の光は三日ぶり。
「楽しみは後ねっ、ギルドへ急ぐわよっ」
「ん」
レベッカはエヴァの車椅子を押して仲良く一緒に出入り口から出ると、露天売り場が広がる第一の円卓通りを進んでいく。
あの二人は随分と打ち解けたようだ。
千客万来的な賑わいを見せているギルド内部を通り受付に並ぶこと数分。
全員でギルドカード、魔石、依頼の品々を提出。
個々に回収していたものを受付台に乗せていく。
「これは凄い量ですね、精算してきます、少々お待ちを」
「にゃ」
肩にいた黒猫が受付嬢の声に返事をしているが獣人の受付嬢は無視して仕事を優先。
素材や魔石のチェックを行いながら紙に記録を記すと、素早く反転。
彼女は事務奥へ向かいスキル的な動きがあるのか分からないがテキパキと作業を続けていた。
少し待つと、
「お待たせしました。こちらが報酬でございます」
受付嬢から報酬を貰う。
たっぷりと金貨が入った袋だ。
黒い甘露水は売らずにこの額となった。
返ってきた冒険者カードを見る。
名前:シュウヤ・カガリ
年齢:23
称号:竜の殲滅者たち
種族:人族
職業:冒険者Cランク
所属:なし
戦闘職業:槍武奏:鎖使い
達成依頼:三十
三十回達成だ。地味に達成感がある。
これでBランク昇格の試験が受けられるはずだけど、今はまだ受けない。
冒険者カードを見ていると、レベッカの嬉しそうな声が響く。
「金貨が沢山、ふふふっ」
レベッカの蒼い澄んだ綺麗な瞳。
完全に欲望丸出しの顔となっているので、少し勿体ない気がしてきた。
さて、俺たちの背後には冒険者が並んでいるし、待合室に移動かな。
待合室は縦に長く開いている席も多かった。
「……金を分けるとして、あそこの隅へ移動しようか」
「そうね」
「ん」
受付前から離れて、右隅へ移動。
伝言板と幾つかの丸い立ちテーブルが置かれてある。
一つの丸テーブルを皆で囲った。
早速、そのテーブルの上にどさっと金貨の袋を置く。
その際に周りの冒険者たちから視線が集まるが、仕方ない。
「パーティボックスもあるけど、今度、この伝言板でも、連絡を取り合いましょうよ」
レベッカが伝言板を指差して指摘する。
「それもそうだな。連絡を取りたい時やパーティを組みたい時に書いておこうか」
「ん、賛成。今度書いておく」
さて、報酬の金貨を分けないとな。
金貨を四人で分配だ。
「……それじゃ、これを、四人で丸分けするとして、一人頭、金貨と銀貨はこれだけだ。皆、納得か?」
「奴隷のヴィーネの分はシュウヤが取りなさいよ」
「ん、不思議」
レベッカとエヴァは疑問を顔に浮かべて話している。
奴隷の報酬は主人である俺が貰うべきか。
ヴィーネへ視線を向けると、彼女は細い顎を下へ動かし頷いてから、口を開いた。
「ご主人様が多く取るべきです」
ま、そういうことなら、仕方がない。
「わかった。ヴィーネの分を貰う。分けるよ」
金貨を分配。
エヴァは大事そうに金貨が入った袋をアイテムボックスへ仕舞う。
レベッカも背曩の中へ仕舞っていく。
俺も二人分の金貨をアイテムボックスの中へ仕舞った。
「ほっくほくね。ささ、楽しみな鑑定へ行こ行こ」
レベッカは細手に握る銀杖をくるくるっと回してテーブルから離れていく。
「おう。行くか。と言うかレベッカ、その杖を落とすなよ?」
「ふんっ、大丈夫ですよ~っだ」
べぇ~っと舌出してウィンクをしてくる。
そのままプイッと顔を逸らしてギルドの外へ歩き出していた。
他の冒険者にぶつかりそうになってるし。
金をスラれても知らないぞっと。
「……俺たちもレベッカを追いかけて、スロザの古魔術屋へ行くか」
「ん」
「はい」
ギルドを出てこないだアイテム鑑定を行った【スロザの古魔術屋】へ向かう。
その時、俺たちの背後からついてくる気配を感じた。
金目当てか? 今は無視しとく。
レベッカと合流し、店に急いだ。
◇◇◇◇
スロザの古魔術屋の風情ある赤茶色の木製扉を開けると、カランコロンと鈴の音が鳴る。
縦長のカフェのような内装は変わらない。
丁度、金持ち風の客が出ていくところだった。
マスターは俺たちが階段を下りながら入ってくると、片眼鏡を弄り、渋い顔を向けてくる。
「こないだのお客さんですね。いらっしゃいませ」
「どもです。アイテムの鑑定をしてもらいたいんだけど」
「えぇ、いいですよ。一律で大銅貨五枚です」
前は後払いだったような……。
ま、いいか、銀箱から出たアイテム類と銅貨を提出。
地図も一応提出しといた。
皆もそれぞれ手にしていたアイテムを提出している。
「ヴィーネも出しておけ、銅貨は俺が払う」
「はい、すみません」
遅れて黒鱗の鞘が目立つ刀剣も提出。
店の主人は片眼鏡を装着し、魔力を操作。
片眼鏡に魔力が通ると自然に先が細くなり、こないだと同様に変形した。
その特殊な片眼鏡で手に取ったアイテムを覗き調べていく。
店主は無言で鑑定。
幾つかのアイテム類の鑑定を行い……。
最後のアイテムである指輪の鑑定に移った時、店主が声を漏らす。
「これは……」
指輪は中心に大きい宝石が嵌められた物だ。
宝石には藍色と白色が混ざり渦が巻くようにデザインが施されている。
店主はその中心にある混ざりあった点を重点的に片眼鏡から発生しているレーザーを当てて覗いていた。
「凄い……」
何が凄いんだ。
皆も、店主の何気ない一言に注目していた。
レベッカはそんな凄い物なの? と言うように金眉を中央に寄せて小皺を作っている形相が凄い……。
眼力で人を殺しそうな雰囲気で鼻息を荒らし興奮している。
少し、怖い。
エヴァも珍しく車椅子から立ち上がりカウンターバーに手を乗せて店主とアイテムを交互に見ていた。
俺の隣にいるヴィーネも銀彩の瞳を大きくしている。
店主は鑑定を終えると、徐に片眼鏡を外す。
真剣な眼差しでこっちを見た。
豊麗線の目立つ頬がニヤリと上がる。
「……このアイテム類の質、もしや、金箱でも出ましたか?」
「う~ん、惜しい。違うんだなぁ、実はねぇ……銀色、銀の宝箱が出たのっ! 凄いでしょ!」
レベッカが勿体ぶるような言い回しから、無い胸を張るようなポーズを取ってドヤ顔を繰り出す。
「なるほどっ、銀製の宝箱ですか。やはり納得です。鑑定した物はどれも高級なアイテムばかりでした。中でも、この指輪は飛び抜けて凄い――。ユニーク級のアイテムですが、伝説級ともいえるぐらいのマジックアイテムです。名前は“霧の蜃気楼”の指輪。装備者は水属性持ちの方に限定されなおかつ周囲に水気が必須ですが、使用すればその装備した持ち主の霧分身を作り出す効果があるという魔法の指輪です。ユニーク級ですが、二つ星の鑑定証が付けられる代物ですね」
へぇ、あの指輪そんな名前の代物なのか。
それに水属性限定とは……天命みたいなもん?
俺が手に入れて正解だった。
「霧の分身とは凄そうだけど、水属性限定かぁ」
レベッカが指輪を見て呟いている。
俺は鑑定証のことが気になるので聞いてみた。
「鑑定証とは付けた方が良いんですか?」
「勿論。オークションや売る時に便利ですよ。わたしの鑑定スキルと片眼境による効果により特別な羊皮紙に能力表示が書き込まれた物が鑑定証になります。少しお値段が掛かりますが、お作りになりますか?」
今回は売るつもりはないから、今はいいか。
「今はいいや、霧の蜃気楼の指輪のことは分かった。その他のアイテム類の名前や解説を頼む」
店主に説明を促した。
「わかりました。まずは、このマジックアイテム、銀魔鋼の杖から、名前は“シルバラリーマジックロッド”。見た目は銀ですが、普通の銀よりも高級な銀魔鉱から作られた逸品ですね、魔力浸透度が中々に高い銀鋼製です。この杖自体に魔法効果上昇の付与が掛かっています。それに、質の良い火属性と風属性の魔宝石も先端に嵌められているので、魔力を送れば詠唱要らずで火と風の魔法弾を放てますし、装備者の火と風属性の魔法系統の威力がアップするはずです」
店主は鑑定済みのアイテムである指輪と銀杖をコーヒーでも出すように、カウンターテーブルの上に置いてくる。
「わぁ、魔宝石が嵌まってるから、もしかしたらと思ってたのよねぇ」
レベッカはカウンターテーブルに置かれた銀魔鋼の杖を手に取り、先端に嵌められた二つの魔宝石を覗く。
その顔は満面の笑みだ。
銀杖を翳すように持ち上げた。
「ふふふ、ついにわたしも詠唱要らずの杖を手に入れた。魔導士、魔術師クラスの必須武器。嬉しいなぁ、魔法効果上昇も付いてるし、わたしにとっては最高の杖よ」
蒼い目を輝かせている。
本当に嬉しそうだ。こっちまで嬉しくなってくる。
「えぇ、実際に優れた杖ですよ。では次を、この黒鱗の鞘を持つ黒刀剣。ユニーク級で、名前は“黒蛇”。刀身には毒の魔法印字が組み込まれた魔法付与が掛かっています。斬った物へ瘧のようにはいきませんが、酸系の毒効果を与えるでしょう」
店主はあっさりとした口調で語ると、黒鱗鞘の刀剣を霧の蜃気楼の指輪の隣に置いてくる。
「黒蛇か。ヴィーネ。この刀剣はお前の物だ」
「……はぃ、ですが、いいのでしょうか?」
「いいんだよ。二度言わすな」
「はっ」
「へぇ、優しいんだか、厳しいんだか……」
レベッカが目を細めながらボソッと小声で言ってくる。
「レベッカ、ヴィーネはシュウヤの奴隷」
「う、うん」
エヴァは小さな声で俺を肯定してくれた。
レベッカはエヴァにたしなめられると、ぶすっとした顔で俺を睨む。
おぃおぃ……俺は当たり前の態度だろうに。
何故、お前の機嫌が悪くなるんだよっ。
と、俺のツッコミ思考を遮るように店主の渋い声が響く。
「……続いての品はこちら、一見すると金塊ですが、金硬魔鉱という鉱物です。精錬すれば、霊魔鉱や銀魔鉱を越える魔力浸透度が高い優れた金属になります」
「知ってた」
エヴァは当たり前よ。
という顔付きで、テーブル上に置かれた黄金色と赤茶が混ざった鉱物を見て答えている。
「次は銀魔糸と霊銅糸から作られた半袖服です。これは迷宮産ならではの防具服と言えます。対魔法防御もさることながら物理防御も高い、優れた防具服です」
店主は銀色に輝く半袖服をテーブルに置く。
これ、迷宮ならではの品か。
「へぇ、迷宮以外では作れない?」
「はい。このように薄い生地のように金属を加工する技術はどこにもありませんからね。分解しようにも極めて細かいので不可能です。切るにも優秀な刃物を求められますし、引き裂くぐらいにやらなければ穴も空けられないとか。勿論、凄腕な方に掛かれば、塵のように引き裂かれますが……」
「それは凄い」
「シュウヤ、それを着るの?」
レベッカは不思議そうな顔で半袖服と俺を交互に見る。
確かにこの銀服は俺のサイズには合わない。
「俺には小さすぎるから売るか保管か……」
視線を女性陣に巡らす。
「ヴィーネに着てもらうか」
「えっ」
「ご、ご主人様、それは」
「ん、シュウヤなら納得」
レベッカは驚きヴィーネも遠慮勝ちな顔で、エヴァは何故か、頷き納得していた。
「本当にあげるんだ。羨ましいかも」
レベッカがジト目を浮かべて、話している。
いいんだよ。
ヴィーネにはこれからも働いてもらわねばならん。
「……ん、羨ましい。けど、奴隷を強くするのは買った主人なら当たり前。高級な戦闘奴隷なら必須」
エヴァも羨ましいらしい。
「確かにそうね。嫌われているわたしをパーティに誘うぐらいだし、シュウヤが、女好きのえっちで強くてお人好しなのは、よーく分かっているつもり」
何がよーくだよ。
「レベッカが俺の何を知っているのかは知らないが、ヴィーネは俺が大金を出して買ったんだ。とやかく言わないでくれ」
そこに視界に怒ったヘルメが現れる。
手には注射器を持って、先端をレベッカへ向けていた。
『そうですよ。閣下に文句があるなら、わたしが相手をしますっ』
『ヘルメ、大丈夫だから、怒るな』
『はい……』
「ふーーん」
レベッカは頬を膨らませて、不満気な顔だ。
「何だよ。気になる顔だな。言いたいことがあるならハッキリ言ってくれ」
「わたしが言えることじゃないけど、シュウヤとロロちゃんだけでも十分強いのに、奴隷なんて本当に必要なの?」
うっ、蒼い双眸でビシッと見つめてくる。
ここは建前を言ってから本心を言うか……。
「……必要だ。迷宮を進むだけなら、確かに俺とロロだけでも進めるだろう。しかし、迷宮には何があるか分からない。それに、今日一緒にパーティを組んだから分かってると思うが、ヴィーネがいたからこそ、あの宝箱が開けられたんだぞ?」
ヴィーネが宝箱を開けられるとは知らなかったけど。
「あ……それもそうね、変なこと聞いてごめんなさい」
レベッカは手に持つ銀杖を胸に抱え込みながら、俺をチラッと見てから、素直に謝ってきた。
気不味そうに俺を見上げてくる。
「いや、構わんさ。レベッカの言いたいことは分かる。その、なんだ、ヴィーネが女で、美人だったから欲しくなったのは、事実だからな」
少し笑いながら本音を言った。
「ぷっ、やっぱりえっちなのね」
「ん、シュウヤは、えっちぃ」
『閣下は確かにえっちぃですが、至高なる偉大な方なのは変わりません』
レベッカに重ねるようにエヴァも笑顔を綻ばせながらそんなことを言っていた。
ヘルメのは無視。
「その通りなので、否定はしない。けどさ……」
俺の言葉を聞いたレベッカは少し笑いながら、口を開く。
「……分かってるって。少しからかっただけよ」
「シュウヤは強いけど、えっちぃなのは本当」
レベッカと違いエヴァは真面目な顔で答えていた。
「おう。当たり前だ」
もう開き直り、誤魔化すように顔を逸らす。
「……ぷっ、と言うか、何処見て言ってるのよ。言葉と顔が似合わないよ? あはは」
馬鹿にするように笑いやがって。だが、悪意はなく、快活な笑いだ。美人だし。
「ん、シュウヤ、優しいけどそういうとこある。くすくす」
えぇ、エヴァまで。
「だよねー、エヴァ」
「ん」
レベッカとエヴァは頷き合い、二人で笑っている。
「ごっほん、では次のアイテムを説明します」
店主はわざと咳をして、イチャイチャすんなと示してから視線を向けてくると、長方形の箱を開けていた。
「これは鑑定をするまでもなく分かる物ですね。紫青香炎略してブルーイン。主に王族や高級貴族の方々から“非常に”好まれている高級品。水晶体から発生する紫炎から特殊な匂いを発生させる品。人の気持ちを落ち着かせる良い匂いを発するアイテムです」
説明が終わると長方形の箱が蓋を閉められてカウンターテーブルの上に置かれる。
高級貴族か、あ、そういや、晩餐会、侯爵シャルドネから個人的に呼び出された部屋の中にあった暖炉の中に、これと同じのがくべられてあった。
「……次はこの地図ですが、わたしには地図解読スキルが無いので、ただの“魔宝地図”としか分かりません」
店主はそう言うと、地図を置いていく。
「そもそも疑問なんだが、その“魔宝地図”とは何なんだ?」
「――え? 知らなかったの?」
レベッカは地図のことを知らない俺に驚いてる。
「……」
ヴィーネは黙りだ。
「シュウヤ、残念」
そんなこと言っても知らんもんは知らんからな。
俺は助けを求めるように視線を店主に向けると、店主は“任されよ”というようにゆっくり頷く。
さすがダイハード店主。説明をしてくれるようだ。
「……魔宝地図とは迷宮の何処かにある宝箱を示す地図のことです。地図にはレベルが一~五までありまして、地図レベルが高いほど良いアイテムが宝箱に入ってる可能性が高く、掘り出す時に出現するモンスターたちも強力になっていきます」
レベルか。
しかも、掘り当てるとモンスターまで出るのかよ。
「迷宮外、地上の何処かを示すとかの、ありふれた宝の地図ではないんだ」
「えぇ、勿論です。魔宝地図は【迷宮都市ペルネーテ】だけの地図でしょう」
そういえば、迷宮前にある広場で魔宝地図売ります。とか叫んでいた売り子冒険者がいたな。
「……そうなると、この魔宝地図を掘り当てるには<解読>スキル持ちを探さないと駄目か。……店主、スキル持ちの方を探すとして何処に行ったら良いとかありますか?」
レベッカがボソッと近くにあるじゃんと言っていたが、聞こえない振りをしながら店主を見る。
店主は頷き素早く答えてくれた。
「はい、ありますよ。【魔宝地図発掘協会】という組織があります。そこを直に訪ねるか、冒険者ギルドで魔宝地図発掘隊の依頼を受けて、地図解読スキル持ちの方とコネを持つか、後は、初心の酒場、円卓酒場などの冒険者が多数集まる有名酒場に出向いて地図解読スキル持ちの方を探すとかですね」
魔宝地図発掘協会。
そんなのがあったのか。
地図解読スキルを持つ人が一杯いそうだ。
「その発掘協会の場所は分かります?」
「すぐそこですよ。冒険者ギルドの隣です」
隣かよ。レベッカが、だから近くだって言ったじゃんとか、言っているが、無視。
そういや、宝と地図マークの看板があったな……。
「あぁ、あそこですか」
「シュウヤっ! その地図を解読して迷宮に挑むのね?」
俺の無視に怒ったのか大声で俺を呼ぶレベッカ。
お宝大好きのレベッカさんだからな。
興味があるのか食い付きが激しい。
「うん。折角の地図だし、すぐという訳じゃないけど、一応その予定だ」
「その時、もし良かったらパーティに誘って欲しいな」
「ん、シュウヤ、わたしも行きたい」
元から二人は誘うつもりだ。
「勿論だとも、二人ともその時はよろしく。それじゃ、鑑定も終わったし回収して、外へ行こうか」
「ん」
「うん」
俺もテーブル上に置かれた鑑定されたアイテムをアイテムボックスの中へ仕舞っていく。
「それじゃ、店主、また今度」
「まったねぇ」
「また」
「はい、ありがとうございました」
店主の渋い笑顔の挨拶を見てから、俺たちは外へ出る。
第一の円卓通りに戻ってきた。
「皆、これからどうするの?」
レベッカは偉そうに胸を張りながら、脇腹に手を揃えて聞いてくる。
「俺は市場を見に行く」
「ん、わたしは店に戻る」
「そう。わたしも家に帰るわ」
皆、家に帰るか。
「わかった。それじゃ解散か?」
「シュウヤ、その前に二人だけで話がある」
お? エヴァ、真剣な顔付きだ。
「どうぞ、シュウヤと話してきたら? 後、市場に行くならわたしの家が近くだし、戻るついでに案内してあげるけど、どうする?」
「お、レベッカ済まんな、ここで待ってて」
「うん」
レベッカは頷く。
「それじゃ、ヴィーネとロロはここで待機、エヴァ、そこの路地でいいか?」
右前にある路地へ視線を向けた。
「にゃ」
「はっ」
ヴィーネは頭を下げ、了承。
黒猫は俺の肩から離れ、ヴィーネの足元へ移動していく。
「レベッカ、また」
「うん、また組みましょ。連絡はパーティボックスか、ギルドの板にね」
「ん」
エヴァは笑顔でレベッカに挨拶すると車椅子を反転させ離れていく。
俺はレベッカとヴィーネと黒猫を残し彼女の後を追う。
路地に入った手前でエヴァは待っていた。
背後にあった気配も感じないし、周りには誰もいない。掌握察にも反応はなかった。
俺が周囲を気にしてると、エヴァは車椅子を変形。
セグウェイモードで素早く反転し奥へ移動。
俺は小走りで奥についていく。
路地の中間ぐらいでエヴァが止まり車椅子を翻してこっちを見ていた。
さっきから、やけに真剣な顔だ。
どうしたんだろう。
「シュウヤ、貴方は命の恩人であり大切な仲間。だから、忠告」
忠告? 紫の瞳は確りと俺を見据えている。
「忠告? 何だ?」
そう問うとエヴァの紫彩が揺れる。
少し躊躇しているようだ。
「……わたしは、人の心、表層部を読めるスキル、サトリを持つ」
「んお? 読める? 俺が何を考えているか分かると言うのか?」
マジで? すげぇな、サトリ?
人の心を読むスキル。すげぇ能力だ。
「ん、分かるのは、わたしが触ったときだけ」
「触ったときだけ……」
それは……エヴァの今までの行動が頭を過る。
初めて会い、俺が助けた時、食事を奢られた時、フランスパンの一欠片を配っていた時……。
「シュウヤ、怖くなった?」
エヴァは悲しそうな顔で視線を横へ逸らしていた。
「いや。怖くないさ。むしろ、すげぇと感心している。……ほら触ってリーディングしてみろ」
エヴァに近付き手を伸ばした。
握手を求めるように。
「リーディング?」
「あぁ、俺の心を読んでみろよ。ほら、手を出して」
「んっ」
エヴァは強い決意をしたかのように俺の手を握る。
異世界初。君と握手。
細い手だが彼女の掌には堅い豆があるようだ。
可愛い、御豆ちゃんだ。
「ん、ふふ」
エヴァは頬を紅くして笑う。
あっ、しまった。
すげぇとかじゃなく、可愛いとしか考えてなかった。
「あぁ、済まん。堅いとか豆が可愛いとか、伝わっていた?」
「んっ」
屈託の無い笑顔で頷くエヴァ。
「でも、これでわかっただろう? 怖くないと」
「確かに、分かりやすい」
そこで握手を止めて、手を離すエヴァ。
「でもさ、そんな重要な能力のことを俺に話していいのか?」
「いい。それより、忠告のこと。聞きたい?」
「う、それは聞きたい」
「わかった。それは、奴隷のヴィーネ。あのダークエルフの心はシュウヤに“まだ”ちゃんと従っていない。けど、大いなる尊敬と混乱も感じられた。わたしやレベッカにも、尊敬心があったけれど、警戒や文句も思い浮かべていた」
うへ、確かに思い当たる節はある。
「それは絶対?」
「ん、表層ではそう。深層は無理」
深層心理は読めないのか。
「ヴィーネに関しては納得した。だが、まだ彼女を買ったばかりだ。そんなヴィーネが敵愾心を持っているのはしょうがないかもしれない」
「ん、でも、何をしてくるか……」
「その点に関しては大丈夫だ。心配しなくていい。たとえ、奴隷というシステムが無くても“俺”がヴィーネの全てを凌駕すれば良いだけだ。彼女だって優秀な一人の女に過ぎない」
「……」
黙りとして、見つめてくるエヴァっ子。
何なら触って確認するか? と、手を伸ばす。
エヴァは頭を左右に振る。納得はしているようだ。
「さすがシュウヤ。分かった。もう言わない」
「でも、ありがとな。能力のこと秘密なんだろ?」
「ん、秘密。知っているのはシュウヤとリリィとディーだけ」
少なっ、そんなに俺のことを信用したのか。
「そりゃ光栄なこった。誰にも話さないよ」
「ん、分かってる」
エヴァは天使の笑顔を見せる。
癒される笑顔は素敵だ。
それに、俺のために大切な能力を明らかにしてくれた。
「……わたし、店に戻る」
「あぁ、そうだな。また」
「ん、暇になったら、パーティボックスか、ギルドの連絡板にメッセージを出しておく」
「了解」
エヴァはそう言って頷き路地の外へ出ていく。
彼女の背中は車椅子に乗っているけど、大きく見えた。
「さて、俺も戻るか」
円卓通りで待っていた皆のところへ戻った。
「お待たせ、行こうか」
「はっ」
「ンン、にゃ」
ヴィーネはすぐに俺の傍に走りよってくる。
黒猫は馬獅子型には変身せずに、猫の状態で肩へ戻ってきた。
「――それで、エヴァの話は何だったの?」
歩きながらレベッカが焦ったような顔で聞いてくる。
そのタイミングでチラッとだがヴィーネを見た。
本当のことは言うつもりは無いので、レベッカには悪いが適当に嘘をでっち上げる。
「……あぁ、個人的なことだ。エヴァに俺の泊まっている宿屋の場所を教えたりね。パーティボックスにメッセージ出しとくとか」
「そういうこと……」
レベッカは微妙な顔で円卓通りを進む。
「このまま南へ向かうわ」
「了解、南だと闘技場があるけど、そこに近いの?」
「そそ、闘技場は比較的市場に近い場所にある」
「なるほど、あそこか」
「うん。わたしの家も方角は同じだから」
レベッカの家は南にあるらしい。
人通りが激しい円卓通りを抜けて南へ向かう路地に入る。
暫く路地の中を一直線に進む。
すると、また俺たちを尾行している気配、複数の魔素が一定の距離を維持してつけてくるのを感じた。
レベッカは気付いていない。
さっきから俺の右肩にいる黒猫へちょっかいをだして楽しそうに歩いている。
ヴィーネはそんな様子を見ながら沈黙を守っていた。
彼女も背後の気配には気付いていないようだ。
索敵系スキルはそんなに優秀ではないらしい。
そんな感じで背後を気にしながら進む。
「もうすぐ食味街の一部でもある解放市場よ」
レベッカが言うように、路地の先には広場が見えている。
中々の広さのようだ。
その時、その広場から俺たちが歩いている路地の中へ入ってくる人たちがいた。
通りすがり?
すると、背後にあった魔素の気配が急に迫るのを感じた。
同時に前方の通りすがりと思われた奴等も抜き身の得物を取り俺たちへ走り寄ってくる。
前からは四人。後からは三人。挟み撃ちか。
外套を広げ、紫色の竜鱗鎧を露出させながら左右の手を横へ伸ばした。
右手に魔槍杖を出現させる。
『閣下、わたしも出ますか?』
『いや、大丈夫だろう』
『はい』
ヘルメはまだ出さない。
「レベッカ、あまり動かず待機、ヴィーネとロロはここで背後からくる敵を迎え撃て」
「はっ」
「にゃ」
ヴィーネと黒猫は即座に返事を出す。
黒猫はむくむくっと黒豹の姿に変身。
ヴィーネも新武器である黒蛇を鞘から抜き放ち、怪しく緑に光る刀身を見せて戦闘態勢を取った。
「こいつら、何なの?」
レベッカは怯えた顔で銀杖を構えている。
「さぁな、ゴロツキだろう」
そう言うと、正面から走ってきた四人のゴロツキは無言で動きを止め、剣を正眼に構え間合いを保ってきた。
「……」
四人は暗褐色ローブにフードを被っているので顔は判別できない。
「俺に何のようだ?」
「お前が“槍使い”だな?」
「そうだとしたら?」
「死んでもらう――」
四人の野郎たちが一斉に斬りかかってくる。
魔闘術の気配がない雑魚だ。
正面から突き崩してやる。
自ら、槍の間合いを作り出すように前進。
魔槍杖を正面へ伸ばし、暗褐色ローブを着る男の持つ長剣を斧刃で軽く弾きながら流れるように胸もとを紅矛で突く。
まずは一人。
正面から斬り込んだ男があっさり倒れると二人目と三人目は横斜めから首を狙う袈裟斬りを放ってきた。
敵の胸を貫いた魔槍杖を引き戻しながら、足裏を使った細かい回転避けを行い剣閃を紙一重で避ける。
避けた直後に、筋肉を意識し、右腕を引いて魔槍杖の紅斧刃を水平に寝かせ一気に力を解放――。
薙ぎ払いスキル<豪閃>を放った。
紅斧刃が烈火の如く、紅扇の線を描き――肉を裂く。
二人の胴体が瞬時に分断。
四つの肉塊が宙へ舞い血飛沫による路上アートが壁に誕生した。
槍の圏外にいたもう一人の敵は長剣を持ち構えていたが、今の惨状を見て、一瞬、動きを止めていた。
その隙は決定的。
動きを止めた敵へ向けて槍投げ競技のように<投擲>を行う――。
スキルと身体能力の力で投げられた魔槍杖は、スパイラルの風を作り出し空を切裂くように突き進む。
暗褐色ローブを簡単に貫き胴体も突き抜ける。
血塗れた魔槍杖は背後の壁に突き刺さっていた。
これで前にいた奴らは全部か。
壁に突き刺さっている魔槍杖へ<鎖>を伸ばし紫色の金属棒へ絡ませると、瞬時に、左手の因子マークへ収斂する。
尋常ではない速度で引き戻される魔槍杖を、左手で掴んで回収。
これ、普通の奴だったら、掴めずに、逆に刺さって死んでるな。
落ち武者をイメージ。
少し背筋を寒くしながら翻り、皆がいるところへ戻った。
後ろも大丈夫のようだ。
暗褐色ローブを着ている三人が倒れている。
「大丈夫か?」
「わたしは平気。ロロちゃんとヴィーネがあっという間にやっつけちゃった」
「しかし、なっ――」
ヒュッと音が聞こえた瞬間、右の視界が消える。
ぐぇっ!! 痛ぇぇぇぇ、顔、眼窩に激烈な痛みが走る。
久々に血が舞った。
これ、矢か? ――グィァッ!
続け様に、強烈な矢を首に受けた。
俺は衝撃で地面に倒れる。
「ええっ」
「ご主人様っ!」
「にゃごっ」
皆、驚愕し駆け寄ってくる。
そこに黒い波のような布がレベッカを包んだ。
「きゃっ」
レベッカは闇布に包まれ吸い込まれてしまった。
そのままレベッカを包んだ闇布は影を這うように蠢き、勢いよく路地裏へ移動。
市場とは反対の方向へ消えてしまう。
俺は右眼窩と首に刺さった矢を一本、二本と素早く引き抜く。
血が迸るが構わない。
視界はすぐに回復したが血で覆われ真っ赤だ。
続けて胸ベルトからポーションを取り出し、顔と首へシャワーを浴びるようにぶっかける。
本当はポーションなんていらないが。
「ロロ、俺のことはいい。分秒を争うっ、あの闇布の後を追え、そして、見つけ次第全力で戻ってこい!」
「にゃあ」
黒猫は即座に馬獅子型サイズへ変身。
勢いよく路地裏を駆けていく。
「ご主人様、顔と首の怪我は……」
「あぁ、平気平気。これ、高級ポーションだからね」
と、空きの瓶を地面に捨てる。
それにしても、さっきの矢。
掌握察の範囲外からだ。完全に不意をつかれた。
矢を視界に捉えていたら喰らわなかっただろうけど……。
ま、これは言い訳だな……。
まさか、二段構えの戦術でくるとは。
最初の雑魚は完全に捨て駒。
油断させ、そこに掌握察の範囲外からの精密弓撃を行い標的にダメージを与えてくる。
もしくは抹殺を狙ってきたんだろう。
その隙に一番戦力が低いレベッカを誘拐か。
二段、三段と手の込んだことを。
あのレベッカを拐った闇布、特殊なアイテムだ。
どっかで見たような気がする。
まぁ、敵は狡猾だったということだ。
そこで最初に突っ掛かってきた雑魚の死骸を見ていく。
この暗褐色ローブ。
懐からブローチが出てきた。
闇ギルド【梟の牙】のメンバーだな。
残党、組織だっての動き。
まだ幹部が生きていたのか。
他の闇ギルドとの抗争で勝手に死ぬと思っていたんだが……。
考えが甘かった。あれほど仲間に迷惑が掛からないようにと動いていたつもりだったのに、本拠地、エリボルを潰して少し安心していたのかもしれない。
枝を伐りて根を枯らす。の精神でやるべきだったか。
そんな愚考を重ねていると、黒猫が戻ってきた。
もう居場所を突き止めたらしい。
「にゃお」
触手を頬に伸ばしてくる。
『見つけた』『狩りする』『匂い』『助ける』『簡単』『見つけた』『狩り』『追う』『簡単』
様々な気持ちを伝えてきた。
はは、簡単か。
「さぁ、レベッカを助けに行くか」
後で謝んなきゃ。
違う触手が俺の腰に巻き付き、黒毛がふさふさしている自身の背中へ俺を運ぶ。
「ヴィーネも乗せてやれ」
「にゃ」
触手がヴィーネの腰に巻かれ強引に俺の前に乗せてきた。
「あ、きゃ」
「ヴィーネ、また気を失うなよ? 怖かったら目を瞑り俺に抱きついていいから」
「はっ、はぃ……」
言われた通りヴィーネは俺の胸に抱き付いてきた。
おぉ、駅弁スタイル。
おっぱいのプルルンっとした感触が鎧経由だけど、しっかりと伝わってキタ。
これはヨイ。ヨイゾ。
と、股間が反応しチョモランマになりそうになるが、レベッカのことを助けないといけないのでゼロコンマ数秒の間にエロパワーは抑えた。
「ロロ、進め」
馬獅子型黒猫は無言で首元から生えている二つの触手を壁がある斜め上へ伸ばす。
一気に収斂させて身体を運ぶ。空を駆けるように移動を開始した。
黒曜石の色合いを見せる四肢が唸りを挙げて躍動。
横壁を蹴り――地を蹴り――空を駆ける。
――すげぇ速い。
ヴィーネは体を震わせながらも、俺の胴体を鯖折りするようにキツく抱き締めてきていた。
馬獅子型黒猫はジェットコースターを超える速度で【迷宮都市ペルネーテ】を駆けていく。




