千三百七話 【魔蟲原林】と【ボブランの草原】の冒険と【レン・サキナガの峰閣砦】への出発
お、治ったか。顔の傷が消えている。
だが、キスマリのすべての瞼は閉じたまま震えている。
呼吸と心臓の律動と全身を巡っている血脈のリズムは一定だ。気を失っているキスマリに向け、
「キスマリ、大丈夫か?」
と聞くと、キスマリの眉と頬の表情筋がピクピクッと動いて、
「んあ……」
微かな声を漏らす。
と六つ眼の内の四つの眼をゆっくりと開けた。
瞳の焦点はまだ合っていない。
治ったと思われる二つの眼の瞼は震えながら閉じたまま。
キスマリは、魔界セブドラとセラで永く生きた。
その年月を考えたらアドゥムブラリと同じようにタフだと考えがちだが魔族でも個人差があるよな、あ、俺の成長もあるか。<脳魔脊髄革命>に<天賦の魔才>持ちの俺だ。
悪夢の女王ベラホズマ様を復活させた。
称号:魔界セブドラノ魔神ヲ復活セシ者※を得た。
膨大な魔力をプレゼントされた。
<魔神式・吸魔指眼>と<悪夢ベラホズマの暦>も得た。
その膨大な魔力は素の魔力で、<血魔力>とは微妙に異なるが<血魔力>にも変換できるからな。
だから、その濃厚な<血魔力>の一部を受け継ぐことになったキスマリだから気を失ったんだろうと予測。
キスマリの四つの瞳孔は収縮と散大が止まって安定したように見えるが……。
そのキスマリは右上腕の手を俺に伸ばした。
「……あ、あぁ……主、我、我は……」
その手を掴む。
「おう、無事に<従者長>になったぞ」
「……う、うむ……」
キスマリは頷いて、四つの瞳で俺を見た。
瞑っている二つの瞼は震えたままだったが、
「主……お? おぉ……」
キスマリは、己の指をプルプルと震えていた眼の瞼を当てた。
そのまま己の指を前後させて、額と、瞼と、頬を、何度も入念に触っていくと、その指が震えた。
「傷がない! ……傷が消えているぞ!」
と叫びながら震えていた瞼が開く。
上瞼に付いていた涙が跳ねた。
見開いた二つの瞳孔の焦点が俺を捉える。
「おぉ……見える! 六眼のすべてが見える!!」
「良かったな」
「主ぃ、我は……あぁ……我の眼が、なんという奇跡か……我は……うぅぅ」
むせび泣くキスマリから、今までの気苦労を感じて、胸が熱くなった。
キスマリの二つと四つの眼から次々に涙が零れていく。
眼について強氣に話をしていたが、やはり、復活は嬉しいよな。
「おめでとう、光魔ルシヴァルとなることで、六眼トゥヴァン族の復活だな」
「あぁ! ありがとう!」
とキスマリは一人で立ち上がる。
銀髪を靡かせながら周囲を見て、
「見知らぬ音が聞こえる……新たな知見を得た気分だ……そして、二眼を失ってから気にしていなかったが、世界はこうも色づいていたのだな。魔界セブドラの世もまことに捨てがたい……」
と詩人の如く己の心境を語るキスマリは、己の四つの両手を見て、
「……この体の内、否、心、精神から込み上げてくるような熱い血……これが光魔ルシヴァルの血潮か」
「あぁ、そうだ」
「……生きていると実感できる新たなる活力源であり強い魔力、これが<血魔力>。だが、まだまだコントロールが利かぬ……なるほど、だからの処女刃の訓練が必要か」
「その通り処女刃で<血道第一・開門>を獲得すれば<血魔力>のコントロールは可能だ」
「承知した、直ぐに挑戦したい! 主、お願いできるか!」
「おう、早速、盥を作る――」
直ぐに部屋の空きスペースを見ながら――。
<邪王の樹>を発動し、邪界ヘルローネ製の樹を放出させた。
いつもの如く邪界製の樹による大きな盥を生成した。
直ぐに処女刃を戦闘型デバイスのアイテムボックスから取り出しながら、
「キスマリ、ここの盥に入ってくれ」
「分かった……」
盥に入ったキスマリに処女刃を渡した。
キスマリは処女刃の腕輪を、
「二の腕に嵌めるのだったな」
「おう」
キスマリは二の腕に処女刃を嵌める。
いきなりスイッチを押していた。
「くっ……痛い……」
「あぁ、がんばれ」
「うむ――ぐっ」
二の腕の内側に刃が突き刺さり、処女刃とその二の腕から血が滴り落ちる。
そうして処女刃の血の儀式を行っていった。
数時間後、盥に溜まっていた血を吸い取ったキスマリは、
「<血道第一・開門>を獲得できた! <血魔力>のコントロールを学べたぞ! 面白い!」
「おめでとう、正真正銘の光魔ルシヴァルの<従者長>だ。そして、これからも宜しく頼む」
と、手を差し伸べた。
キスマリは俺の手を右上腕の手で握る。
「――承知した、我が主!」
握手し、互いに笑顔を贈り合った。
そのまま腕を引き、盥から出てもらったところで、キスマリを抱きしめる。
「あ、あるじ……」
黒猫ロロディーヌが呆れるか分からないが、魔界の真夜を満喫する如く情事を繰り返した。
大女のキスマリなだけに、結構なタフさ加減だったが、さすがに<血液加速>と<脳脊魔速>を交えた腰の扱いを一人では耐えられないようだ。気持ち良すぎてイッタまま眠ってしまった。
◇◇◇◇
キスマリと何回戦が楽しんだ後――。
黒髪のレン・サキナガとタチバナがどう動くか誘うこともかねて、サシィと血文字の連絡を行う。
『シュウヤ、時間があるなら、私も裏切り者たちとの交渉に加わりたいのだが』
『了解した』
そして、ロロディーヌにヴィーネとエヴァとキサラとバミアルとキルトレイヤと常闇の水精霊ヘルメと闇雷精霊グィヴァが乗り込み一時的に【源左サシィの槍斧ヶ丘】へと行ってもらった。
『ん、円樹鍛冶宝具を試すの?』
『あぁ、試すだけ』
とエヴァとやり取りをしつつ俺は魔力回復ポーションをがぶ飲み。
そうして【バリィアンの堡砦】の見学と、エトアと共にいちゃいちゃしながらバリィアン族の家畜と飼い葉のような餌やりに挑戦、暫し、魔公爵フォンマリオンを待つが来なかった。
ついでに悠久の血湿沼ナロミヴァスと残った皆で【魔蟲原林】でレンピショル魔蟲採取の冒険に出た。
そこで蝙蝠と蛇が融合したようなモンスター、ケジュベーターなどが湧いたが――。
即座に悠久の血湿沼ナロミヴァスが動く――。
細い眉毛から魔剣を生み出すスキルか魔法は見た覚えがある。
そして、闇の悪夢アンブルサンと流觴の神狩手アポルアの実力を把握。
二人ともかなり強い。暫し、ビュシエと俺とエトアとグラドとヴィナトロスとラムラントとアミラとマルアは見学モード。
魔公爵フォンマリオンを待つが来ない。
適当にレンピショル魔蟲を採取していく。
ビュシエたちといちゃいちゃを楽しんだ。
と、ゾンビ型の大型昆虫モンスターが無数に出現。
その大型昆虫モンスター名は、〝イキゾマ〟とラムラントから教えてもらう。
「イキゾマは、すべてが素材です」
「すべてか、詳しく」
「はい、様々な道具の元となる素材へと加工が可能な素材、調理素材もあり、毒も含まれた内臓もありますが、毒を中和する肉もあります。極大魔石も採取できる時があります」
「了解した」
と、教えてくれたラムラントと皆で、大量に湧いたイキゾマを倒しまくった。
イキゾマ相手に<魔神式・吸魔指眼>を試す。
指先から出た漆黒のゴムビームのような攻撃の<魔神式・吸魔指眼>――。
イキゾマの大型昆虫モンスターの体に風穴を開けて倒す。
掴んで引き寄せることも可能――。
「使者様が、魔王様にぃぃ――」
イモリザの言葉通り、黒い爪を得た気分というか、魔王気分で、大型昆虫モンスターを倒しまくった。
続いて、<悪夢ベラホズマの暦>を使う。
周辺地域に悪夢の女王ベラホズマ様の力を用いた漆黒色の濃厚な闇属性を活かした悪夢の結界を造り上げた。
それを見た、悠久の血湿沼ナロミヴァスは、俺を見て吼えるように喜びの声を上げていた。
その結界に侵入してきたのは、【魔蟲原林】に湧くモンスター。
魔族の胴体が四方にくっ付いているような奇怪な肉モンスターだった。
名は〝バース〟。
縦縞のユニホームが似合うホームランバッターではない、そのバースをナロミヴァスと共に倒した後――。
【ボブランの草原】に出かけた。
野生ボブラン狩りと、そこの上空にいたドラゴン数体を皆と倒してから、草原で野生ボブランの調教&魔法合戦と模擬戦を行う。
そうしてからエヴァから預かっていた円樹鍛冶宝具に皆で魔力を込める遊びを行った。
すると、円樹鍛冶宝具は光を帯びて、大魔術師ドモンシックスの魔印のようなモノが浮かぶが、それだけ。
円樹鍛冶宝具はやはり、ミスティかクナに調べてもらったほうがいいだろう。
その後、草原で可能な逢瀬を大いに楽しんだ。
次の日――。
バーソロンとアチの<従者長>から、
『陛下、今から<筆頭従者>を迎え入れて、光魔ルシヴァルとデラバイン族の強化を図ります!』
『おう、了解した。新しい女王の一歩だ。血の消費にかなり驚くと思うが、がんばれ、こっちに来たら<血魔力>をあげるから』
『ふふ、ありがとうございます。俄然やる気がわいてきました!』
バーソロンの頬にある炎の刺青が輝いているに違いない。
『シュウヤ様、アチです。デラバイン族、バリィアン族、源左、ケーゼンベルスの確固たる同盟を固めるため今から【バリィアンの堡砦】に向かいます』
『了解した』
とアチと血文字を連絡しあっているとサシィとエヴァたちを乗せて帰ってきた神獣ロロディーヌが広場に到着。
同時に、その広場に黒髪のレン家の方々に集まっていた。
「――シュウヤ!」
「おう、サシィ!」
と一足先に、神獣から飛び降りたサシィを抱きしめた。
相棒は神獣ロロディーヌのまま。
サシィは俺の体をへし折る勢いで抱きついてきた。
「……シュウヤ……会いたかったぞ」
「おう、俺もだ……血文字での連絡が増えると楽は楽だが、どうもな」
「……うん、こうして傍で温もりを得続けられるのは女として幸せ……が、甘えてはいられない」
と言いながら、俺から離れた。
「そして、この黒髪の方々が、レン・サキナガの連中か……」
「あぁ、そうだ」
「……」
サシィは無言のまま皆を見据える。
神獣を見て、
「ロロ、帰ってきたばかりで済まないが、そのまま【レン・サキナガの峰閣砦】に向かうことになるからそのままで」
神獣はあくびをしながら、歯と舌を大きく露出しながら、
「……にゃあぁぁ~」
と変な声を発して、カプッと口を閉じる音も発する返事をしてくれた。
良い子だ。そして、広場を見渡す。
その俺の左前には源左サシィが立つ。
隣に波群瓢箪に乗って背が高く見える扇子を振っているリサナと、大柄のバミアルとキルトレイヤとヴィーネと常闇の水精霊ヘルメとビュシエと光魔騎士ヴィナトロスが立つ。
右側に光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスとキサラと闇雷精霊グィヴァとキッカとフィナプルスとミレイヴァルとマルアとアミラが立つ。
左後方に悠久の血湿沼ナロミヴァス、闇の悪夢アンブルサン、流觴の神狩手アポルアが立っている。
右後方に古魔将アギュシュタンとキスマリとエトアとイモリザとラムラントとペミュラスが立つ。
魔皇獣咆ケーゼンベルスは、光魔騎士グラドと一緒に【古バーヴァイ族の集落跡】の全体的な警邏に出て、ここにはいない。
さて、【バリィアンの堡砦】の広場に集まっている皆に、
「これから貴方たちを【レン・サキナガの峰閣砦】に送ります。そして、【源左サシィの槍斧ヶ丘】と同盟を結んでいる光魔ルシヴァルのシュウヤ側と……事前に説明したように、俺たちは源左側です、リスクは覚悟のうえと考えてください」
「「「「承知!」」」」
「「「はい!」」」
「わかった~」
「はーい」
侍的な黒髪のレン家の方々は全員が返事をしてくれた。子供たちも状況は理解している。
【赤霊ノ溝】で死ぬしかない状況での、今があるんだから、幸せしか感じていないだろう。
そして、心のケアを考えている優しいエヴァは、黒髪のレン家の子供たちはエヴァと仲良くなっている。
すると、黒髪の魔族の中にいたハットリさんが前に出た。
「源左サシィ殿とシュウヤ様、話がある!」
「なんでしょう。どうぞ話をしてください」
一呼吸後、ハットリさんが、
「我らを人質にはしないということだが、もし、一方的に戦を仕掛けられたら、わしらはどうなるのだ」
と発言。
皆、沈黙した。
「ご安心を、戦いを実力で封じる方向に動きます。それが無理なら一旦退く。近くで第三勢力の邪魔がないか確認次第、あなたたち全員を解放します」
「「「「おぉ」」」」
ハットリさんが、
「わしらを人質に利用しないのか!」
「しません。が、それは建前、あなたたちが生きていることが既に俺たちの立場を証明していることになるので、利用していることになります」
と、俺が言うと、静まった。
そして、
「な……」
「「「おぉ」」」
「頭がいい!」
「あぁ、まぁ、そうなるか……」
「シュウヤ様の気概を知れば、サキナガ様に上草の幹部たちも納得すると思うが……皆、戦が第一主義だ」
「サキナガ様は特に……」
「男前のシュウヤ様なら、どうだろうか……サキナガ様は端正な男を好まれる」
「「「……」」」
一瞬、<筆頭従者長>たちからひんやりとした空気感が流れた。
サシィがヴィーネたちから『女だとは聞いていないが?』という厳しい視線を受けて、
「……すまない、まさか、実際に交渉することになるとは思わなかったからだ、因みにわたしの母に似ている」
「そうですか……ご主人様が気に入りそうですね……」
と、ヴィーネさんが俺を見る。
銀色の眼は笑っていない。気持ちは分かるが、極自然に、
「サシィと似た美人さんか。野郎として当然の反応はするが、それはそれだ。現状は無駄な戦はしない方向だぞ?」
「それは、はい!」
「「「はい」」」
「ん、バーヴァイ地方のため、仲良くなることに尽力するのは当然。でも、わたしもヴィーネと同じ気持ちだから」
エヴァの言葉に女性陣が頷きまくる。
皆が俺を独り占めしたい気持ちを持っていることは理解している。
そんなプレッシャーを感じつつも、俺も頷いて、敢えて短く、
「あぁ、が、俺は俺だ。な、相棒?」
「ンンン、にゃお~」
「ふふ、閣下は閣下です!」
「ん、ふふ」
「「ふふ」」
「ふふ、そうですね、わたしたちも<筆頭従者長>です――」
微笑んだヴィーネが、皆に話を振る。
キサラたちは、
「「「はい!」」」
と返事をしてくれた。
すると、黒髪の方々が、
【メイジナの大街】と【サネハダ街道街】の連中とはまったく異なる御方がシュウヤ様たちなのだな……」
「大魔商たちなら、俺たちを兵士に利用と考えるはずだが、シュウヤ殿はまったく考えていない!」
「「あぁ」」
「それはそれで少しショックなのだけど」
と黒髪の美人さんが発言。
数が少ないが、助けた方々の中には女性の黒髪の魔族もいる。
その美人さんを含めた皆に、
「では、神獣、皆を乗せてあげてくれ」
「ンン、にゃ~」
「「「きゃぁ」」」
「「「「「おぉぉぉ」」」」」
「「「うあぁ~」」」
「「わーい」」
と、神獣の無数の触手に体を拘束された黒髪のレン家の方々が一気に、そのロロディーヌの体に運ばれた。
さて、ヴィーネたちを見て、
「俺たちも行こうか」
「はい――」
と、ヴィーネの体に相棒の触手が絡む。
プルルンと音がしたような気がするほど、おっぱいが揺れる。
見事に乳房の谷間に触手がめり込んでいた。
そんな見事なヴィーネの姿が見えたのは一瞬だけ。
もう神獣の頭部の上だ。
「ンンン――」
と、俺に触手が飛来した。
今回は逃げず素直に捕まった――。
「ん、あれ――」
俺を追い掛ける準備をしていたエヴァの可愛い声を耳にしながら、相棒の頭部の上に着地。
「にゃおおお~」
相棒の勝利宣言が響くと、もう【バリィアンの堡砦】の上空だった。
神獣は【レン・サキナガの峰閣砦】の方角を知っているように飛翔していくが、
「ロロ様、えっと、このまま真っ直ぐですと、【ローグバンド道】ですから、【ローグバント山脈】に向かってしまいます!」
とサシィが注意している。
「ンンン――」
「にゃァ」
マルアとアミラの黒髪の絡みに己の毛を絡めようとしている銀灰猫も、神獣に注意するように鳴いていた。
「――ロロ様、此方の方角に【レン・サキナガの峰閣砦】があります!」
神獣は旋回し、サシィが差す方角に頭部を向けた。
続きは明日。
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