千二百八十六話 悪夢の女神ヴァーミナ様と再会
ヴィナトロス様とベラホズマ様たちから放たれていたカーテン状の魔力は亀裂の中に消えながら、その亀裂が上下左右に拡がった。
拡がった亀裂の先にはトリックアート的な不可思議な絵柄が映る。
とそれが宇宙的な光景に変化。それがまた一転――。
雲間から覗かせる月虹の如く目映い輝きが占めると一気に鮮明な万緑の山々に、沼地と窪地と谷と平原に幾重にも分かれた街道と街に広大な白銀の湖を映し出す。
白銀の湖の中央には島のような樹が浮いていた。
【白銀の魔湖ハイ・グラシャラス】の土地を斜め上空から見下ろす視点か。
一瞬、魔界セブドラの空を相棒と共に飛んでいる気分となった。
すると、そのパノラマの眺めからの映像は一気にズームイン――。
と、え? 虹彩? 悪夢の女神ヴァーミナ様の瞳か。
ズームアウトされると、悪夢の女神ヴァーミナ様の頭部と体が見える。
驚きの表情を浮かべている悪夢の女神ヴァーミナ様。
ぽつねんとした眉毛が可愛い。
白銀の湖の表面につま先立ちしているように浮いていた。
おかっぱのロングヘアが少し逆立っている。
オデコが露出していた。額には三玉宝石は嵌まっていない。
ヴィナトロス様特有か。
ヴァーミナ様は、背から魔力が噴き上がっていた。
両腕には細い紐が大量にぶら下がっている。
和風の羽衣のような上着は見たことがない。
晒布のような腰巻きは可愛い。
その腰巻きには黒兎の造形の仮面を付けている。いつでも本人がかぶれる仕様だろう。
シャイサードなどの大眷属を召喚するアイテムかも知れない。
袴の履き物は似合う。
素足に見えるが、甲と足裏には包帯が巻かれてある。
周囲の白銀の湖には家来の小人風の子鬼たちが大量にいた。
黒兎のシャイサードは見えない。
が、鬼瓦のような面と似た、おっさん顔の大きい顔だけ妖怪もいた。
伎楽面の酔胡従的だ。
あれは前にヴァーミナ様が白濁水を掬い上げていた小道具?
大きいから違うか。
小人の一部は白濁の水をかけあって遊んでいた。
小人は子精霊にも見える。
白い炎と闇の炎を宿した小人風の魔族は、周囲に白濁とした液体を飛ばしていた。
白濁の水飛沫から逃げている小人は小さい黒兎か。
兜の前立物の鍬形を備えた伎楽面を被る。
弓張り提灯を持った小人は増えている印象だ。
黄心の樹と傀儡廻しで踊る小人と塗り傘を被っている小人は減った印象を覚える。
墨痕淋漓とした筆を使い三玉宝石の絵を描いたりしている小人も減ったかな。
その小人たちは表情を伎楽面の如く多彩に変化させつつ白銀の水の面を滑るように踊る。
念仏踊り――田楽踊りに――阿波踊りのような踊り――。
様々な踊りを白銀の湖の上で披露する。
魔力の玉を投げては、湖に生えている植物の草を摘まんだり、花を指でツンツクと突いてみたりと、野遊びのようなことをしている小人風たち、
毎回だが、魔界風の子精霊とも言えるな。
前以上に、能面顔、般若顔、白くもあり黒くもある特徴的な顔立ちばかりだ。
横笛とシンバルと鐃と竹の楽器を持つ小人風の魔族も前と同じ。
あの楽器類は、俺にくれた地上のセラと魔界の傷場を開ける時に必要な楽器と同じか。
かつては、傷場を多く支配していた名残かな。
悪夢の女神ヴァーミナ様が小さい眉をひそめて、
「ここまで高精細な……否、悪神デサロビアの<精神侵入>の悪戯かえ? が、妾の<魔次元の悪夢>はこうして反応している……これは本物……」
と発言しつつ表情を和らげると、ベラホズマ様は、
「ふふ、本物ぞ! ヴァー成長したな」
「ヴァー、元気に育って……昔は小さかったのに……」
ベラホズマ様とヴィナトロス様の声を聞いた途端、悪夢の女神ヴァーミナ様は一気に表情が変化し、コクコクと首を縦に振るう。
両手が少し震えながら、
「……わっわっわ……なあんと! 凄い……ほ、本物の姉様たちだ!」
「なあんと! ではないわ! 妾の顔を忘れたとは言わせんぞ!」
「姉様……ベラホズマ姉様とヴィナトロス姉様だ……」
「ふふ、ヴァーの声は変わりませんね」
ヴィナトロス様の透き通ったような声質は顔立ちといい、美しさがある。
すると、ヴァーミナ様は瞳をうるうるとし始めて、「ヴィナ姉……」と愛らしい声で呟く。
ベラホズマ様は、
「だいたいヴァーが使う<魔次元の悪夢>と呼応できるのは、妾と妹だけだろう! が、警戒を怠らないのはヴァーらしい考えだ。そして、ヴァー……元気にしていたかえ?」
と語尾で優しく尋ねると、ヴァーミナ様は涙を零す。
俄に震えていた片腕を上げて、涙を片手の布か紐の集まりを利用して拭いてから、
「……うふふ、はい! 妾はいつでも元気!」
「うむうむ。妾も元気ぞ! 【白銀の魔湖ハイ・グラシャラス】も守れているようでなによりぞ」
「ふふ、妾は悪夢の女神ヴァーミナ。当然ぞ! ふふ、でも、姉様たちが消えてから妾はシャイサードと……」
と、俺を見るヴァーミナ様。
会釈してから、
「ヴァーミナ様、お久しぶりです」
「シュウヤ、妾の夫であり魔界騎士……会いたかったぞ」
「夫ではないですが、元気そうでなによりです」
「ふん、相変わらずいけずだ。そして、光魔ルシヴァルの雌の眷属たちも無事に魔界入りしたようだな」
「雌の眷属ではなく<筆頭従者長>という名があります。ヴァーミナ様も元気そうでなにより」
「ん、シュウヤは私たちの恋人で夫! 宗主! ヴァーミナ様は妻じゃない」
「はい、シュウヤ様は、私たちの旦那様で、愛しい人で、心と体は常に繋がって、求めあってますからね」
「「「はい」」」
悪夢の女神ヴァーミナ様はヴィーネたちの迫力に押されて少し身じろぐ。
エヴァたちも成長しているからな。
「……ふん! だから雌なのだ! そんなことより、シュウヤが魔界王子ライランのところから消えて、また直ぐに傷場を使わず魔界セブドラに入ったことは分かっていたのだが、妾も妾でできることとできないことがある。魔界王子テーバロンテが消えたのは、シュウヤのお陰だろうとも理解している。その時もな……妾は……結界に阻まれてしまったのだ。すまぬ!」
「<夢闇祝>は何度も反応したことがあったので、たぶんヴァーミナ様が何かやっているんだろうとは思っていました。気にしないでください」
「うむ……では……姉様たちは」
ヴァーミナ様の言葉に、長姉のベラホズマ様と次女のヴィナトロス様は頷いている。
「はい」
「うむ、シュウヤのお陰」
ヴァーミナ様は、
「……姉様たちの復活と受肉は、妾が行えたら……と思っていたが……」
「いいのだ。【白銀の魔湖ハイ・グラシャラス】の維持だけでも大変だろう」
「はい、敵が多く、侵略されることが多い状況だと思いますから、大量の魂と魔力の集積は一筋縄ではいきません、ヴァーはよくやっていると思いますよ」
「うむ。それに、当時の妾の負け方は尋常ではなかった故な……ヴァーが妾の最期を見て消滅してしまったと思っても仕方あるまい」
「ベラ姉様……」
「ハッ、泣くなヴァー」
「……うぅ、声と姿が、本物の姉様たちがいると思うと……」
「……淋しい思いをさせてしもうたか……」
「ふふ、泣き虫ヴァーちゃんは変わらないわね、でも、シャイちゃんが見当たらないけど……」
「ヴィナ姉……シャイサードは、その通りぞ……グリム谷の領主の闇神アスタロトと同盟を組めたから共に欲望の王ザンスインと魔公爵ゼンの共同軍と戦っている現状ぞ」
「闇神アスタロト、魔界騎士アスタロトが……」
「いつの間にかの成り上がりかえ?」
「姉様たちが消えて、かなりの時間が経っているから当然ぞ」
「「……」」
「……【白銀の魔湖ハイ・グラシャラス】と周囲を巡る争いには、悪神デサロビアの勢力や魔公爵ゼンと魔界騎士ホルレインの勢力は必ずぶち当たる」
「今も昔も【白銀の魔湖ハイ・グラシャラス】の大領域は戦争中のようね」
「うむ! ……とにかく! 姉様たち復活おめでとうございます! しかし、体も無事に得ていることも驚きぞ! ベラ姉様は神格も取り戻しているし!」
ヴァーミナ様が少女に見えてきた。
「ヴァー落ち着け、これもシュウヤのお陰。そして、〝悪夢ノ赤霊衣環〟を倒してくれたシュウヤが居なかったら、我は本当に滅していた可能性が非常に高い……体を得られてもベゲドアードにも体を弄ばれていたかも知れぬ……今思えば薄ら寒い。だが、妾がこうしてヴァーと話せたのは、そのベゲドアードが率いる赤霊ベゲドアード団、四眼四腕と二眼四腕のバアネル族たちのお陰でもあるのだ……あやつらが集めてくれた大量の魂と血は妾の魔力となり続けた。更には、妾にその自らの血肉を捧げたことになるのだからな」
「……ベラ姉を顕現させる……どれほどの、あ、シュウヤのお陰か……なるほど、やはり妾の愛しい魔界騎士で、おっ……ごにょ」
ヴィーネたちの鋭い視線でヴァーミナ様は言葉を濁す。
「ヴァー、知っていると思うが、シュウヤたちは人肉嗜食文化を嫌うようだな」
「……その理由でセラの迷宮都市ペルネーテに妾を慕う者たちに造らせた悪夢教団ベラホズマ・ヴァーミナ、別名【悪夢の使徒】は、シュウヤに潰されたのだ」
「ほぉ……先ほどのナロミヴァスの話に通じるのだな」
「はい、これも縁でしょう。そして、そんな集団が消えたことでヴァーの神格は揺らぎません。それにヴァーとベラ姉様、これからは人肉嗜食文化を禁止にしましょう」
「妾はどちらでもいいが、セラも魔界の定命の者共は人肉嗜食が多いような気がするのだが……」
ヴァーミナ様がそう発言。俺は、
「一部の存在だけだと思いたいですが、いることはいるようですね。そんな邪教を見かけたら殲滅に動きます。そして、ヴィナトロス様の言葉に賛成です」
「妾はシュウヤの子を孕む予定であるから、シュウヤに従うぞよ」
「なにぃ……ベラ姉! 何を! ぬぬ? あぁ、シュウヤの首に妾と似た魔印が……」
「うむ、妾とシュウヤは特別な<夢闇轟轟>があるのだ!」
「妾は<夢闇祝>……」
「えっと……私は……」
ヴィナトロス様は淋しそうに俺を見ながら発言したから、
「ヴィナトロス様も神格を得たら、俺の首に傷が付くかもですね」
「あっ……嬉しい……では、私も子を孕んでくださいまし……」
嬉しいが、なんでそうなるんだ。
ヴィーネたちの冷たい視線が怖い……。




