千二百八十四話 ベラホズマ様の神像と<夢闇轟轟>
2023年11月18日 11時32分 修正
先ほどナロミヴァスが喋ったオセべリア王国中央貴族審議会が気になった。
ゲィンバッハは王の手。
サーエンマグラムは宮廷魔術師。
サケルナートはサーエンマグラムの従兄弟で、ロンベルジュ魔法学院の魔法上級顧問。
クシュナーはアス家の長男、大貴族の子息、ディアの兄。
現在行方不明となっている。
「ナロミヴァス、先ほど、クシュナーと名が出たが」
「オセべリア王国の大貴族アス家の長男です」
「やはり……分かった」
「はい……」
ナロミヴァスは思案氣の表情を浮かべている。
やはり、ディアの兄がクシュナー、ナロミヴァスと親好があったとは。
「ん、ここでディアの兄と繋がるとは思わなかった」
「ですね」
ヴィーネたちも当然、ディアの兄の名を聞いて驚いている。
ナロミヴァスはそのディアの名を聞いたことがあったのか、細い眉を動かす。
妹の名は聞いたことがあったのかな。
だとしたら、兄のクシュナーとは、結構な付き合いか。
そして、クリムとランスロットとケインとアベルとスレーは初耳だが、オセべリア王国中央貴族審議会の会合に出るような方々だ。
大貴族か、大貴族の寄子のような貴族たち、重要な役職に就いている方々のはず。
とりあえず、その件は後回しかな。
まずは上、【赤霊ノ溝】の砦の前方の広場と、中の戦いはまだ途中のはず――。
ビュシエに、
『ビュシエ、忙しかったらごめん。状況はどうだろう』
『砦前の広場の戦いは散発的に続いています。が既に黒衣のバケン・ダスル将軍を倒しました。【バリィアンの堡砦】にいるバーソロンには報告済みです。砦の最上部では、黒衣のレバナウン将軍と四眼四腕と二眼四腕の軍がまだまだ健在。ケーゼンベルス様と銀灰虎にキスマリとキッカたちが戦っています。ヘルメ様が食料庫を調べに増援に向かったので、砦上部の戦いも終息に向かうはず。そして、黒髪のレン家とバリィアン族も全員が無事。ラムラントとペミュラスも大丈夫です。ラムラントは助けたバリィアン族に抱きつかれていました。シュウヤ様が魔英雄なのにラムラントが〝魔女傑〟、〝ラムラント様〟と讃えられていました。そして、マルアとリサナに、今までの経緯を説明していました』
思わず笑顔となった。皆も同じ気持ちだ。
エヴァとエトアは笑顔満面。ヴィーネとキサラも微笑む。
砦の前の戦いでは、ミレイヴァルたちに任せてきたからな。
皆と目を合わせてから、
『バケン・ダスル将軍の討伐はよくやってくれた。<血道・石棺砦>で皆を守ってくれてありがとう。俺たちも地下に追った〝悪夢ノ赤霊衣環〟を倒し、その中にいた悪夢の女王ヴィナトロス様と流觴の神狩手アポルアと悪夢アンブルサンとナロミヴァスを助けたところだ。ベゲドアードが使っていた〝悪夢ノ赤霊衣環〟は、魔界四九三書の夢教典儀と三玉宝石だったといえる怪物だった。そして、地下には悪夢の女王ベラホズマ様の神像もある。周囲の生贄にされた者たちの影響がまだ色濃く残っているのか、ベラホズマ様の神様も、その神像に宿ったまま会話ができている状況だ』
『悪夢の女王ベラホズマと悪夢の女王ヴィナトロス? ヴァーミナ様と、関わりを持っている方々でしょうか』
吸血神ルグナド様の元<筆頭従者長>のビュシエでも知らないのなら、相当マイナーな神様がベラホズマ様とヴィナトロス様か。
頷いて、
『ヴァーミナ様とヴィナトロス様は、ベラホズマ様の妹らしい』
『驚きです! 三姉妹の女神様だったとは!』
『ビュシエなら聞いたことがあるかな? と思っていたが』
『知りませんでした。悪夢の女神、悪夢の女王、他にも渾名、異名があるヴァーミナ様の名しか知りません』
『過去では、ベラホズマ様とヴィナトロス様とヴァーミナ様は【白銀の魔湖ハイ・グラシャラス】で一緒だったと聞いた』
『そうだったのですね、【白銀の魔湖ハイ・グラシャラス】が広い理由でしょうか……魔界セブドラの開闢がいつ何時か分かりませんが……三姉妹が健在な時代は、そうとう短い間だけだったのかも知れません。わたしが、吸血神ルグナド様に<筆頭従者長>にしてくださった時代よりも、過去のことだと推測します……少なくとも数千年~数万年以上は昔のはず……ただ単にヴァーミナ様のほうが有名で、情報が伝わってこなかっただけかも知れませんが』
『おう、様々だな。もうじき戻るから警戒を続けてくれ』
『了解しました』
ビュシエの血文字を終えてから黒猫を見やる。
貴重なアイテム類は集めてくれたが、また遊んでいる三玉宝石と樹に、他のアイテムを見て、
「悪夢の女王ヴィナトロス様、〝悪夢ノ赤霊衣環〟から落ちた重要なアイテムは拾ってください。そして三玉宝石で相棒が遊んでしまい申し訳ない」
「「え!」」
と流觴の神狩手アポルアと闇の悪夢アンブルサンがアイテムを譲る姿勢を見せたことに驚いた。
「私たちを救ったのはシュウヤ様だから貴重なアイテムはシュウヤ様の物。そして、三玉宝石を転がして遊ぶ魔猫は生まれて初めて見ましたが、ふふ、本当に楽しそうですね。転がす方向にルールがあるのですか?」
ヴィナトロス様は笑い語る。
途中から真面目な表情を浮かべて黒猫に猫アイスホッケーのルールを聞いていた。
思わず笑う。
黒猫は両耳をピクピク動かし遊びを止めて振り向く。
と、片方の前足を上げた。
「にゃ~」
と挨拶してから、「ンン」と喉声を発しつつ首下から伸びている小さい触手で三玉宝石を叩いて足下に戻すと、その戻ってきた三玉宝石を左の前足で叩き、悪夢の女王ヴィナトロス様の足下へと三玉宝石を転がしていた。
「にゃあ、にゃん、にゃ~」
と三玉宝石での遊び方を説明している?
面白い。
「ふふ、ありがとう、ロロちゃん様」
悪夢の女王ヴィナトロス様の言い方と態度が可愛い。
「なんだと……三玉宝石を転がして遊ぶとは……」
神像から響くベラホズマ様の声からして、機嫌が悪そうだ。
三玉宝石で遊ぶ存在は今までいないようだったし、当然か。
が、黒猫の姿を見たら『ぬあんと!? 猫神か! カワユス!』と言って変わってくるかも知れない。
そのことではなく、
「……アイテムはたしかに貴重品ですが、それはあなた方も貴重品のはず。特に、ヴィナトロス様は体現なされたばかり、しかも身に纏う<魔闘術>系統には弱さがある。神格も失われたままでは?」
「……はい、その通り……魔公爵ゼンと魔界騎士ホルレインの諸侯と、悪神デサロビアの勢力と戦って敗れた時に……神格を失いました」
頷いた。ヴィナトロス様の魔力はかなり内包して強さもあると分かる。
が、それでもベゲドアードぐらいの印象だ。
ヴィナトロス様は、
「その影響で、姉妹と共に魔界四九三書の夢教典儀の一部と三玉宝石を使い造り上げた〝悪夢ノ赤霊衣環〟もゲヒュベリアンに奪われてしまい……逆に吸い込まれるように取り込まれてしまった。そこからの記憶は、曖昧模糊……ゲヒュベリアンも、ホルレインに胸を穿たれて吹き飛ばされていましたから……その後、〝悪夢ノ赤霊衣環〟がどうなったのか……覚えているのは、延々と続く悪夢……そして、悪夢の怪物たちに、魂と魔力を喰われ続けていた……私は、この額の三玉宝石が健在でしたので、なんとか無事でしたが……」
と、流觴の神狩手アポルアとアンブルサンとナロミヴァスを見る。
というかゲヒュベリアンか、悪神デサロビアの大眷属なだけはある。
ゲヒュベリアンは時空属性持ちは確定として、転移魔法が得意なのか随分と魔界を移動しまくっている?
アンブルサンの可愛いメガネっ子は、俺をチラッと見て、
「……はい、〝悪夢ノ赤霊衣環〟の中では喰われ続けて、魂の欠片としか残らなかった。しかし、白銀のシュウヤ様……いえ、血の龍でしょうか、血の花や血の巨大な茎にも見えましたが、そのシュウヤ様に助けられた際に、ヴァーミナ様とベラホズマ様の強い精神を感じ、やや遅れてヴィナトロス様との絆も感じた瞬間……〝悪夢ノ赤霊衣環〟の内部から、自然と己の体と魔力を取り戻せたような感覚を得たのです。そうして気付いたら、ここで寝て起きたら、今があります」
へぇ。皆が納得したような表情を浮かべている。
直ぐにその背の小さい可愛らしいアンブルサンから――。
隻眼が渋い流觴の神狩手アポルアに視線を移した。
そのアポルアの身なりはザ・ロビンフッド的と中世の貴族を合わせたような印象。
そのアポルアは頷いて、
「私も同じだ。シュウヤ様とヴィナトロス様に強い感謝を……」
と語る。
渋い流觴の神狩手アポルアと闇の悪夢アンブルサンは目を合わせてから、俺に向けてもう一度頭を下げてきた。
更に、
「ベラホズマ様とヴィナトロス様……私はシュウヤ様に恩を返したい。シュウヤ様の眷属になることをお願いをしてもいいでしょうか」
「あ、わ、わたしもお願いします!」
「『ハッ! だれが許すか、と言いたいところだが……許そう。その代わり条件がある……』」
またベラホズマ様は神意力を有した思念を周囲に飛ばしているし、エトアが耳を塞いでいるが、先ほどよりも平気な様子だ。
エヴァとキサラが背をさすってあげていた。
ヴィーネはエトアの前に立ち、翡翠の蛇弓を掲げて、あれ?
リムとハンドルに位置部分が少し拡大している。
和弓と洋弓が融合したコンパウンドっぽい。そこから紫電の魔力がカーテンのように展開し、エトアを守っていた。
「ふふ、ご主人様、先ほどの戦いの途中で翡翠の蛇弓が進化してスキルを得ました」
「その翡翠の蛇弓の形から発生しているキラキラした紫電の魔力がそうかな?」
「はい、<ヘグポリネの紫電幕>です」
「おぉ、<ヘグポリネの紫電幕>か。おめでとう、ヴィーネ! それは翡翠の蛇弓固有スキル?」
「はい! そうなります」
そういえば先ほど、魔毒の女神ミセアの幻影が見えたが、あの時か?
ヴィーネは凄く嬉しそうだ。
銀仮面は頭部に乗ったままで銀髪は背中側に垂れている。
さて、綺麗なヴィーネを見ながら、ベラホズマ様の神像に視線を向け、
「条件とはなんでしょうか」
「妾に子を宿すことだ」
ヴィーネの笑顔がすぅと消える。
これほどまでに自然な笑顔の消え方は見たことが……あるな。
エヴァとキサラも同じくこめかみに、血管の筋が……。
「子は冗談だ。魔界四九三書の夢教典儀の一部と紫金白銀樹に三玉宝石を妾に捧げるのだ。楽器はいい」
「分かりました」
「え? いいのか?」
ベラホズマ様は自分で献げるように言って、驚いている。
エトアとヴィナトロス様とナロミヴァスと闇の悪夢アンブルサンと流觴の神狩手アポルアも驚いていた。
ヴィーネたちは微笑む。
黒猫は遊びに飽きて腹を見せている。
薄い毛、ピンク色の地肌と、乳首が見えていた。
可愛いから弄りたい。
「「「……」」」
が、今は、その相棒の近くに転がっている樹と、三玉宝石と魔界四九三書の夢教典儀の一部を拾うが、<導想魔手>に持たせた。
「ンン、にゃ」
と黒猫は起きて足下に来ると、先に巨大な神像の前に移動した。
相棒も話は聞いていないようで、理解している。
先を歩く黒猫の尻尾は立っているし、菊門が見えているから可愛い。
エヴァとキサラは頷いて、少し前を歩いて、見上げた。
ヴィーネはナロミヴァスたちに「ご主人様は、欲はあまりないのだ。皆のために何ができるか、それを考えて行動することが多い。それを覚えておくがいい」と告げている。
「「「ハッ」」」
と、三人は眷属らしく胸元に手を当てて礼をしていた。
ヴィーネも頷いて礼を返す仕種が渋い。
さて、そのまま巨大な神像の前に移動。
「ベラホズマ様、献げる際の呪文とか分からないですが」
「シュウヤなら詠唱文なぞ、必要ない。ベラホズマ・ブルム・アスローハ・リズィ・ヌグィ・ハッド・セブドラ……などがあるが、要らない。それらのアイテムに魔力を込めて妾の額辺りに運んでくれれば、あとは妾がやる」
「了解しましたが、これを献げたら……ベラホズマ様は体を得られる?」
「その通り! 〝悪夢ノ赤霊衣環〟は消えたが、消えたお陰でもある。脅威もなく悪夢の使徒の魂と怪物たち欠片は散ったことも好都合。大半はヴィナトロスたちの体となったようだが、周囲に魔法力は満ちているのだ……更に、周囲のキベラや、バアネル族たちの大量の血肉が必要ではあるが、いいのだろう?」
「俺たちは無事なのですよね」
「無論、当たり前だ。大祠堂がほしいところではあるが、だいたい、シュウヤは、妾との絆を持っているだろうに……いけずな男ぞ……」
なんか可愛い雰囲気だ。
そして、<夢闇轟轟>を意識すればいいのかな。
よし、じゃ、ベラホズマ様の神像の綺麗な足を見てから――。
<武行氣>を使用――。
ベラホズマ様神像を見るように上昇していく。
着物は石の素材だと思うが再現されている。
髪飾りと繋がっている光背のような背もたれ的な物は立派だ。
腰にはヴァーミナ様にもあった黒兎の仮面がある。
般若の仮面もある。鬼の仮面は強そうだ。
乳房の大きさを確認――。
乳首を隠すぐらいに伸びているロングヘアも確認。
髪飾りと槍のような簪は、前の精神世界で見た金釵の髪飾りではない。
そのベラホズマ様の巨大な頭部に贈るように、
「では、魔力を込めて贈ります――」
「うむ!」
<夢闇轟轟>を意識。
ズキズキとした痛みがあるが、どことなく気持ち良さがある。
そのまま宙空から、三玉宝石と魔界四九三書の夢教典儀の一部と樹に魔力を込めて、ベラホズマ様の顔に差し出した。
刹那、巨大な神像から魔力が膨れ上がる――。
続きは明日。
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