千二百八十二話 ヴィナトロスの顕現とナロミヴァスたち
2023年11月25日 16時23分 修正
水神ノ血封書と共に血の龍が光を帯びている。
<血道第六・開門>として宙空に展開されている<血魔力>の血の龍は神々しい。
造形はアジアにいるような龍の造形だ。血の龍を操作し、仰向け状態の女性を前に下ろした。
血の錫杖から錫の心地良い音が響き渡った。
<夢闇祝>と<夢闇轟轟>の傷の痛みは極端に治ったが、まだ肌はひりひりする。
「『おぉぉ、ヴィナトロスが体を得るとは!!』」
ベラホズマ様の神像から驚きの神意力を含んだ思念が響き渡った。
――俺たちには神意力はあまり効果がないがエトアは違う――。
と、そのエトアは両手で頭を抱えるように縮こまっていた。
エヴァが直ぐに寄り添う。
心や精神に来る神意力は魔族だからある程度は大丈夫と思うが、光魔ルシヴァルではないから耐性は低い。エヴァは笑顔で『大丈夫』というように手をあげ、
「ん、エトアは大丈夫」
と発言し、エトアは顔を上げてお辞儀している。
安心して頷いた。
一方、額に三つの勾玉を嵌めている女性は、姉の神意力が隠った驚きのメッセージを受けても気を失った状態で寝ている。
ナロミヴァスと射手の隻眼と眼鏡の女性もまだ起きることはなかった。
すると、白濁とした液体を噴出させている〝悪夢ノ赤霊衣環〟が蠢く。
俺が押さえつけていた血の龍は、〝悪夢ノ赤霊衣環〟を押さえていないから当然か。
〝悪夢ノ赤霊衣環〟は赤黒い金属の表面に半透明な魔力が覆うと、半透明な手が出現。
あの半透明な手は、ベゲドアードはオマケと語っていた赤霊キュベラノか?
「ご主人様、総攻撃をかけますか?」
「にゃご」
「わたしも攻撃できます」
『うむ、<魔氣練>から<悪愚穿>で合わせよう』
『いつでも合わせるわよ』
『おう』
「皆、俺が仕留めるから、大丈夫だ」
「はい」
『『了解』』
『承知した』
皆の言葉と思念に頷く。
<血道第六・開門>に合わせて地面に刺してあった血魔力が覆う<血想槍>の神槍と魔槍を消す。直ぐに黒衣の王の斧槍を消した。
そして、〝悪夢ノ赤霊衣環〟と半透明な手を凝視。
血の龍で、あの中にダイブしていた時には無数の邪悪な存在としか認識できなかったが……。
浮いた状態の血龍偃月刀を右手で掴み直す。
その元は血の錫杖だった血龍偃月刀の柄を凝視――。
柄の九匹の龍の魔印が煌めく。
そのまま<握吸>のスキルを発動――。
握りを強めると握り手の柄と穂先から小さい血の龍が吹き荒れた。
細かな血の龍は握る手の内に衝突し続ける……。
この感覚は……不思議――皮膚のもぞもぞが七割で、粘膜の薄膜が貼られて取れるといったニュルッとしたような滑り感が三割か。
そして、大気の中に消えゆく血の龍は儚げだ。
と、その血龍偃月刀越しに〝悪夢ノ赤霊衣環〟を凝視しながら――風槍流『喧騒崩し』の構えから『焔式』の構えへと移行した。
血龍偃月刀の穂先を赤霊キュベラノの一部を表に出した〝悪夢ノ赤霊衣環〟に向けながら走る――。
前傾姿勢で槍突を行う風槍流『風研ぎ』のまま〝悪夢ノ赤霊衣環〟との間合いを詰めた。
ブレるがまま左足の踏み込みから<血龍天牙衝>を発動――。
血龍偃月刀の穂先から血の稲妻のような龍の群れが迸った。
それら血の龍が血龍偃月刀の穂先へと集約しながら赤霊キュベラノの半透明な魔力を豪快にぶち抜き、赤黒い金属の〝悪夢ノ赤霊衣環〟本体に突き刺さった。
※血龍天牙衝※
※血槍魔流技術系統:独自奥義※
※水槍流技術系統:最上位突き※
※水神流技術系統:最上位突き※
※神々の加護と光魔ルシヴァルの<血魔力>が龍の形で武器に宿る※
※奥義の質は数多あり、千差万別。が、<血龍天牙衝>は『一の槍から無限の枝(技)が生まれ風の哲理を内包した一の槍をもって万事を得る』という風槍流内観法極位の是非が問われ、巍巍たる風槍流の真髄が求められるであろう※
※酒豪の槍武神の戦神イシュルルも〝玄智山の四神闘技場〟を通じて未知の奥義を察して、新たな独自奥義を開拓した武術家を注視する※
血龍偃月刀は深く〝悪夢ノ赤霊衣環〟の中に侵入。
同時に赤黒い塊が発火しながら溶けていく。
溶けていない赤黒い塊は青白い炎を吐くように青白い炎が拡がった。
青白い炎に包まれた〝悪夢ノ赤霊衣環〟は各所でテルミット反応のような目映い光を放つとパッと消える。
刹那、その消えた宙空にシンバルと鐃と竹の民族楽器と書物と三玉宝石が絡まった綺麗な樹が落下した。
『見事じゃ!』
飛怪槍のグラド師匠が褒めてくれた。
そして、〝煉霊攝の黒衣〟を試す必要もなく〝悪夢ノ赤霊衣環〟は消えた。
アイテムはすべて貴重な品だろう。
が、とりあえず、
――<血道第五・開門>を解除。
――<血霊兵装隊杖>と<血道第六・開門>も解除。
血龍偃月刀と化していた血の錫杖も元通りとなってから消える。
<魔闘術>系統の<水月血闘法>と<闘気玄装>を維持。
丹田の魔力を捏ねり練る。同時に気を失っているナロミヴァスを見た。
角が生えている。魔人の見た目、悠久の血湿沼ナロミヴァスか。
咄嗟にナロミヴァスの記憶の欠片、魂の欠片か……それに向けて<水血ノ魂魄>を用いて助けてしまった。
隻眼の男性と魔術師の女性も気を失ったまま。
暫し、静寂が支配、血の臭いが鼻につく……。
「ンン――」
と、黒虎が黒猫の姿に縮みながら突進し、竹の民族楽器と三玉宝石に猫パンチ――。
床の上を転がった三玉宝石と竹の民族楽器から変な音が響くと黒猫はイカ耳となって転がった三玉宝石へと猫まっしぐらと突進し滑り込み気味のフックを繰り出した。肉球と衝突した三玉宝石は吹き飛ぶ。
相棒は勢い余って体が横にずれると、その体を捻って器用にひっくり返って立つ。
体をビクッと動かして俺たちを見る。
なぜか毛が逆立って、少しイカ耳となりつつ、
「ロロ、戯れるのは……」
「ンンン――」
イカ耳のまま俺に突進してきやがった。
両前足が少し斜め前に浮きながらの不思議な威嚇走りだ。
通称『やんのかステップ』。
はは、面白い。
「「「ふふ」」」
皆もコミカルな相棒の姿に笑っていた。
「『なにが起きている……』」
「ベラホズマ様、神意力は飛ばさないでください」
「ぬ? すまぬ……が、妹の呼びかけも兼ねている……」
皆、巨大なベラホズマ様の神像を見上げていた。
少しシュールな雰囲気となる。
エヴァが、
「ん、勝った?」
「おう、勝ったと言える」
「はい、おめでとうございます。そして、逃げたのは放っておきましょう」
「ですね、しかし、ご主人様……」
ヴィーネの視線は、床で一向に起きる気配のない悪夢の女王ヴィナトロス様たちだ。
皆も同意するように、寝ているナロミヴァスと射手と眼鏡が似合う魔術師の女性を見やる。
エトアも少し前を歩いて隻眼の射手と、同じぐらいの身長と思われる魔術師の女性を見ていた。
「……玄智の森に行った際には、俺も長いこと魔塔ゲルハットで寝ていたことがあるが……」
「ナミの<夢送り>状態ではないですね」
「あぁ」
ヴィーネの冷静なツッコミに頷く。
キサラが、
「〝悪夢ノ赤霊衣環〟に各々の意識も食べられていた?」
その言葉に皆の顔色が変化した。
同時に、〝悪夢ノ赤霊衣環〟と戦っていた時を思い出した。
悪夢の女王ヴィナトロスと目される女性は、死んだ魚のような目をしていた。
だが、『た……す……』と思念が響いてきた。のは確かだ……。
「完全に意識を取り戻していないのかも知れないです」
「ん、わたしが触って調べる?」
「そうだな、エヴァ、頼む」
「ん、任せて」
すると、「……ここは……」と声を上げた。
最初に目を開けたのは額に勾玉が嵌まっている悪夢の女王ヴィナトロス様だと思われる女性。
「私は……」
「『……起きたか、妹ヴィナトロス……』」
「え……私、姉様の懐かしい神意力が心に響く……幻? え、私、生きているの? 体がある……〝悪夢ノ赤霊衣環〟は……え、なんで、あ、あぁぁぁ……」
と動揺したヴィナトロスさんは周囲を見て、また気を失う。
三人の師匠たちは両手を広げたまま。
まだまだ余裕はあるが、魔力消費は結構激しい。
魔軍夜行ノ槍業の中に戻ってもらうか。
大きな<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>と魔軍夜行ノ槍業の間にある魔力の環を拡大させて、
「ソー師匠、妙神槍の稽古は直ぐに行いたいですが、とりあえず、ここに、シュリ師匠とトースン師匠も戻ってください」
『うん、楽しかったわ、お弟子ちゃん』
『我もだ! 偉大な我の弟子!』
シュリ師匠は俺に雷炎槍エフィルマゾルを放るとトースン師匠と共に魔力の環を潜るように魔軍夜行ノ槍業の中に戻る――雷炎槍エフィルマゾルを掴んで仕舞った。
ソー師匠は、俺を見る。
心配してくれているんだろう。
『俺たちの同時使用は、結構キツイのか?』
『それなりに消費します。まだまだ余裕ですが、一応』
『了解した――』
と、ソー師匠は魔軍夜行ノ槍業と<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>の間の魔力の環の中に戻った。
<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>に描かれてある『八咫角』と回りの梵字のような魔印は変わらず出現中。
と、ヴィナトロスさんがまた目を開け、起きた。
ナロミヴァスと隻眼の射手と魔術師の女性も目を覚ます。
「ここは」
「私は……」
「え…………〝悪夢ノ赤霊衣環〟に喰われて……わたしたちは復活を……」
「……」
その皆に、
「俺の名はシュウヤ、黒猫はロロ。相棒で神獣だ。皆は俺の眷属で仲間だ。君たちは〝悪夢ノ赤霊衣環〟の中にいた」
「……あ、黒髪の……血の白銀に、ううん、血の龍……あれはシュウヤ様、私を助けてくれた……わたしの声を聞いてくださったのですね……ありがとうございます……本当に……悪夢から救われた……」
「助けられて良かった」
「はい……そして、お姉様……やっと会えた。でも私が先に体を得てしまうなんて」
ヴィナトロス様は神像を見上げている。
ヴィナトロス様はかなり魔力を内包しているが、神格は有していないのかも知れない。
「……いいのだ」
悪夢の女王ベラホズマ様の姿は見えないが、声が神像から響く。
隻眼を見た。
「……あの白い光の主はシュウヤ殿……あ、私の名は流觴の神狩手アポルアと言います。よろしくお願い致します。ヴァーミナ様とベラホズマ様とヴィナトロス様に仕えていた者です」
「あ、わたしは闇の悪夢アンブルサンです……」
「――閣下……悠久の血湿沼ナロミヴァスと言います、よろしくお願い致します――」
ナロミヴァスは片膝で床を突く。
頭を垂れた。声は公爵の息子の時と同じだから違和感があるが、眷属としての繋がりはたしか……。
続きは明日。
HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1~20」
コミックス1巻~3巻発売中。




