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十一話 師匠

2022年11月30日 21時15分 修正

 

 朝の景色を堪能しよう。

 広場近くまで歩く。


 広場では黒槍を振り回すアキレスさんがいた。

 訓練を見ているだけで参考になる。

 黒槍が左右に行き交うたびにびゅんびゅんと微かな風切り音が鳴る。


「――おっ? 早いの」

「アキレスさんも早いですね」

「わしの日課だ。最近は【修練道】に行かず、こうやって夜明け前に槍術の訓練をするのがな――フンッ!」


 アキレスさんは黒槍を振り回して、穂先で突く動きを繰り返していた。


「シュウヤも訓練をやるか? そこに棒や槍があるぞ」


 アキレスさんに促されるように視線の先を見た。

 そこには黒鉄の棒と黒鉄の槍が何個も立て掛けてある。


 槍かぁ。挑戦してみよう。


「それじゃ、初めてだけど、俺も」


 立て掛けてある黒槍を手に取った。

 適当に構え、突いたりして、振り回す――。

 アキレスさんの動きを真似して、黒槍を動かしていく。


「ほぅ、凄いな。やはり吸血鬼(ヴァンパイア)系と言ったところか、身体能力が並みではない。重いタンザ鋼の槍を、そうも軽々と振りまわすとは」


 ん? 軽いが――。


「これ、重い金属なんですか?」


 そう問いを投げかけながら、黒槍を振り回し、何回も突いたりする。

 軽く感じるのは<身体能力増加>のお陰だな。


「重いぞ? 重いがその分、普通の槍よりは頑丈だ。刃と金属棒が一体となっているしな? だが、切れ味は今一つといったところだが……」


 アキレスさんは槍の穂先をこっちへ向けて、そう話す。


「確かに」


 穂先は尖ってはいるが平べったい印象だ。

 金属棒の先端が削られ刃引きしたような穂先になっていた。

 普通の槍は、刃とけら首に柄の棒は別だからな。


 柄の部分を見ても刃を接合した跡は無い。


 黒槍の穂先から握り手へ視線を移す。

 そのまま片手で黒槍を持ち上げ――。

 左右へと振り回して、両腕を突き出して黒槍を動かしていった。


「う~む、速度はそれで十分だが、それだとただ突いているだけだな」

「何かが足りない?」

「そうだ。まずは、わしの腰から槍先に移る動きをよ~く見ておくのだ」


 アキレスさんはわざと分かりやすく、突きの動作をゆっくりと示しながら実演してくれた。


 若干腰が沈む――動作から始まる。


 それは一見……。

 何気ない動作だが、その中に確かな熟練の技が存在した。


 大地を踏みしめた足先から力を伝えるように下半身を捻り腰へと力が伝う。

 力の流れは丹田の正中線を通り、肩から腕へ、槍を握る手先へと確かに伝搬していた。


 黒槍は捻られ、風切り音を出し前方へ突出――。

 確かに全然違う。

 意識した体の動きに、槍を捻っているのか。


「突きには捻りが大事なのだ。槍の基本だな」

「……捻り、分かりました」


 こうして、アキレスさんが最初に槍を突く動作を行い、その動きの真似をしていくのを何回も何回も繰り返す。

 体全体に捻りを意識した動きが浸透してくると、槍の突きが変わるのが解ってきた。


 アキレスさんの槍の動きを、少しずつだが確実に俺の物にしていく。


 時が経つのを忘れるぐらい、集中して訓練していると、すぐに成果が出る。


 感覚が解ってきた――。


 ピコーン※<槍使い>の条件が満たされました※

 ピコーン※<刺突>※スキル獲得※


「おっ、<槍使い>になったらしい。<刺突>スキルも覚えた」


 俺の発言にアキレスさんは驚いた顔を見せると、槍の動きを途中で止めて、俺の顔を凝視してくる。


「――何ぃ? この数時間でか? それも、スキルと同時だと? 一を十に変えるとはな。才能と運があれば、僅かな訓練でスキルや戦闘職業を得られると聞いたことはあるが……まさか、目の前で見ることになるとは……」


 珍しいようだ。


「それほどに珍しいのですか?」

「あぁ、珍しい。シュウヤは稀有な才能、何かしらの先天的なスキルを持っているな?」

「えぇ、まぁ……」


 恒久スキルの<天賦の魔才>に戦闘職業を覚えやすいとかあったな……。


「なるほど。それならば納得できる。わしの動きを真似て、わずかな練習で自己昇華を果たしたと」

「そうですね。真似て感覚を掴んだ感じでしょうか?」

「ふむ、素晴らしい。……クラスアップも比較的早く来るだろう。風槍流の免許皆伝どころか、烈、王を容易く超えてくるかもな」


 クラスアップに風槍流?

 一応、クラスアップの詳細を聞いておくか。


「クラスアップ? なんです? それ」


 アキレスさんは俺の問いに僅かに眉を動かすと、しょうがないといった感じに説明を始めた。


「それも忘れたのか? クラスアップとは様々な経験や能力を得て自分自身が成長を遂げた時に、戦闘職業が成長するように変わることを指す。<槍使い>だと次は<槍舞士>か<槍戦士>辺りだろう。因みに、今述べた戦闘職業の名前は個人によって微妙に変わってくる場合がある。ようするに、強くなれば変わっていくということだ」


 ほぁ~、戦闘職業の名前って個人によって変わる時があるのか。


「そうすると、やっぱり他にもあるんですか? 戦闘職業」


 アキレスさんは勿論といった感じで手元にある黒槍をくるっと回し、硬い石畳へ黒槍の石突を突いてから答えてくれた。


「――あるぞ? 剣、斧、短剣、二剣などの様々な武器や魔法を覚えることでも変わってくる。戦闘職業は膨大な数が確認されておる。一説には無限に存在しているのでは? とか言われているな」


 すごっ。


「ほぁ、無限……」

「そうだ。魔法関係の職もある上に種族によっても戦闘職業の名前は微妙に変わる。様々な要因によって同じ人族でも職の名前が違っていたりするからな。わしも知らない職は多い。これは職の神様による祝福らしいが詳しいことは分からん」


 職の神様か。レフォトの名前は覚えている。


「神さまか……無限とは奥が深いですね」


 戦闘職業を実際に獲得した感覚で言うと、関係あるんだろうなと想像はつく。この世界の一部だろうし。


「あぁ、確かにな。成長を感じられる指針にもなる。この世の常は、偉大な神々の恩恵を知らずに受けていたりするものだ」


 神か、アキレスさんのような年配者が語ると、妙に納得できる。


「それと、お前さんが覚えたスキルの<刺突>だが、スキルを覚える=才能と運があるということだ。戦闘職業がクラスアップしても、スキルを覚えられない者も存在する。シュウヤのように戦闘職業を得ると同時に取得する場合もあるし、自身の成長や遺伝の関係で突如覚えたりする場合もある。経験の積み重ねや教えを受けて初めて意味が分かるスキルもある。その辺りは千差万別で、個人差があるんだがな?」


 その言葉を聞きながら、握っている黒槍の穂先を見つめていく。


「なるほど。俺が<刺突>を覚えた時、不思議な感覚でした。練習した動きがさらに昇華して体に身に付き、前から覚えていたような感覚……」


 そのまま流れるように黒槍から自分の腕を見た。


「それはシュウヤ本人でないと解らない感覚だろう。スキルを得てすぐ解ることもあれば、スキルを取得しても、それがどんなモノか解らない場合もある。特殊な訓練によってスキルの意味がやっと解り出す。そんな場合もあるのだ」


 なるほど、たまたまか。

 確かに俺自身、取得しても意味が解らないのもあるし。


「分かりました。でも、この<刺突>って、突くだけの地味な感じですね」


 そう話すと、アキレスさんの表情が少し厳しく変わる。

 真剣な目付きだ。


「確かに地味だが、基本中の基本であり、一の槍の王道を行く偉大な槍技の一つだ。槍の世界にこういう言葉がある。<刺突>に始まり<刺突>に終わる。そのぐらい奥が深いのだぞ? まぁ最初は意味がわからんだろうが……」


 例えか、ボクサーの左を征する者は世界を征す……みたいな感じ?


「<刺突>に終わる……覚えておきます」


 朝日を浴びるように腕を広げながら話していると、アキレスさんは何かを思い出したような表情を浮かべる。


「――ぬぉっ、しまったわ! 家畜に餌をやるのを忘れておったっ。シュウヤがあまりにも武術の吸収が早いんで教えるのに没頭してしまったわい……朝食が遅れるが、手伝ってくれるか?」


 餌やりか。勿論手伝うさ。


「やります。俺も悪いんだし」

「それでは、こっちだ」


 アキレスさんは急いだ様子で梯子のある崖下へと向かう。

 急勾配の崖下からは梯子が下へ続いていた。


 下の方には高原地帯が広がっているのが見える。


「先に行くぞ」


 アキレスさんは急いで降りる。

 俺も続いて、梯子に足を掛けて降りていく。


 梯子を降り、ん? 扉だ。

 梯子の隣、横の壁に、古びた木製の扉がある。


 アキレスさんは梯子から降りると、その扉には目もくれずに、壁沿いから右へ行ってしまった。


 しかし、この扉の先が気になる。


 地下とかに繋がってるのかな?

 気になるなぁ、開けちゃお。


 好奇心が勝った俺。


 少し中を覗こうと、取っ手を引く。

 中に足を踏み入れた。


 冷たい空気が体を通り抜け――思わず体が震える。

 薄暗い湿った地下空間は冷たい空気で満ちていた。

 地下空間の手前のエリアには焦げ茶色の木材が重なるように陳列されている。

 その木材には茸が生えているのが見えた。


 栽培でもしてるのかな?

 広場の奥にはまだまだ奥にいく通路があった。


 奥が気になるけど、今は戻ろ。

 アキレスさんも待ってるだろうし。


 後ろへ引き返して扉を押して戻ると暖かい空気が俺を出迎えた。


 やはり、結構温度差がある。

 暖かい温度を身に感じながら扉を背にして、改めて外の高原地帯を見た。


 なだらかな斜面が続き、所々に草花も生えている。

 羊が一杯いそうな高原地帯だ。


 空気も美味しいと感じてしまう。

 アルプスの少女が生活してそうな気がしてくる。


「おい、どこにいった? ――こっちだぞ」


 アキレスさんの呼ぶ声が聞こえた。急いで声が聞こえた岩壁が続く右へ向かう。


 ――わおっ。


 ついた場所は、いきなりの厩舎小屋だった。


 厩舎は岩壁を利用した作り。

 洞窟を掘るように岩をくり貫いている。天井は木材とモルタルのような建材で補強されてあって、かなりしっかりとした建物。


 厩舎の入り口は柵で囲われて、中は更に小さい柵で区分けされている。

 そこに案内された。


「えっ! 恐竜……」


 間抜けな声を出してしまう。

 小屋には恐竜に似た動物が存在していたからだ。


 恐竜に似ている……が、全く違うようだ。

 体長は三~四メートル。頭は爬虫類系で平べったい印象だ。

 トカゲに近いか。その頭に三角錐の角が真横に二本生えていて、頭から胴体までは寸胴だった。


 だけど目は小粒で可愛らしいかも。


「ブボッ、ブボッ」


 鳴き声は鼻の奥の襞を鳴らすような音だ。


 餌を食いながら鳴いていた。

 飼い葉だけでなく肉やジャガイモらしき物も入っている。


 雑食のようだ。


「これを竜だって? プッハハ。シュウヤの記憶は本当に無いらしいな」


 たじろいでいる俺の姿を見ながらアキレスさんは笑っていた。


「これはポポブム、魔獣だ。見た目は確かに小さい竜かも知れんが……この山間部では重要な乗り物だぞ?」

「乗り物。馬とかは?」

「馬も確かに有能だが、ここは急勾配だ。馬でも行けるが……ちと物を運ぶのに馬ではキツイところもあるのだよ。その点ポポブムは頑丈な魔獣だ。足を見るとよく分かる。それに餌は何でも食べる。まぁ、高原に生えてる草が一番好きだがな」


 確かに……足は六本で一本一本が異様に太い。


「今度、こいつの乗り方も教えてやろう。動きも馬なみか、それ以上の速度を出すぞ?」

「おぉ……でも、覚えられるでしょうか」

「覚えてもらわんと困る。手伝ってくれるのだろう? 家畜を世話するのに必要なのだ。この高原は意外に広い」

「分かりました。頑張ります」


 その他にもこの厩舎小屋には豚、牛、アルパカに似た動物が沢山いた。


 豚に似た動物は後ろ足が異常に大きく鼻には小さな牙が生えている。

 牛に至っては頭が二つで胸肉が異様に張っているし、乳も尋常ではないほど付いていた。


 アルパカに似た動物は、毛が全部剃られたのと毛が残っているのがいた。

 高原地帯だ。羊に似た動物がいるのではと考えていたが、代わりにアルパカと似た動物がいるとは。


 餌の飼い葉は主に草ばかり、茸と何かが混ざっている餌もある。餌の中に入っている茸を見て、先ほど見つけた空間のことを思い出す。


 あそこで茸を栽培しているのかな?


「アキレスさん、この茸って」

「あぁ、貯蔵庫で栽培している。見るか?」


 厩舎を後にして、その貯蔵庫をアキレスさんに案内してもらう。

 やはり、先ほどの古びた木製扉の先が貯蔵庫だった。


 ここで椎茸に似た茸を大量に栽培しているらしい。

 あくまでも、椎茸に似たキノコだ。


 俺が知っている椎茸の人工栽培は難しかったはず。

 人工栽培が成功して軌道に乗ったのは現代になってからだ。


 だが、ここは異世界。

 栽培方法の可能性は幾らでもあるのだろう。


 奥へ行くほど洞窟は枝分かれするように沢山の部屋があった。

 その小部屋にはそれぞれ、木の樽、熟成肉、干した野菜、木箱が別々に貯蔵されていた。


 その部屋ごとに湿度が違うのには驚く。


 アキレスさんから小難しい説明を受けながら案内された。

 また入口近辺へ戻っていく。


 そこにあった茸が生えた木材を見ながら、自然と質問していた。


 茸は何種類もあるみたいで、毒茸との見極めはどうするんだとか、アキレスさんと長々と話していく。


 すると、「おじいちゃぁ~ん」と声が聞こえてきた。


「あ~っ、やっぱりここにいた」

「レファか」

「うん。あさしょく、まだでしょ~。おかあさん、おこってたよ。おとうさんは、狩りだって。木もきるかもだって」


 と、呼びにきたレファの足下には黒猫(ロロディーヌ)もいる。


 俺と視線が交わると黒猫(ロロ)は走り寄ってきた。

 略してロロでいいか、気分でディーヌを付けよ。


 黒猫(ロロ)は視線を上げて、つぶらな紅い瞳をアピールしてくる。


「ん? どうした?」

「にゃ~ん」


 黒猫(ロロ)に訊ねると、そのまま小さい頭を俺の足へ擦りつけてきた。

 行ったり来たりしながら、尻尾も絡ませてくる。何回も擦って満足したのか、俺の肩に乗ってきた。


 肩で器用に休みながら、俺の頬へ触手を伸ばし触れてくる。


『ふあん』『みつけた』『あそぶ』


 とか、そんな不思議な感情を伝えてくる。

 寂しかったらしい。黒猫(ロロ)は可愛いやつだ。


「あ~、ロロ様ひとりじめ~。それ、わたしもやってほしい~」


 レファは俺と黒猫(ロロ)のやり取りを見ていたようで、そんなことを言ってきた。


 俺は肩に乗る黒猫(ロロ)を見つめ直し、


「だそうだぞ?」


 と軽く言う。


 黒猫(ロロ)は「にゃお」と鳴き『わかったにゃ』的な声を出すと、しなやかな動きで俺の肩から降りていく。レファへゆったりとした動作で歩き寄り、紅い瞳をレファに向けると、自身の首筋から触手を出して、そのレファの小さい顔の頬へと触手を優しく当てていた。


 気持ちを伝えているのか、不思議な顔つき。


「わぁ~、ロロ様、あそびたいのねっ」

「ンン、にゃお」


 レファと黒猫(ロロ)のやりとりを不思議そうに見つめるアキレスさん。俺へ顔を向ける。


「神獣様と自由に意思を通わせられるのか?」

「自由ってより、俺や皆の言葉が少し分かるみたいです」

「なるほど。道理で……」


 アキレスさんは神獣である黒猫(ロロ)を見ていた。


「それに、玄樹の宝酒珠、知慧の方樹と言われる物があれば、真の姿を取り戻せるとか」

「こないだ聞いた話だな? わしたちでは力に成れんと思うが、違う地域に住む人族や違う種族なら、何か知っている者がいるかも知れない」

「人族というと、何処かの街や都市ってことですか?」

「そうだ。それもあるが、冒険者に成ることが、そういった情報を得るのに手っ取り早い」


 冒険者かぁ、やはり、都市にはそういうのがあるんだな。


「冒険者、良いですね。そのほうが世界を見て回るのにも好都合。……いつか、俺も冒険者に成れれば良いなぁ」


 アキレスさんは俺の何気ない呟きを聞いて、喜ぶ様子を見せる。


「成りたいかっ、よしよし。それについては上に戻って、朝食を食べてからじっくりと話してやろう」


 梯子を上り崖の上にある家に戻った。


 アキレスさんと一緒に遅れた朝食を口へ運ぶ。

 因みに、固いパンと昨日の残りだ。

 それを黙々と食べていく。


 一緒に戻ったレファは母であるラビさんに勉強を教えてもらっていた。

 隣の部屋で机に座り黒板に似た石板に白石で文字を書いている。石はチョークのようだが詳しくは聞かなかった。


 食事を済ませると、まだまだ疑問に思うことを片っ端から聞いていく。


「質問があるんですが、いいですか?」

「何だ?」

「一日って何時間です?」


 アキレスさんは片眉をあげ、そんなことさえ忘れるのかって表情を浮かべていた。


「はぁ? そんな当たり前のことも忘れるのか? 一日はだいたい、二十八時間~三十時間とかだな。正確なのはわからん。だいたいそれぐらいってことだ」

「そうですか。三十時間……」


 約三十時間か、どうりで昼も夜も長いわけだ。

 地球に比べハビタブルゾーンの公転周期が違うとか? 自転が遅いとか?


 またはこの惑星が大きいのか、それにしては温度があまり変わらないが……。


 そんなことより、身近なことも聞いておくか。


「ステータスという言葉は知ってますか?」

「何だそれは?」


 知らないようだ。

 他の人は自分のステータスは見れないってことか。


「いえ、何でもないです。それじゃ、自分の能力、例えばスキルを今朝俺は覚えましたけど、それらの獲得したスキルを確認したりできるモノってあります?」


 アキレスさんは俺の言葉を聞くと、頭を傾けてハテナ? という風に疑問符を浮かべる。


「自分でスキルを確認? もしや鑑定スキルや人の心を探るスキルのことを言っておるのか?」


 やはり、そういうスキルは存在するのか。

 少し違うが、話に乗っておこう。


「はい。そういったスキルはあるのでしょうか」

「あるぞ。アイテムを鑑定する専門的なスキルだけでなく、人を鑑定できるスキルを持つ者がいたり、人の気持ちを知るスキルを持つ輩もこの世には存在しているらしい。わしは会ったことがないが」

「鑑定、気持ちを知る……」


 精神、心を読み取るようなスキルか。羨ましいかも。

 いや、四つもエクストラスキルを持つ俺が言うことじゃないか。

 サトリは便利そうなスキルだけど、無制限に読み取れるのなら、意外に苦労しそうだ。


「……そんなことより、まだシュウヤに見せてない部屋がある。ついでだ、ついてこい。そこで冒険者の話をしてやろう」


 そう話すアキレスさんは、背中に両手を回して、爺さんスタイルでレファとラビさんがいる隣の部屋を通り、奥の部屋へと歩いていく。

 奥の部屋と言っても、そこは物置のような感じだった。


 麻袋と塩の樽に空の樽が積み重なって置いてある。

 発酵した食品が置かれているのか、少し臭い。


 だが、その左手前には、下へ続く焦げ茶色の樹の板の階段が存在した。

 アキレスさんは素早くその階段を降りていく。


 階段を降りた地下室からは、明るい光が漏れていた。


 非常に明るい。

 その明るさの正体は、ランプではなく炉。


 部屋の左奥に置かれた炉が発する光が部屋を照らしていた。左上の天井には煙突へと続く骨で作られた巨大な換気装置らしき物が見える。

 炉の近くには、ふいごや鍛冶道具に加え金床もあった。

 金属製の鋳型がいくつも並べて置いてある。


 右隅には何かを磨り潰す台座? もあった。

 どうやら乳鉢が一緒になった金属の台座のようだ。

 台座の上には小さい刷毛や乳棒も揃っているので、ここでごりごりと薬草類を擦り潰しているのだろう。

 それに加熱用のフラスコのような陶瓶、秤と大鍋もある。


 大鍋は、これ、ゲームで例えるならドラ○エ八の錬金術だな。


 台座近くにある戸棚には、磨り潰す材料なのか、輝く石に草の束と色とりどりの花が積んであり嵩張っている。

 何かの薬のような不思議な色合いをみせる液体の入った瓶も飾るように置いてあった。


 ガラス? これだけガラスだ。

 他は全部陶器の瓶なのに。


 他にも、将棋盤みたいなのもある。

 駒もあるし、アキレスさんの遊び道具かな?


「この炉は遥か古代にドワーフにより作られた物らしい。わしが生まれる前から存在する。他のゴルディーバの里には存在しない。現時点では他の何処にも無いかも知れぬ。神具台と同様に、ここだけに受け継がれた技術と見ていいだろう」


 アキレスさんは光を発している炉のことを説明してくれた。


「その炉は、神具台のように名前はないんですか?」

「無い。時と共に忘れ去られたのだろう。もしくは完全な手作り、優秀なドワーフ個人による作品かもな」


 その可能性は高そうだ。


「この炉でタンザ鋼やそれと似た性質の鉄を加工しているのだ」


 炉か、と言うか、明るいのに熱くない。


「熱が外に漏れていないし、物凄い技術ですね?」


 俺の言葉に、アキレスさんは思い出すように語りだす。


「この炉は確かにそうだな。父や爺さんは、遥か古代にはドワーフの技術が世界を席巻していたとか、次元世界がどうたらとか、難しいことを話していた。だが、その内実は全く違うかもな。わしが人族の地域で過ごした時……三百年近く前の話なんだが、その時代にも、これと同じ炉は無かった」


 やはりロストテクノロジーって奴じゃ?


「謎ですね……」

「あぁ、過去は戦争や災害が多かったと聞くし、なにより今だって戦争はあるだろうからな。失われた技術や魔法は山のように存在するだろう」


 これを作ったドワーフ……。

 ドワーフといえば、イメージ的には背が小さく頭の毛が豊富で筋肉質、そして、ふっくらな感じだ。


 映画や小説で有名な指輪物語に出てくるイメージだな。

 地下で生活しているロアの姿も、そのまんまのドワーフ姿だった。


 一応ドワーフについて聞いてみよっと。


「優秀そうですが、そのドワーフとはどんな種族なんです?」

「わしが過去に旅をしていた時、ドワーフが多く暮らす都市で永らく生活をしていたのだが、人族と普通に暮らしているのが大半だった。背が低いのが特徴だ。そして、力強くタフであり、なによりも快活な性格で、一緒にいるのが楽しくなる不思議な種族だ」


 正にロアもそんな感じだった。


「鍛冶や採掘などが得意で、ドワーフ独自の金属を鍛えるやり方や見知らぬスキルを豊富に持っていた。わしも多少自信があったのだが、知らない技術で参考になったもんだ。……だが、このような炉を作る技術や神具台は、わしが旅をした地域には伝えられておらなんだ。南マハハイムのすべてを見たわけではないが……その時に、これらは失われた技術の一つなのだろうと、わしは認識した」


 なるほど。やはり失われた技術か。

 ロアもそんな話を少し言ってたような気がする。

 旅とは……。


「……長旅だったのですか?」

「あぁ、色々と歩き回った。さっきも少し言ったように……かつてドワーフの国が存在したという【鉱山都市タンダール】にわしは長年住んで、武神寺総本山に通っていた。その東には【ロシュメール古代遺跡】があってな、よくそこに風槍流の修行がてら足を運んでいたもんだ」


 おぉ、古代遺跡。ロマンがあるね。


「その古代遺跡にはモンスターがいたり?」

「そうだ。そこは遺跡というより古戦場のような場所。多数の死霊系モンスターが犇めいていた。まぁ、冒険者にとってはいい稼ぎ場所だったがな? 更に伝説では、遺跡の地下深くには古代ドワーフの生き残りが築いたとされる地下王国が存在し、そこに通じる秘密の地下道が存在するとか、そんな噂を耳にしたことがある」


 地下王国とは……。

 ロアが話していたラングール帝国じゃないか?


 そんな疑問が頭を過るが、俺にとっては関係ない。

 それより、目の前にある古代ドワーフが作ったとされる炉のほうが気になる。


 これ、失われた技術とか詰まってるんだろうな。

 大きさ的には小さい部類だから熱が保てるとか?


 回りを囲う鉛のような鋼鉄が普通じゃないことは見てわかるけど。熱を抑える魔法の鋼鉄とかでできてるんだろうか……。


「……ドワーフの古代技術、この炉は今も現役で?」

「うむ。今もわしが時々使っている。使い方は普通の炉と変わらんから楽だ。そこに並べてある武器防具に加えて、農作業用の道具にポポブムの蹄鉄もわしの作品だ。スキルは<鍛冶・解>だけではないぞ?」


 アキレスさんは視線を棚に向ける。


「椅子や机に駒などを作った<木工・大>。その戸棚にある花、魔晶石、薬草は錬金術で使う。わしは<錬金術・中>も修めているのでな」


 そんなスキル名なんだ。

 他にも裁縫道具みたいなのもあった。

 

「凄いですね。裁縫もできるのですか?」

「できるぞ。レーメの毛を使った裁縫技術ではラビのほうが上だが、一応わしも<裁縫・初>は体得しているので少しは縫える。それと、シュウヤが装備していたキュイスと腕甲も修理して、そこに置いてあるぞ」


 机には俺が装備していた防具が置いてある。

 それにしても、生産スキル的なのもあるのか。


 頑張れば俺も覚えられるのかな……。


「……あ、はい。ありがとうございます」


 アキレスさんはなんでもできそうだ。


「すまんの、シュウヤを運び終わった時、首飾り以外は外させてもらった」

「――いいですよ。この装備品……地下で拾った物なんです」


 と、直してもらったキュイスを装着していく。


「ほぉ、良い物を拾ったな? そのキュイスはサーペント系の鱗だぞ。腕甲も素晴らしい逸品だ。甲の大部分がランドタイド鉱石で作られている。裏地の布には迷宮で出没するゼラードタイガーの皮が使われてあった。片方しか無いのが残念だが」


 へぇ、拾っといて得した。でも、鱗か。

 モンスターの名前なんてわからんからなぁ。


「……キュイスのサーペントって海竜とかですか? ……どれもわかんないですけど……」


「おっ? 海竜は当たりだが、わからんか。おっと、そんなことより、わしが詳しい理由を説明しておこう。わしは一時期人族と仕事をしたと言ったが、それはわしの冒険者時代の話でもあるのだ……」

「アキレスさんが冒険者? ここで武装司祭をしていたのでは?」


 その問いに、アキレスさんは静かに頷き答えてくれた。


「今はな。昔は司祭をしていなかった。わしがひねくれ坊主だったせいもある。【修練道】での訓練に飽きたのもあったしな……それに、その当時は別の武装司祭がゴルディーバの里にいたのだ」


 アキレスさんは何かを思い出すように目を瞑り、頷きながら話していた。


「そこでだ、シュウヤ。冒険者になるのなら、ここで暫く暮らすついでに、風槍流と独自の武術を本格的に学んでいかないか?」


 武術に風槍流か。

 こないだ見せてくれた奴だよな。

 強くなれるなら学びたい。


「この間の魔技とは別にですか?」

「うむ。ロー、いや、ロロディーヌ様の秘宝を手に入れるためにも、シュウヤの為にもなるはずだ。今後、人族と暮らしていくのに、吸血鬼(ヴァンパイア)ハーフの力だけでは、いらぬ誤解を生むかもしれんぞ? ……それに、わしはもう司祭として神獣様の彫像を守ることはない。だから、少しでも神獣様、ロロディーヌ様とシュウヤの役に立ちたいのだ」


 アキレスさんは必死だ。


「俺でも立派に武術が使えるようになりますかね?」


 少し躊躇うように話す。


「何を言うか。今朝の槍捌きを見たからこそだ。シュウヤには槍を扱う才能がある。というより天命とわしは思ったのだがな。お主でなければ、わしはこんなことは言わんぞ? それに、わしが弟子を取るからには、責任を持ち、卒業だと思うまでしっかり武を教え込むつもりだ」


 アキレスさん、何か神妙な面持ちだ……。

 この際だ。色々とお世話になっちまうか。決めたっ!


 するってぇと、俺は弟子か。アキレスさんは師匠になる。


「分かりました。貴方のような方から武術を学べるなんて光栄です。これから是非よろしくお願いします――」


 頭を下げて、精一杯慇懃めいたお辞儀をする。

 師匠、中国語でシーフー。カンフー映画を思い出すな。


 胸の前に両腕を出し、片方の拳の上に添えるように反対の掌を乗せて、頭を少し下げる仕草。

 少し憧れていたんだ。


「……そうか、うむ。良かった良かった」


 頭を上げて、師匠を見たら……。

 何故か師匠は、目に涙を溜めている……。

 師匠はゴルディーバの武装司祭として、先祖代々、神獣ローゼスの彫像を守り続けてきたんだもんな。

 ある種の信仰として……。

 何か心にくるもんがあったんだろうと、勝手に推察。


「アキレスさん……これからは師匠と呼ばせてもらいますよ」


 師匠はそう呼ばれると、驚いていた。


「ぬっ――わしがそうなるのか?」

「えぇ、俺はこれから色々教えてもらうんです。アキレスさんは師匠ですよ。師匠、よろしくです」


 アキレス師匠は俺を見据える。


「昨日、魔技も習いたいと言ってたしな。――良いだろう」


 師匠は納得したように頷いている。どこか嬉しそうだ。

 魔技か。俺も使いたい。


「……魔技って、昨日の」


 あの超能力、オーラ、念、フォース的な魔法。

 すげぇな、わくわくする。


「そうだ。教えるとして、お主は……魔技どころか、魔力に魔法も、なんのことかさっぱりってところか?」

「はい。魔力、魔法も魔技も全く……」


 アキレス師匠は師匠らしく、腕を軽く組む。


「まずは、そのだだ漏れの魔力をどうにかしないとな。基本から行くぞ。幾ら才能があっても魔技の習得までは数ヵ月掛かると予想できる。それから先は、一生涯かかると思えよ?」

「一生涯……」


 アキレス師匠は威厳を見せつけるように、今まで見せたことのない表情を作っていた。


「解ったか?」


 師匠は眉間に皺を寄せて目付きが鋭くなる。

 語尾を強めての言葉だ。


「はい!」


 気持ちを込めて気合いを入れた。


「その意気や良し! 早速やるか。まずは魔力の確認からだ。そこで足を組んで楽な姿勢になれ」


 そう言われて、床に座り、軽く胡座を組む。


「目を瞑り、深呼吸しろ。心を穏やかに、身体の内側を見るように沈むのだ……」


 リラックスしろってことか?


「……」


 静かに息を吐く。

 言われた通り、リラックスを目指す。

 脳からα波を出すように、目を瞑り、集中していく。


 禅を実践し、瞑想にふける。


「外の体を感じつつも、体の中心を見つめ……集中するのだ。精神の礎――心の深きところ、心の襞に目を向けるのだ。そこに何かがあるはずだ」


 師匠は俺の集中を邪魔しないように、静かな口調で優しく語りかけてくる。まるで催眠術をかけるように言葉を添えていた。


 心の襞か。


 …………。


 深呼吸しながら、その心の襞を感じようと、丹田を意識。


 集中した。心に魔力――。


 ん? 今、何かがぱっと溢れて浮かんできた。


 心の奥底、腹の底に――。


 海とは違う。水面が周りに勢い良く広がっていく。

 得体の知れない感覚に、思わず「……おっ」と小さく声を漏らす。


「――何か掴んだか? それがシュウヤ、お主の魔力の源なのだ。この時、思い浮かんだ感覚が自分の属性であることが多い――」


 師匠の言葉を耳にしながらも、体の内部で起こる変化に驚きと焦りを覚えていた。

 これが……魔力なんだろうか?


 その水面に、より強く意識を向ける。

 意識を向けたとたん、水面に水滴が落ち――水面に波紋が広がっていくのが解った。

 水面に広がる波紋の感覚を逃がすまいと、眉間に力を入れて、丹田の奥に広がる感覚を追いかける。


 そして、その水面の感覚を引き上げる――。


「おぉ……これが魔力っ! すると、俺は水属性?」


 ……水とはな。ガキの頃の記憶がそうさせた?


「にしても、この感覚は凄い――」

「ふむ……水か」


 アキレス師匠は頷き、静かに呟く。


 一方、俺は興奮していた。


 体にもう一つの器官があるような感じ……。

 この世界ではこれが当たり前なんだろうが、感動だ……。


 興奮が覚めずに自然と笑みを浮かべてしまう。

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