千百五十話 銀髪と黒髪の軽戦士の正体
2023年6月25日 8時26分 修正&追加
小山に直進すると、右の窪地から俺たちに飛来するような魔素が近付いてきた。
「ンン」
黒豹も気付いて旋回を開始。
俺もその機動に合わせるように足下に生成した<導想魔手>を蹴って飛翔――。
体を傾けた相棒の背に跳び乗った。
下は山の斜面だが、下にいる魔歯魔族トラガンからの攻撃はない。
筒型の腕を此方に向けたままの魔歯魔族トラガンたちが大半だから一斉射撃となれば、嫌な攻撃となる。用心したいが、下からの歯で射撃する攻撃は皆無。
俺たちを攻撃する意思はないようだ。
近くの斜面で争っている他の魔族と対応が百八十度異なった。
そして、右から飛翔してくるのは、黒髪と銀髪の軽戦士の二人で、かなり速い。と、その二人の背後から、ドッとした重低音を響かせながら多腕魔王シーヌギュフナンの眷属兵士と目される飛翔体の群れが、黒髪と銀髪の魔族を追い掛けていく。
無数の腕を一つのランスのような形状に変化させた魔族でモンスターのようだ。
ランスには刃が無数に付いている。触れただけで斬り刻まれそうだ。
そのランスに錐状の水蒸気の傘のような魔力の流れが起きていた。
断熱膨張と遷音速流のような現象か?
亜音速と超音速は魔界セブドラの大気圧は地球と異なると思うが……。
地球の遷音速流に入った戦闘機の周辺に起きる空気の現象と似たような魔力の流れが起きていた。
俺たちに向かっていた黒髪と銀髪の軽戦士の二人は飛行速度を落としながら上昇し――。
身を捻り近付いたランス状の魔族に向けて魔剣と魔槍を迅速に振るう。
ランス状の魔族も呼応、穂先を黒髪と銀髪の軽戦士たちに向ける。
が、黒髪と銀髪の魔族の振るった魔剣と魔槍のほうが速く強かった。
<豪閃>のような力強い一閃で、ランス状の魔族の体を砕くように破壊していた。
黒髪と銀髪の魔族は体から<血魔力>のような魔力を発した。
魔剣と魔槍からも朱色の魔力を発したように見えたが、吸血神ルグナド様の眷属ではないはずだから、独自の<血魔力>系統だろう。
ランス状の魔族は無数の気色悪い腕が紐解かれるように消滅した。
元は多腕魔王シーヌギュフナンの眷属だったのだとよく分かる。
そして、黒髪と銀髪の魔族は<魔闘術>系統が巧み。
二腕二足で俺と似た人族系統だが、四眼四腕の強者魔族にも勝てる存在だろう。
二人は縦横無尽に飛翔しながら魔剣と魔槍を振るい突く。
多腕魔王シーヌギュフナンの眷属は形を様々に変化させているが、黒髪と銀髪の魔族は確実に襲撃を往なす。
今も、銀髪の魔族は左手が握る魔槍の穂先で八岐大蛇のような腕の襲撃を受けきった。反撃の石突を八岐大蛇の胸元に衝突させてから、連続突きで八岐大蛇の胸元を穴だらけにすると、<獄魔破豪>のような己と魔槍の突貫スキルで、八岐大蛇のような多腕魔王シーヌギュフナンの眷属を倒していた。
風槍流や絶剣流の動きがあるのは……宙空戦は激しい。
が、真下の窪地と背後の窪地の地と空でも乱戦が激化していた。
それらの他の乱戦は軍の動きが分かるから見ている分には楽しめる。
すると、左前に出たヘルメが、
「――閣下、黒髪と銀髪の強さからして多腕魔王シーヌギュフナンの眷属たちのすべてを屠ると思います。相対の準備をして、小山の天辺にいるベートルマトゥルとの接触は後回しにしますか?」
「そうしよう。俺は黒髪と銀髪の魔族に向かうとする。ヘルメは斜面に安全地帯を作っておいてくれ」
「はい。枢密顧問官ベートルマトゥルと魔歯魔族トラガンの軍隊とも戦うことを想定しているのですね」
「あぁ」
交渉も視野に入れた両建て作戦だが、頷いた。
ヴィーネとキサラもヘルメの言葉に納得しているようにホバリングを行う。
「では、ミレイヴァルと銀灰虎を連れ、真下に降ります」
「了解した。攻撃を受けたら躊躇なく反撃して構わない」
「お任せを」
「にゃァ」
「陛下、下の魔歯魔族トラガンは私たちが!」
ヘルメは<珠瑠の花>で運んでいた銀灰虎とミレイヴァルを連れて降下していく。銀灰虎は少し暴れるようにヘルメの<珠瑠の花>から離れて急降下。
イカ耳となって山の斜面に着地。銀灰虎は毛が逆立っていた。
すると、近くの魔歯魔族トラガンは蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。
銀灰虎は逃げる魔歯魔族トラガンに向け吼えたが、追い掛けない。
銀灰の猫に姿を変化させて、足下の匂いを嗅ぎ始める。
「ンン」
俺を乗せている相棒は、下の銀灰猫に合わせたのか、黒豹の体を大きい黒猫の姿に変化させた。
そして、魔歯魔族トラガンの連中は先ほどと同じか。
漆黒の法衣を着ている枢密顧問官ベートルマトゥルが、配下の魔歯魔族トラガンたちに、思念かテレパシー能力で『退くように』と指示を出しているのでは? と先ほども予想したが、やはり当たりかな。
ヴィーネは、
「小山に鎮座している堕天の十字架は臙脂色の布で覆われています」
「あぁ、堕天の十字架、臙脂の布も特殊な魔法布かもな」
「……はい」
「光神ルロディスの元眷属……堕光使エラリエースは気になります」
キサラの言葉に、俺を含めた皆が頷く。
堕天の十字架に磔にされているだろう〝堕光使エラリエース〟……。
「はい、その〝堕光使エラリエース〟の奪還を狙うにしても……手前の漆黒の法衣を着ている枢密顧問官ベートルマトゥルとはどうなるか……」
キサラの言葉に頷いた。
その枢密顧問官ベートルマトゥルは宙空にいる俺を見ている。
ジアトニクスさんの頭賢魔族レデ・ポリ・アヌランよりも長身。
頭巾を被り仮面を装着しているから顔は分からないが……。
獄界ゴドローンの地底神たちを思い出した。
独立都市フェーンを支配していた地底神ロルガと配下の蛸魔術師ルゲマルデン。
あいつらは強かった――と、ヴィーネとキサラとグィヴァとイモリザを見る。
「援護はお任せを」
と、銀髪を靡かせているヴィーネだ。
渋い戦闘装束が似合うヴィーネは、翡翠の蛇弓を見せた。
そして、ラシェーナの腕輪を嵌めている片腕を見せる。
キサラはダモアヌンの魔槍を脇に挟みつつ半身の姿勢となって周囲を見回し、俺の視線に気付いて、笑顔を浮かべてくれた。
そのキサラは、
「わたしはヘルメ様たちのフォローをします」
「了解した」
キサラは下か。俺たちの真下にいた魔歯魔族トラガンはもういない。
斜面に降り立ったヘルメは武装を解いて、水をぴゅっぴゅっと撒いていた。
勿論ミレイヴァルと銀灰虎にも当てている。
ミレイヴァルと銀灰虎のお尻がヘルメの水の影響で光ったのはご愛敬。
「メト、ヘルメ、オ尻ガピカピカ、ヒカッテル! ハルホンクモヒカリタイ、ゾォイ!」
肩の竜頭装甲の反応に吹いた。
「あはは」
「「「ふふ」」」
宙空で<魔骨魚>に乗っているイモリザは大笑い。
飛翔中のヴィーネとキサラとグィヴァも笑っていた。
下の斜面にいるヘルメたちの雰囲気が、小山に来た精霊さん一向が暢気に散歩しているような印象となる。そこにキサラも加わった。
小山の魔歯魔族トラガンたちは逃げるように退くが、動きは戦術的だ。
エナメル状の体を幾重にも重ねて盾にしながらの撤退劇。
山の上に登っている魔歯魔族トラガンの部隊も順序良く退いていた。
<魔骨魚>に乗ったイモリザが視界に入ったから、
「イモリザも下を頼む」
「は~い♪ ハルちゃん、お尻光り隊はわたしが頂きマンモスです♪」
イモリザの言葉に吹いた。
マンモスとか、どこで覚えたんだよ。
「御使い様、私は空戦に備えたいと思います」
「おう」
「にゃ~」
闇雷精霊グィヴァは、左腕を長細い雷刀のような武器に変化させていた。
相棒から離れるように、足下に<導想魔手>を生成しながら宙空を歩く。
大きい黒猫のロロディーヌは、胸元から出している触手が持つ魔雅大剣を俺に見せてくる。
頼もしい三人と相棒に、
「了解、黒髪と銀髪の魔族だが、俺たちに戦いを仕掛けるなら戦おう」
「「「はい」」」
「にゃ」
斜面にいるヘルメたちと小山の状況を見てから――。
足下の<導想魔手>を蹴る。
多腕魔王シーヌギュフナンの眷属たちの宙空部隊を全滅させた黒髪と銀髪の軽戦士に近付いていく。
黒虎とヴィーネと闇雷精霊グィヴァも俺の背後から付いてきた。
――魔槍杖バルドークを右手に再召喚。
俺たちが近付くと銀髪の魔族が前に出て得物を消す。
お? 油断はしないが、先制攻撃をしてこない。
銀髪の魔族は、
「光属性を扱う者……止まれ」
と言ってきた。南マハハイム地方の共通語で女性の声だ。結構可愛い印象で嬉しくなった。
魔界セブドラでも結構通じる便利な言葉だ。
「止まったぞ」
と言いながら両手を晒すように魔槍杖バルドークを消した。
銀髪と黒髪の魔族は一瞬体をビクッと動かして両手に武具を出すが直ぐに消す。
顔色には焦りがある。銀髪の魔族女性と思われる双眸は紺碧色。
魔法陣を眼前に発生させて魔眼を発動し、俺の観察を強めてきた。
魔察眼は当然として、鑑定系能力かな。鼻は高い。唇と顎も小さく喉仏はない。顎のEラインは美しく、首筋は細い。見えているネックレスと鎖骨が魅惑的。
胸元は少し膨らんでいるから、やはり女性かな。
黒髪の魔族は、端正な顔立ちで中性っぽいが男性か?
その黒髪の魔族も前に出て武器を消すと、
「お前たちは何者か……」
と聞いてきた。
笑みを意識し……管鮑の交わり、ではないが、親密な友情も最初が肝心だからな。
素直に、
「俺の名はシュウヤ。黒豹は相棒で、名はロロディーヌ。愛称はロロ。既に見ていると思うが、姿を自在に変えられて炎を吐ける」
黒豹は肉球を見せる。
「にゃ~」
と挨拶。笑顔を見せる銀髪の魔族女性は肩の力が少し抜けたかな。
「……私の名はメイラ」
「俺はレガトゥス」
「メイラさんとレガトゥスさんか。それで、ここにいる魔族たちと争う理由だが……」
そう聞くと、
「私たちは神界セウロス側ですから。神界戦士の一人」
「レガトゥスさんもですか?」
「無論だ。神界セウロスの戦神ヴェナリア様の加護を持つ、更に言えば元は人族だ」
「私もハーフエルフの血も混ざっていますが、元人族です。光神ルロディス様や戦神ビィルフエイト様に風の精霊キュナナの加護を受けています」
「「おぉ……」」
「……精霊の加護もあるとは驚きました」
俺もだが、ヴィーネとグィヴァも驚く。
風の精霊キュナナの加護とは、グィヴァは気付かなかったのか。
加護といっても本契約ではないから気付きにくいのかな。と俺の胸には、エクストラスキルの証拠の<光の授印>のマークがあるが……メイラさんは気付いていないのかな。
ハルホンクの防具はルシホンクの魔除けと融合した魔竜王の胸当てと成っているからな。戦神ヴェナリア様と戦神ビィルフエイト様の名は初耳だ。
「……俺たちはセラから来た。光魔ルシヴァルという名の種族で宗主が俺。光属性を扱えるのは光属性と闇属性を併せ持つ種族が光魔ルシヴァルだからだ。そして、背後にいるのは闇雷精霊グィヴァと光魔ルシヴァルの<筆頭従者長>のヴィーネだ」
黒髪のレガトゥスさんと銀髪のメイラさんは神妙に頷きつつ、
「光属性と闇属性……未知の精霊様に眷属を持つ宗主……<血魔力>はそういう理由……」
「なるほど……」
と少し語りながら互いの顔を見て笑顔となった。
少し安堵したような表情を浮かべている。
レガトゥスさんと、メイラさんは、ヴィーネとグィヴァと相棒を見ていた。
「だから、無数の魔族たちを屠り、十層地獄の王トトグディウスの大眷属と争い倒されたのですね」
「攻撃を受けたからってことが要因だ。俺たちは神界と魔界にも通じている」
と喋ると二人は頷いてチラッと、小山を見る。そして、
「どちらの勢力でもあると……では、この【バードイン迷宮】に来た理由は……」
と、メイラさんが聞いてきた。
「単純だ。部下の救出。魔傭兵のラジャガ戦団の団長は俺の部下となった時に、嘗ての仲間が、ここに囚われていると情報を得ていた。そのラジャガから頼まれたから、助けにきたんだ」
「仲間の救出……」
銀髪のメイラさんは呟く。黒髪のレガトゥスさんは頷いた。
二人は、背後の二人と相棒と下にいるヘルメたちを見ていく。
「下にいるのは眷属だ。魔傭兵のラジャガ戦団の部下だったロズコは救出済み、ここにはいない。最初から説明すると、【バードイン迷宮】を進んでいる際に魔鋼族ベルマランの【グラナダの道】と出合い共闘関係を結んで魔歯魔族トラガンを倒しながら奥へ進んだ。刑務所前にまで進んだところで、そこにいた集積官のリダヒを倒すことに成功。倒す際に鋼鉄の分厚い扉を槍技でぶち抜いて壊したが、その壊した扉の先は刑務所だった。中から虜囚の身のロズコと複数の魔族が現れて、感動の再会となる。で、皆の足輪を外してあげて、色々と会話が弾んだ。そうして、元囚人の魔族たちと【グラナダの道】とも仲良くなった俺たちは監督官魔歯ソウメルの討伐に協力する流れとなって、お宝などを求めつつ【バードイン迷宮】を進み始めた……地下の広場に到着した俺たちは、百足高魔族ハイデアンホザー&百足魔族デアンホザーと魔歯魔族トラガンなどと戦い、ボスだった監督官魔歯ソウメルの討伐にも成功し、【バードイン霊湖】と関係しているレイブルハースも救えたが、大量の魔歯魔族トラガンが流入してきた。その魔歯魔族トラガンの大本を潰さないと切りが無いと考えた俺たちは、一部の仲間を地下広場に残して、魔歯魔族トラガンを殲滅させながら階段を上がって、この巨大な洞窟に侵入してきたところだった」
「な……」
「驚きだが……本当なのか?」
メイラさんとレガトゥスさんは驚く。
紺碧色の双眸を輝かせているメイラさんは、
「魔歯ソウメルとは……魔界王子テーバロンテの眷属の一人……それを討伐するとは、私の<銀精霊眼ラムタア>を弾くのも納得です」
と発言。メイラさんとレガトゥスさんに、
「メイラさんとレガトゥスさんの目的は?」
「魔界王子テーバロンテの大眷属の討伐です。小山に陣取る漆黒の魔術師ローブを着ている存在……」
「……〝堕光使エラリエース〟の討伐だ」
と、メイラさんとレガトゥスさんが発言した。
レガトゥスさんは〝堕光使エラリエース〟の討伐か。
神界側から裏切り者が、〝堕光使エラリエース〟。十字架に磔になっているのに、討伐とか可哀想にしか思えないが……まだ判断するのは早い、実際にその場に行ってからだな。
続きは今週。
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