千百四十四話 片足魔族との戦いに魔毒の女神ミセア様の幻影
襲来してきた片足魔族は足裏と脛と脹ら脛の孔から魔力を発して推進力を得ると、宙空でホバリングを行い動きを止める。
更に、天井近くの歪んだ空間から片足魔族たちが次々に出現。
数は数百か。
その片足魔族の群れとの距離は五百メートルから一キロメートルはありそうだ。
片足魔族がストンピング的に足裏で敵を踏み潰すような攻撃を好む連中なら対処が楽なんだが……遠距離攻撃を主体にする連中と予測。
と、ブォン、ブオォォォォンと不気味な重低音が連続的に片足魔族の真上に拡がっている歪んだ空間から響くと、その歪んだ空間から漆黒の霧が噴出し始めた。
漆黒の霧は天井を這うようにもくもくと一定の範囲に拡がって止まる。
歪んでいた空間の下に新たな漆黒の層が出来上がった。
棚引いた漆黒の雲にも見えた。
<始まりの夕闇>のような心象世界なんだろうか。
漆黒の層の斜め下の宙空に浮き続けている片足魔族たちは、俺たちに足の裏を見せたまま丸い体と太い片足をぶるぶると震わせ、足の裏に渦巻き状の線のような傷を発生させる。その傷が窪んで隆起すると、開き始めた。
開いた傷口は四方八方へと拡がった。足の裏の皮膚と足の内部の血肉と骨を晒す。
露出した中心部は口腔のような器官で、血濡れた硬口蓋や軟口蓋に喉ちんこのようなモノだった。気色悪い。周囲の傷口だった血肉は花が咲いたような形となって、表面には鋭い歯牙が無数に生えていた。
血肉の花弁、血肉の触手か。
すると、俺たちに比較的近い距離にいる片足魔族が体に生えた個性的なトゲトゲを少し伸ばして体内の魔力を強めた。
魔力を強めた片足魔族は、喉ちんこ的な器官の肉皮をめくらせながら虹色に光る螺旋状の杭刃を突き出してきた。その螺旋状の杭刃を射出してくる。
「やはり遠距離型!」
「虹色の杭刃といい、片足魔族たちは不気味です」
「あの螺旋状の杭刃に<鎖>を放つ。用心しろ」
皆武器を構える。幸い螺旋状の杭刃の速度は遅い。
遅いが、遅い故に不気味だ――左腕を上げた。
「「「はい!」」」
右前に出たヴィーネは光線の矢を番えた翡翠の蛇弓を構えている。
バニラに近い香りが微かに漂ってきて嬉しくなった。
魔皇獣咆ケーゼンベルスに似た黒狼は少し前に出て「ガルルルゥ」と荒ぶる声を発した。
その相棒が紅蓮の炎を吐く前に――。
《連氷蛇矢》を発動――。
次々と左腕の周囲に氷蛇を召喚するように――。
無数の《連氷蛇矢》を生み出して射出した――。
続けて左手首の<鎖の因子>から<鎖>を射出――。
<鎖>と宙を直進した十数発の《連氷蛇矢》が螺旋状の杭刃と血肉の触手を持つ片足魔族に向かう。《連氷蛇矢》よりも速度が速い梵字が煌めく<鎖>の先端が虹色の螺旋状の杭刃と衝突――。
え? 突き抜けない。<鎖>は弾かれた。
『え!』
「なんと、光属性に強い杭刃とは珍しい!」
「「驚きです!」」
皆の言葉に頷いた。
虹色に光っている螺旋状の杭刃は横にズレながら《連氷蛇矢》と衝突し、《連氷蛇矢》を打ち消していく。
衝突しなかった《連氷蛇矢》は漆黒の霧に衝突したが、吸収されるように消えた。
虹色の螺旋状の杭刃は俺たちの右斜め上の岩壁に突き刺さって止まる。
他の片足魔族たちは旋回を始めた。
虹色の螺旋状の杭刃を防いだ影響か?
片足魔族は虹色の螺旋状の杭刃を繰り出した一体を先頭に残して、群れの動きで宙空を移動していく。それは小魚が大きな捕食者に対抗するための団体で大きな魚に見せるための動きに見えた。
「虹色の螺旋状の杭刃を出した片足魔族は一回り大きいです」
ヴィーネがそう指摘。
「体に生えているトゲトゲも多いな」
「はい、それが個性でリーダー格の証拠でしょうか」
そう聞いてきたのはキサラ。
頷いて、
「たぶんそうだろう。片足魔族の編隊ごとに小隊長とかがいるかもだ」
「では、思念でコミュニケーションをとっている?」
ヴィーネの言葉に頷いてから、
「体にはスラスター的な無数の孔もあるし、その孔を振動させて超音波的なメッセージを飛ばし合っているのかも知れない」
キサラとヴィーネと会話をしていると、片足魔族の群れの一部は、蛸の手足のように動かしていた肉触手の表面にビッシリと生えていた歯牙を射出してきた。
歯牙の飛来速度は虹色の螺旋状の杭刃と違い速い。
右手から<鎖>を出して大きな盾をイメージ――。
瞬く間に<鎖>は巨大な洞窟の出入り口を守るような大きな盾を模った。
――無数の歯牙を大きな<鎖>の盾で防いでいく。
そこで右目の視界に小さい闇雷精霊グィヴァが現れる。
『虹色の螺旋状の杭刃は光属性や魔法とも相性がいいようです』
『対魔法と物理属性を備えた強力な遠距離攻撃だ』
『はい、しかし速度は遅く、追跡能力もない。爆発する気配もないので対処は可能です』
『虹色の螺旋状の杭刃を生み出した片足魔族の防御能力が気になるところだ』
『……片足魔族が硬い場合は、厄介かもしれないですね』
『あぁ、<血想槍>や<血想剣>に<闇穿・魔壊槍>などはあまり見せたくないが、最悪の場合は使うしかないだろう』
『はい。そして、上の漆黒の霧は闇属性として、天井付近の歪んだ空間は時空属性を帯びているのでしょうか』
『たぶんそうだろう。下の戦場にいる魔界王子テーバロンテの眷属に他の勢力の兵士ごと俺たちを狙う片足魔族の親玉が造り出した戦略級のスキルって線が濃厚か』
『なるほど……では、魔界の神か諸侯クラスの存在が、この巨大な洞窟の天井に影響を及ぼしている……』
『あくまでも仮定、一つの可能性だ』
『はい』
右目に棲まう闇雷精霊グィヴァと思念で会話をしつつ皆に目配せ。
今も大きな<鎖>の盾に無数の歯牙が衝突し続けている。
その間にも左手首の<鎖の因子>のマークから飛び出ている<鎖>を操作し――片足魔族たちに<鎖>の先端を向けるが、片足魔族たちは動きが速い。
「ご主人様、螺旋状の杭刃に気を付けながら、あのモンスターか魔族を倒しましょう!」
「了解、片足魔族たちを殲滅しようか。しかし、下では他の魔族たちが争っている。それを踏まえて戦おう」
「「「はい!」」」
「にゃ~」
「にゃァ」
ヴィーネとヘルメは俺が右手首から出して巨大な洞窟の出入り口を守るように展開させている大きな<鎖>の盾を利用しながら前進し、巨大な洞窟に入った。
巨大な洞窟の手前は傾斜しているが、階段の踊り場のような空きスペースはある。
その前は崖のような場所だ。
そこに出た二人は頭上に展開されている大きな<鎖>の盾に衝突している歯牙を見てから目を合わせる。頷いたヴィーネとヘルメ。
ガドリセスの刃と氷腕剣の刃を合わせていた。
笑みを浮かべ合った二人は大きな<鎖>の盾の左右から出て跳躍。
巨大な洞窟の上空を飛翔していく。
ヴィーネは身を捻りながら岩壁に近付き、両足の裏で岩壁を突くように蹴って高く飛翔した。
ヘルメは普通に左側を飛翔していく。
ヴィーネの体には薄い炎の膜が展開されていた。
ガドリセスの効果だろう。
既に武器は翡翠の蛇弓からガドリセスに変更している。
透魔大竜ゲンジーダの胃袋のアイテムボックス効果は抜群だ。
ヴィーネは宙空から体にトゲトゲが少ない片足魔族に近付いた。
片足魔族もヴィーネに相対するように足裏だった中心を向けた。虹色の螺旋状の杭刃には気を付けてほしい。
と、その片足魔族は、嘗て足裏を構成していた肉の襞か肉の花弁のような肉触手から無数の歯牙を射出し始める。
更に四方八方に伸びている肉触手を窄めて先端に杭状の刃を作ると、ヴィーネに近付いていく。
逃げない片足魔族もいるのか。
ヴィーネは<血魔力>を体から発した。
ヴィーネは片足魔族の肉触手から射出された歯牙を戦闘装束で覆われていない部分に喰らうが、瞬時に回復し、めり込んだ歯牙も皮膚から外に弾き出されていった。
逆に己の傷から発生した血飛沫をオーラのように纏ったヴィーネはガドリセスを迅速に突き出した。
ガドリセスの伸びた切っ先が片足魔族の体を貫くや否やガドリセスを振り上げ、振り下げ――片足魔族の体を幾重にも切断しまくる。
バラバラになった片足魔族から迸った血飛沫を全身で吸い込んだヴィーネは宙空に足場があるようにガドリセスを振るって静止。
が、直ぐに横へと飛翔――。
他の片足魔族が肉触手から出した歯牙の遠距離攻撃を避けた。
たまたま今のやつだけそうだったのかもだが、片足魔族の防御能力は低いようだな。
ヴィーネはガドリセスを翡翠の蛇弓に変更している。
そして、今の接近戦は皆に向けてのメッセージ。
一部の片足魔族は虹色の螺旋状の杭刃と違い防御能力が低いことを示してくれた。
ヘルメは左上に飛翔していく。
そのヴィーネとヘルメは、片足魔族に直進している俺の左手首から伸びゆく<鎖>の動きと連動を始めた。一方、相棒は空を飛ばす、銀灰虎も走り出さない。
ちゃんと戦場のことを考えてくれている。
ピュリンとキサラは少し後退。
キサラは飛翔できるが、
「ロロ様とメトちゃん、突撃や攻撃はシュウヤ様の合図まで待ってくださいね」
「にゃ」
「にゃァ」
黒狼と銀灰虎は了承するように返事をしていた。
キサラはダモアヌンの魔槍の柄孔から煌びやかなフィラメントを複数発生させる。
その一部は束状のストラップベルトと成ってキサラの肩から背中へと自動的に回り込む。そのベルトが支えるダモアヌンの魔槍は胸元から下腹部にぶら下がる形となった。
ダモアヌンの魔槍の柄孔はテールピースに変化。
そのフィラメント群の一部が数本の弦にも変化しつつ、ダモアヌンの魔槍のテールピースと後端と繋がった。
「ひゅうれいや、謡や謡や、ささいな飛紙……」
キサラのハスキーボイスの<魔嘔>が始まる。
「飛魔式、ひゅうれいや……」
キサラの<魔謳>の歌声は聞いていて心地いい。
そのキサラは<血魔力>も周囲に展開。
<血魔力>からキサラの愛を感じた。
そして、ギターと三味音が合わさったような音楽がいい。
キサラの百鬼道ノ八十八の<飛式>が俺たちに付着してきた。
<魔倶飛式>のチカタは黒狼の頭部に乗る。
相棒はチカタのことを見ようと少し寄り目になっていた。
両耳がキサラの音楽に合わせてピクピクと動いている。
ジュウべェは銀灰虎の頭部に乗った。
銀灰虎は紙人形が乗っても微動だにせず、ジッとつぶらな瞳で俺を見ていた。
猫の頭部にペットボトルのキャップや変な物を乗せて遊んでいたことを思い出す。
紙人形のチカタは忍者の形。
ジュウベェは侍の紙人形だが、一寸法師のような印象だ。
すると、近くにいるピュリンは黄金芋虫ではなくいきなりイモリザに変身。
「使者様! 状況は理解しています!」
イモリザはそう言いながら敬礼してくれた。
手の下の青い双眸はきらきらしている。
銀髪は少し揺れていた。ココアミルク肌は健在だ。
イモリザを見ると自然とわくわくしてくるのはなぜだろうか。
そのイモちゃんに、
「了解」
「では、早速<魔骨魚>を使いたいと思います!」
「了解した。<使徒三位一体・第一の怪・解放>だったかな、そのスキルでピュリンとの連携を頼むぞ。状況に応じてツアンとも連携してくれ」
「はぁい! 任されたァ♪」
イモリザはキサラのギターの音楽と合わせ、グー握りの両手を少しだけ前後させて「ぎったん♪」と歌うように言い、続けて右腕と左腕の肘を縦に上げて「ばったん♪」と言うと、可愛いダンスで喜びをあらわすようにきびきびと前進――。
大きな<鎖>の盾の真下に移動して、巨大な洞窟の戦場を見下ろすように右手を額に当てながら見る。
そして、斜め上の片足魔族たちを見上げると両手を拡げた。
魔力を有した指先を筆記体の文字か絵でも描くように小気味良く動かし、魚の絵文字が入った魔法陣を幾つも描いて瞬時に生成した。
その魔法陣を、キサラが歌っている音程に合わせて指先でつつく。
と、突かれた魔法陣は点滅を繰り返し、大きな<鎖>の盾の真上に転移するように移動していった。
それらの魔法陣に片足魔族が繰り出している歯牙が突き刺さったが、魔法陣は壊れない。
そのまま無数の<魔骨魚>が無事に生み出されていった。
複数の<魔骨魚>は宙を泳ぎ、歯牙を避けて移動していく。
イモリザはそれらの<魔骨魚>を愛しげに見てから、キサラのギター音と合わせるように「よーし!」と元気な声を発して俺を見る。
と同時に綺麗なキサラの歌声に乗ったように宙空に展開していた<魔骨魚>たちの先端が細まった姿に変化。
そのイモリザとキサラは阿吽の呼吸だ。
二人は長らくサイデイル組だったからな。
イモリザはウィンクを繰り出してからキサラの音程に合わせて手を振るうと、一瞬でピュリンに変身した。
ピュリンは笑顔を見せつつ胸元に両手を当てて会釈してくれた。
そのリズムもキサラの音楽に合う。
額の紋様と骨の尻尾に仕種も可愛い。
そのピュリンは<光邪ノ尖骨筒>を発動。
片腕が伸びて骨筒の銃に変化。
見た目は対物ライフルのバレットM107を彷彿とさせる。
先端のマズルブレーキのような骨の塊は将棋の駒のような形でかなり格好いい。
そんな<光邪ノ尖骨筒>の片腕を軽々と掲げたピュリンだったが、少し迷うような表情を浮かべている。
先の俺の『あまり手数を晒すな、全力を出すな』的な言葉を気にしているんだろう。
そのピュリンに、
「下の魔族に察知されても構わない。<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を盾か台に利用していいからな」
<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を召喚。
※夜行ノ槍業・召喚・八咫角※
※夜行ノ槍業流:召喚奥義※
※梵我一如を知り、<翻訳即是>と<召喚術>に<戦神グンダルンの昂揚>と<キサラメの神紋の系譜>と<魔雄ノ飛動>、魔技三種が必須※
※八咫角を魔軍夜行ノ槍業から召喚※
※八咫角は思念で操作が可能※
※使い手の<鎖>や鎖型独自格闘流技術系統と相性がいいだろう※
※熟練度が増加し、雷炎槍流、塔魂魔槍流、悪愚槍流、妙神槍流、女帝槍流、獄魔槍流、断罪槍流、飛怪槍流を学び、八大墳墓の破壊、八槍卿の秘伝書、装備類、体、戦旗などを入手し続ければ、<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>の思念操作速度が上昇し、物理防御と物理攻撃属性が上昇、更に召喚可能な魔界八槍卿の速度が使う度に上昇し、外に出た魔界八槍卿の戦闘能力が上昇するだろう※
※成長の兆しあり※
笑顔になったピュリンは、
「はい! ありがとうございます使者様!」
ピュリンは大きな<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>の背後に移動――。
対物ライフルに似た<光邪ノ尖骨筒>の下から銃座のような骨を伸ばして床に固定し、マズルブレーキ的な骨の銃口を<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>の天辺に置いた。
マズルブレーキのような銃口は将棋の駒的な形。
<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>も将棋の駒のような形だ。
ブロック的に合うかも知れない。ピュリンは膝射の銃撃体勢に入った。
アクセルマギナも、あの対物ライフルに似た<光邪ノ尖骨筒>が似合うかも知れない。
「ピュリン、右手の<鎖>が構成している大きな盾を消したタイミングで一気に銃撃を頼む」
「分かりました」
右の壁沿いを飛翔するヴィーネは翡翠の蛇弓を両手で構えている。
光線の矢は既に番われた状態。
既に幾つかの光線の矢を片足魔族に射出していた。
今も光線の矢を射出し、片足魔族に刺さった。
その直後、光線の矢から複数の緑色の蛇が出て片足魔族の体に絡まると、片足魔族は爆発したように散る。
緑色の蛇は子蛇から成長し、数が増えた?
翡翠の蛇弓の光線の矢が強まった印象を受けた。
ヘルメの《氷槍》を喰らった片足魔族は氷漬けになって落下していく。
が、幾つかの片足魔族は複数の血肉花弁のような触手を動かしながらスムーズに後退。
俺の<鎖>とヴィーネの光線の矢とヘルメの《氷槍》を避けていた。
気色悪い血肉花弁のような肉触手は蛸の手足の動きにも似ていた。
虹色の螺旋状の杭刃を生み出せる片足魔族は、他よりも体のトゲトゲが多いし、動きが速い。
角ありが強化タイプなのは万国共通だろう。
そして、虹色の螺旋状の杭刃には、俺の<鎖>と同様に、ヘルメの《氷槍》もヴィーネの光線の矢もあまり通じていない。
俺たちを守る右手首の<鎖の因子>から伸びた<鎖>の大きな盾とも虹色の螺旋状の杭刃は衝突を繰り返す度に鈍い衝撃音を轟かせていた。
幸い、大きな<鎖>は表面が窪むだけで虹色の螺旋状の杭刃に貫かれることはなかった。
この大きな<鎖>の盾は、魔毒の女神ミセア様が薔薇の鏡を用いて発動した超位魔法を防いだ実績もある数々の戦いで通用した防御方法だ。更に当時の俺よりも成長しているし虹色の螺旋状の杭刃の攻撃を防ぐのは当然かな。否、それは慢心か。
窪むことはこれまでなかったような気がする。
それに、<鎖>は染み入るような液体や粘液に波のような攻撃に対しては脆さがあった。
そう考えている間にも、ヘルメとヴィーネの機動に合わせるように――。
左手首の<鎖の因子>から出ている<鎖>を<鎖の念導>効果で直進させた。
トゲトゲが体に多い片足魔族の一体に向かわせるが、片足魔族はその<鎖>の攻撃軌道を事前に読んでいたように体の魔力を強めると、あっさりと避けた。
次のヴィーネが射出した光線の矢も斜め下に移動して避けながら、肉触手の歯牙をヴィーネと俺たちに飛ばして反撃してきた。
あの片足魔族はニュータイプか!
――速いし、未来予測でもしているように俺たちの遠距離攻撃を避けまくっている。
他の量産型片足魔族とは異なるようだ。
ヘルメは他の体にトゲトゲが少ない片足魔族に向けて《氷槍》を無数に射出――。
三発の《氷槍》が片足魔族の体を掠めると、その片足魔族はバランスを崩し、それをヴィーネの光線の矢が捉えて貫き、そのまま背後の漆黒の霧と歪んだ空間を突き抜けて天井に刺さった。
と、片足魔族の体を光線の矢が突き抜けた孔と回りに緑色の波紋のようなモノが発生し、その波紋から複数の緑色の蛇たちが出現しながら片足魔族に襲い掛かる。
緑色の蛇たちは瞬く間に片足魔族の体の中に浸透すると、体の内部から破裂したように爆ぜた。肉片が緑色に燃えながら散った。
すると、ヴィーネが既に射出し天井と岩壁に突き刺さっていた複数の光線の矢が今の光線の矢と連動するように連鎖爆発した影響で、緑色と赤色が混じる薔薇と蛇の幻影が宙空に発生していく。
その薔薇と蛇の幻影も爆発するや否やドッと重低音が響く――。
更に、魔毒の女神ミセア様の幻影が宙空に出現――。
「「「え?」」」
「魔毒の女神ミセア様……」
俺もだが皆も驚く。
その魔毒の女神ミセア様の幻影は周囲を見る。
小高い山付近の戦場と上空に多い片足魔族たちに天井の真下に拡がっている歪んだ空間と漆黒の霧を見て何かを察したような表情をした後、邪悪染みた笑顔を見せた。
と、突如として片足魔族たちへと緑色の蛇の幻影が降りかかる。
それは幻影ではなかったのか、片足魔族たちは体が溶けるように爆発。
一気に片足魔族の数が減った。
おぉ、魔毒の女神ミセア様の加勢か?
魔毒の女神ミセア様の幻影は俺たちを見て微笑む。
すると、ヴィーネの翡翠の蛇弓から大きな蛇のような魔線が迸った。
大きな蛇のような魔線が向かった先は――。
天井付近の歪んだ空間と漆黒の霧。
その歪んだ空間から迎撃するように魔力の波動が出た。
大きな蛇のような魔線は弧を描くような機動を取り、歪んだ空間から出た魔力の波動を回避して斜め左下に直進。
大きな蛇の魔線が次に向かった先は巨大な洞窟の中央。
小高い山にいる漆黒の法衣を着た魔界王子テーバロンテの眷属、その背後に向かっている?
が、その大きい蛇のような魔線は、漆黒の法衣の眷属が持っていた魔杖から放たれた衝撃波で消し飛んでいた。
刹那、魔毒の女神ミセア様の幻影は、天井付近と真下の小高い山を見ながら大きい指で差して、凶悪な表情を浮かべて消えた。
神懸かった光景を見たヴィーネは更に驚いていた。
飛行術で宙空を飛びながら翡翠の蛇弓を構えた状態で俺を見た。
ヴィーネの左の顔を隠している銀仮面から覗かせる銀色の虹彩は綺麗だ。
その瞳と右の瞳を凝視しつつアイコンタクト。
しかし、ここが魔界セブドラだとよく分かる現象。
セラではヴィーネが翡翠の蛇弓から光線の矢を幾ら放とうとも、魔毒の女神ミセア様の幻影が出現することはなかった。
が、まだ片足魔族は上空に多いから驚いてばかりもいられない。左手から出ている<鎖>は漆黒の霧と歪んでいた空間を貫き天井に突き刺さっていたが、それを消して、片足魔族目掛けて再度左手から<鎖>を射出――。
宙空を行き交う片足魔族たちは、魔毒の女神ミセア様の幻影を生んだ翡翠の蛇弓を持つヴィーネと強力な《氷槍》を連発するヘルメと<鎖>を扱う俺に集中攻撃するように肉触手から歯牙を飛ばす量を増やしてきた。
そのお陰で、巨大な洞窟の出入り口付近に展開している右手から出ている<鎖>の大きな盾に歯牙が当たる回数は明らかに減った。
――そろそろ頃合いか。
近くにいる黒狼と銀灰虎に、右後方のピュリンとキサラをチラッと見た。
相棒と銀灰虎は体を舐め合うグルーミングを行っていた。
戦いの雰囲気が消えているから脱力してしまう。
俺も一緒に毛毛を整えてあげたいとか考えてしまった。
一方、厳しい表情を意識したままのピュリンとキサラは頷く。
相棒と銀灰虎が醸し出すまったりした空気を脱ぎ捨てるように正面を向き直した。
依然として肉触手のような部分から飛び出てくる歯牙の遠距離攻撃は続いていて、<鎖>の大きな盾に衝突する音が響いていたが、構わず――。
右手首の<鎖>が生成していた大きな盾を崩すように消した。
刹那、アンチマテリアルライフル顔負けの骨筒のマズルが連続的に火を噴く。
大口径の骨の弾丸が幾つも直進――。
ピュリンが撃つ度にドッドッドッと魔力と衝撃波が骨筒の穴という穴から噴出し、銃の台となっている大きな<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>が揺れながら火花を浴びている。
大きな駒のような<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>に刻まれている『八咫角』と梵字のような魔印が強く輝いて見えた。
複数の<光邪ノ雷連徹甲骨弾>は歯牙を貫いて更に直進し、片足魔族の体を次々に捉え、爆発させるように倒していく。
宙空に展開されていた<魔骨魚>からも雷属性を帯びた骨の弾丸が放たれる。
雷属性の骨の弾丸を浴びた片足魔族は墜落していく。
が、虹色の螺旋状の杭刃を体に有している片足魔族は<魔骨魚>の攻撃を浴びても平気だった。
「にゃご!」
相棒もビームのような細い紅蓮の炎を吐いた。
トゲトゲが体に多い片足魔族の一体はビラビラの肉触手から歯牙を飛ばしながら後退。
紅蓮の炎と衝突した歯牙は溶けた。
トゲトゲが多い片足魔族は体の中心から虹色の螺旋状の杭刃を射出しながら細い炎から逃げる。虹色の螺旋状の杭刃は相棒の炎の一部を減退させていたが、溶けながら落下していった。
相棒の直進した細い紅蓮の炎は漆黒の霧と歪んだ空間ごと天井をも溶かす。
すると、不気味な振動音が轟いた。
他の天井近くの空間が歪む。
そこからまた漆黒の霧が吐き出されていく。
トゲトゲが体に多い片足魔族の一体は、蛸が岩陰に隠れるような機動のまま、まだ宙空にある漆黒の霧の中にスポッと入って消えた――。
その片足魔族の魔素の反応は消えていない。
直ぐに左手首から出ている<鎖>を操作し――。
片足魔族が隠れた漆黒の霧へと<鎖>を直進させた。
が、その片足魔族は漆黒の霧で転移したのか、他の漆黒の霧からぬっと飛び出てきた、一旦無視――。
<鎖>が触れた歪んだ空間と漆黒の霧は蒼白い白い炎を発生させながら消えていく。
そのまま<鎖>を歪んだ空間と漆黒の霧の中を直進させ、蒼白い炎を生み出し続けて、次々と歪んだ空間と漆黒の霧を消し飛ばしていく。
そうしてから――。
他の片足魔族に向け<鎖>を動かした。
片足魔族の体を貫いた<鎖>を絡ませて潰すように倒した。
他の片足魔族たちも皆の攻撃を受けて次々に消滅していく。
が、体にトゲトゲが多い片足魔族の数体はしぶとい。
血肉の触手も削ったが再生する。
虹色の螺旋状の杭刃を射出しながらピュリンの骨弾も防ぐように避けるが、そこに光線の矢とヘルメの《氷槍》が突き刺さって爆発するように消滅。
体にトゲトゲが多いリーダー格は確実に減った。
そして、機動はだいたい把握――。
右手に魔槍杖バルドークを召喚。
<龍神・魔力纏>を発動――。
狙いを定めて<仙魔・龍水移>――。
体にトゲトゲが多い片足魔族の近くに転移した直後に魔槍杖バルドークを振るう。
<血龍仙閃>を繰り出した。
血の龍が迸る一閃で、片足魔族を燃やすように両断して倒す。
すると、他の歪んだ空間と漆黒の霧が揺れる。
膨大な魔素も察知。
「『グオォォォ! 魔毒ノ女神ミセアノ能力ハワカルガ! ナンダ、コノ攻撃ハ!』」
と、神意力を有した思念と言葉を周囲に放ってきた。
直ぐに<仙魔・龍水移>を用いて転移し、元の場所に戻る。
「――片足魔族の親玉か?」
「はい、魔界の神だと思いますが……」
キサラの言葉に頷いた。
「にゃごぁ――」
相棒は構わず紅蓮の炎を天井に向け吐いた。
ヘルメは逃げるように俺たちに近い壁際に移動した。
紅蓮の炎は、片足魔族と漆黒の霧と歪んだ空間の一部に天井を捉え、一気に燃焼させる。
巨大な洞窟の真下で争い合う各勢力たちにも相棒の炎は脅威に映ったのか、或いは歪んだ空間と漆黒の霧から轟いた神意力と声に驚いたのか、一部の魔族たちは戦いを止めて見上げていた。
動きを止めた魔歯魔族トラガンは、直ぐに他の魔族たちから攻撃を喰らい、溶けるように死んでいくが、今は下の戦いよりも、上の片足魔族たち。
トゲトゲが多い片足魔族に――左手首の<鎖>を向かわせる。
トゲトゲを有した片足魔族は<鎖>に向け虹色の螺旋状の杭刃を射出し<鎖>と衝突させながら巧みに後退して漆黒の霧の中にまた逃げると他の漆黒の霧から再出現――片足魔族は実は蛸系魔族とか?
蛸型知的生命体と言えばキュイズナー。キュイズナーは獄界ゴドローン出身だ。魔界セブドラにも蛸のような生態を持った魔族がいるということか。
とキサラが、
「虹色の螺旋状の杭刃は追跡能力はないようですが、時空属性もありそうです。天井の歪んだ空間から漏れ出ている黒い魔力は闇属性だと思いますが……」
「あぁ、片足魔族は下の連中と同じか」
「はい、すべての勢力の敵と判断していいでしょう。このまま皆さんの援護を中心に戦います」
「おう、キサラも臨機応変に」
と言いながら、<鎖>で――。
鮫の歯牙のようなびらびらを擁した太い片足と丸い体を持つ片足魔族をぶち抜いた。<鎖>が普通に通じて安心感を覚える。
続きは明日を予定。
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