千百四十三話 ヴィーネたちと合流と巨大な洞窟の戦場
2023年6月14日 20:40 修正
通路側に戻りつつ振り返った。
十字路の奥から皆を乗せている銀灰虎が現れた。
いつもより姿が大きい銀灰虎には迫力がある。
躍動感の高い力強い走りで十字路を直進してくる。
銀灰虎の頭部と四肢が前後し昇降を繰り返す間にヴィーネが見えた。
ヴィーネが銀灰虎を操っているようにも見える。
背後にミレイヴァル、ピュリンが腰に手を回して乗っていた。
ヴィーネは翡翠の蛇弓を片手に持ち、もう片方の手で銀灰虎の少し長い毛を手綱代わりに持っていた。
美人さんのヴィーネだが格好良さもある。
ダークエルフが扱う闇虎を想起した。
ポーさん、魔蛙ムクラウエモン、ミジャイ、ロズコの元囚人の魔族たちとイスラさんに【グラナダの道】の面々はいない。
キッカとリサナも地下広間に残ったようだ。
巨大な洞窟で争い合う連中と戦うことになったら、ポーさんと魔蛙ムクラウエモンの泡ぶくブレスが強力なんだが……仕方ない。
更に、キッカの魔剣・月華忌憚を用いた<血王印・血雲刃嵐>などの必殺技や、簡易砦的なリサナがいれば戦術の要になり得るんだが……ヴィーネたちも強いから必要ないか。
それに地下広間には右側の階段の他にも出入り口と階段があった。
ボクっ娘のエトアさんが<罠鍵解除・極>で空けていた鉄格子の中には部屋だけでなく通路もある。その通路の先から【バードイン迷宮】独自のモンスターが出現する可能性も捨てきれないからな。
地下に残るメンバーも強くないとな。
壇に固定された寝台の上で手術を受けていた魔族たちのこともある。
フィナプルスも尋常ではない強さだから安心感はあるが……。
助けた魔族たちが、魔歯ソウメルや智恵のある百足高魔族ハイデアンホザーに魔改造手術を施されていて、洗脳が施されている可能性も捨てきれない。
考えすぎかも知れないが……魔歯魔族トラガンは<血鎖の饗宴>に特攻していたしな。
魔界王子ライランの鬼魔人に対する洗脳も酷かった。
だから、思考操作されている可能性は否定できない。
先ほども考えたが、俺の知る地球文明でも、洗脳どころか思考を奪うことにも通じてしまう薬や診断薬を、血液脳関門を通過させて脳に届けられるナノプラットフォームは世界中で研究されていた。
様々な医療に使える技術だが、危険なことにも使われていた。
酸化グラフェンの皮膜に覆われたナノボットの特許技術は存在している。
ナノ技術が進めば、酸化グラフェン以上の素材も開発されて、ナノ単位の様々な物質を包めるようになっているだろう。
自己組立タンパク質と脂質を有したナノボット系。
インテリジェントハイドロゲルなどが脳に蓄積されミクロのアンテナと化したら、携帯電話にルーターから来る高EMF周波数に似た弱いマイクロ波で操作可能となる。
それはインターネットと脳が繋がるのと同じ。
頭に接続用の金属端子などを打たなくても通じることになる。
なんせ、米粒より小さい目に見えない技術がナノ技術で量子ドット技術だ。
本人が意識せずとも携帯電話のタワーから出ている5G通信などと脳が通じてしまっていたら?
なんのためのケムトレイル、ゲノム食品、医薬品かと、当時は考えたっけなぁ。
そして、アクセルマギナのナノセキュリティーは高そうだが、ナ・パーム統合軍惑星同盟に銀河帝国のナノテクは相当ハイレベルのはずだからな……。
と、昔のことと未来のことを考えながら、ヴィーネたちに近付いた。
黒豹も前に出た。
黒豹は黒い毛を膨らませるように黒い狼に変身。
ネコ科共通の鼻ふぐりから生えている白髭と口は可愛い。
胸元の黒い毛は膨よかで、少しグリフォンに似た段々になっている。
魔皇獣咆ケーゼンベルスっぽさがあった。
「ンン――」
少し前に出た黒狼の前で動きを止めた大きい銀灰虎。
互いにゆっくりと鼻を付けて鼻キスを行い、首下の匂いを嗅ぎ始める。
「にゃァ~」
「ご主人様――」
「陛下!」
「使者様!」
「にゃ~」
「ヴィーネたち、待ってた」
ヴィーネたちは銀灰虎から降りて銀灰虎の匂いを嗅ぐことに一生懸命な黒狼に抱き付いてから、俺たちの下に駆けよってきた。
ヴィーネが、
「ご主人様が使役なされた魔蛙ムクラウエモンには驚きましたよ」
「あぁ、げろげろ、げろげーろ?」
「ふふふ」
「あはは」
「ふふ」
と、ムクラウエモンのモノマネをしたら、ヴィーネとミレイヴァルとピュリンが笑ってくれた。美女たちの笑顔は癒やされる。
更にヴィーネは、
「ポー殿とも少し話をしました。元魔侯爵アドゥムブラリと同じ気配を直ぐに察知していましたが、元魔公爵級で、元先生、教授でもあったとは驚きですね」
元先生、教授の下りは、ある程度予想は付くが、あまり聞いていない。
「更に、魔傭兵ラジャガ戦団の生き残りのロズコに、ミジャイからも話を聞きました。金属の両腕が特徴的なイスラという方と、灰色の兜を被っている【グラナダの道】のミューラー隊長と挨拶し、助けた魔族の方々とも挨拶しました。アクセルマギナとフィナプルスから地下広場で起きた戦いのことは聞いています。大きな鮫のレイブルハースとペマリラースのとも、思念と会話が同時に来ましたので、少しだけ会話をしました」
「了解、【バードイン霊湖】には驚いただろ」
「あ、はい、かなり……海が頭上に拡がっているのようでしたから」
ヴィーネの言葉に頷いた。
隣にいるミレイヴァルとピュリンを見ると、
「鉄格子の部屋はあと三つあるようでしたので、【グラナダの道】のラムー殿とミューラー隊長と会話をし、ロズコと頭の先端が魔剣か何かで斬られているようで斬られていない頭を浮かばせていた一風変わった魔族の方と少し会話しました」
「わたしは自己紹介だけです、イモリザとツアンに変身したら皆驚いていました」
「はは、そりゃそうだな」
「にゃ~」
と銀灰虎が頭部を寄せてくれた。
ゴロゴロという音も大きさに比例して大きい。癒やしの周波数。
――髭と頬が柔らかい。と、顔を舐められてベトベトになったが別にいい。
少し自由にさせてあげた。
「ふふ――」
ヘルメは常闇の水精霊らしく体の一部を液状化させて俺の顔を覆ってくれた。
ベトベトになった俺の顔を掃除してくれた。一瞬で肌がもちもちになったような感覚になった。
「ヘルメ、ありがとう――」
「あっ」
ヘルメの頬にキスをしてから、お返しに銀灰虎の大きい胸元に抱きついた。
灰銀色の柔らかい毛はふかふかで柔らかい……イイ匂い。
日向っぽい。肌触りもシルク的な毛布を彷彿とさせる。気持ち良い。
「ンン、にゃご」
と黒狼から脇腹に頭突きを喰らう。
レベッカほどの勢いをもったタックルではないから、そのまま相棒の腹に手を回して、大きい黒狼を抱き上げた。
結構な重さだが――むぎゅっと黒い狼バージョンのロロディーヌを抱きしめる。
ふさふさ祭り~、やっこい黒毛を堪能~。
黒狼の心臓の鼓動が愛しい。
頭部が少し振動するほどの呼吸音も聞いているだけで楽しかった。
呼吸音とは違う喉音のゴロゴロという大きい音の影響でも黒い毛は揺れていた。
エンジン全開の喉音も銀灰虎に負けていない。
その黒狼を離すと、直ぐにヘルメが黒狼を抱く。
「――ロロ様、今のは嫉妬ですか?」
「ンン」
ヘルメに抱きつかれた黒狼さんはそんなヘルメの頬をペロッと舐めていた。
「きゃ」
黒猫の時とは違い、大きい黒狼だから舌も大きい。
ヘルメの顔が唾でベトベトになっていた。その黒狼はヘルメからヴィーネとミレイヴァルとピュリンにも頭部を寄せて触手を絡ませた。
と「あぅ――」と笑顔を見せていたキサラにも触手を絡ませて皆を引き寄せる。
ハグを求める黒狼が可愛い。
「「ふふ」」
「わぁ~」
ヴィーネとミレイヴァルとピュリンは黒狼の胴体に手を回して抱きしめていた。黒い毛を堪能している。
その皆に、
「皆、背後を見たら分かると思うが、戦場だ」
「あ、はい」
「【バードイン迷宮】の出入り口付近を巡る戦いが地下に移行していると聞きました」
「そのようだ。魔歯ソウメルのレイブルハースの勾玉以外にも目的はあったようだな」
ヴィーネたちは頷く。
「はい、危険ですが見ましょう。わたしたちが倒した悪神デサロビアの勢力は分隊でしたから、もし血文字のようなスキルを持つのなら、わたしたちのことは知れていることになります」
ヴィーネがそう発言。他の皆も頷く。
「分かった。奇襲される覚悟はしておけよ」
皆頷く。
すると、十字路の床と壁の傷を見ていたミレイヴァルが、
「この十字路での戦いは魔歯魔族トラガン以外ともあったようですね」
鋭い。ミレイヴァルならば、事件現場を見て犯人と被害者の関係性を推察できるかもしれない。
ヴィーネとキサラも同じだと思うが。
「あった。ハイゴブリン、魔族名がトドグのギュヒガという魔槍使いと戦って倒し、そのギュヒガが振るっていた魔槍杖バルドークと打ち合っても平気だった魔槍を獲得した。で、そのギュヒガだが……ハイゴブリン、魔族トドクの仲間たちを逃がすため、わざと俺に突撃を噛まし、時間稼ぎをしようとしてきたのではないだろうかと、ヘルメとキサラとも話をしていたんだ」
と言うと、ミレイヴァルはチラッとキサラとヘルメを見る。
キサラとヘルメは頷いていた。
「ギュヒガは陛下と打ち合えた魔槍使いってことですね」
「そうだ」
「なるほど。ハイゴブリンのような見た目の魔族は悪神デサロビアの勢力と戦った後に【バードイン迷宮】を進んでいる時にも見かけましたので、各勢力は分隊でこの【バードイン迷宮】を進んでいるようです」
「そうか」
行き着く先は背後の巨大な洞窟ってことかな。
するとピュリンが、
「研究施設らしき場所には百足高魔族ハイデアンホザーの死体がいっぱいありました。錬金術の素材と器具がありましたので、皆で回収できる物はしました」
「了解。血文字で報告したから聞いているかもしれないが、俺もパムロールの蜘蛛籠で色々と獲得した」
「はい、聞きました。使者様は蜘蛛娘アキと関係する<魔朧ノ命>などのスキルが融合し、<蜘蛛煉獄王の楔>へ進化したと」
「おう。パムロールの蜘蛛籠も早速使用し、レアな幻獣パトゥランドという名のモンスターを捕獲した。後、ハルホンクも欲しがった魔食奇人会では幻の食材百二十九品の一つの〝魔導のブドウ〟という食材もゲットできた」
「ングゥゥィィ」
「はい、ヴィーネさんは暫し血文字を送れないほど驚いていましたから」
とピュリンがヴィーネを見ながら言う。
ヴィーネは微笑んでいた。相棒がそんなヴィーネの頬に触手を当てて何かを伝えている。ヴィーネは「あ、はい……ふふ」と小声で応えていた。
「にゃ~」
とドヤ顔を示す黒狼さんは何をヴィーネに伝えたのか分からないが、たぶん、『う゛ぃーね』『すき』『におい』『すき』とかだろうと予測。
少し笑顔になりつつ、皆に、
「では、出入り口付近に行って見よう」
「「はい」」
「はい!」
巨大な洞窟の内部で起きている戦いは……。
漆黒の法衣を着た魔界王子テーバロンテの眷属が率いる魔歯魔族トラガンの軍が押しているのかと思ったが、違った。数だけか。
大柄な多腕魔王シーヌギュフナンの眷属は、アンデレの×の形をした大きい十字架を旗持ちの如く掲げながら前進し、大きい十字架から扇状に広い範囲へと光り輝く魔法を照射している。その魔法を喰らった魔歯魔族トラガンの部隊は溶けるように消滅していた。
多腕魔王の軍勢は、他の勢力の軍勢と同じく窪んだ地形に主力を置いている。
魔歯魔族トラガンたちは山の位置だ。
窪んだ地形から上の山側にいる魔歯魔族トラガンに向けての魔法の照射で、地形的に不利な状況にもかかわらず、魔歯魔族トラガンの軍を圧倒している。
そして、光属性の大きい十字架を扱える多腕魔王シーヌギュフナンの眷属は光属性に耐性があるってことか。
一方、小山の左側では、大柄な多腕魔王シーヌギュフナンの眷属が率いる複数の腕で体が構成されている大隊規模の軍勢が、燃えた髪の魔族と軽戦士風の魔剣と魔槍を持つ魔族の群れと衝突し、圧倒されて負けている。
燃えた髪を持つ魔族は四腕。
武器は今のところ見せていないが……<超能力精神>のような衝撃波を飛ばしまくって周囲の魔族を倒していた。
軽戦士風の魔族たちと燃えた髪の魔族が戦うこともある。
その両勢力に死者は出ていない。
軽戦士風の魔族たちは、燃えた髪の魔族たちと互角か。
軽戦士風の魔族の髪色は黒と銀で兜は装備していない。
二腕二足で人族に似ている。
<武器召喚>かアイテムボックスの機能で両手の武器を瞬時に変更していた。
魔力内包量は一見低いが、動きを加速させる<黒呪強瞑>系統の扱いは巧みだ。
四肢に魔力を纏いながら移動する時や魔力を周囲に発するスキルを使用した際には爆発的な魔力を外に放出し、体の内部の魔力量も増加したように見えた。
<魔闘術>系統を複数同時に使用し重ねていることは確実。
魔力量が他の勢力の眷属クラスよりも一瞬だけだが多くなっていた。
今も、一部の軽戦士風の魔族は槌に武器を替えて振るい、魔歯魔族トラガンを倒していた。
巧みな動きで、源左の者たちやセラの一流の冒険者に見えてくるんだが……。
一方、漆黒の法衣を着た魔界王子テーバロンテの眷属が率いる軍勢は殆どが魔歯魔族トラガンの部隊だが、その魔歯魔族トラガンの中には、独自の思考力を有しているように動く集団もいるように見えた。
乱戦模様は激しい。
ハイゴブリンの魔族トドグらしき魔族たちもいる。
悪神ギュラゼルバンの大眷属悪業将軍ガイヴァーの見た目と似ている髑髏の騎士が率いるバードイン殲滅部隊の軍勢もいる。
悪神ギュラゼルバンの大眷属も光属性が弱点だと思うが、魔歯魔族トラガンや軽戦士風の魔族の群れと争っていた。
黒毛目玉の怪物アービターに似た眼球お化けも数は少ないがいた。
ヴィーネたちと遭遇した結果か。
頭部がない大柄の騎士にも見える魔族もいる。
その魔族を乗せている魔獣は漆黒の魔獣。
その騎士と魔獣を見ると、クローカーの民話集に登場する『デュラハン』を思い出す。
そして魔獣のお陰もあって動きは速い。
更に魔獣を失っても、頭部無しの大柄騎士は単体で速い。
頭部のない大柄の騎士は、魔歯魔族トラガンと、軽戦士風の魔族と、多腕で構成されたモンスターの攻撃を受けても怯んでいない。光を帯びた大剣を振るい相対した魔族を両断して倒していた。
頭部無しの大柄騎士も、燃えた髪を持つ魔族と軽戦士風の魔族に見劣りしない強者か。
その頭部無しの大柄の騎士の死体は、ハイゴブリンたちの死体と共に宝箱を守っていた百足高魔族ハイデアンホザーと魔歯魔族トラガンの部隊がいた広間の床に転がっていたから一度見ているが……結構な強さだな。
レッサーデーモンの数も多い。
見た目は地球でそれなりに知られているバフォメットという名の悪魔に似た姿だ。
が、硬い魔歯魔族トラガンを倒せる存在は極少数。
殆どのレッサーデーモンは倒されている。
それでも硬い魔歯魔族トラガンを倒せるレッサーデーモンがいた。
角が一回り大きいから、レッサーデーモンを率いる存在かな。
魔鏡の大森林にいた連中だから戦ったことがあるし、与し易い相手だ。
そして、少数だが、頭部が蟷螂で腕が剣になっている魔族も魔歯魔族トラガンと戦っている。
赤業魔ガニーナの眷属らしき者もいた。
巻き角を持つ羊の頭にオットセイに似た体の魔族たちは端のほうで俺たちと同じく見学している。
すると、黒狼が首周りから出した触手で軍勢たちの動きをなぞる、
口を拡げて「シャァ」と怒ったようなニュアンスで鳴いた。
続いて「ガルルゥ」と少し荒ぶる声を発して口を広げながら少し顔を上向かせる。
天井に敵を察知した?
少し炎を吐いた。
と、天井の空間が揺らぐ。
そこから、丸いトゲトゲの胴体に太い片足だけで浮遊している魔族が襲来してきた。
続きは今週。
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