百十二話 盲目なる血祭を歩む混沌なる槍使い
「金のために世界を滅ぼすかもしれない物を売ったのか……そのアイテムは何処に?」
カザネの黒瞳を捉えながら話していた。
「勿論、わたしは追い掛けたわ。その次元裂きの実をね。だけど、闇ギルドに接触した時にはもう……【フロルセイル七王国】の大豪商へ売られたあと。そして、違う闇ギルドに強奪され、大商人の手に渡り、エトセトラ……完全に見失った。さすがにわたしのスキルを用いてもすべての生命体を探すことはできないから、でも、今にして思えば、その経験と人脈があるから今の地位があるのだけど……そして、肝心の、次元裂きの転生実も、ただの転生者を呼び出す物だったのでしょう。今もこうして世界は存続しているのですから、それによくよく考えれば宝箱に入っている物が世界を壊すことなどあり得ない。わたしは自分の力を過信しすぎていたのでしょうね……」
転生者を呼び出す物か、確かに、そっちのが可能性は高い。
俺が呼び出された原因かもしれないが、まぁカザネの説のが説得力はある。
「それで売り払った二人は?」
「二人は【フォートレス】とかいう探検団クランに入ると息巻いて、この都市から離れていったわ。それ以来会ってはいない。百年以上、音沙汰がないわね……秘薬持ちな二人だから、まだわたしと同じように生きているとは思うのだけど」
なるほど、やはり、秘薬とは寿命を延ばす代物らしい。
それにフォートレス?
ん? そのフレーズ、探検団クラン、どっかで……あぁ、思い出した。
アイテムボックスの中に元々入っていた、あの断章に書かれてあった冒険手記。
えっと、まさか……。
その転生者な二人はあの断章に書かれていたメンバーだったということか?
だったらもう、巨人たちに喰われて死んでいるな。
……南無。
「……ん? 何か知っていそうな顔ね?」
うへ、このカザネ婆。
端倪すべからざる女じゃなく、婆だな。
俺の顔つきで、心情を当ててきやがった。
実は心が読めるとか?
「……いや、どっかで似たようなクラン名を聞いたことがあるだけですよ……」
少し目を細めながら言ってみた。
「そう? ふふ、あ、そんな顔をしないでちょうだい。いくらエクストラスキルの〝アシュラーの系譜〟持ちのわたしでも、さすがに〝心〟までは読めないわ。でも、そういうスキルも複数存在するのは知っているけどね? ふふ」
でました。はい。エクストラスキル。
〝アシュラーの系譜〟は俺がキャラメイクするときに幾つか羅列し、ピックアップした中に、そんな名前があったのを覚えてる。
〝アシュラーの系譜〟が鑑定系スキル?
俺がそのスキルを取得していたら、果たして、どうなっていただろうか……。
まったく違う展開となっていただろう。
百五十六から七手に増えたおっぱい研究会の知識を生かし、おっぱい教を作り、おっぱい神を崇める宗教を興しては、エロ教祖とか?
城塞都市ヘカトレイル、聖王国の近辺に転生していたら……いや、妄想したところで仕方がない。
苦しい地下生活があり、相棒との出会いもあった。
そして、師匠に助けられて槍と出会い、温かいゴルディーバの家族に囲まれた生活を経験し、様々な出会いと別れを経験した旅があるからこそ……今の俺がある。
カザネの物語を聞いて少し感化されてしまった。
それに、心を読むようなスキルか。
しかも複数……。
前にアキレス師匠が少し話をしていたけど、やはりそういった特殊スキルはあるんだな。
エロイことが相手の心に伝わるのは少し怖いが、面白そうではある。
その能力者と会ってみたい。
「……そう、ですか? その〝アシュラーの系譜〟で人物を鑑定できると?」
「運命神アシュラーの御力よ。見る者の運命をステータス表示させて〝観る〟ことができる。だからこそ、カガリさん。貴方は異質な混沌なる存在なの」
異質な混沌なる存在か。
えぇ、どうせ、そうだろうと思っているよ。
「異質ですか? それはどういう……」
「貴方の情報はあまり見えないうえに情報量が少ない。百年前に別れた転生者たちでさえ、リスクを伴いますが、はっきりと観ることができた。ですが、貴方と実だけ……」
「正確に見られなかったと」
「えぇ、例えで言うならば、貴方は因果をねじ曲げて〝突然〟に、この世界に誕生したような感じかしら?」
突然に、ね。
まぁ、その通りなんだけど。
「だから、俺は異質で混沌というわけですか?」
「ええ、そうよ。気を悪くしたなら、ごめんなさいね。わたしは長年に渡り人を見続けてきたけれど、運命神アシュラーの力が通じないなんて、知的生命体では、カガリさん。貴方が〝初めて〟のことだから」
神の力が通じないか。
そもそも、この世界に来た時も普通ではなかった。
前世の記憶を持っているのは同じだが、変な椅子に座りキャラメイクを行い誕生したのは、俺だからな。
転生、転移どれとも違うと言えるし正しいとも言える。
まさに異質、光と魔が混じった、善悪、正邪が蠢いている混沌。
この世界の神様も混乱するだろうよ。
「……なるほど。別に気を悪くしたわけじゃないです」
カザネ婆は俺の言葉を聞くと、若干、微笑む。
「ふふ、よかった。それではそろそろ占いを始めますか? わたしが長年に渡り研究を続けてきたホロスコープを用いた占星術がありますよ」
ホロスコープ?
占星術ねぇ……この惑星で地球と同じような占いを研究してたのか?
「ホロスコープ? それは何かしらの魔法と関係はあるのですか?」
「はい。地球とは違い、月が二つあり、獣帯の星座はまったく異なりますけどね。しかし、この星から見える夜空にも星々は無数に存在し星座があります。まだまだ、研究の域を出ませんけど、独自なチャート作りもしていますし僅かですが、その星座群にはこの星に実在する神々の力と結び付きがあるのを発見しました。他にもエレメントを用いた占いも実践していますのよ」
カザネ婆は流暢に語りながら、俺を見定めるように細目を見開いていた。
その見開いた黒瞳に緑色の光が反射して俺の姿が映っている。
……不思議な雰囲気だ。
まさに占い師という醸し出していた。
『閣下、この老婆はわたしの存在も感じ取っているようです』
そうか。ありえそうな感じだ。
『ヘルメは見守ってて』
『はい』
占いといっても、この世界は何があるか不明だ。
そして、俺の興味は鑑定スキルのみ。
占いには興味ないので止しとこ。
「今は止しときます」
俺は断った。
「そう……、なら、なんでここに来たのかしら?」
カザネ婆の顔が若干、ひきつる。
機嫌が悪くなったみたいだから、素直に話しとこう。
「……それは、人物鑑定の事象がどういうことなのか。単純に〝好奇心〟からここに来ただけです。とあるアイテム鑑定士に〝ここ〟なら、その可能性があると言われたのでね」
「……そういうことですか」
「はい。まさか転生者がいるとは……ましてや百二十年前にも、他に転生者がいるとは知りませんでした」
俺がその話を終わった直後――。
カザネ婆の背後から魔素の揺らぎを感知。
しかも、複数。
咄嗟に視線を、そのカザネ婆の背後へ向ける。
緑の空間にしか見えないが……。
「――カガリさん? 〝好奇心は猫も殺す〟 という言葉は聞いたことがなくて?」
思わず背筋が寒くなった。
俺の視線を遮るように、カザネ婆は凄みを出して日本語で語っている。
猫を殺すとは、この婆さん、俺の背中、外套頭巾の中で寝てる黒猫のことを見抜いてそんなことを語ったのか?
それとも単純に、自分の背後に誰かが居ることを探られたくない?
カザネ婆の背後にあった反応はもう消えている。
一瞬の揺らぎを感知しただけだから、もう感じない。
……気になったが……。
魔素が溢れすぎてここの空間じゃ掌握察があまり機能しないからしょうがない。
これは初めてのことだ。
ヘルメの忠告通り、ここは特殊な空間なのだろう。
だが、俺にはもう一つの索敵がある。
ヴァンパイア系の<分泌吸の匂手>だ。
これは<魔技>技術の範疇である掌握察とは違い<スキル>の専門の索敵技だ。
だからスキルを使用すれば……。
カザネの背後やこの周囲に潜む奴らを完全に暴ける。
だが……このスキルは使わない方が良いだろう。
また何処かでヴァンパイアと勘違いされてしまうと困るからな。
ん、勘違いではないのか。
俺はヴァンパイア系なのは変わらんし。
と、考えが、脱線した。
ま、ここで、開き直って使うのもアリだが、この人らは敵か味方かも分からんし、俺が現時点で知らない方が良いこともあるだろう。
今、ここで使うべきじゃないと判断。
「……はは、諺の一種でしょ? 雑学が好きなんでね、聞いたことはありますよ」
顔にはそんな自分の内情は出さずに、誤魔化すように視線をあちらこちらへと向けて、頭をポリポリと掻きながら無難に答えておいた。
俺の言葉を聞いたカザネ婆は何処と無く、ホッとしたような顔を浮かべる。
「……そうですよね。では、先ほど、断られましたけど、占いをやりましょうか」
まったく、強引だな。
と、少し笑みを意識した。
職業柄か分からんが、この婆さんはやけに占いを勧めてくる。
カザネ婆さんは口端を上げて、不気味な笑顔を見せてきた。
独特な黒真珠瞳の先には、机に置かれたタロットカードへ向けられている。
これで占うのか?
ぬおぁっ、なんだこりゃっ、魔力がこんなに……。
カードの表面には赤黒い太陽のような環と駱駝色の髑髏が繊細な筆使いで描かれてある。
絵の表面からは魔力の波紋がハッキリと帯状の線となり渦巻いているのが見えた。
禍々しいほどの濃密な魔力。
こんな魔力を発してるのに、今の今まで気付かないとは……。
その時、視界にヘルメが登場した。
『閣下、この特異な空間、故、わたしも分かりませんでした。何らかの武器である可能性が高いです』
だろうな。
ヘルメの助言もあるし、悪い予感がするので重ねて、拒否しておく。
「占いは必要ないです」
「そう、ですか?」
カザネ婆はわざとらしく疑問風に語りながらタロットカードの隣に置いてあったメトロノームのような卵のような丸い骸骨魔道具の上に掌を置く。
魔道具を起動した。
琴の龍角と雲角に伸ばされた絃にも手をかける。
メトロノームのコツ、コツ、コツ、コツ、といった骨の針が左右に揺れて時を刻む動きに合わせて……絃を綺麗な爪で弾き、独特な音色を発していく。
絃を支えている柱が高低の音程を生んでいた。
綺麗な爪で弾かれるたびに絃が怪しく黒色に光を帯びて、龍舌に取り付けられているランタンが怪しく黄色、黒色と点滅を繰り返す。
琴の音色がメトロノーム音を消していた。
不思議な魔力の波音も響く。
『――こ、これは精神波? でも、レジストしているので弾いています』
ヘルメの言う通り、目の前がパチパチパチと火花が散る感覚を受ける。
うざいので少し振り払うように念じたら、パンッとラップ現象が起きて静かになった。
『……凄い。簡単に弾いてしまいました。閣下、反撃ならお任せを、婆の生意気な尻へ教育を施し、氷漬け、いや、生ぬるい、杭による――』
『――いや、見てて』
『はい』
弾いたようだが、さっきのが精神波?
カザネ婆め、俺を魅了か、取り込もうとしたな……。
椅子から立ち上がり、
「……俺はこれで帰ります」
無表情で、カザネ婆に話す。
もう止んだけど、コツコツ音と琴の音色の魔力波みたいな精神波は、不思議とずっと聞いていたくなるほどに引き込まれる魅力があった。
そのカザネ婆さんは絶句。
青ざめた表情を浮かべては、瞬きを繰り返し、引き攣り、手を震わせている。
「……そ、そうですか。残念です。では、出口はあちらですよ」
魔法が弾かれたのが予想外だったのか?
彼女の鑑定、絶対的な神に関するエクストラスキルでさえ、その殆どを弾いたんだ。
所詮は人の範疇、普通の魔法、スキルが俺に通用する訳がない。
そして、これは、俺に対する魔法攻撃を仕掛けてきたと同じ。
友好的に話しながらの騙し討ち。
よって、婆をぶち殺すか?
だが、女らしくまどろっこしい、魅了、洗脳的に俺を取り込もうとしたということは、敵対をしたくない行動の表れとも言える。
ま、初回だ。すぐに精神魔法を止めて後悔しているような顔付きを浮かべているし、世界が違うとはいえ、同郷の日本人。
今回だけ見逃してやろう。
「……では〝また〟」
そう語尾を強調し、踵を返す。
後ろにあった扉を開け廊下へ出た。
入ってきた時と同じく、緑の蝋燭が点灯。
そんな灯りを消すように、素早く足を動かし外へ出ることができた。
◇◆◇◆
「彼が転生者だとは……」
老婆カザネは部屋の出入り口を見ながら呟いていた。
老婆の背後にある緑のカーテンが揺れ動き、ぞろぞろと白仮面を被る黒装束姿の集団が現れた。
頭に被る仮面の形は、どれも狐を型どり、色は白い。
眉間の位置には赤色丸の印があるシンプルな物。
老婆カザネを崇拝するように、皆、一斉に片膝をつき頭を下げていた。
頭を下げた黒装束を着ている中で、先頭に立つ人物が顔を上げる。
その人物は仮面を被っておらず、アジア風の女性と分かる顔立ち、眉間には丸い赤点が印してあった。
その女が立ち上がり老婆カザネに近付いていく。
「御母様、あの男が前もって仰っていた〝盲目なる血祭り〟を歩む〝混沌の槍使い〟なのですか?」
カザネ婆は座りながら、その女を見る。
「えぇ、ミライ。そのようです。<予知>の通りでした。〝盲目〟とは、わたしの<アシュラーの系譜>が僅かしか通用しないという啓示だったのでしょう。ですが、その相手がまさか転生者とは……」
老婆カザネは悩むように同じ言葉を繰り返す。
年齢に相応しい難しい顔を浮かべて、ミライと呼ばれた女から顔を背けた。
「御母様? その転生者とは、わたしの父、スギサキ・リョウと関係があるのでしょうか?」
ミライは老婆の背けた視線を呼ぶように問う。
「それは無いわ。キースが本名だけど、そのスギサキと別れたのは百年も前だもの……」
「ですよね……」
ミライは小声で呟き、顔に翳りを見せた。
カザネ婆はその沈むミライの顔をキツく見る。
「ミライ? 前にも言いましたよね? 〝過去に拘るのは止めろ〟と、あなたの父であるスギサキは、今、来た方と同じ転生者という名の〝枠組み〟ではありますが、全くの無関係です」
「そうなのですか?」
ミライは細い眉尻を下げながら聞いていた。
「ええ。そうです」
「分かりました。すみません」
「良いのです。しかし予知をした〝盲目なる血祭りを歩む、混沌なる槍使い〟が現実にわたしの前に現れました。やはりこれは〝凶事〟が始まった証拠となります」
「では【八頭輝】の〝アドリアンヌ〟様へ?」
「そうなります。しかし、護衛、オークションの守りのために報告をするにしても、もっと情報を集めなければなりません。……彼は〝混沌の槍使い〟としか分かっていない」
「はい」
「ですから、ミライ。仕事をしてもらいます。〝盲目〟とはわたしの力が通じないという事。次の〝血祭り〟という言葉の鍵となる〝混沌の槍使い〟である、シュウヤ・カガリを追いかけて調べなさい」
カザネ婆はそう話しながらミライと呼ばれた女へ視線を強める。
「はい。わかりました」
眉間に赤印が目立つミライは、素直に了承。
胸に手を当て、崇拝するように頭を下げた。
「ですが、気を付けるのですよ? あの方は〔槍武術レベルXVIII〕この値は、わたしの想像を超えた値……今まで生きていて、あんな値があるのを初めて知りました。まさに神を凌駕する値と言えます。……この地上で、最強の槍使いと言えるでしょう」
「はい。わたしも驚きました。御母様に見てもらったわたしの〔短剣術レベルⅥ〕では到底かなう相手ではないですね……それに御母様が、かなり前におっしゃっていた闘技で活躍している神王位の上位者たちのレベルを遥かに超えている」
カザネ婆はミライの言葉に神妙に頷く。
「〔魔技レベルⅨ〕という未知なる技術も、魔術師が持つ〔魔法技術〕〔魔導技術〕〔魔力操作〕〔呪技〕〔召喚術〕〔紋章技術〕〔古代魔法〕を超えた技術体系だとしたら……大魔術師を超える魔力、精神力を持つ方と推定できます。それに、この魔素が豊富な狭間が緩い結界部屋で、貴女たちの存在に気付いていたようですからね、尋常ではないです、急遽、取り繕いましたが……」
そのカザネの言葉にざわつく仮面を被る者たち。
ミライも当然の如く驚いていた。
「え、本当ですか!? 完全に気配は殺していたはずなのに、わたしたちのことに気付いていた? なんという気配察知能力……」
カザネ婆は頷き、ミライに同調しながら話し出す。
「そう。あの方は飄々とした態度だったけれど、あの目の奥には〝何か〟別の物を感じられた。わたしの〝魔導札〟、〝邪琴〟、〝魔精音波〟にも、一目、見るなりその魔法の種類に気付いて対処してきた。教団のために〝洗脳〟を試みたのですがね……精神力も相当に鍛えてあるようで、あっさりと弾かれ看破してきた。恐るべき相手」
「御母様が、恐れ、この絶対的場所で、失敗なさるとは、そこまでの〝精神力〟と〝観察眼〟を持つ相手なのですね、……注意して近付きます」
ミライは喋る言葉の節々に緊張を漂わせていた。
その言葉途中で生唾をゴクリと飲み込んで答えている。
「……えぇ、あの混沌なる槍使いを怒らせては、絶対に駄目です……。わたしは洗脳を試みた途中で、激しく後悔しました……幸い、彼は怒っている様子ではなかったので、事なきをえましたが……もし、怒っているのなら、わたしはこの都市から離れ、ずっと遠く、象神都市よりも、もっと遠くへ逃げます」
「御母様……」
ミライもカザネの様子を見て、顔色を悪くしていく。
「ミライ、貴女はアシュラー教団の〝戦狐〟のリーダーです。ですので、あまり心配はしていませんが……確りと、シュウヤ・カガリの監視を頼みましたよ。彼以外の組織なら自由にしても構いませんが、彼個人に対する敵対行動=死と考えなさい。あくまでも監視、もしくは接触し、彼と繋ぎを作ることを考えるのです」
「はいっ」
「では、行きなさい」
カザネの言葉が響くと、仮面の集団は消えていく。
◇◆◇◆
ここを出れば賭博街の範囲外だろう。
さすがに大通りは明るい。魔法の明かりがあちこちにある。
明るい通りを歩いて北西から北へ戻り、第二円卓通りに出た。
もうすぐ第一円卓だ。
そんな時、背後から俺を付けている気配があった。
集団の魔素か。またかよ……。
闇ギルド【梟の牙】? 違う闇ギルドか?
フランの盗賊ギルドか? さっきの教団絡みか?
この際だ。相手が男か女か分かるし……<分泌吸の匂い手>を使ってしまうか?
そんなことを考えながら第一の円卓通りを過ぎて、宿屋がある北西の路地へ入っていく。
『閣下、さきほどは別の言語でお話しされてましたが……』
ヘルメが視界に現れた。
『あぁ、日本語だ。特殊な言語と思えばいい、あの婆さんは転生者。魂の元は別次元にあった者と言えばいいか』
『面妖なっ、次元を裂くというアイテムといい、神をも超える方がっ』
変なポーズを取りながら驚くリアクションを取るヘルメさん。
『俺も似たようなもんだ』
『ええっ、では、やはり、閣下は神なのですか?』
『違う。俺は俺。梵我一如、光魔ルシヴァルであり、ただの女好きな男だ』
『……閣下、女好きは理解できますが、難しい考えを伝えられても理解できません』
『ようするに、神じゃない。あの婆も神じゃない。ただ、鑑定スキルはアシュラー神直属の最上位鑑定なのは間違いないだろう。この世で一、二を争う鑑定スキルかもしれない』
『なるほど、優秀なスキルを持つ婆だから、見逃したのですね。あの婆を部下にするつもりですか?』
『熟女好きスキルに目覚めたらあるかもしれ……おぃ、何を言わせるつもりだっ』
『……閣下が勝手に……』
『すまん、ふざけて、ボケてみただけだ。婆を部下はないだろう。そもそも、今の俺は冒険者だ』
『はい』
ヘルメと念話中にも、背後には相変わらずに俺を尾行してくる気配はあった。
ついてくるだけか。
襲ってはこないようだ。
<分泌吸の匂い手>を使うか使わないか迷いながら路地を歩いてると、背中で寝ていた黒猫がモゾモゾっと動き出す。
黒猫が起きた。
「ンン、にゃぁ」
黒猫は鳴きながら頭巾の中から、肩へ移る。
そこからジャンプ、地面に降り立った。『ふぁぁ、よ~く寝たにゃ』というように前足を伸ばして背伸びしている。
「ロロ、もうすぐ宿屋だ。この辺を自由に遊んできてもいいぞ?」
「にゃ? にゃ」
黒猫はそう鳴くと、宿屋の方へ走っていく。
「フ、この近所に猫仲間ができたりしてな……」
微笑を浮かべながら宿屋へ向かう。
背後にあった気配は放っておいて【迷宮の宿り月】と木彫りプレートに書かれた宿の扉を開けた。
すると、綺麗な歌声が耳に響く。
透き通るような音色に誘われ自然と食堂へ向かった。
小さい壇のステージの上に立っていたのは金髪エルフ。
へぇ、エルフの歌い手か。
食堂の客は金髪の歌い手を見つめ、美しい歌声を聞き入っている。
カードゲームを行う人たちも、ゲームに集中ができないのか、ちらほら、とエルフの歌い手へ視線を運んでいた。
前に演奏していた吟遊詩人の男はいない。
クビになったのかな。
確かに、この女エルフの歌声の方が凄い。断然に良い。
歌詞は霧が濃い朝方に大きな泉の畔で大鹿と小鹿が出会い恋をする話だった。
何か、直接、心に響く感じ。音色が聴覚を通して直接、大脳を癒してくれる。
美人だし、鳩胸的な双丘も大きくて素晴らしい。
まるで、歌姫だ。
歌い手の女エルフも綺麗だし、耳や首にはアクセサリー、ん、あの首に巻き付いたような首輪の青い宝石、光っている?
魔法の杖なんかによくある、魔宝石だろうか?
魔察眼で首元を確認すると、首の魔力を内包しながら歌声に反応し波紋のような魔力が周りに放出しているのが分かった。
『閣下、この歌声は魔力を放っています。魔法の一種かもしれません』
ほぉ、精霊のヘルメがそう言うなら、そうなのだろう。
『害はないよな?』
『はい。妖精の歌声のようです。気持ちよくなりますね』
うむ。地声でも魔法クラスだと思うけど、実際でも魔法な歌声とはな?
冒険者たちを歌で癒す? 宿のサービスかねぇ。
歌の魔法は十分効果ありそうだ。
前世の世界でも周波数の違いで癒し効果、または不快な効果とか、あったらしいからな。
終いにはアポカリプスサウンドだっけか?
オカルト的な話もあったのを覚えている。
……しばらく、その歌声に包まれていた。
素晴らしいショーが終わり、食事でも頼もうかと席に座ろうとした時、カードゲームをしていた客に声をかけられた。
「お久し振りです。覚えておりますかな?」
「ふん、久し振りねぇ? 槍使い」
窪んだ眼窩に鋭い黒茶瞳を持つ、中年親父。
長帽子を被るトレードマーク的な口髭を持つ男。
それに、青髪の女か。
あの目に口髭……覚えがあるぞ。
思い出した。
ヘカトレイルで俺を誘ってきた闇ギルドの奴らだ。
「……えぇ、思い出しました。【ヘカトレイル】でお会いした方ですよね?」
「そうです。嬉しいですね。覚えていてくれましたか……あれから、槍使い、貴方の〝お噂〟は聞き及んでいますよ」
噂ねぇ……。
魔竜王退治やホルカーバムの件かな?
「そう言われてもね」
「まぁ、そう言わずに〝旧友〟の再会でも祝して、椅子に座り食事でもしながら話し合いませんか?」
「パパの言う通りに座りなさいっ」
何が、旧友だよ。
ニヤついてるけど、カールした口髭がダンディ過ぎて微妙な顔だ。
でも、ま、戦うわけじゃないし、いいか。
「そうですね。〝旧友〟として話しましょうか」
誘いに乗ってみた。
「あら、槍使いも乗り気なのね、意外」
口悪な青髪の女性か。
この女の名前は正直、忘れたけど、顔と髪が綺麗なので印象に残っている。
確か、青い特殊な長剣を扱っていた。
「それで貴方たちは〝何故〟この都市でしかもこの宿にいるんです?」
核心めいたことをいきなり聞いてみる。
「紆余曲折ありましてね……」
「そうよ。大変だったんだから」
へぇ、色々と彼らも濃い物語があったようだ。
ま、飯でも食べながら話でも聞くか。




