千九十話 ルマルディの処女刃とムーたちとの訓練
皆が部屋に入ってきた。
「あ~ぁ~~、俺のルマルディが、ついに主の女になっちまったかぁ~」
「ぷゆゆ~!」
「にゃおぉ~」
「にゃァ」
なんとも言えない声を発したアルルカンの把神書とぷゆゆを追い掛けるように黒猫と銀灰猫が寄ってくる。
「あなた様とルマルディ、おめでとう~」
「果樹園とサイデイルの防衛が強化された!」
ジョディとシェイルも近付いてきてそう言ってくれた。
アルルカンの把神書はルマルディの周囲を回り、黒猫と銀灰猫は俺の足に頭突きを行って、ルマルディの長細い足にも頭突きを行う。
そしてルマルディの足先の匂いをクンクンと嗅いでから細い脛に頭部を寄せて、鳩のように頭部を前後させていく。
二匹とも髭が取れる勢いだ。
光魔ルシヴァルの血の匂いの確認かな。
そして、仲間としての匂い付け作業か。
黒猫と銀灰猫は『ヨイショ、ヨイショにゃ』――『今度はコッチ、コッチにゃァ』――と言うように髭袋から首の毛を擦りまくる。入念だ。
眷属化の影響で匂いが消えたのかも知れない。
ぷゆゆは黒猫と銀灰猫の背後からルマルディを見上げている。
「ぷゆぷゆ、ぷゆぅ、ぷゆ~、ぷゆゆ!」
と数回偉そうに頷いていた。
毛むくじゃらで見えないが、小さい両手は組んでいると思う。
ぷゆゆ語を翻訳すると『ルマルディが進化したのだっちゃ!』
と、なぜか稲妻を放つ可愛い女性みたいになってしまった。
この翻訳は合っていないだろう。
「――閣下とルマルディさん、お疲れ様です!」
「「ルマルディ、光魔ルシヴァル入りおめでとう!」」
「「「ルマルディ、おめでとう!」」」
「「「「おめでとうございます!!」」」」
「「光魔ルシヴァル一門は強まった! 新しい<筆頭従者長>万歳!」」
「「「わ~い」」」
「おめでた~」
「めでたい! 空軍が強まったな!」
「――わたしは、ネームス!」
「陛下、お疲れ様です。そして、ルマルディ殿、おめでとう。我らの新しい家族として、非常に嬉しい思いですぞ」
「陛下とルマルディさん、お疲れ様です!」
「シュウヤとルマルディ、おめでとう!」
「シュウヤさん――」
流れに乗ったオフィーリアが抱きついてきたからむぎゅっと抱きしめてあげた。
ルマルディも嬉しそうに、
「はい、ありがとうございます!」
と返しながら囲ってきた皆とハイタッチをしたり抱き合ったりしている。
オフィーリアの背中を撫でてから離れる。
すると、ドミドーン博士が、
「めでたい! 強化されたルマルディ殿がいれば、オークの不意打ちに、旧神ゴ・ラード遺跡付近に多い蜻蛉モンスターの軍勢にも余裕で対応可能となろう」
「はい! 旧神ゴ・ラードの遺跡への樹海地図作成も捗ります」
「ドミドーン殿とミエ殿、ルマルディ殿は塔烈中立都市セナアプアに戻ると思うがのう」
「あ、そうなのですね……」
ミエの言葉の後、皆からルマルディは注目を受けた。
ルマルディは、
「はい、そのつもりです。もう逃げません」
きっぱりと宣言した。
覚悟ができている面だ。
そのルマルディは、
「わたしには塔烈中立都市セナアプアでやることがある……迷宮不敗ペイオーグやレザライサが立ち塞がろうとも、立ち向かう覚悟です」
皆、静かに頷く。
【円空】の空魔法士隊と上院評議員ヒューゴ・クアレスマに【白鯨の血長耳】や【魔術総武会】の大魔術師たちとも戦う覚悟はあると分かる。
その【白鯨の血長耳】とは戦ってもらっては困るが。
傍にいるアルルカンの把神書は浮遊しながら震えていた。
そのアルルカンの把神書は、
「……ルマルディ……」
と声を震わせていた。
先ほどルマルディの壮絶な過去を見ただけに……くるものがある。
アルルカンの把神書は母親のルマに使われていた。
そのアルルカンの把神書はいつもルマルディを支えていたはず。
そして、フィナプルスの夜会では素晴らしい詩を披露したが……アルルカンの把神書はどれほどの時間を生きているんだろう。
すると、トン爺が、
「ふむ。我らを守ってくれていたルマルディ殿……その覚悟をしかと感じましたぞ。我らは健闘を祈りまする……とはいえ英雄殿がいるのですから、直ぐにセナアプアの案件は解決に向かいそうですがな?」
「そう願いたい」
「……ふむ。『これを言うことは易く、これを行うことは難し』なのですな。さて、英雄殿、差し出がましい願いではありまするが……サイデイルのため、ソプラ殿とレネ殿を英雄殿の眷属に引き上げてくれませぬか?」
トン爺らしい言い回しだ。古代中国の儒者と官僚の討論を対話形式に叙述した重要書、塩鉄論の『利議論』だな。官吏の商人化による汚職が横行してしまう部分は、俺の知る日本にも当てはまる。特定秘密保護法で、国政調査権が機能しなくなった。
特定秘密保護法などの悪法を通した勢力が、日本を衰退させた売国奴たちそのものだった。と、そうした歴史から学ぶことは多々ある。この世界にも腐敗はあるだろうから、注意していきたいところだ。そして、戦力の拡充か。
空軍の担い手でもあったルマルディが抜けるのは少々痛いようだ。
射手のレネは俺を射貫いて、更にレザライサをも射貫いた超絶な射手。
推薦を受けたレネは、
「え……わたしが……」
と人差し指を己の顔に当てて驚いている。
レネは頬を赤く染めながら俺を見てきた。
期待の眼差しだ。その気持ちは分かる。
勿論返事はOKだ。<従者長>かな。
しかし、後となる。レネを眷属にするなら、妹のソプラも眷属にしないと不公平だしな……。
「後になると思うが、レネとソプラを<従者長>に迎えてもいい」
「わ……は、はい! 待ってます! ソプラに後で伝えます!」
レネは嬉しそうに笑顔になってくれた。
「おう、トン爺もいいかな。血を消費したばかりなのもあるが、俺もやることがある」
「はい、セナアプアに魔界セブドラも重要ですからな。そして、願いを聞いて下さり恐悦至極」
渋い軍師トン爺が拱手を行う。
そのトン爺に拱手を返した。
トン爺はキッシュともアイコンタクト。
事前に、俺にこの話をすると打ち合わせていたようだな。
優れた軍師のトン爺がいるからサイデイルは安心できる。
頷いてから――。
肩の竜頭装甲を意識し、
「ングゥゥィィ」
胸ポケットから処女刃を取り出した。
処女刃を皆に見せながら、蜘蛛娘アキに、
「アキ、ルマルディの処女刃の儀式に移るから、迷宮と配下の話は、その処女刃が完了次第でいいかな」
「承知しました~。皆、行きますよ~」
蜘蛛娘アキは部下たちを引き連れて外に出て行く。すると、キッシュが、
「シュウヤ、自宅の二階にあるゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡の片方とパレデスの鏡の十六面だが、アイテムボックス入りか?」
「あ、そうだな。セナアプアとペルネーテへの転移も、ここの転移陣で事足りる。セナアプアのゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡も回収して、魔界でゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡が利用できるか、今度魔界に戻った時に試すとしよう」
「うむ。ヴィーネとの血文字会話で、セラから魔界セブドラに転移は無理でも、魔界セブドラ内の次元ならば、二十四面体やゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡の転移は可能かも知れないと話をしていたのだ」
「その予想は当たりだと思う」
キッシュは頷いた。
クナとルシェルも頷いているから正解だろう。
ルマルディに視線を向け、
「ルマルディ、処女刃の儀式は俺の家の二階で行う。いいかな」
「はい」
ルマルディを見てから、皆に、
「キッシュとキッカも、ルマルディの処女刃の間、色々と情報交換するといい。では皆、後でな――」
「「「ハッ」」」
「「承知!」」
「「了解~」」
「「「「大隊長~分かりました~」」」」
「「「「「はい!」」」」」
「にゃ~」
「にゃァ」
拡張された部屋にいるママニたちに手を振りながら出入り口に向かった。
相棒と銀灰猫も付いてきた。
と、新しい階段や基礎が右側にできかけていた。
「キッシュ、二階も増築予定なのか?」
「あぁそうなのだ、まだこれからだが」
「設計図とかがあるならアレだが、<邪王の樹>か<破邪霊樹ノ尾>で階段と二階ぐらいなら直ぐに拡張できるし、やっとくか?」
「おぉ、調度いい、横への拡張もクナがやってくれたのだが、まだ途中なのだ」
「はい、〝涙魔吸のドンゴーン〟ではなく〝魔融の連魚結〟と〝エセル魔熱土溶解〟です。転移陣ルームを優先していたので、二階と階段は後回しにしていました」
というクナの報告を聞きながら、
「では直ぐに造るとしよう――」
<破邪霊樹ノ尾>を意識し発動――。
木製の階段をパパッと造り上げた。
広い踊り場と部屋の二階をイメージしつつ二階も瞬時に造り上げた――。
階段を直ぐに上がって二階を確認。
廊下と大きな部屋とベランダが出来上がっていた。
「よし――」
階段を下がって一階に戻った。
皆に、
「できた、ではな」
「「……」」
「「「おぉ」」」
「凄ッ」
「閣下は家造りも可能と聞いていましたが、凄い……」
キッカは家を作るところを見るのは初めてだからな。
「――おぉ~主に我らの家を作ってもらったことを思い出しましたぞ――」
「「早速見てきます~」」
「あ、わたしも!」
「ボクも!」
「俺もだ――」
皆、できたばかりの階段を上がって二階の部屋の見学を開始。
ムーたちも俺に会釈してから階段を上がっていく。
キッシュたちに手を振りながら「じゃ」と言って、トレーサリー装飾の両開きの開かれている出入り口から外に出た。外観も前とは異なる。
ルマルディと黒猫と銀灰猫を連れて――。
嘗ては村だったサイデイル城の内部を駆けていく。昔、イモリザが守っていた正門を見てから『蜂たちの黄昏岩場』があった小山に向かい、斜面の階段を上りながら、高台にある俺の家を目指した。
階段の左右の段々とした場所には、俺が皆に造り上げた家が建ち並ぶ。
水車も健在だ――高台に到着。
柵で囲われている訓練場が目の前だ。キサラとよくここで訓練をやったなぁ――。
よくここにいたクエマとソロボにムーはいない。
まだ下のキッシュの家の中だ。
「ンン、にゃ~」
「ンン――」
相棒と銀灰猫が先にログキャビンのような俺の家に入った。
俺たちも自宅に入る。
久しぶりのサイデイルの自宅、一階のリビングの机には、リデルが作ったであろうビスケットが盛られた皿が並んでいた。
蜘蛛娘アキと部下の女性魔族っぽい方とごつい方は椅子に座っている。
黒猫と銀灰猫は二階に向かう階段の途中で振り向いてきた。
「アキとその部下さんたち、また後でな」
「「「はい!」」」
ルマルディと共に階段を上がって二階に移動。
「ンン」
「にゃァ」
黒猫と銀灰猫はキャットウォークを登って遊んでいた。
そのうち、ぷゆゆも来そうだな。
寝室を見ながら――。
ゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡と二十四面体の十六面のパレデスの鏡を回収。
「ここでもいいが、他の部屋で処女刃を行おう」
「はい」
ルマルディと共に拡張した部屋に入った。寝台と素朴な机と椅子があるだけのシンプルな部屋。
寝台の前の空間に合う大きさの桶を<邪王の樹>で作り置く。
「衣服は二の腕だけ露出すればいいから」
「あ、もう脱ぎました。シャツだけです」
振り返ると、ルマルディは半袖のシャツ一枚となっている。
金髪に蒼い瞳。
高い鼻筋に小さい唇と細い顎と首筋のラインがとても綺麗だ。
露出しているデコルテと大きい乳房を隠せていないシャツの膨らみが、またなんとも言えない露出具合で、かなり魅惑度が高い。
細い腰とヒップラインには艶やかさがある。
レースクイーン的な体にぴったりそわせたスーツ衣装が似合う女性なだけはある。
そんなルマルディに魅了されながら、処女刃を渡した。
「これが処女刃」
「おう、スイッチなどはもう知っているかな」
「はい、ここを押すと、裏から……あ、出ました……これが二の腕に突き刺さって……血を流すのを繰り返すのが処女刃の儀式ですね」
「おう」
「吸血鬼らしい<血魔力>の操作技術の獲得方法です」
「ヴェロニカとビュシエ曰く、歴史は長いようだ」
「あ、ビュシエ・エイヴィハン……吸血神ルグナド様の<筆頭従者長>だった女性を、シュウヤさんは眷属化したんですよね」
「そうだ。直にコミュニケーションを取ったほうがいいだろうから、魔界セブドラにいずれは来てもらうか、ビュシエ・エイヴィハンにセラに来てもらうかもだ。そのビュシエだが、吸血神ルグナド様の<筆頭従者長>だった当時に、傷場からセラに何回か来ているらしいんだ」
「おぉ……貴重な、と言いますか……魔界で橋頭堡を築いたシュウヤさんにとって、魔界セブドラではかけがえのない御方がビュシエさんということになる……」
「情報という観点ではそうだろう。が、俺にとっては皆がそうだ。さ、そういった話は処女刃を行いながらゆっくりとしていこうか」
「あ、はい、では嵌めます」
「おう」
◇◇◇◇
一日と少し経った。
一階に下りて、リデルからの差し入れのアップルパイを食べながら階段に向かっていると、
「あ、シュウヤさん――」
二階からルマルディの声が響く。
直ぐに階段を上がると、
「やりました。<血道第一・開門>! 通称第一関門を得ました!!」
「おう、良かった良かった」
「ふふ♪」
桶の血はもう吸い終わっている。
ルマルディは体に付着している血を吸っては出していく。
両手足からも血を垂れ流して直ぐに吸い寄せていく。
<血魔力>の感覚を味わうってより遊んでいた。
そして、シャツ一枚だから、巨乳の乳首の形が分かるほど乳房が血濡れる時は、魅惑度が高まった。
「ふふ」
そのルマルディは俺の視線に気付いていたのか微笑むと、桶から出る。
――体を預けてきた。
「シュウヤさん、わたし……」
小声でそう言ったルマルディは上目遣いで見てくる。
瞳を潤ませつつ、
「……」
目を瞑る。
「あぁ――」
ルマルディの唇に唇を重ねた。
ルマルディの背中を掌で温めるように支えながら、唇を離した。
「……ありがとう……わたし、その……」
初めてか。
「大丈夫。最高のキスだった」
「あ、ふふ、はい♪」
「もう一回しとこう」
「あ、はい……」
今度のキスはルマルディの上唇を重点的に押すようなキスを行った。
ルマルディも慣れたのか、俺の唇の中に舌を押し入れてくる。
そのままルマルディの唇をひっぱるように唇を離した。
「……ぁ……」
ルマルディは切なそうな表情となって、俺の唇を一心に見続けていた。
そのルマルディの腰に手を回して、寝台のほうに誘導――。
「ぁっ――」
押し倒すこともできたが、しない。
寝台に腰掛けてもらったところで、またルマルディの唇を奪う。
今度は、互いの息をも交換するように激しいキスを行った――。
◇◇◇◇
互いの心が融け合うような愛し愛されの情事は朝までとなった。
黒猫ロロディーヌも呆れる情事の後――。
サナ&ヒナにハンカイとシュヘリアに蜘蛛娘アキたちが見守る中、訓練場で――。
蒼い鳥&ムー、クエマ、ソロボ組と流星錘を扱う蛇人族のヴェハノと俺組で久しぶりの稽古となった。
が、乱戦にはならず。
ムーは俺にばっかり突撃を噛ますから、皆遠慮して、ムーと俺の訓練を見守る形となる。
「糸を使ったフェイクはオリジナルだな。よし、もう一度<刺突>を打ってこい」
「……っ!」
碧眼のムーは前傾姿勢――。
『片折り棒』から『風研ぎ』の槍を突き出してくる。
<魔闘術>も中々で鋭い攻撃だったが、樹槍の柄でムーの樹槍の穂先を横に弾いた。
<血液加速>を使い前進し、ムーの横を取る。義足を払った――。
「っ!」
ムーは転けず――。
義手と義足から糸を出して体を支えると、樹槍の石突を突き出して、俺の腹を狙ってきた。
「いい動きだ――」
その石突を左腕で払いながら前進し、ムーの銀髪を撫でながら背後に回り、ムーを<槍組手>を使わずに拘束――。
「……っ」
ムーは負けたというように樹槍を落として、俺の腕を両手で掴んでジッとしていた。
ムーを抱きながら、
「はは、先の糸を使った体勢直しは見事だったぞ」
と言ってムーを離す。
「……っ」
ムーは振り向いて笑顔を見せてくれた。そして、ラ・ケラーダを健気に繰り出してくる。
胸にジーンと来たが、顔に出さないように、笑顔でラ・ケラーダを返した。
「それじゃ、急な訓練はここで終了。で、アキ、話があるんだろう?」
「はい!」
蜘蛛娘アキは部下達を連れて柵を跳び越えてきた。
続きは今週を予定。
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