百四話 迷宮都市ペルネーテ
2021/07/30 22:59 修正
「ロロ、都市に入ろう」
「にゃ」
「LET'S GO――」
と、大声を発しても周囲の雑踏は俺たちを気にしない。いいねぇ混雑!
晴れ晴れした気分で、石門を潜った。
【迷宮都市ペルネーテ】の地を黒毛の足が踏み入れた。
よーーし、ついに来た、迷宮がある地。
ドワーフのザガ&ボンは元気だろうか?
世話を頼んだルビアは冒険者になり活躍しているかも知れない。
彼らはこの【ペルネーテ】のどこかに住んでいる。
ミアは名前を変えて、冒険者としてがんばっているのだろうか。
そして、闇ギルド【梟の牙】の本拠地でもある。
セーヴァから聞いた情報が、たしかならば【梟の牙】の本拠地であるエリボルの屋敷は都市北にある貴族街の東にあるはずだ。が、急ぐことはない。
エリボルを殺るにしても、知らない都市についたばかり。
わざわざ火種にガソリンを撒かずとも、向こうからアクションを起こしてくるだろうし、今は絡まれた時にだけ、潰す方向でいこうか。
よーし、【迷宮都市ペルネーテ】へ、いざ、立ち向かわん。
と、威勢良く胸を張り、触手な手綱を操作。
門前にある人通り激しい通りを前進していく。
すぐに四辻の大通りに出た。前方は整えられた大通りだ。
真後ろには俺が入ってきた石門があり都市の外へ続く道だ。
左右のどちらの通りにも、都市の内壁に沿う形で丸みを帯びた大通りが延々と続いているのが見えた。
この大通りならば壁を見ながら、この都市を一周レース的なマラソンができそうだ。
が、左右の道は選ばない。直線の大通りを選択。
馬っぽい神獣ロロディーヌの足を進める。
通りの両側の土地は広い敷地だ。壁も他と違う。
ゴルフができそうなぐらいの芝生が敷かれた丘の先には貴族たちが住む大理石の高級石材で作られた家々がある。あの大きな屋敷は三階建てぐらいはありそう。
王族でも住んでいるのかねぇ?
どうやら、この辺は北側の貴族街らしい。
さっきから敷地付きの大屋敷ばかりだ。
行き交う馬車も豪華な馬車が多いので、きっとそうだろう。
雰囲気的に、迷宮都市の名が付いてるとは思えない。
ここから東の地域を調べれば、案外、あっさりとエリボルの屋敷は見つかるかもな。
そういや……【ヘカトレイル】にも、こんな高級街的な通りがあった。
敷地付きの大豪邸。
今、アイテムボックスに入ってる現金の全額をポンっと出せば、買えちゃうかも知れない。
そんなことを考えながら速度を上げて直進。
また四辻に辿りついた。
前後に大通り、左右にも幅広い通りがある。
また、真っ直ぐな通りを選択。
すると……左右にあった広い敷地の光景が終わる。
小さいゼメリング様式的な家屋、漆喰の小屋が多くなった。
貴族街はここまでらしい、人通りも多く、人族以外にも、様々な種族の姿を見ることができた。
その中で、黒い巨人と服を着た小さいペンギンが歩いている姿を見ては、思わず二度見しちゃったり。
この辺から【迷宮都市ペルネーテ】の中心街なのかもしれない。
何分、地図無し。
適当にゆったりペースで進んできたが、ここらで訊いてみるか。
あの獣人さんに話を聞こう。猫獣人さんは暇そうだ。
雑貨店の前にある壁に背を預け大通りを見つめていた。
ふっくらしてそうな灰毛に包まれた獣顔の持ち主。
額と両目の三つ目に、四腕を持つ。
モンスターの厚革で拵えた高級鎧の腰には四つの長剣を差していた。
各腕の先に付いた小さい紋章入りの丸円盾といい、凄腕冒険者に違いない。
……四剣流とかあるのだろうか。
凄腕戦士の雰囲気を醸し出している姿から【ガイアの天秤】のメンバーである猫獣人の戦士デュマを思い出す。
その獣人さんのもとへ馬獅子型黒猫を寄せていく。
馬上ならず、黒猫の上からだから失礼なのかも知れないが、口を動かした。
「――すみません。迷宮とか冒険者ギルドの場所は何処ですか?」
獣人さんは俺の声に反応、視線をあげて反応してくれた。
「お? 田舎から来た同業者か?」
「えぇ、そうです」
「そうか、迷宮なら“第一の円卓通り”の中心に聳え立つ、特徴的な短塔がそうだ。近付けば一発で分かる。一階が迷宮エントランスホール出入り口だ。冒険者ギルドと魔宝地図協会も近辺にあるし宿屋も多数ある。因みに、ここは“第一の円卓通り”から“第二の円卓通り”の北の間にある場所だ。ここを真っ直ぐ南へ行けば、第一の円卓通りに出るぞ。見ての通り、同業者が増えているだろう?」
獣人さんは笑顔で視線を促す。
三つの目の内、二つの目が通りを行き交う人々へ向けられていた。
――確かに、武装している冒険者らしき様々な種族たちが行き交う。
「分かりました。親切にありがとう」
「おう」
軽くお礼の言葉を述べて、頭を下げてから進み出す。
“第一の円卓通り”。
確かに【迷宮都市ペルネーテ】は円形に近い形をしている。
“第三の円卓通り”が壁近くにある大外通り。
“第二の円卓通り”が先程通ったところの中通り。
“第一の円卓通り”が迷宮出入り口近辺にある通り。
ということだろう。
親切な猫獣人さんに言われた通り、行き交っている冒険者や商人たちの列に加わるように通りを進んだ。
馬獅子型黒猫は速度を出し縫うように素早く進む。
なるほど、あそこか。
様々な種族がごった返しているが、すぐに分かる。
広い円形空間。
円の中心には迷宮の出入り口と思われる、特徴的な短塔の“円筒建物”があった。
これが、第一の円卓通り。
円筒建築物の周りにも市場が形成されている。
どの店も繁盛している様子。
冒険者たちだけじゃなく、一般人や商人の姿も見かけることができた。
それにしても、あの中心にある円筒な建物……。
煙草を地面に突き刺して、空へ突っぱねた部分を斜めに切り、空を鋭角に区切るような建物と言えばよいか。
カザフスタン、中東、に残る遺跡の塔のようだ。
何とかのミナレット、ミナールとかだったかな。
表面には雷文と幾何学の模様が青石で散りばめられてある。
綺麗な円筒の建物を見ながら中心の広場へ足を進めた。
【ヘカトレイル】と同じような光景が目に入ってくる。
広場に布告場と書かれた大きな看板があり、ラッパを吹かせた数人が大声を上げて、次々と人々に知らせを読み上げていた。
――【オセベリア王国】【太湖都市ルルザック】にて大規模な募兵を開始する。冒険者たち腕に自信がある者は集まれよ。アイテムボックスに余裕がある冒険者は特別輜重隊に編入できる。アイテムボックスがない冒険者たちは傭兵部隊だが、騎士団員にも採用される可能性もある。成果を上げれば褒美や出世は間違いなしだっ!
兵隊募集か。
戦争で出世な道もありか?
今度は違う布告人たちが声を上げていく。
――【城塞都市ヘカトレイル】にて周辺を荒らしていた魔竜王が王国の竜魔騎兵団所属のグリフォン隊によって仕留められたそうだ。
もうここでもニュースになるんだな。
活躍した冒険者たちは抜きなので、プロパガンダも兼ねているのだろう。
――コレンドン奴隷商にて、戦争奴隷が大量に入荷。興味があれば西方第二の円卓通りにある“コレンドン商館”まで足をお運びください。
――アリアの広場にて、明日から数日にかけてアリア教の巫女を束ねる大司教様による愛情の恵祭が開催される。正義の神シャファを信仰する司祭とも交流が行われる予定だ。放浪を愛する女神の信仰を持つ者は向かわれよ。
愛の女神か。一緒にパーティを組んだこともあるニコラの姿を思い出す。
神聖教会とはまた違う宗教。
内実が放浪より美女と愛を育む宗教だったのなら、興味はある。
――オセベリア大草原にて、石蹴り大鳥が大量発生中、ルルザック行きの街道にも出没している、注意されたし。
――南の解放市場にて窃盗事件多発。注意されたし。
――仮面魔人ザープ、西の魔法街、南の都市郊外墓地にて出現が確認、血塗れの刀と指をみたら注意されたし。
――ラングハード準男爵一家殺害事件の続報だ。オセベリア王国が誇る【九大騎士】の女大騎士がまたもや殺害犯を捕まえた。これで殺人事件解決は三度目である。衛兵隊の面目丸つぶれの状況だ。しかし、第二円卓通り南東の住宅街にて、三つ玉宝石の連続殺人事件が未解決のままだ。この事件も女大騎士の名推理が当たるか、期待しておこう。
殺人事件ね、こんな大都市だ。
いたるとこであるだろうな。とは想像つく。
――第三の円卓通り北西の魔法通りに【真理の目覚め】という魔導具店が新しく開店された。
――魔獣商会サイオンから知らせがある。〝魔獣ベイヴァ〟が新しく入荷しました。調教スキルに自信がある方、第二の円卓通り南にある大闘技場の目の前にある〝サイオンの店〟までお越しください。
調教スキルがあれば、魔獣を買えたりするんだ。
――迷宮管理局から知らせがある。百年ぶりに第十階層を踏破した【青腕宝団】には迷宮管理局から勲三等の褒美が支給されることになった。
迷宮管理局、百年ぶりに第十階層を踏破?
勲三等とは褒美なんだろ?
それにしてもあの布告人たち凄い。
さっきから連続で大声を発してる。喉とかやられそうだ。
布告人の他にも、足笛で甘美な音色を奏でる演奏者と踊り子たちがいた。
ジプシー、サーカスの演者か。
お臍を出した綺麗な衣装を身に着けた女の子たちが音楽に合わせてリズム良くシザースからバックフリックを使い着地、身軽に踊っている。
まさに、芸は道によって賢し。
他には、台座の上に立ち、
「あそこで踊る者を見よっ! 衰退っ、堕落、道徳の崩壊だっ、堕落といえば、皆の者よ、自分のためにいかなる形の像も造ってはならない。男、女、の形も獣の形も……」
偶像礼拝に対する警告か。
神聖教会の一派かな。彼らは彼らで色々と派閥がありそうだ。
口達者な説教を繰り返している司祭、それを聞く聴衆たち司祭の言葉を聞く信者たちの数がヘカトレイルより多い。
だが、処刑場のような場所はないようだ。
声が煩い広場から離れて第一の円卓通りである円広場を三百六十度、ぐるりと、見渡していく。
円卓の名前通り。円縁を囲うように様々な店屋敷が並ぶ。
黒馬ロロディーヌに乗りながら見学していった。
……縦に高い建物は少ない。
パリのように都市の景観を損なわないためとか?
違うだろうけど、その代わり横幅が広い宿屋、雑貨屋、武器防具、魔導具、魔細工、食事処、等の看板を掲げた店が続く。
“宝と地図”マークの看板がある木造建築の大きい店もある。
隣には巨大な赤煉瓦建物である冒険者ギルドも見つけた。
周りは木材や白石の建物が多いので、かなり目立つ。
敷地も広く厩舎付きな三階建て。
白と黒で縁取られた冒険者ギルドと書かれた看板も大きい。
この冒険者ギルドの建物と迷宮の円筒建物だけが、この円卓通りの中で縦に突出していた。
分かりやすいね。
まずは幸先良くギルドは見つけた。
次は宿屋を探すか。
この広場の周りにも宿屋、酒場は幾つかある。
……だが、違うところを見よう。
丁度、第一の円卓通りを一周回り終わったので、外の路地を見ていくか。
左の路地を選択。
円卓通りの左上。北側だな。
薄暗い路地を一キロぐらい進むと……先に、怪しげなムードを感じさせる宿屋を発見。
宿屋左手前の玄関口から沢山の灯りが漏れている。
灯りの正体は小さい塔からだ。
金属棒の骨組みに大きいランタンが複数個飾り付けられたアート的な立体的オブジェ。
灯りには魔力が感じられる。
オブジェの背後にある建物は、全体的に卵的で丸い。
ランタンによる明るさもあって、光と影のアンバランスが作り出されていた。
左側の壁がまるで満月のような雰囲気を感じさせる。
ここは何か雰囲気が良い。敷地も広めだし。
俺は馬と獅子と似たロロディーヌから降りた。
明るく照らされた玄関口を歩いていく。
黒猫も姿を小さくさせたのか、いつもの定位置に戻ってきた。
そこに、音、宿の玄関口から蝉の音が響く。
軒下の方からだ。
音がする壁上を見ると、大きな蝉が留まっていた。
異世界の蝉か。大きい……。
蝉時雨か? もう夏だもんな。
しばらくはこの暑さと、この音にも慣れていかないと。
夏の暑さを感じながら黒光りする玄関扉の前に到着。
扉には特徴ある朱色字で木彫りされた看板がある。
そこには“迷宮の宿り月”と書かれてあった。
外観通りな、名前もそれらしい名前。
「ここに泊まろう」
「にゃお」
『はい』
黒猫とヘルメは気軽に返事をする。
黒光りする瀟洒な木製扉を押し開く。
すると、むあっとする酒の匂いが鼻孔を刺激、客の喧騒が耳に届く。
宿の中は大きい。右半分が宿部屋のようだ。
カウンターと地続きな手前には上り階段がある。左半分が広い食堂で賑やかな雰囲気の印象を持たせていた。
食堂の左奥にはステージ台があり、男の吟遊詩人がギターのような弦楽器を爪弾いては、中々、良い演奏を奏でていた。
ステージ台を囲うように、食事をする四角いテーブルが十数台あり、何人かの客が酒を飲み食事を口へ運ぶのが見える。
丸い豪華なカードゲーム用のテーブルもあった。
その場では厳つい顔のドワーフ、軍人衣装を着た中年男の人族、貴族風の女性、帽子を被った口髭を生やす人族男、髪色が青い女性が寄り添いながらカードゲームに興じている。
ポーカー的なカードゲームに興味が湧く。
だが、視線を食堂の右へ移す。
右奥には扉や柱壁があり、右手前には大きいバーカウンターがあった。
背の高い椅子が十二脚ほど並んである。
洒落たバーだ。
カウンターの真後ろにある階段下のスペースを生かすように棚壁があり、オーク材のような酒樽と陶器製の酒瓶が何段も積み重なっていた。
酒の種類は何種類かあるようだ。
ここなら酒も楽しく飲めそうな感じ。
そんな塩梅で、宿の入り口から宿の様子を見学していると、綺麗な女性がカウンターから近寄ってきた。
綺麗な女性は蜂蜜色の髪。
髪を横へ流し、それを赤いヘアピンで留めている。
顔は小さく細い顎。女盛りの艶めかしい眼差し。
茶色の瞳に鼻筋も高く、胸も大きく細いくびれから長い足がすらりと伸びていた。
赤いシャツがふくよかな胸に吸い付いたように貼り付いているので視線がいってしまう。
インナーシャツか? 巨乳さんだ。
下は紺色の端が折れた短いスカート系に白いエプロン。
エプロンだから、宿の関係者かな? 綺麗だなぁ。
――おっ、綺麗だけど、その体に魔素を纏っているのも驚きだ。
それも、そんじょそこらの冒険者が霞むぐらいの質。
『この女性。魔力を体内でスムーズに操作しています』
ヘルメのいう通り、普通の女性ではない。
「お客さんいらっしゃいっ! 【迷宮の宿り月】へようこそ。わたしはメル。ここの女将をやってます」
え、女将さんなのか。
男勝りな声質だけど、若くて美人女将だ。
テンションアップ。
……寝取られた美人女将。美人女将の淫らな性活。
やばいヤヴァイ。
瞬時に、卑猥な言葉が頭に浮かんでしまった……。
誤魔化そう。目元を正してから真面目顔で話す。
「……俺は冒険者で、名前はシュウヤ。部屋は空いてますか?」
女将さんも俺を舐めるように見つめてきた。
一瞬、目元が鋭くなるが、すぐに笑顔を向けてくる。
「……空いてますよ。一階に泊まるなら一日夕食付きで大銅貨五枚。二階の大部屋なら大銅貨八枚です」
大銅貨八枚か。さすがに高級宿よりは値段も手頃、安い。
アイテムボックスをチェックして金貨の枚数を確認。
今は夏の季節の何日だったけ……三日目か? すると年末までは……。
――あ、そうだ。
黒猫のことも聞いておかなきゃ。
「……あ、後、使い魔の、この黒猫も一緒ですけどいいですか?」
黒猫は肩に乗った状態で動かずに「にゃ」と軽く返事した。
「まぁ、可愛い猫ちゃん。うちは使い魔だろうが何でも結構。大丈夫です」
女将はそう言ってくれた。
よかった。とりあえず、年末まで金を払っておこう。
「それじゃ、“これで”二階の角部屋にお願いします。年末まで泊まれる分です」
アイテムボックスから金貨と銀貨を合わせて女将へ手渡しした。
「分かりました。……預かります」
女将さんは、慌てて金を受け取り、美人さん特有の笑顔を俺に魅せてから受付台に置かれた記帳に書き込みをしていた。
そこで、酒とは違う、美味しそうな食事の匂いが食堂から漂ってくる。
黒猫が早速、鼻をクンクンっと動かし反応。
そういや、本格的な朝飯がまだだった。
今、飯が食べられるか、聞いてみよ。
「……メルさん、何か食べる物はない?」
そう気軽に尋ねると、何かあるみたいで女将にそこの席に座って待つように言われた。
「カズン、今から料理だせるかしら~」
女将は厨房に向かって声を放つ。
「あぁー、出せるぞー」
その厨房奥から厳つい渋い声が返ってきた。
「だそうです、少々お待ちを」
俺は素直に女将さんの言葉に従う。
テーブルがある椅子席に座り、食事を待つこと数分。
食事が運ばれてきた。
「お待たせしました。茸と野菜の肉がゆ、です」
目の前に出された料理は木製ボウルにたっぷりと入ったシチュー。
スプーンも用意されてある。
黒猫の分もちゃんと用意されていた。
早速、スプーンでシチューを掬い、口に含む。
うまうま。また木製スプーンで掬おうとすると、大きくて柔らかいジャガイモらしき野菜を発見。
スプーンでジャガイモを押しつぶしては掬い口へ運ぶ。
ほくほくだ。茸も入っているし、骨付き肉も旨い。
シチューを美味しく食べていると……。
ふと、異世界初のまともな食事を食べさせてもらった時を思い出す。
ゴルディーバの里の情景が頭に過った。
いつも美味しい料理を作ってくれたラビさん、元気にしてるかな?
様々なことを教えてくれた師匠、妹のような可愛いレファ、屈強なラグレンも元気にしていると嬉しいが。
懐かしい訓練の日々を思い出し、微笑を浮かべながらシチューを食っていく。
食い終わると「こっちです」と、俺が食べ終わるのを待っていたのか、お手伝いの少女を連れた女将メルに誘導された。
一階出入り口近くにある階段を上がり二階へ向かう。
階段を上がった通路奥にある角部屋に案内された。
部屋の扉には“月が二つ描かれた”飾りが付いている。
扉の横下には洗濯物を入れる大きな篭も置いてあった。
「洗濯物はここに入れてくださいね。この子が、手伝いのイリーが持っていきますから」
「うん。わたしはイリー。ここに衣類を入れてください」
イリーは少女。エプロン姿の給仕さんだ。
黒茶色の髪と目。笑顔が可愛い。
目には力があり、しっかりしてそうな少女だ。
「よろしく。イリー。その時は頼む」
「これが部屋の鍵よ。それと、風呂に入りたい時もイリーに言えば、部屋奥にある大桶にお湯を容れてくれるからね」
気軽に話す女将メルから、鍵を渡される。
「それは大丈夫。俺が容れるから」
「お客さん水属性持ちなのねぇ。手間がかからなくていいわ。それじゃ、まだ仕事があるんで失礼しますよ。何かあったら“大声”で呼んでちょうだいな」
大声……ね
「分かった」
俺の了承の言葉を聞くと、笑顔を作る美人女将。
そのまま女将メルはイリーを残して一階へ戻っていく。
でも大声? そんなに聞こえないもんかね?
と、疑問に思いながら、借りた部屋へ入ろうとした、その時――。
「お客さん~? ちょっと、いい?」
扉の下に小さい足を置いて扉を止めている。
少女らしくない細腕を悩ましく動かしながら、そう呼び止めたのはお手伝いのイリーだった。
「ん? なんだ?」
「貴方、本当に冒険者?」
なんだ? この子は……。
よく見ると、顔は大人びている?
指に赤い指輪を嵌めていた。
その指輪には濃密な魔力が詰まっていることが分かる。
こんな子供が高級指輪、魔道具か魔導具を持つとは……。
『閣下、この少女は全身を魔力で纏っています。幼い人族とは思えません』
精霊ヘルメが忠告してくれた。
この子、普通じゃないな。
「黙っているという事は、違うのかしら?」
初対面でこの図々しさ。
「いや、冒険者だ。そもそも、なんで君にそんなことを聞かれなきゃならない?」
「――ふうん、わかったわ。今は普通の“お手伝いさん”で、いてあげる」
綺麗な顔を少し前に出しては、小鼻をくんくんっと動かし、匂いを嗅ぐような仕草をみせてから、そんな意味深発言をする少女イリー。
彼女は少女らしくない笑顔を向けると、扉からスキップするように離れ一階へ戻っていく。
何なんだ、ここは。
女将は綺麗なので良いのだけど、電波気味な怪しい少女とか嫌だな……。
宿の選択を間違えたかも、まぁ、でも契約はしたし。
とりあえずは部屋の中を確認だ。
不満に思いながらも部屋に入る。
左奥に小さいサイドテーブル付きの寝台が四つ。
奥にはカーテン付きの出窓があり、小さいベランダと床に大桶もある。
出窓からは斜の屋根板と地続きに繋がっているので、直接、屋根上へ出られるようになっているようだ。
二階だからこその光景だけど、これ、少し防犯が心配になる。
だけど、風呂入るときは出窓を開けて涼めるし、屋根上から外を見学できる。
これはこれで見晴らしがいい。ベランダのつるつるした床板の面もちゃんと窪んだ穴があり、角度がついて水を流せる斜面になっていたので、気に入った。
ホルカーの高級宿よりかは一つ部屋が少ないけど、壁のデザインも洗練されていて綺麗にされているし、広さも十分だ。
俺が部屋をチェックしてると、いつものように黒猫は寝台上で「にゃぁ」と、弾むような言葉を発しながら、跳躍を繰り返し堅い感触を楽しんで遊んでいた。
堅いベッドなので弾力はないが、柔らかいベッドよりは跳ねやすいようだ。
そして、跳ねるのに飽きたのか黒猫はその場で、自分の尻尾を追いかけるようにくるくると回り出しては、丸くなり、寝台の枕元で落ち着き眠ろうとしていた。
……可愛い。
目を瞑ろうとしている可愛い猫の様子を眺めていく。
このまま、この宿屋をベースにしようかな。
変なお手伝いがいるけど、あれは無視すればいいし。
よし、宿屋も確保したしギルドに向かうかぁ。
適当にどんな依頼がボードに貼り出されてあるのかを確認、じっくりと見てから、魔法書が売っていそうな魔道具店を探す、路地裏散歩道を行うのもいいかもしれない。
ま、ケセラセラの精神で。




