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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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千三十四話 【ローグバント山脈】の旅と修業に<山岳斧槍・滔天槍術>の獲得

 血が噴出している片腕を掲げながら歩き始めた。

 召喚し続けていても平気だが、山を進みながらサシィを守っていた血霊衛士を解除。


 フィナプルスと貂は、


「偵察とモンスター退治をしてきますー」

「行きます――」


 そう宣言すると、低空から上昇気流に乗ったように急上昇していく。

 魔皇獣咆ケーゼンベルスは少しだけ体を大きくさせて、


「サシィ、ここから先は道なき道となる。我の頭部に乗るのだ!」

「はい!」


 とサシィを背に乗せて、


「ウォォン! 血と血の幻影を追うが、ゆっくりと進むとしよう」

「私に合わせず、ケーゼンベルス様の好きな速度で構わないです!」

「否、主は駆けていない。マーマインとの戦に勝利した直後なのだ。その話もあろうと思う」

「そうだな。サシィも時間的に大丈夫かな」

「大丈夫だ。源左砦の皆への報告は後でいい。吸血神ルグナド様の<筆頭従者長(選ばれし眷属)>が生きているなら、恩を売るチャンスでもある。だから源左の領袖(りょうしゅう)として、シュウヤ殿に付いていく思いだ」


 サシィはそう告げた。

 頷いて、


「分かった」

「吸血神の眷属についての考察(こうさつ)もあるはずだ。そして、お前も、(あるじ)に何か話があるのであろう?」

「え、は、はいッ。あ、あの、一先ず、抱きついても?」

「構わぬ!」

「はいっ!」

 

 サシィは笑顔を見せて、ケーゼンベルスの後頭部と背中に抱きついた。

 黒い体毛が包むサシィの姿が見えなくなった。


「ふふっ、いい匂い、日向と微かな花のにおいがする……」


 小さなハスキーボイスが聞こえた。

 サシィに抱きつかれた魔皇獣咆ケーゼンベルスは「ふっ」と声を漏らしつつ頭部を上げる。

 鋭い双眸には【ローグバント山脈】の雄大な山々と破壊された山々が映っていた。

 ケーゼンベルスの胸元の黒毛がそよぐ。(ほこ)らし気な雰囲気(ふんいき)(かも)し出しながら歩み始めた。

 長い前足が動くさまは迫力(はくりょく)がある。


 その様子を見た黒猫(ロロ)が、


「ンン」


 喉声のどこえを発して、俺の耳朶(じだ)と肩を前足で連続的に叩いてきた。肉球の感触は柔らかいが少し強めだ。

 相棒的に『前進にゃ!』と指示を出しているつもりなんだろう。

 『俺はポポブムではないぞ?』と言うように肩の上で猫ボクサーとなっている黒猫(ロロ)を見ると、少し興奮しているのか、鼻袋を膨らませながらケーゼンベルスの姿を見ている黒猫(ロロ)がいた。


 少し笑いながら左斜めに出ている細長い岩を駆け下りて右斜め上に続く岩へと飛び移った。

 皆も続く。

 

 すると、上空を偵察していたフィナプルスと貂が戻ってきた。

 

「シュウヤ様、上空に察知したモンスターは逃げました――」

「了解」


 フィナプルスの左右の両肩と両腕から飛び出ているように見えていた白い両翼は、肩甲骨辺りに畳んだのか見えなくなった。

 そのフィナプルスは黄金のレイピアを消す。と、スカートの形状をスパッツのようなコスチュームに変化させる。


 スパッツの表面には、薄らと魔女たちの可愛い絵柄が描かれていた。


 今まで見たことのない戦闘装束に少し魅了されながら、


「俺たちを襲おうとしない限り、モンスターは無理に追わなくていい」

「分かりました」

「はい」


 そのフィナプルスと貂はホバリングで近くを浮遊している。

 貂は、沙と羅の飛行に合わせて、低空を飛翔していった。

 

 フィナプルスは、


「――吸血神ルグナド様の眷属の体は、碑石か碑石の真下に保存されているのでしょうか」

「あぁ、保存されていると思いたい」


 罠の可能性もあるからな。

 そう話をしつつ、斜面を上がり前方の親指と似た巨大な岩へと跳躍を行う。

 その巨大な岩に着地してから、


「ま、冒険者らしく、救出の依頼を受けたと考えよう――」


 そう皆に言って、巨大な岩を駆ける。前方の斜面に飛び降りた。

 皆も続く。


「「ふふ」」

「器らしい」


 低空を飛翔しながら付いてくる()()(テン)は笑顔を見せた。

 と、その沙・羅・貂は俺の顔スレスレに飛んできた。少しびっくりしたが、いい匂いが漂った。

 フィナプルスは、三人とは違い、荒々しい飛び方はしない。


 微笑を浮かべつつのお淑やかな雰囲気を醸し出すようなホバリング飛行で、俺の傍に寄る。 

 そのフィナプルスは血を噴出させている片腕を見て、少し不安そうに、


「シュウヤ様が、眷族たちに話されていた玄智の森から魔界セブドラ入りした際の出来事は知っています。その時、吸血神ルグナド様は、闇神リヴォグラフなどと同様にシュウヤ様に対して怒っていたようですが……」

「あぁ、怒っていた」


 すると、前方の突兀とっこつとした岩に単独で着地していた沙が振り返り、


「――鬼魔人を救出した際だな。神々の凄まじい戦いの話を聞く限りでは、器に対して怒り以上の殺意を向けていたような印象を抱いたが、どうなのだ?」


 吸血神ルグナド様の急な飛来を覚悟している表情で語る。

 渋い沙も素敵だ。

 そして、その沙を含めた周囲の皆に、歩きながら――。


「……あの時、ヴァーミナ様とミセア様が戦ってくれていた。が、ルグナド様はリヴォグラフと同様に俺に攻撃してくる気配はバリバリだったな……まぁ、今回は、その吸血神ルグナド様との関係改善の貴重な機会と捉えようか――」


 そう語りつつ跳躍し、岩のてっぺんに着地した。隣の岩にいる沙は厳しい表情のまま、


「前向きな言葉からは勇気を得られるが……」


 そう短く語る。


 上級神の魔界王子テーバロンテ以上の強さだと思われる吸血神ルグナド様だ。不安に思うのは分かる。


 沙は、俺が右手で持っている血が噴出している片腕と、その片腕から噴出し浮き上がっている点々とした血と血の燭台の幻影と、【ローグバント山脈】の雄大な景色を眺めるように視線を遠くに向けつつ、一呼吸。


 少し間を空ける。

 沙の綺麗な髪が風にそよぐ。

 天女が羽織るような羽衣も揺れていた。


 仙女スタイルが美しい沙は、


「まぁ、数々の奇跡を起こしてきた、器と皆を信じよう!」


 いつもの快活な雰囲気となって片手を上げる。そのまま突兀とした岩から飛び降りた。

 沙に続いてフィナプルスも、


「今の段階では謎が多いですね――」


 含みを持たせて語りながら沙羅貂の横を飛翔する。


 何を言いたいのかは理解できる。

 血を噴出させている片腕が吸血神ルグナド様の<筆頭従者長(選ばれし眷属)>ではない可能性だろう。


 更に、吸血神ルグナド様を裏切った<筆頭従者長(選ばれし眷属)>だった場合もあるかな。


 吸血神ルグナド様と敵対していた存在をよみがえらせたら……。

 吸血神ルグナド様は怒るだろう。


 片腕の女性が本当に<筆頭従者長(選ばれし眷属)>だった場合でも……。

 救出に失敗し女性を死なせたら吸血神ルグナド様は怒髪天を衝く。


 助けるために血を与えて俺の眷属になってしまっても、怒るだろう。


 <筆頭従者長(選ばれし眷属)>を奪う結果だ。


 もろに喧嘩を売る行為……。

 そして、勝手に眷属の体を得ていたハザルハードにも、知ったら怒りを覚えるはずだ。


 そんなことを考えながら――。

 斜面が多い岩場を跳躍しながら進む。

 ツアンとアクセルマギナに黒狼隊もちゃんと付いてくる。


 すると、羅が、


「皆が不安に思うのは、分かります」

「ウォォォン! 吸血神ルグナドがここにきたら、我が追い返してやろう!」

「勿論、わたしも協力するぞ!」

「我らも戦いまする」

「うむ、先陣はお任せあれ」


 前方を行く魔皇獣咆ケーゼンベルスとサシィに光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスがそう発言。


「気が早い。ケーゼンベルスは、その吸血神ルグナド様は見たことがあるのか?」

「ない、吸血神ルグナドの眷属たちなら、少し見た覚えがある!」

「魔界側の吸血神ルグナド様の眷属か。幻想修行の時と、先ほどの血の幻影しか見たことがない。その時のことを教えてくれ」


 そう聞きながら、ヴァーミナ様とミセア様と吸血神ルグナド様が戦う姿を思い出す。

 ケーゼンベルスは、


「魔界王子テーバロンテに【ケーゼンベルスの魔樹海】の一部を占領される前の事象。かなり昔となる。今とは異なる陣営となっているかも知れないが、それでいいのか」

「いい」

「吸血神ルグナドの眷属は二人組で、【ケーゼンベルスの魔樹海】の領域に入り込んできた。が、双眸を布で隠した恐王ノクターの眷族と思われる魔界騎士の二人組と、悪神デサロビアの三匹の大きな眼球眷属と、百足魔族デアンホザーと、マーマイン亜種たちが、その吸血神ルグナドの眷属を追ってきて、我らも合わせての乱戦となった。が、乱戦は直ぐに終わり、吸血神ルグナドの眷属の二人組は【ローグバント山脈】のほうに逃げた。他の勢力はその二人組を追ったのだ。後は知らん」


 へぇ……。


「小規模か中規模の乱戦には興味を覚える。その吸血神ルグナド様の眷属の見た目は?」

「銀髪と金髪の雄と雌。主とサシィにアドゥムブラリと同じ二手と二足だった。二つの血剣と、足にも血剣を生やし、中空に円い血の刃を多数浮かせていた強者であった。そういえば……片方の金髪の雌の面影が、先の血の幻影の雌に少しあった」

「「「「おぉ」」」」


 ケーゼンベルスの何気ない語りに皆が驚いた。

 

「四腕で四眼のマーマイン亜種なら魔皇ローグバントか愚王バンサントだったのかも知れないな」

「さあな、四眼や四腕ではないが、見た目は大柄のマーマイン亜種だった」

「そっか、貴重な情報をありがとう」

「うむ!」


 サシィを乗せた魔皇獣咆ケーゼンベルスは元気な声を発してから先に進む。

 皆も【ローグバント山脈】の道なき道の斜面が多い山間部を進んだ。

 

 <導想魔手>を使って時々楽をしながら跳躍を繰り返し、点々とした血と血の燭台を追う。

 そして、


「ちょい高いところから〝列強魔軍地図〟で見てくる――」

「「「はい」」」


 肩に黒猫(ロロ)を乗せながら両手首から<鎖>を射出――。

 

 天辺付近の断崖絶壁へと二つの<鎖>を突き刺した。

 その<鎖>を両手首に収斂させ、一気に上昇していく。


「ンン」


 黒猫(ロロ)は飛んでいる気分なのか喉声を鳴らす。

 <鎖>の昇降機に乗っている気分となったところで、収斂を止めながら断崖絶壁に両足の底を突けるように着地――。

 絶壁にアーゼンのブーツの靴底の跡が付いた、視界的に百八十度回転したがなんのことはない――。


 そのまま〝列強魔軍地図〟を展開させた。

 リアルの【ローグバント山脈】の絶景と【吸血神ルグナドの碑石】の位置を重ねる。

 

 〝列強魔軍地図〟をズームアップ――。


 片腕から放出されている血と血の燭台が点々と宙空に続いている道標の方角に……。

 ちゃんと【吸血神ルグナドの碑石】が存在している。

 

 ズームアウトしながら【ローグバント山脈】の地形を把握しつつ〝列強魔軍地図〟を仕舞った。


「相棒、一気に降りる。首に掴まっておけ」

「ンン、にゃ」


 断崖絶壁に突き刺した<鎖>を消して一気に急降下――。

 <導想魔手>を足下に出して着地し、その<導想魔手>から飛び下りて――。

 また足下に<導想魔手>を造り、そこに着地し、と繰り返しながら降下、皆がいる岩場に飛行するように戻った。


「ンン――」

 

 肩にいる黒猫(ロロ)が俺の首に触手を絡めてきた。

 ほぼ同時に複数の触手で頭部の髪の毛を揉みくしゃにされるが、構わず――点々と続いている血と血の燭台を通り抜けるように斜面を駆けて、皆を越えてまた跳躍。


「このまま真っ直ぐだ」

「「「はい」」」

「うむ――」


 すると、羅が、


「セラにいる<筆頭従者長(選ばれし眷属)>の女帝たちと、魔界セブドラ側にいる<筆頭従者長(選ばれし眷属)>の間柄が気になります――」


 そう発言しながら俺の左の低空を飛行していく。

 足場に気を付けながら……。

 その羅の下の岩場を蹴って点々とした血の後を追いつつ、羅に、


「――たしかに、俺も少し前に同じことを思った」

「はい」


 皆も俺の後に付いてくる。

 すると、アドゥムブラリが、


「魔界とセラは狭間(ヴェイル)に阻まれている状況なこともあるから、魔界側とセラ側の<筆頭従者長(選ばれし眷属)>が争い合うことはないとは思うが……ハルゼルマ家の顛末を聞く限り……分からないな」

「争いはあるかもな。セラ側の<筆頭従者長(選ばれし眷属)>と魔界セブドラ側の<筆頭従者長(選ばれし眷属)>は個別に繋がりを持っていたりするかもしれない? 用心棒のような感じで」


 そう皆に聞くように発言。

 アドゥムブラリは、


「その可能性はある。気に食わないセラ側の眷属を倒すためにとかな」

「はい」

「……吸血神ルグナド様に知らせないようにしている密かな繋がりとかあるかもですね」

「ふむ。魔界側の眷属は、セラ側の<筆頭従者長(選ばれし眷属)>同士の争いには加わっていない可能性もあると思うぞ」


 沙がそう告げる。

 皆も頷いた。


「色々と予想はできる」

「皆の予想の中の一つが正解かもしれないです」


 フィナプルスの言葉に頷いてから、


「そもそも惑星セラの<筆頭従者長(選ばれし眷属)>たちは、なんで争っているんだろうか」

「セラの吸血神ルグナドの眷属たちは争っているのか、不可解なことだ」


 ケーゼンベルスがそう発言。

 頭部に乗っているサシィも頷いていた。


「なんでかは知らないが、予想としては、狭間(ヴェイル)があるから吸血神ルグナド様の求心力が低下しているのか、一家ごとに分家や分派とされる者たちの扱いや規律が異なるからとか?」


 アドゥムブラリが全員にそう聞いていた。


「……規律が異なる線が濃厚ですが、わたしも知りません」


 フィナプルスも当然知らない。

 フィナプルスの夜会を管理する存在がフィナプルス。当然だ。


「謎ですね」

「はい、セラのヴァルマスク家、パイロン家、潰れたとされるハルゼルマ家、ローレグント家の<筆頭従者長(選ばれし眷属)>たちが延々と争い続けている話に、ハルゼルマ家の討伐に大魔術師ケンダーヴァルが手を貸した話もあります。が、根本的な理由は分かりません」


 貂がそう言うと、皆が頷いた。

 ツアンも、

 

「当然、俺も知らないですぜ」


 そうだろうな。


「私も知りませぬ」

「我も知りませぬぞ」


 ゼメタスとアドモスも知らない。


「妾も知らぬ」

「私も知りません」

「吸血神ルグナド様も、魔界セブドラ側の眷属同士の争いは許さないはず。が、セラ側では許しているのかもしれない?」


 皆の言葉のあと、アドゥムブラリがそう発言。

 ()()(テン)は低空を飛行しながら沈黙。

 フィナプルスとツアンも沈黙。

 ゼメタスとアドモスも頷く素振りを見せたが、沈黙。

 

 サシィを乗せている魔皇獣咆ケーゼンベルスは尻尾を振っている。

 

 相棒は肩に乗りながら、俺の耳朶を時々叩いて遊んでいた。

 俺の後方にいるツィクハル、リューリュ、パパスも沈黙。


 点々とした血の道標を歩みながら――皆に、


「……アドゥムブラリも語ったが、吸血神ルグナド様の支配力が落ちているから、セラの<筆頭従者長(選ばれし眷属)>たちは、吸血神ルグナド様の因果律を少し抜けて箍が外れることがあるとか?」


 そう聞くと、


「宵闇の指輪もある以上は、ありえる。が、吸血神ルグナドとの繋がりは絶対的な因果律のはずだ」

「そうですね。血脈の繋がりは絶対的な部分です」


 貂がそう発言し、羅が、


「アドゥムブラリと器様も言いましたが、魔界セブドラとセラの間には狭間(ヴェイル)があります……。その影響と、魔界セブドラの神々や諸侯の魔界大戦中に〝何か〟があったのかもしれません」


 鋭い予想。

 狭間(ヴェイル)と〝何か〟か。あるかもな。

 

 四眼ルリゼゼも魔界大戦の影響で邪界ヘルローネに諸侯クラスの存在たちと無数の魔族たちと一緒に集団転移していた。


狭間(ヴェイル)の影響か……更に、妾が運命神アシュラーに傷を付けたようなことが起きたのかもしれないぞ」


 沙もそう発言。皆が神妙な顔付きになった。


「……相当なことがあったはずだからな、ありえる」


 沙は「うむ! では先に行こうか、サシィたちの休憩を兼ねてのゆっくり移動も分かるが……」と発言。


「沙、短気は損気ですよ、ケーゼンベルス様の尻尾もそう言っています!」

「ふふ――」

「ウォォン!」


 羅と貂は沙をからかうような素振りを見せてから、先に上昇。

 魔皇獣咆ケーゼンベルスも長い尻尾を三人に応えるように動かす。


 三人は、モフモフの毛を触り合ってきゃっきゃっと楽しむと、華麗に飛翔していった。


 アドゥムブラリは頭上付近にあった長い枝を偽魔皇の擬三日月で細断しながら――。

 右上へと飛翔してから俺たちと相対飛行し、


「魔界大戦起因説、惑星セラ独自の作用説、狭間(ヴェイル)の影響説、吸血神ルグナド様の血の支配から離脱している複合説など、無数だな」

「あぁ、これはありえないと思うが、魔界側の吸血神ルグナド様の<筆頭従者長(選ばれし眷属)>たちだが……互いに争っているような話は聞いたことがあるか?」

「ない、ありえないだろう」

「ウォォン、ない!」


 前方を進むサシィを乗せた魔皇獣咆ケーゼンベルスもそう言ってきた。 


「さすがに、他の神々や諸侯に後れを取るか」


 俺がそう発言すると皆が頷いた。


「それもあるかもだが、裏切りはないだろう。魔界セブドラで連綿と他の神々と争い続けている吸血神ルグナド様だ。その支配力は絶対的なモノの類に入る。仮に裏切りがあったとしても、即座に対処できるだけの能力を持つはずだ――」

「――同意します。使者様、旦那と、俺たちは微妙に違いますが、光魔ルシヴァルの血の繋がりを考えたら、裏切りは皆無なはずですぜ」


 ツアンがそう発言。

 浮遊しながら付いてくるアドゥムブラリも数回頷く。


 赤茶が混じる金髪を靡かせた。

 マントを翻すように腕を横に広げ、


「あぁ、主に対して裏切りなどありえない――」


 と、俺に向けて敬礼みたいなポージングを取る。

 金髪から虹色の魔力が溢れ出た。渋い。


「吸血神ルグナド様の血脈も、当然濃いか……」

「――濃いというか、吸血神ルグナド様は神の一柱で吸血鬼(ヴァンパイア)の始祖だ。特別な血の魔界騎士、<筆頭従者長(選ばれし眷属)>、<従者長>などを持つだろう。それらの眷属たちの忠誠度は他の神々や諸侯の配下たちよりも高いと予想するぜ。その血の絆には、諸侯や神々の洗脳も効かないかもしれない」


 アドゥムブラリの言葉に皆が頷いた。

 ふと【血法院の大墳墓】にいるファーミリア・ラヴァレ・ヴァルマスク・ルグナドの姿を想像。


 まだ見たことがないから、見てみたい。

 そのことは言わず――点々とした血と血の銀燭を見ながら跳躍。

 超大型巨人ハザルハードとの戦いで崩壊した山々はとうに過ぎた。


 険しい崖とがれ場が続く。

 リューリュ、パパス、ツィクハルを乗せた黒い狼たちも遅れてついてくる。


 岩を蹴って、斜面に突き出た横長の岩に着地――。

 陰影が美しい血の銀燭が輝き足下の岩を照らした。


 このスポットライト的な輝きからは……。

 〝【吸血神ルグナドの碑石】が存在する方角はこちらで合っていますよ〟といったようなメッセージ性を感じることができた。


 そして、パパス、リューリュ、ツィクハルを乗せた黒い狼たちが、この岩に跳び移ってくる間に、ツアンに、


「外魔都市リンダバームの任務に、吸血鬼(ヴァンパイア)討伐は冒険者依頼と同じようにあったんだろう?」

「あるにはありましたが、本家筋の吸血鬼(ヴァンパイア)は撤退が速いですからね……」

「相対は少ない?」

「はい、下級クラスの吸血鬼(ヴァンパイア)なら見たことがありますが、高祖級はないです」

「下級クラスの吸血鬼(ヴァンパイア)と戦った時に、会話は、あるわけないか。教皇庁三課外苑局の教会騎士としての決まり文句とかは……」

「はは、ないですよ。あいつらにとって人族は餌ですから。あ、高祖かは分かりませんが、黒い蝙蝠と白い蝙蝠の編隊を一度見たことがあります。その後、街角で多数の血が吸い取られた死体が発見されて騒ぎになりました。あの大量殺人事件は放浪している高祖十二支族の一つが仕出かした事件だったのかも知れない」


 放浪か。ユイと一緒に潜入した塔雷岩場で遭遇した鴉たち、吸血鬼(ヴァンパイア)たちを思い出す。

 そのことは言わず、


「周辺のアンデッド村のモンスター退治とはまた異なるか」

「はい、異なります。吸血鬼(ヴァンパイア)は、どちらかと言えば、魔境の渦森にある傷場から出現してくる魔族たちの部類ですね」

「なるほど」


 ツアンと会話しつつ岩を二つ三つ越えた。

 点々とした血と血の燭台の輝きは段々と強まる。

 〝列強魔軍地図〟でも分かるが、【吸血神ルグナドの碑石】に近付いてきた。


 飛行しているアドゥムブラリは、


「吸血神ルグナド様の眷属は、皆<筆頭従者長>か魔界騎士なんだろうと思っていたが、主と同じように<従者長>も作れるのだろうか」

「血道などのスキルも上だから、俺以上に細かな眷属たちを作れる可能性は大だ。先に通じるが、惑星セラでは制約があるのかもしれない」

「あぁ、セラだからって線が濃厚か……ふむ」


 皆と会話をしながら進んでいると――。

 片腕から噴出している血の一部が、点々とした血と血の燭台とは違う方向に上昇を始めると、何かを陰影で宙空に描いた。

 

 ――どこかの景色と分かる。

 

「おぉ~こんな芸当もできるのか、レベッカの蒼炎を思い出すぜ」

「あぁ」


 しかし、血の陰影で絵を描くとは……。

 アドゥムブラリが言うように、空をキャンバスにした蒼炎のイラストと似ている。

 吸血神ルグナド様の<筆頭従者長(選ばれし眷属)>であるビュシエは<血魔力>の扱いが優秀なのかな。


 だとしたら、【吸血神ルグナドの碑石】には、まだビュシエの体が残っている?

 その血、<血魔力>が宙を歩くように点々と斜め上へと続いている。

 その真下の斜面を登った。

 血の銀燭が灯台のように俺たちの前方に出現。


 俺たちを誘う篝火に見えた。


「――この燭台は露路行灯に見えてくる」


 サシィの言葉に頷いた。俺の名はカガリ……漢字の篝。

 サシィがユイと似て黒髪の日本人女性ってこともあるが……篝火と俺の名から、爺ちゃんとの会話を思い出した。

 祖先は鎌倉時代の篝屋守護人の血筋だったとか……だから当然、俺は武士の血筋なんだよな。

 ま、先祖代々日本列島に住み、日本語を話してるんだから当然なんだが。


 そんなことを考えながら宙空に浮かぶ血と血の銀燭を掌で掴むように――。

 【ローグバント山脈】を進む。

 

 崖崩れなどに気を付けたいところ――。

 巨大な魔皇獣咆ケーゼンベルスに乗って移動すれば直ぐだが……まだ大きくなるつもりはないようだ。

 と思いながらケーゼンベルスを見ると、


「主、我はこのままだ。ケン、コテツ、ヨモギも、よいな!」

「「「ウォォォン!」」」


 リューリュ、パパス、ツィクハルを乗せている黒い狼たちが吼えて返事をしていた。

 三匹はリューリュとパパスとツィクハルを乗せたまま体を寄せ合う。

 ツアンは、その光景を優しげに見ながら、その三匹に乗っているリューリュたちと頷き合った。


「あ、ツアンさん、先に行きますよ~」

「ツアン隊長たち、お先に」

「ツアンさんたちを追い抜かす~」

「はは、了解」


 笑いながら先に行けと片手を泳がせるツアンも渋い。

 戦場を共に過ごしたから、親近感が湧いたか。

 沙・羅・貂とアドゥムブラリにアクセルマギナとアイコンタクトし、頷き合う。

 

 そんな皆を見ながら、


「【ローグバント山脈】の景色を楽しみながら、モンスターが湧いたら各自対処。そして、崖崩れに気を付けようか、特に先を行くリューリュたち」

「「「はい!」」」

「「「「ウォォォン!」」」」

「了解!」

「「承知!」」

「ンン、にゃ」

「「「はい」」」


 肩に乗ってきた黒猫(ロロ)と一緒に、点々とした血と血の燭台の真下を通る。

 【ローグバント山脈】の斜面の岩を駆け上がって、他の岩に着地し、斜めに伸びた松と似た樹に手を当てながら道なき道を進む。

 無魔の手袋を嵌めて掴んでいる片腕から噴出している血は、俺たちの動きに合わせ、点々とした血と血の燭台を宙空に展開させていく。


 燭台の幻影は朧気で、時折消えることもあった。

 消える度に、俺たちは歩みを止めた。


 点々とした血と血の燭台の出現を待つ。

 現れたら進む――その血と銀燭の燭台の真下を通る度、血の幻影は鮮明に輝きを放つこともあった。


「だんだんと輝きを強めてきましたが、わたしたちが通り抜ける瞬間、一段と輝きが強まるのは不思議です」

「あぁ、一種のゲートっぽい」

「ウォォン、少し驚いた」

「はい、わたしも驚きましたよ、ケーゼンベルス様」

「サシィ、我はケーゼンベルスでいい」

「あ、はい……」


 そんな会話をしながら先に進む。

 光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスの甲冑の陽を意味する旭日の輝きが強まった。


 すると、点々とした血は時折、女性の足跡のような血の幻影となる。

 細い足首も見え隠れ――。

 マントか? 長髪も見えた。


 仄かな彩りも感じられるほどの血の陰影模様は幻想的で非常に美しい。

 ビュシエの本当の姿が見たくなった。


 ――駆けながら跳躍――。

 出っ張った岩の先に着地してから、出した〝列強魔軍地図〟を上げて【吸血神ルグナドの碑石】の位置を再度確認。


 この斜め先の崖を幾つか越えた先。

 まだ距離がある。

 

 しかし、水気に満ちた風を体に感じながらのゆったりペースの旅もいいもんだ。


 懐かしさを感じた。

 ここから丈の長い松と似た木立が多くなる――。


 急な岩場と岩場の間には華厳の滝を思わせる滝と滝壺もあった。

 滝壺から流れた泉の回りに繁る樹は金木犀と銀木犀に似た樹が多い。

 

 落ち葉が黄色と金色の葉で埋め尽くされていた。

 なだらかな斜面に流れる小川に跨がる朽ち木の橋には風情がある。


 サシィを乗せている魔皇獣咆ケーゼンベルスが、その黄色と金色に銀色の葉を踏みしめて歩く姿もなんかいい。


 そして、この【ローグバント山脈】の空は暗がりだが、不思議な夜空だ――。

 ……ペルネーテの迷宮の五階層の空に近いか?

 

 と、空から視線を下げて――。

 川の稜線を見ながら、血と血の燭台の幻影を皆で追い、通り抜けて【吸血神ルグナドの碑石】を目指した。 

 ふと、ラグレンと乗ったポポブムの姿を想起した。

 ポポブムの後頭部に乗った黒猫(ロロ)も可愛かったなぁ。


 あの時の光景は未だに目に焼き付いている。

 ゴルディーバの里を降る旅は一生忘れないだろう。

 

 と、右から崩落が起きた。

 魔皇獣咆ケーゼンベルスが「ウォォォン!」と声を発して体を大きくさせながら、落下してきた石に向け突進。肩にいた黒猫(ロロ)も飛びながら体を大きくさせ落下してきた岩に向かう。


 俺も右手に壊槍グラドパルスを出し前に出た――。

 <仙魔・桂馬歩法>を実行――。


 素早く崩落してきた巨大な岩に近付いた。

 そのまま壊槍グラドパルスを振り抜く――。


 <龍豪閃>――。


 巨大なドリルで巨大な岩の真芯をとらえる。

 そのまま巨大な岩を破壊するように壊槍グラドパルスを振り抜いた。


 同時に<魔経舞踊・蹴殺回し>を発動。

 破壊され散る岩の群れの一つ一つに――。

 右足と左足の連続足刀と回転連続回し蹴りを当てて、岩の粉砕を繰り返した。


 回転しながら着地――。


 フィナプルスとアクセルマギナとアドゥムブラリと()()(テン)も岩を破壊し、細断しまくる。


「ありがとうございます!」」

「――大丈夫です」

 

 パパスとツィクハルを乗せた黒い狼は素早い走りと跳躍で崩落してくる岩を越える。

 

「きゃっ」


 リューリュを乗せたケンも軽快に岩場を駆けていたが、足場が俄に崩れた。

 <闘気玄装>を強めながら岩を蹴り両手から<鎖>を斜め前方に射出。

 漆黒の岩場に<鎖>を突き刺し、<鎖>を固定しながら岩から跳躍し、跳んだ。

 <鎖>を徐々に両手首に収斂させながら――。


 ターザン機動で、落下しているリューリュを乗せている黒い狼ケンに向かう。

 が、黒い狼ケンもケーゼンベルスの眷属なだけはある。

 リューリュを乗せながら、崩落している他の岩を四肢で捉え蹴って跳躍を繰り返し上昇していた。

 素直に凄い。

 

 俺の助けは要らないと思うが、


「ケンとリューリュ、これを足場に使え――」


 リューリュが乗っている黒い狼ケンの足下に<導想魔手>を生成してあげた。


「ウォォン!」


 リューリュを乗せたケンは、俺の<導想魔手>を蹴って、無事に向こう側の岩場に渡る。

 安心しながら<鎖>を消去。

 足下に<導想魔手>を生成し、その<導想魔手>を蹴って、リューリュたちがいる岩場に跳んで向かった。


 相棒たちは、俺たちの斜め左の崖上にいる。

 とりあえず、リューリュとケンに、


「――大丈夫か?」

「は、はい!」

「ウォン!」


 リューリュと黒い狼ケンが可愛い。


「上に行こうか、足場にできそうな岩場があるが、ケン、いけるか?」

「ウォン!」


 ケンは元気よく鳴くと、四肢に力を込めてから狭い岩場を走り蹴り、斜め上の岩場に跳躍――。

 無事に岩場に着地すると、その岩場を蹴って三角跳びを行い、左側の崖を登り切る。


 さすがはケーゼンベルスの眷属だ。


 まぁ、巨大化した魔皇獣咆ケーゼンベルスや黒猫(ロロ)に大きくなってもらって皆を乗せて移動してもらえば、このようなことは起きないし移動も楽だとは思うが――。

 皆も旅をしたいんだろう。


 皆と合流して【ローグバント山脈】を進む。

 その途中、「皆、もう少しだ。そして、点々とした血と血の銀燭の道標が続いているあの断崖絶壁(だんがいぜっぺき)だが、相棒とケーゼンベルス、皆を頼む。俺は――」


 と言って跳躍、<導想魔手>を蹴って、その断崖絶壁に向かった。


 戦闘型デバイスのアイテムボックスに、一時的に血が噴出している細い片腕を入れる。


 そのまま冒険者、武芸者として――。

 <導想魔手>を使って空を跳べるから山に貼り付く必要はないが――。

 岳人にもでもなった気分で断崖絶壁に挑む――。


 全身に<血魔力>を纏うように<水月血闘法>を実行――。

 <血道第五・開門>の<血霊兵装隊杖>に血の錫杖は使わない――。

 

 岩の割れ目に打ち込むハーケンの(くぎ)状の(くさび)の要領で、<血仙瞑貫手>の左の貫手を断崖絶壁の壁に繰り出した。

 左手の<血仙瞑貫手>が断崖絶壁に突き刺さった。

 ズシンッという重低音が周囲に響く。


 よっしゃ! ローグバント山拳(さんけん)の出来上がり!

 魔界セブドラの大地が腕と化した?

 ふと、二十四面体(トラペゾヘドロン)で腕が固まった時を思い出した。


 足場に<導想魔手>の用意はしない――。

 <水月血闘法>を緩めて、左手を断崖絶壁から抜く――。

 

 素早く、穴に右手の指を引っ掛け、穴にぶら下がった。

 敢えて、すべての<魔闘術>系統を解く――。


 素の力だけで断崖絶壁にぶら下がる……。

 下を見ると、ヒャッ、金玉がキュッとなった。

 美人さんに揉まれたいとかアホなことは考えない。


 ふぅ、ここはアイガーの北壁を思わせる断崖絶壁だ。

 それに加えて結構な風があるから怖いが、このままロッククライミング修業を敢行――。


 右手の指と掌の力だけで体を支えて、左手をピッケルに見立て、再び<血仙瞑貫手>――を実行――。

 左上の断崖絶壁に左手が突き刺さった。


 よし。

 少し全身の筋肉を弛緩させた。

 

 風が気持ちいい――。

 すると、肩の竜頭装甲(ハルホンク)が呼応。

 上半身が裸となる。


 下半身は、魔竜王バルドークの肉を使ったような色合いのズボンに変化した。


「ングゥゥィィ」

「ハルホンク、俺の気概を汲み取ったのか」

「アルジ、ノ、シュギョウ、ツキアウ」

「さんきゅ~」


 そのまま<生活魔法>の水を出す。

 <水神の呼び声>を実行――。

 <血魔力>も交ぜた。

 その水で左手を包むように《水流操作ウォーターコントロール》を実行――。

 左手と左腕の滑りを良くしてから、その左腕を断崖絶壁から抜く勢いと全身の筋肉をバネにしたような動きを実行し、足下の壁を爪先で捉え蹴って断崖絶壁の真上に跳躍――。


 すかさず断崖絶壁へと右拳で<滔天拳>を実行――。


 断崖絶壁に右拳が突き刺さった。

 ジュバッという音が響き渡る――。

 ――<生活魔法>の水と、その水のコントロールを限定的に留めながら――。

 右腕の上腕二頭筋、三頭筋、上腕筋、大胸筋、腹直筋、外腹斜筋を鍛えるように懸垂を行い――。

 

 断崖絶壁の真上への跳躍に成功――。

 目の前の断崖絶壁に向け押忍の気合いで<血仙拳>を繰り出した。

 断崖絶壁に左の拳が突き刺さった。

 

 よっしゃ!


 その左腕の筋肉だけで体を持ち上げ、懸垂――。

 いい訓練だ。更に右手で断崖絶壁に向け<血仙瞑貫手>を行う――。

 断崖絶壁に右手の貫手が刺さった。

 よしよし……。

 右腕を断崖絶壁に突き刺したままぶら下がりながら深呼吸……。

 続いて、<黒呪強瞑>と<闘気玄装>を発動――。

 右手を抜いて左手の指を引っ掛け、<魔闘術の仙極>は使わず、無手を止めて魔槍杖バルドークを右手に召喚――。

 その魔槍杖バルドークに魔力を込めて、<柔鬼紅刃>を実行し、嵐雲の穂先を紅矛と紅斧刃に変化させた。


 このハルバードスタイルの斧槍を活かすように、右手の<黒呪強瞑>を強める。

 

 右手の甲と前腕に細い切り傷が発生するが直ぐに消えた。


 魔槍杖バルドークの柄と穂先を断崖絶壁に叩き付け――。

 絶壁を削り、足場を強引に作る。その足場を活かし、腰を捻りながら<龍豪閃>で断崖絶壁を一閃――。

 紅斧刃が真一文字に断崖絶壁を切断したが、それだけだ。


 そこに強引に魔槍杖バルドークの柄をぶち当てて削りながら断崖絶壁を登った。


 こんな修業を行う槍馬鹿は俺ぐらいだろうな。


 と少し笑いながら――。

 ローグバント山脈に感謝――。


 更に<生活魔法>の水を活かす<玄智・陰陽流槌>を発動――。

 両肘に集結した霧状の水飛沫が円い陰陽太極図のような水模様に変化。

 それらの陰陽太極図と似た水の紋様を両肘の表層に装着しつつ、その左右の肘の連続した打撃を絶壁に当てて削り窪ませる。


 その窪ませた断崖絶壁に向け――。

 柄を握っていない右拳の<滔天拳>を繰り出した。


 絶壁に右拳が突き刺さる――。

 右拳の周りの断崖絶壁がドゴッと大きな音を響かせて円系に窪んだ。

 続けて、左手が握る魔槍杖バルドークの柄で絶壁を連続的に叩く。

 ドッと重低音が響くと同時に魔槍杖バルドークの一部が絶壁に喰い込む。

 が、柄を握る左手の指が壁と魔槍杖バルドークの柄に挟まれて潰れて凄まじく痛かった――。

 

 直ぐに左手を引きながら魔槍杖バルドークを消去――。

 瞬時に左手の指は回復。その左手に魔槍杖バルドークを再召喚。


 そして、竜魔石に魔力を込めた。

 握り手の位置を下げつつ隠し剣(氷の爪)を発動――。

 竜魔石から連なる隠し剣(氷の爪)を下から上へと振るい上げる

 氷の剣だが、<血龍仙閃>を実行――。

 断崖絶壁が大きく縦に裂かれて岩が左右に散る。

 隠し剣(氷の爪)は直ぐに崩壊してしまったが、魔槍杖バルドークの竜魔石から血龍が迸る<血龍仙閃>が岩を破壊していた。

 

 落石が起きてしまうが、皆の気配は下にはないから大丈夫。


 そのまま、魔槍杖バルドークと断崖絶壁という環境を活かすための槍武術を模索――。

 狭い足場を徐々に広くする、徐々に槍圏内を広げていく斧槍だから可能な槍武術――。


 大きい魔槍杖バルドークを両手だけでなく体のすべてでコンパクトに扱うことを意識しながら断崖絶壁を登り続けた――。

 一歩踏み外したら落下という環境から凄まじいまでの集中となる。

 同時に魔槍杖バルドークと一体化したような感覚を得た――。


 ピコーン※<山岳斧槍・滔天槍術>※恒久スキル獲得※

 ピコーン※<山岳斧槍・阿修羅>※スキル獲得※

 おお――。


 新しい槍武術を開拓した。

 山岳の環境だから得られた<山岳斧槍・滔天槍術>か。

 <山岳斧槍・阿修羅>は<鬼神・飛陽戦舞>や<霊仙八式槍舞>に<鬼神・鳳鳴名鳥>と同じような槍舞に当たるが、一槍の風槍流を主軸に修業を重ねていたから獲得できたと分かる。

 

 ――アキレス師匠に感謝だ。

 ラ・ケラーダ……修練道の訓練を思い出した。

 アキレス師匠に、


『この崖を登ってもらう』


 と言われた時、この崖を? と思った覚えがある。


『師匠、この槍で、ですか?』

『そうだ。黒槍を両手に持ち、溝へ槍を引っ掛けてから、反動をつけて上へと上がっていくという訓練だ』


 上へと続く岩壁には横溝が段々にあった。

 溝に槍を乗せながら登るという懸垂の筋力トレーニング。


 当時は、ジークンドーや中国拳法のトレーニングを想像していたな。


 腕に力を入れて、反動をつけながら黒槍を崖の溝へ引っ掛ける、と言うより、黒槍を持ち上げる訓練。

 早く終わると、アキレス師匠に、


『――早いな。自力で下りてこい』


 と言われたから素早く下りて、次は魔力操作を意識しながら登り下りの修業を行ったっけか。

 そんな修練道の訓練とアキレス師匠を思い出していると、


「にゃお~」


 相棒の声が背後から響く。

 一瞬、ゴルディーバの里の頃の相棒が視界にチラつくが、リアルの黒猫(ロロ)の声だ。


「主はどこでも修業を始められるメンタルが凄い」

「はい、あえて<魔闘術>系統を解除して素の筋肉を鍛えているのが、また素敵です」

「うむ、器らしい修業を兼ねた移動方法だな」

「器様は魔君主であり、真の武芸者!」

「武闘派の我らも見倣おうぞ、ゼメタス」

「おう、アドモス!」


 骨盾と骨盾を衝突させているのか、重低音が響いてきた。


「旦那のように俺も修業をしたくなりますが……ここは少し怖い……」

「ふふ、器様に聞いた玄智の森の修業のことを思い出しました」

「はい、突兀とした岩を蹴り、タイミングよく次の突兀とした岩に飛び移る修業は、このような高所の異空間で行ったと聞いています」


 断崖絶壁に右手が突き刺さったままだが、貂に、


「〝玄智闘法・浮雲〟の修業と【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】だな」

「はい」


 ホウシン師匠とエンビヤたちを思い出す。

 その修業を切っ掛けに、風神セードの地下回廊などを通り、鹿威しのリズムで<仙魔・桂馬歩法>を得られたんだ。


「絶景な場所のほうが修業が捗るのだろうか」

「器様、そうなのですか?」

「はは、そうかもしれないな――」


 そう言いながら<導想魔手>を足場にして、断崖絶壁から右手を抜く。

 振り返った。


 巨大なロロディーヌの上にサシィとケーゼンベルスたちが乗っている。

 黒狼隊のメンバーとアクセルマギナも一緒だ。


 アドゥムブラリとフィナプルスと沙・羅・貂は浮遊していた。


「ウォォォン! 主が山登りの修業とは、発想が面白いぞ!」

「シュウヤ殿、岳人の一面も持つのか!」

「おう。ま、修業の一環だ」

「武人シュウヤ殿、これを見てくれ」


 サシィは和風のアイテムボックスから出した登山道具の魔力を内包した縄と鉄の爪が付いた金かんじきを見せていた。


「サシィも山登りの経験があるのか」

「源左の者なら山登りの修業は当然なのだ。右場、左場には急な崖は少ないがあるにはあるからな。それに、奥座敷の庭と地続きの源左斧槍山に信仰を持つ者もいる」

「へぇ……」

「祖先には〝三千世界すべての山々の頂きを目指す〟と宣言を行い旅立った坊主武人のアサカ・ダイゼンがいた。そのダイゼンは『千の頂に千の喜びあり』と語った。その言葉を残す碑石も源左砦内にある」

「〝三千世界すべての山々の頂きを目指す〟とは、偉大な祖先様がダイゼンか。そして、源左の文化は面白い。尊敬を覚える」

「ふふ、ありがとう」


 サシィは笑みを浮かべた。


「では、この断崖絶壁を登るから、先に真上に上がっていてくれ」

「旦那は、まだ修業を?」

「はは、修業好きだから仕方ないが、血の片腕はどうした?」

「あぁ、一時的に仕舞っていた――」


 と、アドゥムブラリたちに戦闘型デバイスから――。

 無魔の手袋を取り出し装備してから血が噴出している細い片腕を取り出してみせる。


「因みに、吸血神ルグナド様の<筆頭従者長(選ばれし眷属)>なのは確定かな。細い片腕の名はビュシエの片腕」

「なるほど」

「「やはり」」

「はい」

「んじゃ、相棒、皆を連れて、このローグバント山脈の断崖絶壁を越えてくれ」

「にゃ~」


 皆を乗せた神獣ロロディーヌは黒い翼を羽ばたかせて急上昇。

 高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニアの赤い竜サジハリを思い出す機動力だ。


 さて、魔槍杖バルドークを消す。

 霊獣四神の恒久スキル<四神相応>を意識し、発動――。

 無魔の手袋とビュシエの片腕をアイテムボックスに仕舞う。

 ビュシエの片腕から噴出していた点々とした血と銀燭の幻影は消えた。


 続けて<玄武ノ纏>を意識――。

 <玄武ノ瞑想>と<玄武ノ探知>が融合している<玄武ノ心得>を実行――。


 ※玄武ノ心得※

 ※霊獣四神玄武の魂の一部と融合した証拠※

 ※霊獣四神玄武の魂と呼応、<四神相応>と連携※

 ※土と物理属性と武術が強まる※

 ※<玄武ノ纏>と<玄武ノ瞑想>と<玄武ノ探知>が必須※

 ※<脳魔脊髄革命>と<光闇の奔流>が必須※

 ※すべての高水準の能力と大豊御酒と<水の即仗>と<水神の呼び声>と<光神の導き>と<魔雄ノ飛動>と称号:血の盟約者と<魔獣騎乗>と<神獣騎乗>と<人馬一体>が融合した<神獣止水・翔>が必須※

 ※使えば使うほど、霊獣四神と使い手の精神が融合し功能を齎すが、使い手の精神力と魔力が喰われ消費される※

 ※霊獣独自のスキルも覚えるだろう※ 


 融合した霊獣四神の玄武を感じるが、精神力と魔力が喰われる感覚もある。

 衣装が様変わり。


 亀の甲羅を活かした籠手には蛇矛のような刃が付く。


「ングゥゥィィ」


 肩の竜頭装甲(ハルホンク)も呼応。

 籠手に合う山岳衣装となった。


 そのまま、両手の籠手の先の蛇矛を突き刺しながら敢えて<魔闘術>を解除して、<龍神・魔力纏>を単体で使って断崖絶壁を越えた。


 直ぐに<四神相応>を解除。


 戦闘型デバイスのアイテムボックスから無魔の手袋を出して装備し、ビュシエの片腕を掴む。


 そのビュシエの片腕から噴出している血の軌跡を見上げた。


 点々とした血と血の銀燭は次の断崖絶壁の先だ。

 その道標を進む。


 が、今度は神獣ロロディーヌに跳び移った。


 相棒は触手手綱を寄越してくれた。

 その触手手綱を掴む前に肩の竜頭装甲(ハルホンク)を意識。


 牛白熊の白シャツの七分袖に――。

 アキレス師匠から頂いたジャケットをイメージしながら……。

 

 それを展開させた。

 バイカー的な軽装スタイルに変化させた。


 すると、前方に大きな魔素を察知――。

 

「相棒、魔力反応だ、対処は任せる」

「にゃご~」


 斜面の岩に立つのは四手と四足を有した巨大なオーガ。

 額には小さい角を有している、魔族でもあるのか。


 俺たちを視認した巨大なオーガは四眼を輝かせると、


「ガァァァァッ」


 と咆哮。

 左手の上腕と下腕から、蟲の群れを飛ばしてきた。

 相棒は直ぐに「にゃごぁぁぁ」と紅蓮の炎を前方に吐いた。


 瞬時に、飛来してきた蟲の群れと巨大なオーガを焼却処分――。



「「おぉ」」

「圧巻!!」

「はい……」

「す、凄い……あのような大きいモンスターを」

「ロロ様の炎が炸裂!!」

「わぁ~」

「守り神様……」

「あぁ、サシィ殿は守り神と言っていたが、私たちにとっても守り神様だ……」


 皆の感想を嬉しそうに聞いている神獣(ロロ)さんは頭部を少し揺らす。

 ゴロゴロと喉音を響かせていたが、それを止めて、


「にゃおおお~」


 と鳴いてから、ビュシエの片腕から噴出している血と血の銀燭の幻影を食べるように直進。


「わたしたちが近寄ると、血の道標が鮮明になるのは不思議です」


 貂の言葉に頷いた。

 羅は、


「はい、銀燭に灯る仄かな明かりも美しい」

「うむ。わたしの<源左魔闘蛍>の明るさに負けていない」


 とサシィが発言。


「<源左魔闘蛍>とは、源左独自の<魔闘術>系統、否、<魔闘気>系統か」

「そうだ。それよりも、バシュウを討ち取ったと聞いたが」

「あぁ、倒した。まず、灰色の砦の天守閣の下の階層に相棒と突っ込んだんだ。そこの廊下と部屋にいたマーマイン武者を倒し、そのまま階段を上がり天守閣に乗り込んだ。そこにバシュウとマーマインの親玉、ハザルハードがいた。天守閣は広かったな。祭壇的で巨大なオベリスクが八つあった。奥行きのある天井と出格子の窓で、地続きで露台へ続いていた。ハザルハードは、『――愚王バンサント様と魔皇ローグバント様ァァ――』と叫び、巨大なオベリスクと魔杖を宙空に展開させ、天井を破壊しながら上空に出ると大きな魔法陣を展開させた。相棒の炎も防いだその魔法陣に向け、『――無数のともがらの体とグルハールとビュシエの体とアべンルの闇魂を、おおいなる贄に……ゲル・ハル・ベルア……エイフゥ……! その魂の問いに、今応えを、アルサブル……のお力ヲ――』と、生贄の名と呪文を唱えた。その直後、超大型巨人ハザルハードに変化したんだ」


 と説明。


「……そんな巨大化の仕方は初めて聞いた。そして、激戦だったな」

「「はい」」


 アドゥムブラリと沙と羅がそう言うと、サシィは数回頷いてから、


「なるほど、良くやってくれた! 源左の裏切り者を討ち取ったシュウヤ殿は最大級の功労者となる」


 ラ・ケラーダと拱手をしてから、


「皆のお陰だ。同盟者としての仕事ができて嬉しく思う」


 サシィは微笑み、瞳を少しふるふるとさせてから、


「……あくまでも私たちと対等に……感動を覚える。そして、この上ない言葉だ……」


 サシィは涙を流す。源左とマーマインは長く争っていただろうからな。

 そして、大切な源左の者たちが多く傷付き死んでいった。

 そのことを思えばサシィの涙は当然か。


 そのサシィは涙を拭うと、


「すまぬ、恥ずかしい」

「気にするな、俺たちの大勝利だったんだからな」

「そうだ、俺たちの大勝利だぜ!」

「「「「「――大勝利!」」」」」

「【ローグバント山脈】も、これで主が得たようなものか」


 アドゥムブラリがそう告げると、皆が頷いた。

 ツアンも、


「【ローグバント山脈】、【源左サシィの槍斧ヶ丘】、【ケーゼンベルスの魔樹海】、【バーヴァイ平原】の領地を得たことに」

「うむ。同時に我の領域となった! 主のお陰だ。ここも自由に駆けられる!」


 ケーゼンベルスがそう発言しながら頭部を腰に当てて甘えてくれた。

 何か照れる。

 ヘルメがいたら『素晴らしい、神聖ルシヴァル大帝国の版図が大きく拡がりました!』と言っていたはず。


「ンン――」


 お、喉音が響くと同時にビュシエの片腕が震える。 

 ビュシエの片腕から噴出している血の量が増えた。


 血は斜め下のほうに伸びていく。

 そのビュシエの血は、斜め下の山にある石塔の中に繋がっていた。

 カタコンベのような出入り口がある。

 その周囲に血の燭台が複数描かれた。

 

 陰影画法が素晴らしい。


 慌てているマーマインの兵士たちがいる。

 俺たちを見上げていた。


 射手たちが魔矢を放ってきた。

 が、俺たちを乗せている神獣ロロディーヌには当たらない。


 〝列強魔軍地図〟を出すと――。

 【吸血神ルグナドの碑石】の周囲の地形がより詳細に刻まれた。


「【吸血神ルグナドの碑石】に着いた」

「「「はい」」」

「降りようか!」


 神獣ロロディーヌは急降下――。

 マーマインの兵士たちを踏み潰して着地。


 直ぐに皆も跳躍して相棒の頭部から離れた。

 ビュシエの片腕を持ちながら俺も跳躍――。


 潰れず吹き飛んでいたマーマインの兵士は起き上がって、


「源左の者かァァァ――」


 と叫びながら突っ込んできた。

 

「皆、俺が対処する」

「了解」


 マーマインの兵士に向けて走った。

 <血道第三・開門>――。

 <血液加速(ブラッディアクセル)>を発動――。

 加速しながら魔槍杖バルドークを右手に召喚――。

 マーマインの兵士が槍圏内に入った直後――。

 左足の踏み込みから右手ごと槍と化すように魔槍杖バルドークを突き出す。

 <血穿>を繰り出した。


 紅矛と紅斧刃の<血穿>がマーマインの兵士の胸ごと上半身を吹き飛ばした。

 綺麗に切断された下半身も爆発したように散る。


 よっしゃ、倒した。


 振り返ると、神獣(ロロ)は黒猫に変身。

 石塔の周囲には、血の燭台が複数浮いていた。

 皆は、その石塔の出入り口に近付いているが、入ってはいない。


 そこにビュシエの片腕を持ち上げながら駆けて近づいた。

続きは明日を予定。

HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1~18」発売中。

コミックファイア様からコミック「槍使いと、黒猫。1~3」発売中。


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― 新着の感想 ―
[良い点] それら眷属たちの忠誠度は他の神々や諸侯の配下たちよりも高いと予想するぜ。 まぁ、吸血鬼の主従関係は血による親子関係で、その血で種族が変わる強力な物だから、普通に言葉や生半可な契約等とは関係…
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