千二十一話 マーマインたちの奇襲
2022年11月26日 16:26 修正
2022年11月27日 15時32分 修正
「分かっている。マーマイン瞑道が本当に存在するのか、実際に見てみよう」
サシィがそう発言している間に掌握察を強めた。
「あ、シュウヤ殿の〝列強魔軍地図〟の能力を疑っているわけではないぞ」
頷きつつ天井を見た。木目が綺麗だ。
光源は、その天井と部屋の四方に箱提灯が置かれている。
天井と床には別段怪しい魔素はないと思ったが――。
床下に怪しい魔素を察知――。
上笠連中の密偵か?
奥座敷の守りの衆かな。
「あぁ、分かっているが、ヘルメ、下を調べてくれ」
「ンン、にゃご~」
「主、下に怪しい匂いを察知したぞ」
相棒とケーゼンベルスも気付く。
急ぎ左手を上げ神槍ガンジスを召喚。
「はい――」
「敵か!」
「では外にも?」
「ありえます――」
沙・羅・貂も反応し廊下に出た。
「え?」
サシィが驚く最中に常闇の水精霊ヘルメは体を液体に変化させ畳に染み込むように姿を消した。
その直後――。
「ぐあぁ――」
と畳の下から悲鳴が響いた。
サシィは畳を見て、
「下に監視の兵がいたのか!」
と叫ぶ。アドゥムブラリは浮遊しながら部屋を見渡し目の前に偽魔皇の擬三日月を召喚。
金色の髪から虹色の魔力を放出させながら近寄ってくると、
「――きな臭くなってきたな。庭に出て戦いに備えるか?」
どこか嬉しそうな表情のアドゥムブラリだ。
同時に魔王アドゥムブラリの雰囲気だから異常な格好良さだ。
頷いた。
アドゥムブラリも頷く。
空中で礼をし、身を翻した。
そうして廊下から庭に向かった。
「閣下、私たちもアドゥムブラリ殿と共に!」
「敵方に備えまする!」
「「「伏兵が下に!」」」
「陛下、【螻首】か【角鬼】のような密偵が下に?」
「あぁ、多分な」
と言いながら皆に頷いた。
列強魔軍地図を消して、ゼメタスとアドモスに、
「了解した。この密偵が敵側なら、連携して動くだろう」
「「承知!」」
光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスは骨剣と骨盾を生み出す。
と、ゼメタスとアドモスも廊下から庭に出た。
<神剣・三叉法具サラテン>たちも縁側に足を掛けながら、半身の姿勢で、此方側と庭に交互に視線を向けていた。
一方、悲鳴が響いた畳からヘルメの氷刃が突き出る。
ヘルメは女体化したか。
その畳は持ち上がり、ヘルメの氷腕剣により真っ二つにされ、切断面から凍りつきながら離れていく。
ヘルメはその二つの畳を逃がさないと言うように氷腕剣を上下左右に動かし畳を細断した。
同時に畳の下にあったであろう床板も散る。
常闇の水精霊ヘルメは上昇。
左手の指先から伸びている<珠瑠の花>で捕らえた黒装束の存在を引き上げた。
「――閣下、捕らえました」
<珠瑠の花>の紐によって体が雁字搦め状態の黒装束の存在の見た目は、まさにザ・忍者だ。
「おう、ナイスだ」
「はい!」
ヘルメはしてやったりの顔だ。
左手の指の先端に咲いている球根花から伸びている<珠瑠の花>の紐を収斂させつつ、細長い左腕の肘を曲げ、二の腕で力瘤を作るようなポージングを取った。
<珠瑠の花>が絡む黒装束の存在を皆の前につるし上げる。
傍にいるアクセルマギナはP90と似た魔銃の先端に剣を生み出し、その剣先をさし向けた。
あの魔銃は銃剣にもできたのか。
ヘルメの氷腕剣だった腕は元の腕に戻っている。
すると、黒装束の存在を拘束している<珠瑠の花>の紐から、いい匂いが漂ってきた。
黒装束の存在は気を失うように体が弛緩し、<珠瑠の花>にもたれかかっている。
サシィは輝く紐の<珠瑠の花>と黒装束の存在に驚きながら、
「気絶している?」
「あぁ、輝いている紐は、<珠瑠の花>というヘルメ専用のスキル。その紐で拘束した相手に麻痺効果などを与える、一種の催眠術だ」
サシィは黒装束の存在を見て、
「なるほど……しかし、上笠影衆が私を……」
そう力なく語る。
サシィに、
「サシィ、床の畳と板を破壊してしまい済まない。捕らえた存在の名は上笠影衆か。屋敷の守りの兵か?」
「そうだ。が、このような監視を許した覚えはない――」
サシィはそう語ると<珠瑠の花>の紐で雁字搦め状態の上笠影衆に近付いた。
「ヘルメ、その上笠影衆に自害をさせないよう拘束を緩めつつ気絶しているなら起こしてくれ」
「はい」
<珠瑠の花>の紐の匂いからミントのような香りが漂う。
と、黒装束の存在は、虚ろ気に目を開けた。
黒装束の存在の体を拘束していた<珠瑠の花>の紐の数がヘルメの指先に引き込んで少なくなると、体に絡まっていた紐も緩まる。
代わりに頭部の黒い布の中に<珠瑠の花>を潜らせ、口の端に少量の紐が侵入し、自害させないようにした。
サシィは、その黒装束の存在に、
「お前は私たちの行動を監視していたのか?」
ヘルメは<珠瑠の花>の紐を操作し、黒装束の男の舌を解放する。
「……」
黒装束の存在は答えず。
舌を噛みきることはしなかった。
そこまで忠誠心は高くないようだ。
モラビを思い出しながらサシィを見て、
「親方様のサシィを差し置いての行動。その上笠影衆は忍びの者、忍者だよな」
「忍者を知っていたか……」
ペルネーテで戦ったモラビの時にも思ったが……。
風魔小太郎、服部半蔵、猿飛佐助、百地三太夫、加藤段蔵などの透波と呼ばれていた有名所の忍者なら知っている。
元日本人なら当たり前の感覚だ。サシィの発言に頷き、
「あぁ、知っている」
サシィは頷きつつヘルメを不思議そうに見つめて、
「精霊ヘルメ殿の美しい指先には球根の花? そこから輝く紐が伸びている……」
と呟いていた。ヘルメは「ふふ」と微笑みながら指先の球根花の花弁を窄ませたり拡げたりさせながら<珠瑠の花>の紐を伸縮させる。
不思議だ。が、今は、
「サシィ、その忍者の確認を」
「あぁ、分かった」
サシィは黒装束の存在の頭部を掴む。
と、その頭部を引っこ抜くように手前に引く。
「くっ」
黒装束の存在の首を晒して頭部を覆っている黒い布を強引に剥がした。
男の素顔が顕わになった。
男は俺たちを睨む。黒髪に日本人風の男性。
その耳の下の印を見たサシィは唖然としつつ、微かに頷いた。
「上笠影衆で間違いない……しかし……」
「上笠影衆とは、上笠たちの配下だろう?」
「……あぁ、首筋の上笠印は馬蹴の手の者だ」
「なんだと」
直後、外から激しい剣戟音が響きまくる。
魔銃の音も鳴り響いた。
「――マーマインの急襲だ!」
「急に――」
「魔銃を持つマーマイン亜種だと?」
「げぇ――」
「装備が俺たちと似ている、同士討ちに気を付けろ!!」
「どこからここに! 槍斧ヶ丘に砦の四方からの報告はないぞ!」
「まただ。マーマインが庭のあちこちから現れてくる!」
「ぐあぁ――」
と源左の者たちの声があちこちから響く。
「ウォォォン! 我ら相手にけしかけてくるとは!」
「ンン、にゃお――」
相棒にケーゼンベルスは廊下から縁側に出る。
「ロロとケーゼンベルス。まだ見える範囲にいてくれ」
「にゃお~」
「了解した」
コテツ、ケン、ヨモギの黒い狼はパパスとリューリュとツィクハルを守る位置に立ったままだ。可愛い。
サシィとヘルメに皆とアイコンタクト。
「妾たちも源左の者を助けよう――」
「はい――」
「左側ですね」
縁側付近にいた<神剣・三叉法具サラテン>の沙・羅・貂は背中を見せつつ庭の上空に出る。
アドゥムブラリと合わせて左側に出現しているだろうマーマインへの攻撃を開始した。
「閣下、我らも出ますか?」
「閣下、指示を」
「先に出ていい。サシィ、その上笠影衆の男だが、どうする」
そう聞くと、サシィは上笠影衆の男を見て、
「……バシュウの配下の者、名を聞こう」
「レンポウだ」
「レンポウ、お前は、私を主として認めていないのだな?」
「……そうだ」
サシィは瞳を揺らす。ショックを受けていると分かる。
が、直ぐに感情を切り替えたのか、冷然とした表情を浮かべると、魔斧槍源左を左手に召喚。
サシィは俺とヘルメに視線を向ける。ヘルメは<珠瑠の花>の紐を直ぐに消した。
解放された上笠影衆レンポウは、
「ふっ、だからまだ姫なのだ……」
とサシィを馬鹿にしたが、その刹那、サシィは一歩前進し、魔斧槍源左を振るいながら体を捻っていた。
魔斧槍源左の斧刃が、上笠影衆レンポウの首を捕らえ、シュパッと切断――。
上笠影衆レンポウの頭部は土壁と衝突し、畳の上に転がった。
頭部の顔はニヒルなまま動かず。
頭部を失った上笠影衆レンポウの体は前のめりに倒れた。
切断された首からは勢いよく血が噴出していた。
それらの血を素早く吸収――。
「シュウヤ殿、部下が失礼した――」
サシィは魔斧槍源左を消しながら体を俺に相対させる。
「あぁ、気にするな」
と言って頷き合った。
サシィは体の周囲に蛍の形をした魔力を漂わせている。
サシィの長い黒髪は風を孕んだように持ち上がりつつ両肩の真上で靡いていた。
同時に蛍の魔力の影響か、具足帷子と上具足の表面と和風の鎧と陣羽織が揺れている。
渋さと可憐さを併せ持つサシィに魅了されながら――。
<血道第五・開門>を意識。
<血霊兵装隊杖>を実行。
バーソロンが素早く俺の前に来たが、サシィは瞬きを数回繰り返して、頬を朱に染める。
その健気なバーソロンの行動がヴィーネに見えてしまった。
同時に血の錫杖を頭上に誕生させつつ<光魔・血霊衛士>を二体生成。
「――さて、俺たちも外に出ようか」
サシィはバーソロンに会釈してから、そのバーソロンの横に移動しつつ、
「……血霊衛士はシュウヤ殿と似ているが、目元が怖いのだな……そして、その<血魔力>と血の錫杖を近くで見ると、余計に吸血鬼系統と分かる。吸血神ルグナド様の眷属か、その配下の魔界騎士に間違われることが多いのではないか?」
思わず苦笑する。
「あぁ、魔界セブドラでも惑星セラでも、かなりの頻度で間違われる」
「……なるほど、相当、光魔ルシヴァルとしての苦労があったようだな」
頷きつつ、
「あぁ」
と返事をした。
「外に出よう」
「おう。皆もいいな?」
「はい!」
「ハッ」
「「「「はい!」」」」」
アクセルマギナ、ツアン、バーソロン、パパス、リューリュ、ツィクハルと一緒に縁側から庭に出た。
血霊衛士も続く。
縁側と廊下は具足帷子と上具足を着た武者たちが慌ただしく駆けずり回るようにして奥座敷に侵入してきたであろうマーマインを斬り捨てていた。
更に戦いながら廊下と玄関口から次々と庭に出て、庭にいるマーマインと戦っている。
すると、魔素の気配が近付いてくる。
「御注進、御注進――」
と叫ぶ源左の武者は廊下を走ってくる。
縁側から庭に飛び出た伝令兵の武者はサシィに近付き地面に片膝を突き、
「――ご報告します、槍斧ヶ丘の正面と右場と左場からマーマイン軍の急襲があり、三面対応の歩哨隊と孫座衆の主力が、第一、第二の最終防衛丘で激突中です。第一歩哨隊の副長リュウジと三人が討ち死に――」
「分かった。お前は休め」
「いえ、ここで戦います――」
「あ……」
魔刀を抜いた伝令兵はサシィの言葉を聞かず――。
マーマインたちへと突進し「マーマインめがぁ――」と一刀の袈裟懸けをマーマインに繰り出す。
見事にマーマインを斬り伏せた。
伝令兵も強い。
と思ったが、マーマインたちも数が多い。助ける間もなく、伝令兵はマーマインの得物の矛を体に受けて絶命していた。
と、直ぐに左の庭からマーマインが現れた。
そのマーマインに左手首を向ける。
<鎖>を射出――。
宙を劈く勢いで直進した<鎖>はマーマインの頭部を貫くと背後から現れたマーマインの頭部も穿った。その<鎖>を消す。
魔界セブドラの神像の間からも数体のマーマインが現れる。
更に林と藪の奥からも三体出現。
石段が重なる場所と、石幢と、下に傾斜した川の下のほうからもマーマインの群れが現れる。
それらのマーマインと源左の者たちが対峙していった。
すると、マーマインの一人が、
「おい! 源左サシィがいる! あいつを仕留めたら俺たちの勝利だ!!」
「「おぉぉ」」
「間違いない、あの長い黒髪に膨らんだ胸! 女だ! 鬼サシィ!!」
「斧槍使い!! 仲間を無数に屠った残虐サシィだ!!」
「おう! 源左の者たちごと殺せぇぇ」
「「「つぶせぇぇ」」」
マーマインたちが俺たちに突っ込んできた。血霊衛士をサシィの守りにつかせ、
右手に魔槍杖バルドークを召喚。
左手の神槍ガンジスを、その先頭にいるマーマインに<投擲>――。
同時に、
「ガルルゥ――」
前に出た黒豹も複数の触手を繰り出した。
<投擲>した神槍ガンジスは先頭のマーマインを貫いて直進――。
更に二体のマーマインを貫く神槍ガンジスの方天画戟と似た矛。
その神槍ガンジスへと<超能力精神>を実行――。
林の中に消えそうだった神槍ガンジスを左手に引き戻した。
神槍ガンジスの柄を左手で掴み直している間に――。
相棒の触手骨剣が数体のマーマインの体を捕らえていたのか、その触手を収斂させて足下にマーマインの体を運ぶ。
ロロディーヌは、そのマーマインの首に牙を立てると血を吸い取って倒していた。
頭マル囓りといった雰囲気ではない。
吸血鬼が、人を抱きながら首に牙を立てて、血を吸って倒すような倒し方だった。
黒女王のノリなのかな?
相棒的に姫武将サシィの影響を受けている?
続いて、ケーゼンベルスが池の前で少し体を大きくさせると、
「ウォォォン! 友よ、見事な狩りであった。そして、主とサシィよ。我も友と同じく同盟者として狩りを楽しみたいのだが、ここの庭を駆けてもいいのだろうか?」
「構いません、ケーゼンベルス様!」
「ちょい待った、相棒とケーゼンベルス。超巨大化はまだナシ。派手には暴れず源左の者たちを助ける範囲でマーマインを倒してくれ」
「ウォン! 我の優しき主、承知したぞ!」
「にゃお~」
「友よ、皆を助けよう!」
「――ンン、にゃごぉぉぉ」
黒豹ロロディーヌと魔皇獣咆ケーゼンベルスが駆けた。
早速、黒豹が首下から触手を伸ばした。
マーマインの槍衾を体に浴びそうだった源左の者二人に触手を絡ませる。
その触手を収斂させて、二人の源左の者を近くに運んで助けてあげていた。
「ありがとうございます!!」
「かたじけない黒豹殿!!」
「ンン」
黒豹は喉声を鳴らす返事のみ。
右に跳躍し、大きい闇遊の姫魔鬼メファーラ様と目される神像に跳び移って、その肩を駆けていく。
キサラが見たらなんていうだろう……。
相棒は、違う方向にいるマーマインの集団に向かった。
一方、魔皇獣咆ケーゼンベルスは池を跳び越えて駆けた。
マーマインの集団に単機で向かう。
「大きい狼がきやがった!!」
「皆で倒せ!」
「槍衾――」
「<刺突>――」
「<愚突刹>――」
マーマインたちは一斉に、ケーゼンベルスに向けて槍を突き出す。
ケーゼンベルスは速度を落とさず「――ウォォォン!」と咆哮。
体から灰色と黒色の魔力を放出させると、穂先の群れに己の体を差し出すように飛び込んでしまう。
危険だと思ったが、ケーゼンベルスの両足から伸びた爪が、複数の槍を真上に弾くと、ケーゼンベルスは前転しながら着地するや否やスムーズに右へ跳ねるように跳躍し駆けた。
その走るケーゼンベルスを追うように他のマーマインたちが槍の<刺突>を繰り出し手斧を<投擲>していく。
が、駆けるケーゼンベルスにそれらの攻撃は当たらない――。
槍衾と<投擲>の攻撃を避けに避けたケーゼンベルス――。
四肢で地面を強く蹴り、いきなり方向を変える。
そして、後ろ脚で地面を抉る踏み込みから、左斜め前方にいる槍使いのマーマインに飛び掛かった。
マーマインの首に喰らい付きながらのし掛かると、後ろ脚でマーマインの体を蹴って吹き飛ばし、ケーゼンベルスは反対側へと跳躍。
他のマーマインに飛び掛かった。
黒豹と同じような機動力だ。
次々に喰らい付き爪で薙ぎ倒しまくる魔皇獣咆ケーゼンベルスは強い。
アドゥムブラリと沙・羅・貂もそれぞれの武器で左の庭にいるマーマインを斬り伏せてなぎ倒していく。
血霊衛士と複数の源左の者が守るサシィは、
「神獣様、凄い……感謝だ。が、わらわらとマーマイン共め……」
そう呟き、俺に視線を向ける。
黒豹ががんばったかな。
「シュウヤ殿、マーマイン瞑道は〝列強魔軍地図〟で示してくれたのに、これは、わたしの判断ミスだ」
「俺もだ。もっと早く告げることもできた。そして、偵察用ドローンを同時に展開させておけば状況も変わったと思う。更に、このマーマインの侵攻のはマーマイン瞑道が印されている〝列強魔軍地図〟の情報を出したことが原因かもしれない。済まない」
サシィは頭部を振るって、
「どちらにせよマーマイン瞑道はここにあった。だから遅かれ早かれだ」
頷くと、
「――御注進!」
と他の伝令兵が走り寄ってくる。
体は傷だらけだ。
サシィを守るように集まっている源左の者たちから一斉に伝令兵に回復魔法が掛かった。
伝令兵の体は、みるみるうちに傷が癒えていく。
代わりに具足帷子と上具足の傷跡が目立つ。
回復魔法を使用した者の背後に、薄らと魔命を司るメリアディ様の幻影が見え隠れしていた。
惑星セラにいるルビアのほうがはっきりとメリアディ様の幻影が出現していたのは、能力云々の差ではなく、ルビアがやはり神の子で、特別だということか。
体の傷が回復した伝令兵は片膝で地面を突く。
「――第一終防衛丘が突破されました。更に、第一歩哨隊隊長ソウジ以下第一歩哨隊全員が討ち死に――」
サシィは厳しい顔色となった。
「分かった。マーマインの軍の中には強者のマーマインもいるようだ」
そう発言。
バーソロンは「異なる強さ……マーマイン亜種か……」と呟きながら両手に炎の魔剣を召喚。
渋い黒が基調の鎧の背中には、その一対の魔剣に合う鞘も出現していた。炎の紐ではなく<魔炎双剣ルクス>でマーマインを倒すつもりか。
「閣下、わたしが槍斧ヶ丘に向かいますか?」
「陛下、わたしも窪地に、山峡側に回りますか?」
ヘルメとバーソロンがそう発言。
「そうしてもらうか。サシィ、ヘルメとバーソロンだが、【源左サシィの槍斧ヶ丘】の右場や左場などの戦いのフォローに行ってもらうが、いいだろうか」
「あぁ、マゴザたちが気になる。お二方とも、頼みます――」
サシィは頭を下げた。
ヘルメとバーソロンも丁寧に頭を下げて、
「はい、任せてください」
「はい、大軍ならわたしの水で薙ぎ倒しますから」
そう発言。
すると、
「姫――」
「「――親方様」」
上笠首座ダイザブロウだ。
副首座キクシゲと上笠のタチバナもいる。
多数の武者と上笠影衆を引き連れて廊下から走り寄って庭に出た。
皆、鬼気迫る表情を浮かべている。
そして、タチバナは片腕と胸元をばっさりと斬られた痕があった。
具足帷子と上具足は裂けている。
体の傷はもう回復しているから大事はないと分かる。
……バシュウはいない。
「タチバナ、腕と体の傷はどうしたのだ」
「突如豹変したバシュウに……不覚を、この不始末はこの身で――」
と、タチバナは両膝を突けたが、
「この阿呆が――」
ダイザブロウに殴られたタチバナは縁側を転げる。
痛そうだが、毎回のノリと分かる。
サシィは、
「ダイザブロウ、よく止めた。タチバナも気が早い! 今は手勢を率いて、この奥座敷に侵入しているマーマイン共を殲滅しろ!」
サシィの言葉が庭に響く。
タチバナは直ぐに立ち上がった。
口の血を己の腕で拭うと体に魔力を纏いながら、
「――ハッ、皆、向かうぞ」
「「はいっ」」
部下に指示を飛ばしたタチバナだったが、俺を睨んでくる。
魔眼を発動していたが、直ぐに視線を庭にいるマーマインたちに向け直すと、上笠影衆の一部隊を率いてマーマインたちに向けて突進を開始。
タチバナはマーマインとは関係がないようだ。
そして、タチバナを斬ったのはバシュウか。
バシュウはサシィへの忠誠心は高そうに見えたが……。
面従腹背だったか。
そんな思考の間にもマーマインたちが魔界セブドラの神々の神像が並ぶ間から出てきた。
マーマインたちは、俺たちを見て動きを止める。
リザードマンやゴブリン風の肌を持つ。
首と肩にはヒレがあった。
武器は槍が多いが、剣に手斧を持つ存在もいる。
「マーマイン共、主たちを見て動きを止めるのも分かるが――」
アドゥムブラリの声が聞こえたと思ったら、マーマインの首が派手に飛んだ。
偽魔皇の擬三日月の斧刃がそのマーマインの首を捕らえていた。
頭部を失ったマーマインの胸部ごと潰れるように首はちょん切れている。
偽魔皇の擬三日月の大斧を近くの宙空に引き寄せ、浮遊しているアドゥムブラリは<魔弓魔霊・レポンヌクス>を召喚。
更に<魔矢魔霊・レームル>を複数周囲に生み出し、それらの魔矢が一気にマーマインたちに降り注いだ。
マーマインたちは<魔矢魔霊・レームル>の魔矢を全身に浴びる。
庭に磔にされる勢いで倒されていった。
狙いは正確で魔矢に無駄撃ちがない。
魔矢で射貫かれて倒れていくマーマインは吸血鬼とは異なる。頭部を潰せば普通に死ぬタイプだった。
マーマインの一隊を沈めたアドゥムブラリは上昇し、
「主、マーマインの出所は庭の川が流れているところだ。位置的にマーマイン瞑道でまず間違いないだろう」
「了解、マーマイン瞑道を目指すか。そして、上笠首座に副首座、バシュウの行方は?」
とダイザブロウとキクシゲに聞いた。
「分からぬ、バシュウめが……」
「あぁ、突然バシュウが体から異常なほどの魔力と魔界の神々か不明な戦士のような幻影を発すると、タチバナが斬られた。廊下にいた近侍とわしらの上笠影衆の部下は、バシュウの部下に斬られ魔銃で撃たれて大半が倒れた。そのバシュウの部下たちは評定の間にいた俺たちにも斬りかかってきた」
キクシゲがそう語る。
「その間にバシュウは、だれかと思念会話をしている素振りを取っていた。そして、『チッ、あの鬼姫、予想外の戦力を味方に付けやがって、すべてが水泡に帰してしまうとはな!』と捨て台詞を残し、木戸を破壊して庭に出た。追いかけようとしたが、庭にはわしらの武者と似た格好の魔銃を持つマーマイン亜種の部隊がいたのだ。バシュウは、そのマーマインの魔銃部隊に向け『撃て』と指示を出してから逃げ、わしらはその魔銃から放たれた弾丸を防ぐことに精一杯で、バシュウを取り逃がしてしまった」
「バシュウとマーマイン亜種の部隊は、源左砦から離脱し街民たちを殺しながら【槍斧ヶ丘】に向かったか……」
「それかマーマイン瞑道か。サシィ、俺たちはマーマイン瞑道に向かいながら周囲のマーマインの殲滅を狙うが、サシィはどうする?」
「わたしもタチバナを助けつつマーマイン瞑道に向かう。ダイザブロウとキクシゲ、ここを頼む」
「分かり申した」
「はい」
ヘルメとバーソロンに視線を向けてから、
「上笠首座と副首座にサシィ、ヘルメとバーソロンに目印のような物を渡してくれないか」
「あっ」
「上笠の印がここにあります」
「姫にキクシゲ、わしが――」
と、ヘルメにダイザブロウが戦旗と腕章を渡した。
キクシゲも腕章をバーソロンに手渡す。
二人は渋い腕章を身に付ける。
ヘルメが受けとった戦旗は九曜紋。
フラワーオブライフ、曼荼羅っぽさがある。
フィボナッチ数列と一対約一・六一八の比率の黄金比の暗号があったりするんだろうか。
戦旗を纏ったヘルメは、
「では閣下、後ほど合流しましょう」
「陛下、また後で」
バーソロンは両手の魔剣を消している。
<闘気玄装>を強めつつ、
「あぁ、気を付けて」
「「はい――」」
ヘルメとバーソロンは手を繋ぐと共に飛ぶように跳躍。
奥座敷の屋根上を越えて見えなくなった。
「んじゃ、まずはマーマインを一掃する。先に出るぞ、サシィ――」
<血道第三・開門>――。
<血液加速>を発動。
庭を駆けた――。
黒豹とケーゼンベルスは正面側で源左の者を助けながらマーマインを着実に屠っていた。
左では、ゼメタス、アドモスが<ルシヴァル紋章樹ノ纏>を発動しながら軽やかに骨剣を振るい回し、複数のマーマインを屠りまくっていた。
黒い狼に乗ったリューリュ、パパス、ツィクハルもマーマインと戦っているが、ゼメタスとアドモスの活躍には遠く及ばない。
光魔沸夜叉将軍としての動きは――。
魔界騎士の強者を超えているように思える――。
そんな頼もしい二人の前へと跳躍しつつ――。
「――ゼメタスとアドモス、前に出るぞ」
「「ハッ」」
ゼメタスとアドモスは返事をしながら袈裟掛けを繰り出してマーマインを斬り伏せると、ほぼ同時に骨盾を前に出す。
その骨盾を踏みつけて、更に跳躍――。
マーマインの群れとその背後の林を凝視。
魔界セブドラの神々の神像がないことを確認――。
大技をぶっ放せることを確認してから、神槍ガンジスを消した。
右手が握る魔槍杖バルドークを背中へ回すように腰を捻る。
<魔闘術の仙極>を発動。
<魔雄ノ飛動>を意識。
<仙魔奇道の心得>を発動。
<水月血闘法>を発動。
<黒呪強瞑>を発動。
<血脈冥想>を意識し、発動。
<龍神・魔力纏>を発動。
<水神の呼び声>を発動。
<滔天仙正理大綱>を意識し発動。
体中が心臓や丹田と化したように膨大な魔力を全身に感じながら、その魔力を毛細血管を超えたミクロの原子にまで行き渡らせつつ――。
その膨大な魔力を肩の竜頭装甲と魔槍杖バルドークに喰わせる。
異質な唸り声が魔槍杖バルドークから響く。
「ングゥゥィィ」
肩の竜頭装甲も応えた。
そのままマーマインの群れに向け魔槍杖バルドークを振るい――。
<魔狂吼閃>を繰り出した。
魔槍杖バルドークからゴオォォッ――と咆哮が轟く。
紅斧刃と嵐雲の矛から魔竜王バルドークの頭部を模った魔力が飛び出てマーマインの群れに向かう。
その魔竜王バルドークの頭部の周囲に無数の小型の紋章魔法陣が出現し、邪獣セギログンと邪神シテアトップと黄金の骨と冠を被る武者ドワーフの魔力も魔槍杖バルドークの柄から出現。
それらの魔力が魔竜王バルドークの頭部の魔力を喰らい混じり合う。
銀色の光を発した魑魅魍魎の嵐となった<魔狂吼閃>はマーマインの群れと林と岩を両断――。
そのまま魔界セブドラの虚空を寸断する勢いで宙空を直進して消えた。
左側に多くいたマーマインを一掃完了。
<導想魔手>に着地。
と、庭の右側でマーマインたちと戦っていたアドゥムブラリとツアンが寄ってきた。
「マーマインの数が急激に減ったのは主のお陰か!」
「旦那、庭の戦いは一先ず勝利ですかね」
「おう――」
「シュウヤ殿!」
血霊衛士が守るサシィも歩み寄ってきた。
刹那、サシィの左右の地面に不自然な揺らぎが見えたような気がした。
魔素に動きはないが……。
続きは明日を予定。
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