千九話 血霊衛士と魔王アドゥムブラリの復活
2022年11月9日 16時39分 修正
皆、甲冑兵士を見て驚く。
アドゥムブラリは単眼球の瞳を散大させると、口を広げ、
「ルシヴァル宗主専用吸血鬼武装の完全体の次は、おニューな傀儡兵の誕生かよ! 俺の主は最高か!? わくわくさせやがって、この最高の魔君主めが! ふははは――」
と叫ぶように発言。
蝙蝠の翼と似た飛膜を有した両翼をばたばたと忙しなく動かし飛翔して、口の端から唾を勢いよく飛ばすほど大興奮していた。
甲冑兵士へ飛翔しながら近付くのかと思ったが、俺の近くを浮遊しているだけだった。
甲冑兵士に近付けばいいのに、遠慮しているようだ。
楽しみは取っておくタイプか。
そして、驚く皆と違って黒猫は冷静か。
「ンン、にゃ」
と鳴きながら片足を上げて甲冑兵士に肉球を見せる。
甲冑兵士は黒猫の挨拶を受けても反応を示さない。
黒猫は前足を下ろして、尻尾をピンと立たせながら甲冑兵士に近付き、
「にゃ、にゃお~」
と鳴く。また話しかけた。
その猫語を翻訳すると、
『朱色の甲冑が気になるにゃお~』
と言っているように思えた。
鼻をクンクンとさせている。
黒猫は甲冑兵士の周りを楽しげに一周したところで俺の視線に気付いたのか「ンン――」と喉声を鳴らしつつ小走りに寄ってきた。
勢いよく、脹ら脛へと頭部をぶつけて胴体を当ててくる。
腹の毛の滑らかな感触が気持ちいい。
黒猫はゴロゴロと喉音を鳴らしつつアーゼンのブーツの甲を小さい前足で踏み、片方の後ろ脚を俺の右足の甲に乗せて歩くのを止めた。
その黒猫は尻尾を俺の右足に絡ませながら見上げてくる。
つぶらな黒い瞳が可愛い。
「抱っこか?」
「ンン、にゃ~」
と白い歯とピンクの舌を見せる返事を行った黒猫は、頭部を真正面に戻し、足に絡ませていた尻尾をピンと真上に立たせながら俺から離れた。
甲冑兵士の近くへトコトコと向かう。
その黒猫は小さい頭部を甲冑兵士の足に当てて甘えたと思いきや、甲冑兵士の脛当ての匂いをフガフガと嗅ぎ、そのまま頭部を前後させて頬と白髭を甲冑兵士の脛当てに擦り付けていく。
毎回の臭い付け作業か。
フェロモンを甲冑兵士に擦り付けての縄張り宣言かな?
それとも甲冑兵士に己の臭いを付けて仲間だと安心したいのか。
甲冑兵士が遠くに離れても匂いで追跡を可能にするための処置なのかもしれない。
獣の本能の一部だとしても、黒猫さんはお利口さんだ。
そこで、肝心の甲冑兵士を見ながら――。
<血道第五・開門>と<血霊兵装隊杖>の使用には<血魔力>と魔力をかなり消費するが、<仙魔術>系統に多い胃が捻れるような痛みを催す症状はなかった。
ルシヴァル宗主専用吸血鬼武装の一式の<血魔力>と魔力の消費は最初だけで、あとは緩やかに魔力を消費するだけ。
尚且つ戦国武者を彷彿とさせる甲冑を着込む兵士は永遠に出現させたままにすることも可能。
勿論、消えろと念じたら消えるだろう。
倒されても消えると思うが、<血霊兵装隊杖>による甲冑兵士の再召喚は直ぐに可能と分かる。
その朱色の甲冑に身を固めた兵士は兜と面頬を装備している。
面頬から覗かせる瞳の色は、蒼と黒。
目の隅と面頬と兜の間から覗かせる眼輪筋の皮膚は、ミイラ的でゾンビ的でもあるから怖い双眸だが、渋さもあった。
どことなく元墓掘り人の俺の眷属となったキースに似ているかな。
が、ハイゾンビと勝手に命名したそのキースに似ているのは目元のみ。
全体的に見れば井伊直政の赤備えの兵士と似ているかもしれない。
『関ヶ原の戦い』や『小牧長久手の戦』で功を立てた名将。
甲冑の所々に備わる鋲は漆黒色と銀色が多く西洋的。
帯は銀色と黄色の平結びで和風。
武器は兵仗のような棍。
両端は尖っている。鐶はない。
俺の血の滴る錫杖とは異なっていた。
俺が手を上下に動かすと朱色の甲冑兵士は両足を揃えた。
――ザッと硬質な音を立てて、軍隊式の礼を行うように棍を回す。
その場で足踏みを行ってから棍を縦にして眼前に掲げた。
「わ、動きました」
「おぉ~」
銃兵が儀式を行うように見える。
と、面頬から覗かせている蒼色と黒色の瞳がギラついた瞬間――。
ピコーン※<光魔・血霊衛士>※恒久スキル獲得※
おお、
「……今、<光魔・血霊衛士>というスキルを獲得できた」
「「おぉ~」」
「まぁ! 名からして、この血の甲冑武者は光魔ルシヴァルの血霊衛士。そして、その<光魔・血霊衛士>は、<血霊兵装隊杖>とは別の召喚スキルということですか?」
ヘルメの言葉に頷いた。
「そうだ。甲冑武者の名は血霊衛士でいいだろう。俺の分身のような使い方と意識の操作が可能だ。自律機能もあり、正確な距離の判断は<血魔力>の強度で前後するから不透明だが、結構離れていても独自に戦えると分かる。更に、この血の錫杖と血霊衛士には連携攻撃もあるようだ。ま、とにかく優秀な傀儡兵の一種だろう」
「「「わぁ~」」」
血霊衛士は、俺の近くで戦えば戦闘能力が上昇する。
そして、武装魔霊アドゥムブラリと相性がいいと分かる。
歓声を発した笑顔の貂は、尻尾の幾つかを膨らませながら、
「戦いの幅がまた拡がります。分身と囮に使えるなら強敵相手には素晴らしい選択肢となりますね!」
と語る。羅も、
「武器防具に新たな眷属兵士も誕生とは驚きました……」
そう発言。隣にいる沙も、
「<血道第五・開門>の獲得は光魔ルシヴァルの成長の証拠。器をより高みに登らせたか!」
そう発言。ヘルメは頷きながら、
「そのようですね……閣下は魔界セブドラの気質に合うとも言える」
「精霊からも、器はそう見えるのだな……」
「はい」
常闇の水精霊ヘルメと沙は神妙な態度で頷き合った。
そのヘルメは何かを思い出した表情を浮かべ、
「あ、<筆頭従者長>たちは傀儡兵を造ることが可能でしたね!」
皆が造れる傀儡兵のことを指摘。
和風の魔法衣が似合う羅も頷いて、
「眷属たちの血文字会話でも度々話題に上っていました。そして、ヴェロニカ先輩だからこそ造ることが可能な角付き骨傀儡兵のことは存じています。迷宮都市ペルネーテの【天凜の月】で活躍しているとも」
「羅も覚えていたか」
「はい、沙と貂が、眷属たちと、短い間ですが一緒にいる時もありましたし、血文字の内容は器様が読めば分かりますから」
そりゃそうだな。
貂も、
「はい、羅も言いましたが、ヴェロニカの吸血鬼歴は長い故に、角付き骨傀儡兵や紅月の傀儡兵などの傀儡兵造りの経験は一日の長があると、血文字で皆が語り合っていたことはよく覚えています」
血文字はリアルタイムに目の前に浮かぶ。
AR出力が可能なデバイスを介さない。
インプラントの義眼も必要ない。
<筆頭従者長>と<従者長>とそれに連なる者のみだが、裸眼でコミュニケーションが行える血文字は超優秀だ。
そう思考しつつ、可愛いヴェロニカを想いながら、
「ヴェロニカは<筆頭従者長>になる前からメルに促され、ヴァルマスク家の吸血鬼の<従者>、<従者長>かな、が製作可能な傀儡兵の研究をゼッタと共に続けていた。更に最近ではミスティの魔導人形の技術も傀儡兵に活かしているし、ホルカーバムの地下街から貴重な素材をたくさん仕入れて、角ありの骨傀儡兵と紅月の傀儡兵の素材に活かしていると聞いている」
皆、頷いた。
ヘルメは、
「はい、【天凛の月】のホルカーバム支部長カルードが、しっかりと地下街の一部を押さえたようですからね。副長メルも喜んでいた。そのメルが運営する黒猫海賊団はハイム川各都市を結ぶ黄金ルートと新たに開拓した|八支流『はちしりゅう』の貿易で順調に利益を出している。そのお陰で、角ありと紅月の傀儡兵の作成と修理に必要な素材の安定供給が可能となり、量産体制を整えた紅月の傀儡兵軍団は非常に強力で、迷宮都市ペルネーテの縄張りの維持もある程度楽になったと聞いていました」
頷いた。ある程度ってのが味噌だな。
如何に迷宮都市ペルネーテが混沌としているのか分かる。
邪界ヘルローネからの邪神たちの使徒の侵略に……。
魔界セブドラと神界セウロスの関係者の戦い。
普通にモンスターを狩る冒険者。
闇ギルドとオセべリア王国側の戦い。
……虎邪神は元気にしているかな。
お前の力は俺の力になっている。
同時に邪神シテアトップの野望に協力していることになるんだろうか……。
すると、アドゥムブラリが、
「おうよ、ヴェロニカの傀儡兵か。あれは優秀だったぜぇ……魔界武術家の一面を持つ俺の動きに対応できたんだからな! だが、亜神との激戦時に、盛大にぶっ壊されてしまった……よし、今度ヴェロニカにキスして謝ろう! そして、ルッシーの<霊血の秘樹兵>とも相性は良かったぜ」
何がキスだと、単眼球に親指をツッコミたくなったが、止めといた。
アドゥムブラリは武装魔霊としての専売特許を自慢げに語る。
その傀儡兵は<筆頭従者長>なら誰しもが造ることが可能、そこから、
「吸血鬼歴だとヴェロニカ以上に吸血鬼ハーフとして永く生きてきたキッカ・マヨハルトのことが気になる。密かに傀儡兵造りの経験も豊富かもしれない」
ヘルメは頷きつつ、
「裏ギルドの仕事を共に行ったキッカと親しいユイ、ヴィーネ、クレインからキッカが個別に傀儡兵を使用していたとは聞いていませんが、もしかしたら優れた傀儡兵を扱えるかもです。しかし、すべての時間をマヨハルト家の剣術に注いでいるからこその、あの素晴らしい<血魔剣術>と予想します」
<血道第三・開門>を使い、鞘を活かす<血魔力>の剣術か。
「あぁ、自分から振っておいてアレだが、キッカのことは置いておく」
「「「はい」」」
皆、なんだかんだと情報を得ている。
ヘルメは、俺の近くで血霊衛士を観察しているアドゥムブラリを見てから俺に視線を向けてきた。
そのヘルメに向け、顔で意味を伝えつつ、アドゥムブラリへと視線と顎先をクイッと動かした。
ヘルメは『はい』と頷くような仕種からアドゥムブラリに、
「――アドゥムブラリ、血霊衛士に近付かないのですか?」
「お、おうよ、ち、近付くとも!!! <光魔・血霊衛士>!! 主、近くで観察したい! いいか?」
「やっとか、見ておけ」
「おう!!」
コミカルなアドゥムブラリが面白い。
翼をバタバタと動かし<光魔・血霊衛士>に近付く。
単眼球の瞳を散大させながら血霊衛士の回りを一周しては、また俺を見て、
「……主、この<光魔・血霊衛士>と俺は融合が可能なんだよな!」
アドゥムブラリは単眼球の瞳をこれでもかと輝かせる。
コミカルなアドゥムブラリの横に、『興 奮 の 極 致なり』と図太いフォントの言葉が見えような気がした。
勿論と頷いて、
「<霊血の秘樹兵>も可能だったんだ。<光魔・血霊衛士>とも余裕で可能だろう」
アドゥムブラリは単眼球の下部にある口を広げ、満面の笑みとなった。
いい笑顔だ。
「おぉ! この甲冑武者の体で主の傍で直に戦える!!」
「そうだな、合体してみればいい」
「よっしゃ、いくぜぇ――<武装魔霊・合体妙技>! 俺は、幻魔ライゼンを超えて魅せるぅぅ――」
テンションの高いアドゥムブラリ。
幻魔ライゼンか。前にも語っていた。
その幻魔ライゼンはアドゥムブラリと同じような武装魔霊の能力者で、合体妙技が使えるってことか?
飛翔しているアドゥムブラリは単眼球の体から車軸のようなマークと壺ヤナグイのマークの魔力を発した。
背中の一対の蝙蝠が持つような翼の角度を変えると、速度を落とした。
同時に体の単眼球が崩れたように凹むと、下部分から無数の触腕が生えた。
タコかイカの手や触腕を思わせる。
その無数の触腕を前方へ伸ばしながら宙空を飛翔。
アドゥムブラリの触腕の群れが放射状に拡がったところで、<光魔・血霊衛士>の頭部を喰らうように絡み付いた。タコやイカが獲物を捕食する瞬間にも見える。
そのアドゥムブラリと<光魔・血霊衛士>の兜と面頬がピカッと閃光を放つ。
と、溶けながら融合し変化した。
古代ローマのグラディエーターの兜と日本の戦国武者が被る兜。
その二つの要素が微妙にミックスされたような兜となった。
鎧も変化し、マントを備えたセラの貴族が着るような防護服となる。
「よう、アドゥムブラリ、融合は完了か」
「おうよ、完了だぜぇぇ」
融合できたアドゥムブラリは笑顔となった。
その顔を見ながら……。
<経脈自在>と<滔天内丹術>と<性命双修>を意識、発動。
更に覚えたばかりの<光魔血仙経>を活かす――。
光を帯びている紅玉環が壊れる勢いで魔力と精神力に生命力を盛大に送る。
――成功、その紅玉環を外す。
――胃が捻れて痛いが、アドゥムブラリのためになる。
盛大に魔力を込めた紅玉環の壺ヤナグイのマークを囲う紅色の宝石が点滅を始めた。
造形されている紅い翼も上下に微かに動く。
それを血霊衛士の体を得ているアドゥムブラリに悟らせないように、
「どんな感じだ?」
と然り気無く聞いた。
アドゥムブラリは、
「……アムシャビス族にはない、これが……主と血霊衛士の<血魔力>の繋がりなのか!! 主の底知れぬパワーを感じるぜ? 主は本当に……強いと分かる! 魔皇シーフォ様の思いを託されただけはあるな! そして、嫉妬を覚えるが、魔命を司るメリアディ様に対面しても平気なぐらいの魂力を感じるぜぇ。魔界王子テーバロンテを倒した成果の<血道第五・開門>に……先ほどの修業の成果もあると思うが……主? どうして紅玉環を外すんだ?」
あぁ、と感慨深く頷いてから、アドゥムブラリに向けて紅玉環を放る。
アドゥムブラリは紅玉環を受け取った。
「主、どういう……なんだ、この魔力量は……主のその顔色の悪さは……」
「嵌めてみろ」
「え……いいのか? ぬあ? 主の魔力に生命力などが入っている!? ……主、何を……」
「いいから嵌めろと言ってるんだ」
と、凄みをワザと出した。
「閣下?」
「え?」
「な、器が……怖いぞ」
皆、そう言うが無視だ。
血霊衛士アドゥムブラリは、
「……ワカッタ」
恐る恐る紅玉環を嵌めると、紅玉環は血霊衛士アドゥムブラリの指の中に取り込まれて消える。
次の瞬間――。
「ま、魔力が、ウォォォォ――」
と発狂したような声を発した血霊衛士アドゥムブラリは体のすべてから閃光を発して、浮いた。
その閃光が消えると、
「――俺が魔王級!?」
と叫んで驚く。と、血霊衛士としての甲冑が溶ける。
そのアドゥムブラリは喉元に両手を当てて苦しそうな感じの仕種を取った瞬間――。
アドゥムブラリの体が変化。
同時に<光魔・血霊衛士>の感覚を失った。
<光魔・血霊衛士>と融合していたアドゥムブラリの面頬は完全に消える。
そのアドゥムブラリはハッと気付いたような表情を浮かべて、地面に素足の両足から着地。
人族っぽい姿だが、腹と背中側にかけての肌は金属模様だった。
更に背中には天使が持つような紅色と黒色の翼を有している。
翼の所々を甲羅のようなモノが覆っていた。
赤茶色が混じる長い金髪が流れた。
アドゥムブラリの端正な顔立ちが現れる。
素っ裸だったが、その体にパッと防護服が展開された。
仔牛革色で貴族が着るような防護服にマントもできた。
首と肩と上腕甲には紅玉環のデザインと似た赤い魔宝石が備わる。
胸元には、半透明なユキノシタ模様の記章と三日月型のワッペンが並んでいた。
二の腕の表面には車軸にホイールと壺ヤナグイが重なり合ったマークがある。
その新しいアドゥムブラリは俺を見る。
「え、主……俺は、復活どころか、強化されて……魔王アドゥムブラリに……あぁ……」
泣き崩れるように、床を両膝で突いたアドゥムブラリ。
肩を揺らし嗚咽が漏れる。
「閣下、もしかして、魔侯爵どころか魔王アドゥムブラリとして復活ですか?」
「そうだと思う」
「いきなりのアドゥムブラリの復活! 凄すぎる……」
「はい、スキルを獲得したかと思えば、魔王級としての復活とは、なんという流れですか!」
「にゃおおおお~」
暫し、皆、沈黙。
相棒もエジプト座りでアドゥムブラリを見上げている。
泣き止んだアドゥムブラリは、ふらつきながらも立ち上がった。
「……主……なんてお礼を言ったら……」
「気にするな。お前と契約した頃と何も変わっていない……その大きな翼を広げて、魔界セブドラの世界に旅立てばいい」
そう発言すると、アドゥムブラリは双眸を散大させた。
その瞳を震わせる。
光魔騎士となったグラドは彫りが深いイケメンだったが……。
アドゥムブラリもイケメンだ。
赤茶色が混じる金髪で目元が細く鼻筋が高い。
そのアドゥムブラリは、ハッとした表情を浮かべて、
「……契約した頃……あぁぁ……」
涙が頬を伝う。
「うぅ、俺を、使役せず……俺の意思を尊重して解放すると……言いたいんだな……主は……うぅぅぅ……なんて器が大きい男なんだ。くそ……こんなに感動させる男なんて……」
涙をポロポロと零すアドゥムブラリはたどたどしく語る。
細い眉毛に端正な顔立ち。北欧の方々を思わせる。
魔界沸騎士長ゼメタスとアドモスとグラドにツアンの横に並んだら似合うかもしれない。
「はは、そう泣くなって。ここはお前が待ち望んでいた魔界セブドラだ。そして、魔侯爵、否、魔王アドゥムブラリは、己の体を取り戻した。もう自由なんだよ。足枷はない。故郷とアムシャビス族に関することを調べたいだろう?」
「……え……」
アドゥムブラリは顔で何かを言うように双眸を揺らしつつ俺と皆を見ては、黒猫も見て、再び俺に視線を戻す。
「いいんだ……自由に空を飛べばいい」
「にゃ」
「閣下……心が温まります、うぅ」
「器らしい判断だ、泣かせおって……」
「……はい、素敵ですね」
「ふふ」
ヘルメと沙羅貂も微笑む。
「主……自由を俺にくれたのか……うぅ、くそ、熱い気持ちが収まらない……陛下――」
と言いながら片膝で床を突いたアドゥムブラリ。金髪がふんわりと浮く。
その仕種は貴族そのもの……。
アドゥムブラリは、
「改めて忠誠を誓います。この元魔侯爵、魔王に昇華したアドゥムブラリを、正式に魔界騎士の儀式で配下にお願いします……」
「魔界騎士か……」
「だ、だめでしょうか」
「あぁ、ダメだ。その敬語が気に食わない。いつものクソ生意気な野郎言葉を聞かせろ」
「え……」
「口調をいつもの調子に戻したら、魔界騎士の儀式を行ってやると言ってるんだよ」
「「「ふふ」」」
「にゃお~」
アドゥムブラリ以外の皆は笑顔をみせてくれた。
「……ワカッタ。主、俺を魔界騎士にしてくれぇ!」
「おうよ、そうでないとな! あははは」
「ふはは!」
互いに笑った。
アドゥムブラリは途中でキッと視線を強める。
「それじゃ、宣誓は真面目にいく! 陛下専用の魔界騎士として、命を捧げることを、魔命を司るメリアディ様にかけて誓います!」
「おうよ!」
<血道第四・開門>――。
<霊血装・ルシヴァル>を発動。
<血霊兵装隊杖>の血の錫杖を頭上に浮かせながら――。
全身を光魔ルシヴァル宗主専用吸血鬼武装で固めた。
そして、右手に魔槍杖バルドークを召喚――。
アドゥムブラリの右肩に魔槍杖バルドークを当てた。
「――俺も誓おう。いかなる時もアドゥムブラリに居場所を与えると。そして、お前の名誉を汚すような奉仕を求めることもしない。自由の精神を大事にする。これを、この魔槍杖バルドークとすべての神々にかけて誓う」
「ハイッ! イエス・ユア・マジェスティ――」
魔槍杖バルドークを消した。
頭を上げたアドゥムブラリは片頬を上げて、にやりと笑みを見せた。
「主、気合いを入れろよ? 俺の魔界騎士の証明を晒すぜぇ――」
己の体の防護服を消すと胸元を晒す。
半透明の大きい首当てが、浮かぶように出現。
中央の宝石には車軸とホイールと壺ヤナグイが重なった不思議マークが浮いている。
「主、<魔心ノ紅玉環>だ。頼む」
「――分かっている。真顔デ、ミツメルナ――」
片言となりながら半透明の大きい首当ての<魔心ノ紅玉環>に魔力を込めて――。
アドゥムブラリの胸に押し込む。
「ぐぉぉ!!」
――魔力をかなり消費した。
アドゥムブラリの胸にルシヴァルの紋章樹が薄らと刻まれた。
更に、大きい首当てが出現。首当ての中央にある赤い宝石が光を発しながら、ルシヴァルの紋章樹と紅玉環と両翼を模っていく。最終的にそれらがミックスされた魔宝石が出来上がった。
その魔宝石を基点に防護服がアドゥムブラリの全身に展開される。
刹那、首の<夢闇祝>がズキッと痛む。血が流れた。
またか、今度こそ悪夢の女神ヴァーミナ様の来訪か?
が、ない。
魔侯爵だった存在が魔王級に躍進を遂げるというアドゥムブラリの復活に、そのアドゥムブラリを改めて、俺の魔界騎士として迎え入れたと知ったら驚くかな。
アドゥムブラリはグラドの時と同じく蒼い双眸を充血させていたが、直ぐに元の色合いに戻した。
そのアドゥムブラリは綺麗な金髪の髪を靡かせるように立ち上がる。
赤色の短剣を両手に召喚し、構えると、
「――主ぃ、俺は<武装紅玉・王獄剣弓師>の戦闘職業を得たぜぇ!」
「武装紅玉か。訓練の模擬戦では短剣に剣が得意だったが、戦闘職業の名に弓があるということは、弓も使えるのか」
「あぁ、実は万能。戦を重ねているのは伊達ではない。それに主のお陰だ……更に――」
アドゥムブラリは頭部の上半分を覆うようなお洒落な兜を装着。
仮面にも見える兜だが、視界は大丈夫らしい。
揉み上げと両耳の下に後頭部から、赤茶色が混じる金髪が見えていた。
双眸と額の位置には赤く光る眼のような魔宝石が五つ付いている。
アドゥムブラリは、その五つの魔宝石の眼を光らせた。
同時に右腕の甲の魔宝石も光る。
刹那、アドゥムブラリの右横に、壺ヤナグイの矢筒が出現。
その矢筒は浮きながらアドゥムブラリの背中に装着された。
アドゥムブラリは両手の短剣を消すと、その両手から闇色の炎を生み出した。
その両手から発せられている闇色の炎は眼前に伸びていき、二つの闇の炎はアドゥムブラリの眼前で融合し、一つの大きな闇の炎となった。
「……俺を活かし続けてくれた主……己を痛めてまで、俺を解放してくれた主……その恩は計り知れない……俺なりに少し返そう……」
苦しそうな表情のアドゥムブラリはそう語ると……。
両腕から青白い魔力と赤黒い魔力と<血魔力>を発した。
眼前の大きな闇の炎に、その三つの魔力が伝わる。
と、大きな闇の炎は一瞬で何かの塊に変化。
塊は、車軸とホイールを模ってグルグルと回り始める。
同時にアドゥムブラリの前腕に嵌まっていた魔宝石が外れて上昇し、その眼前で回っている車軸とホイールのようなモノと重なり融合――。
「アドゥムブラリは錬成を行っている?」
ヘルメがそう発言した直後――。
融合していたモノが指輪となる。紅玉環か?
「主、これを――」
その出来たばかりの紅玉環と似た指輪を放ってきた。
「受け取ったが……」
「ハッ、いいから嵌めろ」
「はは、先ほどの真似か」
「ははは、そうだよ、さっさと嵌めやがれ、俺の唯一無二の主」
「了解した」
シンプルな翼と壺ヤナグイの造形がある指輪を嵌める。
刹那、指輪から魔力が流入――。
ピコーン※<アムシャビスの絆>※恒久スキル獲得※
※<武装魔霊・紅玉環>と<アムシャビスの絆>が融合します※
※<武装紅玉・アムシャビス>※恒久スキル獲得※
※<早口>※スキル獲得※
※<空の篝火>※スキル獲得※
※<武装魔霊・煉極レグサール>※スキル獲得※
※<煉極短剣陣>※スキル獲得※
「おぉ、<アムシャビスの絆>を獲得。<武装魔霊・紅玉環>と<アムシャビスの絆>が融合して<武装紅玉・アムシャビス>に変化した。更に<早口>と<空の篝火>と<武装魔霊・煉極レグサール>と<煉極短剣陣>のスキルを獲得した」
「なんと!」
「おぉ……」
アドゥムブラリは、
「<武装紅玉・アムシャビス>の指輪があれば俺と思念で会話が可能。<早口>は言語魔法の詠唱が素早くなる。主は水属性の魔法の無詠唱が可能だから、あまり必須ではないな。<空の篝火>は、小さいが<アムシャビスの紅光>と似た領域を空に現す印を生み出せるスキルだ。要するに主と俺はアムシャビスでもあるってことだ。<武装魔霊・煉極レグサール>は、俺が愛用している赤い魔剣だ。短剣、長剣、大剣に変化が可能。昔、レグサールという名の諸侯がいた。レグサールは愛する嫁に裏切られて武装魔霊になってしまったという逸話があるが、まぁ気にするな。で、<煉極短剣陣>は無数の煉極短剣レグサールを繰り出せる飛び道具の一種だ。主には、<朱雀閃刹>や<仙玄樹・紅霞月>に<鎖>、魔法もあるからそこまで必須ではないが、ま、選択肢が増えるのはいいことだからな」
「「おお~」」
「俺に複数のスキルを……」
アドゥムブラリは照れくさそうに頬を掻く。
そのアドゥムブラリに、
『思念はこんな感じか』
『あぁ』
と思念会話を行い、
「なるほど、アドゥムブラリ、ありがとう――」
手を差し伸べた。
「ハッ、また俺を泣かせるつもりかよ。俺のほうこそ、ありがとうだ――」
アドゥムブラリと握手。
配下というより、友といった感覚だ。
互いに笑顔となって手を離した。
ヘルメは、
「魔王級となったアドゥムブラリ……すべての能力が上昇したようですね。見た目は勿論ですが、印象がかなり違って見えますよ」
そう発言すると、アドゥムブラリは頷いて、
「おう、分かっている。主のお陰だ」
ヘルメと沙羅貂は俺を見る。
アドゥムブラリは、
「主は己の魔力、精神力、生命力を盛大に削って、俺にくれたことになる。しかし、紅玉環は武装魔霊だが……あれほどまでの濃密な魔力と精神力に生命力を紅玉環に詰めて俺に差し出せる方法は……主は何かのスキルを用いたのだろうか……それとも、先ほどの修業の結果、それを為すことが可能となったのだろうか……」
そう分析してきた。
「獲得したスキルも活かし、様々なスキルの組み合わせが成功した。同時にアキレス師匠のお陰だ。魔技三種の修業が活きたと言える」
「魔技三種……<魔闘術>、<導魔術>、<仙魔術>か……なるほどな」
ラ・ケラーダ。アキレス師匠に再会したら、報告しよう。
俺が魔界セブドラに突入し、上級神の一柱を倒してしまったこと、信じてくれるかな。
師匠、ラグレン、レファ、ラビさんの驚く顔を思い浮かべてから、更に、
「修業中には、魔界セブドラの大気と一体化したような感覚もあった」
そう言うと、アドゥムブラリは鋭い眼差しで俺を捉え、
「……魔界セブドラが主を歓迎してくれたのかもしれないな。狭間の穴にも遭遇している主だからなんとも言えないが……」
「はい。狭間の穴を見ているだけに、そのことで一抹の不安を覚えました。<血魔力>の蓮に座禅しながら<無影歩>を使用したように突然閣下は消えた。何処かに転移してしまったのかと……」
ヘルメが不安と言うより不満そうに発言。
沙が頷き、
「消えた……危なそうな修業だな?」
と聞いてくる。
頷いて、
「……血魔力時空属性系が作用したのかもな……」
そう言うと、
「……時空属性、器様は修業中、集中力が非常に高まります」
「器様の修業に対する気持ちは純粋ですが、それが逆にわたしたちを不安にさせる」
「ふむ。羅と貂に精霊よ、それは置いていかれるような思いなのであろう?」
「「「はい」」」
「分かる。妾はいつもそれだ。<御剣導技>を学んでほしいのに……」
そう発言した沙はジロッと俺を見てくる。
皆に笑顔を見せるように、
「修行と修業は大事だ。ってことで、アドゥムブラリと皆……その<血脈冥想>からの流れを、直に見せてやろう」
「おう! この目で直に見させてもらう!」
アドゥムブラリの言葉に頷いた。
全身を巡る魔力と<血魔力>を活性化させた。
そして、血の座禅から、
「――まずは<血脈冥想>から――」
皆、暫し沈黙。
一瞬意識が遠く――魔界セブドラと融合したような感覚となる。
「うあ、本当に消えた――」
「閣下!」
「「……」」
直ぐに意識を表層に出すと、
「おぉ、また現れた。それが<血道第五・開門>も関係する血の座禅で、<血脈冥想>! 修行に見えるが、攻撃を回避するのに使えるのか?」
アドゥムブラリがそう聞いてきた。
面白い発想だ。
「その発想はなかった。今度試すかもしれない」
「<無影歩>とはまた違う気配殺し!」
ヘルメの言葉に頷いたが、あの消える効果は……。
「<血道第五・開門>と関連の深い<血脈冥想>のスキルは、<瞑想>の名があるように魔力の回復を促す。しかし、それは副次的な側面に近い。<血脈冥想>の本筋は、これからの血道の発展には必要不可欠な修業スキルのようなんだ。そして、血道の第五・開門は名の通り第五だが、第一層の関門のような感じと言えばいいか……」
皆、俺の発言を聞いて考えるように黙った。
アドゥムブラリは、
「まさに、略して第五関門か。すべてに通じる。光魔ルシヴァルの血道とはどこまであるのだろう」
「分からない……吸血神ルグナド様は<血道第八・開門>を使っていたから……上には上があるだろう」
「ふっ、武人の主らしい発想……」
アドゥムブラリも嬉しそうだ。
端正な顔立ちだから、魔侯爵時代は、女にモテたとよく分かる。
ヘルメたちも笑顔を見せて、
「閣下らしいです」
「途方もないが、器らしい槍使いの気概じゃな」
「にゃ~」
「ふふ、あ、槍使いと、黒猫ですね?」
「にゃおぉぉ~」
はは、屈んだ貂と相棒はハイタッチするように肉球と人差し指を合わせていた。面白いが、貂の魅惑的な太股とふんどしのようなパンティが少し見えているがな。
いかん、直ぐに視線を逸らし、今は――。
「続きを見せる。貂と黒猫もいいな?」
「あ、はい――」
「ン、にゃ~」
貂は姿勢を正してくれた。和風の黒色の単衣越しに巨乳の膨らみが見えたが、あまり見ないで――。
「<光魔血仙経>、<滔天魔経>、<魔経舞踊・蹴殺回し>を実行――」
「――左右の蹴りから宙空回し蹴り乱舞か!」
頷きつつ――右腕と左腕の掌で――。
<血仙掌打>を交互に前方へ繰り出した。
「閣下の血の分身が同じ掌底を!」
「器の体から血の分身的なものが出たぞ――」
皆の声を感じながら想定した敵目掛け――。
<血仙掌打>を繰り返す。右の掌底で、敵の拳を弾き、左手の掌底で敵の顎を砕く――。
「器様の掌底の動きと機動が速い! 本体に分身が追いついていないことで、分身スキルに見えます!」
羅の歓声のような声が可愛い。
が、右斜め前に敵がいると想定――。
その右斜め前に想定した敵は魔剣師。
魔剣で俺の首を突くように狙ってきた。
その剣の突きを風槍流『異踏』を実行し、軸をずらして切っ先を避けた直後――。
素早く<血仙瞑貫手>の貫手を実行――敵の脇腹から胸を貫いた<血仙瞑貫手>――。
刹那、胸を貫いた敵の左右後方から更なる敵が近付いてきたと想定――。
<仙魔・桂馬歩法>を実行――。
斜め前に跳ぶような機動で、左右の敵に近付く。
左手前の敵の<刺突>のような攻撃を掻い潜り、<光魔血仙経>の<血仙拳>を繰り出した。
敵の胴体を<血仙拳>が捉え、破壊。
続いて、右側にいた魔剣師が繰り出した袈裟斬りを――。
爪先半回転で、魔剣師の右斜め横へと回るような回転で避けたところで――。
<滔天魔瞳術>を発動。魔剣師の動きを一瞬だけ封じた。
直ぐに敵の顔面目掛け<血仙拳>を繰り出し、<血仙拳>で敵の顔面を潰す。
――続けて俺に真正面から近付いてきた敵の魔剣師がいると想定。
その魔剣師が突き出してきた切っ先を凝視――。
そのまま<水月血闘法・水仙>で血の分身を発生させる避けスキルを実行――。
<刺突>のような突剣を横に避けてから――。
魔剣を突き出していた敵の胸元を、俺の<血仙拳>が貫く。
その魔剣師が倒れる幻影が見えた。
<血仙拳>は繰り出す度に洗練される。
ピコーン※<光魔形拳>※恒久スキル獲得※
おぉ、恒久スキルを獲得!
「今、拳を繰り出す速度が槍の一撃に見えました――」
ヘルメも俺の真似をするように水を纏う拳を突き出している。
「おう。そして、今<光魔血仙経>に連なる<血仙拳>を繰り返していたら<光魔形拳>の恒久スキルを獲得した」
「「なんと!」」
「修業すればするほど強くなる!」
皆に向け頷きながら訓練&披露を続けた。
――<光魔形拳>は一種の型か?
――<血仙拳>を繰り出す。
<血魔力>を纏う左右の拳が、想定した敵の頭部と体を捕らえた――。
続いて、掌底を突き出していく。
前進するような動きがある<滔天拳>と<滔天肘打>も交互に繰り出した。
――<滔天拳>と<滔天肘打>の大本のようなスキルは得られないか。
<光魔形拳>的なスキルが得られるかと思ったが……。
回転しながら体の動きを止めた――。
皆、拍手してくれた。
アドゥムブラリは、
「魔界セブドラの大気を取り込むような座禅修行と、修業の成果が、今の格闘術……水神アクレシスの加護に玄智聖水の法異結界の液体に……<水月血闘法>の経験、あ、<水月血闘法・水仙>も獲得しているから尚のことか」
「おう、そうなる――<滔天肘打>――」
皆の前で、前進しながら肘の打撃スキルを繰り出した。
八極拳の頂肘のモーションと似ている。
風槍流なら『片折り棒』のステップ。
水飛沫にも打撃効果がありそうな攻撃が<滔天肘打>だ。
「……ひゅぅ~肘の打撃か。相手の打撃を封じる動きもあるように見える……格好良い!! なんか、体を取り戻したし、燃えてきた! ……外を歩いてくるぜ! 俺はもう自由だからな?」
アドゥムブラリは力強く語ると腕を掲げて宣言。
「アドゥムブラリ、破壊された大地やメリアディ様の勢力を目指すのですか?」
「あぁ、それもあるが、同時にアムシャビスの光玉と荒神反魂香を探すつもりだ。が、それは後回し。今は主たちのことを手伝うぜ。じゃ、下に向かう!」
「いきなりの見知らぬ金髪野郎の登場だ。デラバイン族たちに攻撃されないようにな」
「ふはは、いくら攻撃されようと、今の真・アドゥムブラリには効かん! すべて対処してくれるわ! 神獣、お供せよ!」
「にゃご!」
相棒は真・アドゥムブラリに気合い溢れる声で返事をすると、共に階段を下りていく。
階段の踊り場が見えている、この室内の半透明なドアは開きっぱなしだ。
一見は硝子にも見えるが魔法と物理防御能力が高い素材かもしれない。
すると、その階段にバーソロンの姿が見えた。踊り場から室内に入ってくる。
アドゥムブラリとすれ違ったと思うが、どう見えたんだろう。
バーソロンは沙羅貂とヘルメに会釈してから、俺を見て、足から頭部を二度見直す。
「――陛下! 防護服が変化を?」
「あぁ<血道第五・開門>と<血霊兵装隊杖>を獲得したんだ」
「おぉ、吸血鬼系統の新たなスキルの獲得!! あ、おめでとうございます――」
バーソロンは嬉しそうな表情を浮かべてから、片膝で地面を突いて頭を下げてきた。
「ありがとう。頭を上げてくれ。広場にデラバイン族と魔傭兵が集結したのかな」
「はい、集結しました。同胞は騎兵となった護衛兵を合わせ約二千前後。魔傭兵と傷兵も合わせますと約三千。我と護衛兵の状況と魔皇獣咆ケーゼンベルス様の同盟は皆に説明済みです。ケーゼンベルス様も吼えながら説明してくれました。お陰で統率力が上がったような印象です。更に、我は断ったのですが、我らに与した魔傭兵のラジャガ戦団の団長ミジャイ・ド・ラジャガが、しつこく陛下と面談したいと強い申し入れをしてきましたので、ご報告しておきます。そして、バーヴァイ平原の右【古バーヴァイ族の集落跡】の方面からテーバロンテの残党軍の撤収兵がチラホラと出現しているようです。マセグド大平原などの戦いが決した可能性があります」
「了解した。魔神殺しの蒼き連柱の影響で進軍が遅れている理由も推測できたが……各地域の戦場も一筋縄ではいかないか。では、その魔傭兵ラジャガ戦団の団長ミジャイ・ド・ラジャガと会おう。そこから源左サシィの領域に向かおうと思う。バーソロンは源左サシィと会ったことは?」
「ありませんが、【メイジナの大街】と【サネハダ街道街】の有力魔族の大魔商なら何人か知り合いがいます。その魔族たちとのコネが、源左サシィたちとの交渉の材料になるかもしれないと愚考します」
バーソロンは頭がいい。
「【メイジナの大街】と【サネハダ街道街】の有力魔族か……その街は結構発展しているのかな」
「はい、神々や諸侯ではないですが、奪い合うよりも天然資源の取り引きを行ったほうが効率がいい魔族たちもいますからね。戦闘能力の低い魔族を中心に発展した大きな街がメイジナ大街とサネハダ街道街です。名のある魔商や大隠は多い」
大隠は市に隠るという言葉がある。
そして、源左サシィかレン・サキナガの何方かは、味方につけたいところだ。
マーマインと敵対している源左サシィのグループは交渉のチャンスかもしれない。
【源左サシィの隠れ洞窟】の前にはマーマインたちがいた。
マーマインと戦争中の流れから、源左サシィの隠れ洞窟がマーマインに占拠された状況と予測できる。
その辺りを交渉でつつけば……。
少しでもデラバイン族たちの味方を増やしたい。
前門の虎、後門の狼になるような状況は避けたいからな……。
農業も気になる。水源を活かした水田かな。
環境的に峡谷もあったから、段々畑か。
揚水水車などを使った水利設備と用水網を活かした農業を行っているのなら、かなり文化レベルが高い。魔銃が火縄銃のような武器だったら……。
そんなことを考えつつ、
「……察しが良い。なら源左サシィたち、人族と魔族のハーフの種族が暮らす〝槍斧ヶ丘〟まで案内を頼もうか」
「ハッ、お任せを!」
「その間の、この城の指揮権だが……バーソロンの護衛部隊に指揮を任せられる存在はいるか?」
「何人かいます」
「なら、下に行こうか。広場に集まっている魔傭兵に角鬼デラバイン族たちに挨拶しておくから、その時、バーソロンが居ない間の指揮を任せられる者の紹介も頼む」
「はッ――」
「ぐぬぬ、器が立派な魔君主に見えてしまった!」
沙は顔を真っ赤にしながらそんなことを発言。
俺が視線を送ると、ふるふると双眸を震わせてからそそくさと階段を下りていく。
「――沙ったら、素直じゃないんだから、【天凛の月】の盟主の時の顔は妾は好きだと言ってたくせに……」
「――な、貂、妾は先に行く!」
と既に階段を下りている沙が発言。
「ふふ、神聖ルシヴァル大帝国の魔皇帝の道は始まったのですから当然です」
「はい。でも、器様の場合、『あ? あぁ、魔皇帝? もう隠居したから、二代目はヘルメだ。じゃあな』と言いそうです」
羅、鋭い。
羅の双眸は網模様で特殊だから、千里眼を持つような印象だ。
ヘルメは真に受けているのか、俺を見て、
「閣下……」
「はは、常闇の水精霊ヘルメ。神聖ルシヴァル大帝国の参謀長なんだろう? これからも頼りにしているぞ。さぁ、下に行こう。グラドとツアンもそろそろ戻ってくるだろう」
「はい!!」
「あ、陛下、グラド殿とツアン殿は、広場にいます。ケーゼンベルスの眷属の狼に騎乗している護衛部隊と会話していました」
「お、分かった。皆、行こう」
半透明な開かれたドアを抜け、踊り場から階段をさっと跳躍――階段の低空を飛翔するように階段を下りていく。
一階大ホールに到着。
デラバイン族たちはこの場にはいない。
皆、広場か。
アドゥムブラリと相棒はそこで模擬戦を繰り広げていた。
赤い短剣を魔剣に変化させながら、触手骨剣を払いまくって側転を行い、相棒の追撃を軽やかに避けていくアドゥムブラリ。
「俺と幼なじみが密かに集めていた魔霊装備にはレプリカも多い! が、レプリカとはいえ、俺の成長で強まっている! 神獣の爪剣に対抗可能!!」
アドゥムブラリの綺麗な金髪から虹色の魔力が迸っていた。女に見えるから困る。
「アドゥムブラリ、ロロ、広場に出るぞ」
「にゃ~」
「了解――」
続きは明日を予定。
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