第七篇 「1秒後の君の姿」
『僕、アロンっていいます。大予言者であると有名なアルビさんに弟子入りしたくてやってきました。どうか、僕に予言の伝授をお願いします』
元気よく、わたくしの新しいページに文字を綴られる、今日のお客様。
なんと、アルビさまに弟子入り志願をなさっておられます。
彷徨える迷い人に道を示すアルビさまのお仕事、何だかんだいいながら、評判みたいでございますな。
有名になれば必ず一人や二人、その魔力や才能に惹かれる熱狂的な信者が現れます。
アロン様は、そのお一人なのでしょう。
ですが、当の本人アルビさまといえば……。
『え、あ、いや……大予言者なんて……何だか照れるな』
照れている場合ではありませんぞ、アルビさま。
何と言っても、アルビさまのなさっている仕事は、迷い主の未来を暗示し、かつ解決に導ける相応しい物語を提供する動作でございます。知識的にも、能力的にも、並の人間にこなせる作業ではありません。
アルビさまだから、できるお仕事なのです。
『悪いんだけど、僕は弟子は取ってないんだよ。と言うより、予言や占いの力は、僕が生まれ持って会得していた先天的なものだから、人に教えるなんて無理なんだ』
『そんな、じゃあ、僕はアルビさんみたいな予言者には、なれないのですか? 何でもしますから、僕にもできそうな簡単な予言とか、教えてくださいよ』
『無茶いうね、君も。だいたい、どうして預言者になりたいんだい?』
『だって、未来が分かれば、安心して暮らせるじゃないですか。しなくてもいい間違いを冒さずに済むし、大切な人の危機も救える。それこそ、この目に映る全ての人を……。でも、勘違いしなでくださいね。決して、占いで大儲けしようなんて、考えているわけではありませんから』
急ぎながらも、必死で文字をお書きになるアロン様。
単純な動機ながら、その曇りなき筆跡が、彼が純粋な気持ちを抱いて預言者になりたいと思っている事実を裏付けております。
ですが、そんな未熟な考えに心を動かされるほど、アルビさまは安っぽいお方ではございません。
『本当に未来が分かれば、大切な人を助けられると思う? 誰もが安心して生きられると思うかい?』
『もちろんです! 僕の父親は、あと一日早く病院に行っていれば、入院せずに済みました。母親も、料理の最中に指を切るとを知っていたら、その日は包丁を握らなかったでしょう』
『成る程。じゃあ君に、いい話をしてあげよう』
『あっ! いつもの不思議話ですね? 噂に聞いていたので、一度、見てみたかったんですよー。結構おもしろい、って評判ですから!』
『…………』
アルビさまは、次のページに新たな物語を綴り始めました。
◆ ◆ ◆
公園で、よくすれ違う少女がいた。
名前も知らない、好みのタイプという訳でもない。
全く、赤の他人の少女。
長い髪を三つ編みにし、近所の女子高の制服を着ている。
どうでもいいはずなのに、とても気になっていた。
――少年には、その少女の未来の姿が見えていた。
未来と言っても、何年も先の未来ではない。
一秒。
たった一秒先の、少女の姿が、残像みたいに擦れて見えていた。
そんな現象が起こる対象は、少女だけ。
他のものは、至って普通なのに。
だから余計、気になった。
ある日、少年は少女とすれ違った。
少女は少年の存在を知らないので、特に気に懸けるでもなく、通り過ぎていく。
すれ違いざま、少年には見えた。
1秒後、少年の後ろにいた野良犬に、少女が噛み付かれる姿が。
「危な……」
慌てて振り返ると、丁度少女の手さげカバンに犬が噛み付いていた。
振り払おうとするが、犬はびくともしない。
困っている少女を、少年は助けた。
手に持っていた通学カバンを振りかざすと、犬は脅えて逃げていった。
「あ、ありがとうございました」
少女の謝礼の声が、エコーがかかったみたいにダブって聞こえる。
今の声と、一秒後の声が競争して、共鳴している。とても奇妙に感じた。
「あ、いや、気をつけてね」
少年に頭を下げ、少女は小走りに去って行った。
この時、少年はふと思う。
一秒先の姿が見えたって、少年にはあの少女を助けられないのでは、と。
もし、少女の身に、命に関わる危険が起こっても、行動する時には既に一秒経っていて、ただ見るだけと変わらない。手も足も出せずに、何もかも終わってしまうのではないか。
そんな結果では、何の意味もない。
せっかく、人の未来が見えるのだから、無傷で助けたい。
そう思い、少年はもっと先が見えるように修行と研究を繰り返した。
精神統一をしてみたり、少女の姿を想像してみたり、時間について調べてみたり。
その効果が表れた、のかどうかは分からないが、少年の中で少しずつ何かが変わり始めた。
側を通りかかった、例の少女をふと見てみる。
ダブって見えた姿と、今の姿とのギャップが、以前より激しくなっていた。
時には、2秒の差があったり、5秒の差になったり。
確実に変化の兆しがある。そう確信した少年は、更に研究と修行を繰り返し、少女のかなり先の未来まで見られるようになった。
残像に近かった未来の姿も、だんだん濃く、見やすくなった。
これで、いつでも少女を助けられる。
そう確信した時。
事件は起こった。
横断歩道を、少女がのんびりと渡っている。
色々と身辺を調べているうちに、少女はとても、おっとりした性格であると分かった。
信号機のない横断歩道に、急ブレーキがほとばしる。
いきおいよく走ってきたトラックが突っ込んできた。
トラックにぶつかり、跳ね飛ばされる少女。
でもそれは、未来の話。
今なら助けられる。
少年は駆け出した。
「危ない、離れるんだ!」
少女を追いかけ、少年は横断歩道に入る。
突貫したものの、ふと、横断歩道に誰もいない現実に気付く。
慌てて辺りを見渡すと、横断歩道の入り口に、まだ渡る前の少女が立ち尽くしていた。
呆然と、少年の姿を見ている。
「え………」
少年は悟った。
未来を見過ぎていたのだと。
思っていたよりも先の未来を見ていたので、時差に気付かなかった。
それを認識した直後、急ブレーキが横断歩道に迸る。
少年の身体が、宙を舞った。
慌てたて駆け寄ってきた少女と、周囲にいた人の声が微かに聞こえる。
数分後に来る予定の、救急車のサイレンの音が耳に響いた。
幻聴みたいに、響いていた――――。
◆ ◆ ◆
『どう? 未来が分かっても、いいことばかりじゃないんだよ。未来が見えたところで、変えられなければ何の意味もない。予言の力と未来を変える力は、全く別物だからね。世の中はそう、うまくはいかないようにできているんだよ』
アルビさまはお話を書き終えて後、再びアロン様を諭されました。
『いやー、すごいですね。その迫力っていうか、ノリっていうか。よく分かりました。大事なのは、予言の方法を覚えて人に教えてあげる行為ではなくて、いかに人にとって、この先有意義になる話をしてあげるか、なんですね。予言なんかに頼らなくても、アルビさんみたいになれるよう、がんばります! 僕的にはペテン師が一番近いと思うんで、努力してみます』
『ちょ……ペテン!? 僕は嘘をついているわけじゃ……』
『あー心配しないでください! 誰にも、アルビさんがペテン師だなんて、いいませんから!』
『だから違………』
アルビさまは慌てて弁明の文字を書いていらっしゃいましたが、アロン様は嵐の如く、去っていかれた後でございました。
最近は、暴風雨みたいな突発的なお客様が多くてございます。
『僕って、そんな悪者風に見られているのかな……』
ひどく落ち込んだ様子で、アルビさまは弱々しい文字を刻んでおいでです。
『心配ありません、アルビさま。もともと、占い業なんて非科学的職業に就いている方は、とかく偏見を持たれがちです。それに、本当にアルビさまがペテン師でも、わたくしはアルビさまの味方ですぞ』
『……燃やすよ、NO TITLE』
それだけはご勘弁ください。
灰になるなんて、本として最大の恥でございます。
今日のアルビさまはご機嫌斜めでございますので、この辺でお開きにしましょうかな。
さて、次はどのようなお客様が、わたくしの身体を、知識を満たすきっかけをつくりに来てくださるのでしょうか?
これからも、皆様のご来館を心からお待ちしておりますぞ。