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第五篇 「英雄連結定理」

 はるか昔、神に選ばれた勇敢で心優しい若者がいた。

 若者は勇者と呼ばれ、神の敵である魔王を倒すために神に選ばれた。

 数々の苦難を乗り越え、志を同じくする仲間たちとともに、見事魔王を倒して見せたのだ。

 人々は長い束縛の生活から開放され、勇者を、神をあがめ、心から感謝、祝福した。

 誰もが幸せに浸る尊い時間。

 その時、疑問を持った者がいた。他でもない勇者だ。

 神は世界を作ったこの世で最高の存在。

 なぜ神は、その唯一強大な力を用いて、悪を滅ぼそうとはしなかったのか?

 こんな、いつ死ぬかわからない人間にやらせるよりも、ずっと早くて確実だろうに。

 そんな疑問を投げかけると、仲間たちはこんな返答をした。

「神の持つ力は、我々の信仰心を糧に威力を増す。

 魔王に支配され、神への信仰を禁じられたものの数が圧倒的に多かったため、神の力が弱ってしまっていたのだ。

 一度は、神も魔王に敗れたと聞く。

 だから、人間に頼るしかなかった。人間は、魔王に太刀打ちできるだけの愚かさと、それに伴う強さを持っていた。

 それだけのことさ」

 つまり、こう言う事になる。

 神は、魔王より弱い。

 そして、魔王は勇者より弱い。

 では勇者は? 勇者は神より強いのだろうか、弱いのだろうか。

 この若者に力を与えたのは神だ。したがって、神のほうが強いということになるらしい。

 しかし、その力で魔王を倒したとなれば、勇者より強い神は魔王よりも強いということにはならないのか?

 いくら力が弱まっていたとはいえ、弱いときに与えられた力が強いはずがないからだ。

 勇者は考えた。何が正しい? この矛盾した関係には何か意味があるのか?

 勇者は気づいた。まだやっていないことがある。

 神は魔王と戦った。

 魔王は勇者と戦った。

 しかし、勇者は神と戦っていない。

 勇者は立ち上がった。愚かにも神に戦いを挑むために。


「神よ、私は証明したい。

 この世界で、頂点に立つのが何者かを。

 魔王は去り、あなたの力は戻った。その力が最強なのか?

 私はそうは思わない。なぜなら、本当に強いものは、何者の影響にも左右されない、完全なものだからだ。

 私と戦ってください。今こそ、本当に真に強いものを決めるべきです」

 長い旅だった。神を探しに出たものの、姿をくらました神は、なかなか見つからない。

 やっと見つけたその時、勇者はそう言い放ったのだ。

 とてつもない執念で居場所を突き止められ、逃げ場を失った神は絶望した。

 神は、人の信仰心の量で存在は大きくなるが、内に秘めたる力は、魔王よりも弱い。

 しかし、これ以上存在意義を失いたくなかった神は実験したのだ。

 自分より強い魔王よりも強く、かつ自分よりも弱い存在を。

 しかし、実験は失敗。やはり、世界で最強のものを作ることしかできなかった。

 だから神は、そのものが魔王より強く、神より弱いと思い込ませることにした。

 それに適していたのは、詳細な感情表現を可能とする進化を遂げた人間だった。

 人間は神を崇拝する。そんな人間が、自分が神より強いなどとおごり高ぶることはないだろう。

 そう思っていたのだが。

 事態は悪化した。数々の死地を自分の手で潜り抜けてきた勇者は、神にすがるという行為を破棄していたのだ。

「いざ、尋常に勝負!」

 勇者は、悪しき者を消し去る退魔の剣を神に振りかざした。

 そして神は―――

 戦いの結末を知るものは、どこにもいない。



◆ ◆ ◆



『やがて、我々は真に最強となった勇者さまを崇めるべく、スペスペアパパラウケケ教を設立、勇者のために尽くしてきました。

 未だに神を崇める異教徒を相手に激しい戦いを繰り広げ、少し勢力が衰えております。

 いかかでしょう、あなた様のような大予言者さまが我々の仲間になってくだされば、勇者教会の繁栄は確実!

 明るく素晴らしい栄光の明日が約束されるのです』


 今日のお客様は、悩める子羊さまではございません。

 自分よりも高貴で偉大なものにすがりつき、財力にものをいわせて、幸せと喜びを分け与えてもらっておられる、信者さまです。

 どうやら、アルビさまの名声をお聞きになり、はるばる勧誘にやってこられたのですな。

 ですが、アルビさまがそんな話にお乗りになるとは思えませんが。


『勇者教なんて初めて聞きました。

 ですが、教会に入っても、私がお力になれるとは、まず思えませんが』

『いやいや、謙遜なさらないでください。

 あなた様みたいな偉大な方は、世界中探しても、この魔導図書館にしかいらっしゃらない。

 もちろん、無償でお力添えを願うなんて罰当たりな所業はいたしません。

 ……これくらいでいかがです?』

『残念ですが、いくらお金を積まれても、私にはあなた方の宗教に入れないのです』

『なぜですか?』

『なぜなら、私はすでにモレレオペケレシャシャシャ教の信者だからです』

『なんと! すでに別宗教の息がかかっておられましたか。

 ですが、聞いた覚えのない宗派ですな。

 指導者はどんな方ですか?』

『指導者は私です』

『なんと! すでに自分を開祖とする宗派を開いておいででしたか。

 流石は大預言者さま。それにしても、あまり活動しているお噂を耳にしませんな。

 信者はどのくらいで?』

『いません。私一人です。ついでに、ついさっき作ったばかりの宗派なので、まだ活動していませんし、するかどうかも未定です』

『……なるほど。何が仰りたいかは、よく分かりました。

 無駄足でしたな。失礼つかまつります』

 熱心な信者さまは、お帰りになりました。


『たまには、ああいうお客も、面白いね』

 楽しそうなご様子のアルビさま、でございます。

『ですがアルビさまは、神様や勇者さまの力を、信じてはいらっしゃらないのですな』

 必要以上に強大な力を得ているアルビさまは、神頼み、という選択肢は持ち合わせていらっしゃらないのかもしれません。

 というより、この世界における力の限界というものを、熟知しておられるのでしょうか。


『神様はいるよ。魔王も、勇者もね。強大な力を持っていると、信じている。

 さっきの人の話、誇張してあるけど、実際のところ、本当の話だ。

 ただ、勇者が最強なんて理は、捻じ曲げられた思想だけれどね。

 実際、神は魔王より弱い。魔王は勇者より弱い。そして、勇者は神より弱い。

 要するに、じゃんけんの法則と同じなんだよ。

 ぐるぐる、ずっと回って、勝負がつかない。

 あいこなんてルールがあるように、実際は勝ち負けなんか必要なく、みんな平等であるものなんだ。

 本当に一番強いものなんて、一つもないんだよ。どれか一つを特別扱いして崇めるなんて、無意味だと思う』


 じゃんけんには、色々とズルなルールもあるそうですが。

 世界は等しい。その考え方が、一番合理的で平和なのかも知れません。

 その考えを持てないゆえ、人間の争いは絶えないのでしょうがな。


 さて、次はどのようなお客様が、わたくしの身体を、知識を満たすきっかけをつくりに来てくださるのでしょうか?

 これからも、皆様のご来館を心からお待ちしておりますぞ。

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