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第十二篇 「夢のない旅人はまだ……」

 突然ですが、皆様には夢がおありですか? 夢とは、なんだと思いますか?

 お分かりだと思いますが、眠っている時にみるアレではございませんよ。

 将来について、心に思い描く望みを、夢と呼ぶのです。

「人が夢見ると書いて儚いと読む。」なんて、夢のない作者はほざきますが、わたくしには、よくわかりません。

 ただ、夢は勝手に来てくれるものではないと思います。

 自分で歩いて、探し回って、初めて見つけられるものだと。

 待っていれば、いつの間にか目の前にやってくる夢なんて、きっと浅はかなものに違いありません。

 苦労、努力せずして掴むものも、夢といえるかどうか……。政治家の子どもは政治家、医者の子どもは医者、といった世襲が、良い例だと思いますけれど。


 悶々と考えていると、まさしく、夢について迷っていらっしゃる方が、アルビさまの所へやってこられました。

 ページをめくったアルビさまは、冷静な文章をお綴り始めました。


『ようこそ、魔導図書館へ。ここへ導かれてやって来た方は、皆何かしらの悩みを抱えていらっしゃいます。もしよろしければ、あなたの悩みを私にお聞かせ願えませんか? あなたの力になることが、できるかもしれません』


 アルビさまのお言葉に、お相手の、悩みを抱えたお客様が、わたくしの身体に文字を刻み始めました。

 おやおや、なんとも神経質な字でございますな。余程、ストレスが溜まっていると見ました。


『僕はフーリといいます。僕の家は金持ちで、生まれたときから何不自由なく暮らしてきました。通う学校も、遊ぶ友達も、学ぶ知識の内容も、そして、進路さえも、親が決めた通りに進んできました』


 裕福な暮らしは羨ましい、と世間ではいわれますが。実際に恩恵を受けている人の話を聞くと、窮屈そうに感じますな。

 正直、そんな人生はつまらないと思います。確かに、親は子どもに立派になって欲しいと願うのかもしれませんが、それが子どもにとって良いのか悪いのかの区別がつかなければ、ただの親の自己満足ですから。


『僕は、こんな生活はおかしいと、常々思っていました。ですが、親に食わせてもらっている身で、我儘はいえず、結局、今まで成り行きで暮らしてきました。僕も、もうすぐ20歳になります。大人になります。それまでに、進む道が決まらないなら、父親の事業を継ぐことになるでしょう。どうすれば、僕は夢を見つけることができるでしょうか? ぜひ、教えていただきたいんです!』


 家という箱庭に閉じ込められたままでは、やりがいを見つけるにも、骨が折れそうですな。


『あなたは、自分の家を出て、一人で暮らした経験などはありますか?』

『いいえ、残念ながら、アルバイトなどもしたことがないです。学校までも、執事が車で送ってくれますから、自分の足で外に出た例も、ほとんど……』


 なんとも贅沢ですな。まあ、わたくしも外に出る機会はなく、いつも移動はアルビさまにまかせっきりですが。


『では、もう一つ。もし、あなたが夢を見つけられたとして、それを自分の力だけで実現させられる自信はありますか?』

『……自信は、ないです。でも、実現できなかったときの話なんて、考えたくもありません』

『そうですか。なら、一つ私の知っている話をお読みください。

 あなたみたいに、自分の思い通りの夢を見つけられない、叶えられない、ある若者の希望と、その結末を』


 アルビさまはわたくしに、物語を綴りはじめました。

 長い、そして、とても哀しい物語です。



◆ ◆ ◆



「君の仮説は、あまりにも現実からかけ離れている。ここは幻想を語る場所ではないだろうに。君は、あまり科学者として向いていないのではないかな?」

「現実からかけ離れているのは、あなたたちのほうだ。なぜ、旅人が存在し、突然動き出したり、動かなくなったりするのか、考えようともしない。私は調査を終えました。その結果、旅人は人間の夢に反応し、動くという仮説を立証できたのです!」


 若者は怒鳴った。目の前に並んだ机に偉そうに肘をつき、彼を見下す三人の老人を睨みつける。

 老人達と同じ姿をした、白衣の若者。彼の夢は、先の無い老者たちによって打ち消されようとしていた。


「旅人は、古い我らの先祖が遺した骨董品に他ならない。それらの神秘の謎を探るのは、考古学者の仕事であり、我々の仕事ではない。それより、遺伝子製造の基盤となる『ロク』の開発のほうはどうなっているのだ? 君は、その研究のためだけに、この学会で生かされているのだよ。研究を続けたければ、まず最優先すべき研究が何なのかから、調査すべきだね」


 話にならない。

 若者は、無言でその場を去った。



 若者は、ある理由と目的を持って、科学者になった。

 かつて、この世界には、今とは比べ物にならないほど高度な文明が栄えていた。

 その遺産の一つに、『旅人』と呼ばれる謎の巨大ロボットが存在した。

 旅人は、前人類文明の遺跡に数多く発見されたが、考古学者にはそれが何を意味するものなのか、さっぱりわからなかった。

 昔の人々が神として崇めたものであるかもしれないし、発達した文明を滅ぼしてしまった最終兵器だったのかもしれない。

 その正体を明らかにする方法は、科学の領域にあると悟った若者は、旅人の正体を明らかにするため、科学者の道へ進んだ。

 旅人の解明こそか、若者の夢だった。

 だが、現実は重く苦しかった。

 旅人は古代遺産。古代遺産は歴史の産物。歴史と科学技術は、裏表の存在といわれていた。

 二つの結合を、頭の固い科学者たちは認めようとしなかった。

 若者の才能だけは買った学者たちは、現在の科学技術の最先端、人間の複製へと力を入れていた。

『ロク』と呼ばれる、姿かたち、遺伝子までも相似した新たなる生命体を作ろうとしていた。

 若者は、その研究の第一人者として選ばれていた。しかし、彼の優先順位から見れば、そんなくだらない研究に興味はなかった。

 たとえロクが完成しても、大人どもの、ていのいい玩具にしかならないだろう。

 若者は旅人を調査。数年の努力の末、旅人が人の『夢』を糧にして動くのだと知った。それを学会で発表したが、耳を貸すものは誰一人としていなかった。

 彼は絶望した。そして、学者を辞めた。

 自分のしてきたことは、間違いだったのだろうか。だが、この熱意が無ければ、旅人に出会うことも、その秘密を知る機会さえなかっただろう。

 後悔はしていない。若者はたった一人で、道なき道を歩き出した。


 若者は、整った岩の柱が大量に建っている場所にやって来た。

 そこには、驚くほどの量の巨人が整列している。旅人だ。

 ――旅人の、始まりの場所。

 若者は、そう呟いた。

 そして、旅人の足元をなぞるように若者が進んでいった先に、美しい少女が立っていた。

 青い髪の、清楚な空気を持つ少女。若者は、一瞬で彼女に魅せられた。

 少女は振り返り、小さく笑い、若者に話しかけた。


「あなたも、自分の旅人を探しに来たのですか?」

「自分の、旅人……?」


 若者は、少女と旅人について話した。

 その少女は、若者の語る仮説一つ一つを静かに聞き、正しいことには大きく頷き、間違っているところには、優しく訂正を入れた。

 旅人は、この世界に生きる全てのもののために存在し、それらの望む夢を選び、それを原動力に歩き続ける。旅人が歩くとは、誰かが夢に向かって歩き出したことを意味する。叶うと夢見て、さその強い思いを原動力に、更に歩く。だから、夢を追う『旅人』と呼ばれているのだと。

 夢を叶え終えた旅人は土に還り、また新たな夢を見るために、生まれ変わる。

 これだけ多くの旅人が、起動もせずに眠っている理由は、その数だけの人が、夢を持てずに現世を彷徨っている証拠だ。

 少女は、その現状を嘆いた。

 なぜ、彼女がこんなにも旅人について詳しいのか、それは最後まで分からなかったが、若者にとって、少女との会話は、生まれてこのかた一度も味わった経験のない至福の時間だった。

 若者が彼女に魅かれ、愛しく思い始めるまでに、時間はいらなかった。


「――僕は、この世界に失望した。目の前の、当たり前のことにしか目を向けない頭の固い連中と付き合うのに、嫌気がさしたんだ。……旅人は、どこからやってきて、どこへ行くのだろう。僕は、それを追いかけてみたい。旅人が向かう場所を知り、その終着点で、彼らが何を成すのか、全てを見届けてみたい。ずっと、そう思っていた。……君に会って、決心がついたよ。僕は、旅人を何としても動かし、彼らの行く先について行く」


 その瞬間。若者の背後にいた旅人が、突然、上体を起こした。

 驚いた若者は、上を見上げる。すると、不思議と声が脳内に流れ込んできた。


『君を選ぶ。君は友達。君の夢は、僕の夢……。』


 旅人が、動いた。自分の夢が、旅人を動かしたのだ。

 とてつもない感動が、若者を襲う。そんな姿を見て、少女は笑った。


「あなたの旅人は、『イェンス』。あなたの夢を受けて、歩き始めることができました。よかった……」


 若者は驚き、感動する。自分の夢。それが、今旅人に命を吹き込んだ。

 旅人は言ってくれた。若者を選ぶと、友達だと。

 共に歩く、夢を得たのだと。

 ふと、若者は疑問に思う。少女の夢は、どんなものなのだろうか?


「……君の、君の旅人は、今どこにいるんだい? どこか遠くの地を、歩いているのかい?」


 少女は、首を横に振った。


「私の旅人、『ディサイア』は、ここにいます。あなたの、『イェンス』の隣に、ずっといました。私は、待っていたのです。あなたが現れる時を、この旅人が動く日を。『ディサイア』の名の由来は、「強い願望」。遥かに強い、壮大な夢を抱かない限り、動くことはない、という意が込められています。『イェンス』は今、起動しました。私の夢は、あなたについて、あなたと一緒にあなたの壮大な夢を追いかけることです。大きな夢でしょう? ……ずっと、ずっとそう決めていました。あなたと、ともに歩んでも、いいですか?」


 拒まれるかもしれないという不安と戦う少女の表情が、よく分かった。

 若者は微笑み、少女に手を差し伸べる。


「一緒に行こう。ずっと、どこまでも」


 すると、『イェンス』の隣にいた旅人が、動き出した。青い目を光らせ、背中の六枚の羽を、美しく開く。

 それはまるで、女神の微笑だった。

 少女も笑い、若者の手を取った。今までで一番、嬉しそうな顔だった。

 しかし、悲しいかな、その笑顔が、彼女の最期の顔になるとは、思いもよらなかった。

 思いたくもなかった。

 高速の弾丸が、表情を変える間もなく、彼女の頭を貫いた。

 バシュン、と音を立て、貫通する弾。

 血を流す間もなく、少女は地面に倒れる。

 若者は固まった。状況が理解できず、ただ呆然と、動かない最愛の人を見下ろしていた。

 ――気がつくと、少女の旅人『ディサイア』は倒れていた。

 主を失い、夢が途切れたのだ。少女は、旅人に潰され、見る影もなかった。

 遥か向こうに、同じく『ディサイア』に押しつぶされた男がいた。遺跡を荒らす、トレジャーハンターだろうか。

 男の握っていた銃の弾は、少女を貫いたものと一致した。

 天罰は下されたと、思っていいのだろうか。

 夢の叶わなかった旅人は、土に還れない。

 永遠に、ガラクタとなって、地に倒れ伏す。今まで、古代遺跡から発見された、たくさんの果てた旅人と同じで。

 なんと、悲しい現実だ。心なき存在に夢を途絶えさせられ、動けなくなった旅人が、どれだけいるのだろう。

 なぜ夢とは、叶わないものなのだろう――。

 若者は、行く当てもなく彷徨った。

 夢とは何だろう。叶わない夢を追い求める行為は、愚かなのか。

 真意を悟るために費やした、多くの時間と大切な人は、もう戻ってこない。

 この愚かな生物こそが、人なのだろう。

 だから、前文明の人間たちは、苦しみに耐え切れず滅んだ。

 今存在するこの世界も、同じ末路を辿るに違いない。


 なら、僕は変えよう。新たなる世界を作り、誰も苦しまない、悠久の世界の神となろう。


 若者の夢は、旅人の糧となり、旅人は若者を、新たなる土地へと導いた。

 それは、箱庭と称される、小さな世界。

 若者だけが意思を持つ、静かな世界――。



◆ ◆ ◆



『お分かりでしょうか? 夢を得ようと焦る分には、構わないと思います。ですが、急ぐあまり、本当の自分を見失ってしまわないようにすることも大事です。でも、のんびりしすぎて好機を逃せば逃すほど、あなたの未来の範囲も減って行ってしまいます。大事なのは、時間との調和。時代との融合。あなたには、それだけのことができる経験値がありますか? もしないのであれば、今からでも経験を積むべきです。遅くはないと思いますよ。人生は短いようで長いですから。自分で制御しようなんて、考えなければの話ですけど』

『……なるほど。父の仕事をしながらでも、夢を探すことはできますし。もっと外の世界を見て、経験を増やしてみようと思います、ありがとうございました!』


 フーリさまは自信をつけてお帰りになられたようです。


『世の中には本当に、様々なお悩みをもつ人がおられるものですね』


 わたくしは、しみじみとアルビさまに心情を伝えました。


『悩みを持つ人は、この世に命を与えられた理由と、この世で果たしたい目的が噛み合わないから、悩むんだよ』


 アルビさまの筆跡は、どこか少し、寂しげでした。


『……この世に命を持つものは、皆、何か役割を持って生きているんだ。たとえば僕の役割は、この図書館を守りながら、迷い人の話を聞き、NO TITLEを完成させていくことだ。そして、君の役割は、早くページを埋めて、一人前の本となることなんだよ』


 仰るとおりでございます。わたくしも、精進しなければ。


『でも、夢と役割が重なる人間なんて、ほんの一握りしかいないんだろうね』


 アルビさまが弱気な言葉をお書きになりました。

 アルビさまにとっても、役割と夢は、違うものなのでしょう。


『ではアルビさまは、どうすれば夢が叶うとお思いですか?』

『そうだなー。自分を信じていれば、いつかは叶うんじゃないかな。自分の夢が一番最高だって、自身が思ってあげなくちゃ。誰もそう思ってはくれないからね』


 アルビさまの夢とは? やっぱり、この魔導図書館を出て、自由に旅でもしたいと、お考えでしょうか。

 ならば、その夢を奪っている足枷は、わたくしたちなのかもしれません……。


 さて、次はどのようなお客さまが、わたくしの身体を、知識を満たすきっかけをつくりに来てくださるのでしょうか?

 皆さまのご来館を心からお待ちしておりますぞ。

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