リィナ、間接××
黒髪の青年、アルバはゼクスの背中を見送った後に「ちょっとだけ外すけど、良い子にしてろよ」と席を立った。
程無くして給仕係を引き連れて戻ってきたアルバは、隣のテーブルにいる農夫たちに声をかけた。
「口止め料だ。安くて悪いな。だが味は王都のにも負けん、国一番だ。保証する」
農夫達のテーブルに給仕係が置いていったのは、人数分のコーヒーだった。
「サロンで待ってる嬢ちゃん、知り合いなんだろ?年頃の娘が一目惚れした相手をコッソリ呼び出したのが周知の事実って知ったら、傷付くかもしれないからな。向こうから話してくるまでは何も知らないフリしてやってくれ」
「ああ、そうだな。美形の兄ちゃんの言う通りにするよ」
「ミリアは子どもの頃から知ってる、ほんとにあの娘は良い子なんだ」
「約束するよ。それにここのコーヒーが上手いのは当たり前だ。俺達の畑で採れる豆だぜ!」
「色男にも囃し立て過ぎたの、謝っといてくれ」
囃し立てはしたが、根っこの部分は気の良い農夫達なんだろう。
アルバと約束を交わし、口々にコーヒーの礼を述べた。自分達の仕事を誉めて貰ったのが嬉しいのだろう、農夫たちは無邪気に喜んでいる。
「優しいんだね」
アルバが声の主を振り替えるとふいに視線がぶつかり、リィナは慌ててゼリーに視線を落とした。顔を伏せているので表情は見えないが、耳が赤い。
「そもそも、あの色男が口を滑らせなきゃ良かったんだけどな。理解あるお嬢ちゃんが彼女で良かったよ」
やれやれ、とばかりにリィナの向かいに腰を落ち着ける。
「わたし?彼女じゃないわ、全然、全く」
「おいおい、全否定かよ色男も可哀想に。俺はてっきりそういう仲かと思ったぜ?お嬢ちゃんに差し入れしたら色男に睨まれたしな」
「リィナよ。18になったから、昨日からこの城に居候してるの。ゼリーありがとう。とっても美味しい」
「へぇ、花嫁候補のお嬢ちゃんに気に入って貰えたなら何よりだ。俺はアルバ、24になったかな。城仕えの研究職ってとこだ」
「自分の年でしょ?」
「成人過ぎた男が自分の歳いちいち数えてる訳ないだろ。研究に脳味噌の用量使ってるんだよ」
「なんのけんきゅ」
リィナが言い終わるより早く、アルバはリィナのスプーンを握った手を掴み、自分の口許に運んだ。そのまま、スプーンを口内に引き込む。
「わたしのスプーン…!」
「あんまり旨そうに食ってたから、つい。すまん。ホラ、スプーン返すから食っちゃえよ」
悪戯っぽく笑って、ペロリと唇を舐める。どこからどうみても悪びれない様子で、リィナの手を開放した。
言われなくても食べるよ!さっさと食べてこの人と向い合わせの状況を回避しないと心臓が持たないよ!心の中で悲鳴をあげて、リィナはゼリーを租借するスピードを速めた。
自分が使ったスプーンを彼が使い、そして再度自分が使っているという事実はあまり考えないようにしながら。
「で?色男は何してる奴なんだ?立派な剣持ってたな。剣士か?」
「ゼクス?…旅人?王都から来たって言ってたわ」
「旅?あんまり旅人にゃ見えんな…なんの為に?」
「うーん…よく考えてみたら聞いてないや。しばらく街にいるし城にも通うって言ってたから、今度会ったら聞いてみるわ」
「そうしろ。素性のわからん旅人なんて、危険な香りしかしない」
それもそうか。リィナはアルバの指摘に納得しながらスプーンを置いた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。俺が作った訳じゃないけどな」
席を立とうとすると、アルバが軽く椅子を引いてくれる。イケメンとはもれなくさりげないエスコートが出来る生き物なんだろうか。赤い髪の旅人がそうしてくれたのを思いだし、リィナは首を捻った。
「この後はどうするんだ?」
「洗濯物出さないといけないし、謁見のお知らせ来てるかもしれないし、1回部屋に戻らなきゃ」
「じゃ、送る。行くか」
「いいよ、来た道帰るだけだし」
「それだとサロンの前を通るだろ。まだあいつら居るんじゃないか?まァ、リィナがどうしても色男と給仕係の嬢ちゃんの逢瀬が気になるから覗いて見たいっていうなら一人で行けばいいさ」
見る間に頬が染まっていく。顔に出るタイプなんだな、とアルバは笑いを噛み殺したせいで口許を歪めながらリィナの返事を待った。