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リィナ、イケメンに固まる

次にリィナが目を覚ましたのは、日の出の鐘が鳴った時だった。

なんだか変な夢を見た気もするけど、思い出せない。

それよりも。



「やってしまった…」



ストロベリーブロンドの髪も、アンが見立ててくれた若草色のワンピースもくしゃくしゃだ。ワンピースの袖口は、涎で色を変えている。

頭を掻きつつ見渡すと、黒猫は忽然と姿を消していた。ドアも窓も閉まっているハズなのに、どこかに抜け道でもあるんだろうか。

あんなに綺麗な黒猫なら魔力を持っていて空間転移とか出来ても不思議じゃないわね、とリィナは呟き身体を起こした。

そういえば、軽いとはいえ昨日はゼクスと約束があったのを思い出す。



「あああ…!やってしまった…!」



風呂にも入らず寝こけてしまったので、とりあえず風呂に入ろうとリィナはベッドから降りた。

風呂が済んだら城を見て回ろう。ゼクスも城に来ると言っていたし、どこかで会えたら謝ろう。

そう決めて、クローゼットから服を選ぶ。

全て袖が長く、丈も長い。今日は薄紫色のふんわりした生地のスカート、鎖骨辺りから胸元へ入った赤の刺繍とレースが美しいシャツに決めて、リィナは仕度を始めた。



風呂に入りさっぱりとしたリィナがまず向かったのは、食堂だった。

よく考えたら、昨日の朝パンとチーズで軽く朝食をとってからは何も口にしていない。

食堂は昨日ノインから案内されたので、迷わず辿り着けた。

ドアを開けると、オープンキッチンの向こうで恰幅の良いシェフが炎相手にフライパンで応戦しているのが見える。

カウンターで年配の女性に卵料理と少しのパン、フルーツのジュースをオーダーすると、支払いをしようと財布を出す。



「お嬢ちゃん、ここの支払いは通行証だよ。ここに翳して音が鳴れば完了だからね、来月口座から引かれるよ」


「ありがとう…あれ?音が鳴らない…」


「ああ、ごめんよ。お嬢ちゃん今年のお客人だったんだね。今年城に滞在してる娘さんから御代は頂けないから音は鳴らないよ。石が光っただろう?それで認証完了さ」



カウンターの女性が教えてくれたので、リィナは丁寧に礼を言った。どうやら、店で嗜好品や装飾品を購入する時には”お小遣い”を消費して、城に滞在する1年間は客人扱いなので飲食代が全部無料らしい。



「へぇ、便利になってるんだなー。銀行や口座なんて王都にしか無いと思ってたよ。それにしたって領主様は太っ腹なんだな!」



聞き覚えのある声に振り向くと、赤い髪の青年が立っている。

長身で細身だが、全く弱そうには見えないのは旅人としての経験ゆえか。腰に差した剣に違和感が無い。

旅人必携の装備であるマントを、金の獅子をかたどったブローチで留めている。実にスタイリッシュというか、都会的だ。



「僕らみたいに外から来た人間は現金払いのみなんだって」



財布を取りだし硬貨で支払いをしただけだが、どことなく気品ある動作。旅人というよりは王子とか貴族とかいったほうがしっくり来るようなルックスだ。



「ごめんなさい!」



さりげなく椅子を引いてくれた赤髪の青年に礼を言って席につくなり、リィナは深々と頭を下げた。

同じテーブルを挟んで向かいに座ったゼクスは、少しだけ目を丸くした後、優雅に微笑む。



「うわ、ビックリした。何?あ、昨日の?いいよ、気にしてないから。ちゃんと約束してた訳でもないし…寝てたんでしょ?」


「はい。すみませんでした…」


「やっぱり。顔色いいし、クマ消えてるし、頬っぺたにシーツの跡ついてるし」


「うそ!」


「最後のだけ嘘」



カラカラと笑われて、思わず頬を隠した手を戻す。やられた…!

そっと見ると、ゼクスが怒っている様子は無い。本当に気にしていないのだろう。

リィナが胸を撫で下ろしたところで、オーダーした料理を給仕係が運んで来た。



「貸し、二つ目って事で」


「えっ」


「ここぞという時に返してもらうから、よろしくね」



琥珀色の瞳でウィンクなんかされると、心拍数が上がってしまう。こんなに見た目が整っているくせに、そんな事するのはズルい。

リィナは小さく唸るように返事をして、頬が赤くなるのを誤魔化すかのように下を向き、オムレツにナイフを入れた。

外側は弾力があって、中身はトロリと半熟の黄金色だ。

バターの香りが口に広がる。とてつもなく美味しい。



「ここのコーヒーは美味しいな。水が違うのかな、豆かな」


「そういえばゼクスはごはん食べないの?」



ゼクスの手元にあるのは、コーヒーだけだ。ソーサーには何故かシンプルなクッキーが2枚乗っていたが。



「宿で食べたんだ。朝食付きなんだよ。城に来てさ、どこから回ろうか歩いてたら誰かさんのストロベリーブロンドが揺れてるのが見えたからね。話したくて、後を着いてきちゃった。あ、リィナはクッキー好き?これ多分サービスで乗ってるんだと思うけど、食べる?」


「好きだけど、そのクッキーはもらえないわ」



ゼクスがソーサーごと差し出したクッキーを丁重にお断りする。

向かいに座るゼクスの肩越しに、彼の背中と手元のクッキーを熱く見つめる給仕係のお姉さんが見えたからだ。

きっとあのクッキーは彼女からの熱い思いが籠ったサービスだろう。



「…?それなら僕がありがたく貰っておこうかな」



クッキーをかじるゼクスを見て、お姉さんは嬉しそうに赤面する。

見目麗しいとこういう恋愛小説みたいな事が実際にあるのか、とリィナは妙なところで感動した。

お姉さんの観察をしつつ食事するリィナをニコニコと見つめながら、ゼクスは話を続ける。



「日没後…夜の話、誰かからもう聞いた?」


「ううん。今日は起きて真っ直ぐにここに来たし、誰にも会わなかったから」


「じゃあ僕が話してもいい?男子の祝福の話とか、夜の城内とか。

男子の受ける祝福って何かなと思ってたんだけど、キスだった」


「うん、そうだよ」


「なんだ、知ってたの?僕は結構驚いたのにな。まぁ、この街の子なら大人たちに聞いて知ってるか」



ゼクスは、さも残念そうに肩を竦める。

以前、聞いてもないのに教わった「男が何か喋ってる時は、知ってる事でも『え~知らなかった~すごぉ~い』って言っておけばいいのよ。喜ぶから」というジーン流のモテ技と、あの時のジーンの得意気な顔がリィナの脳裏を駆け抜けていく。



「ごめんなさい、でもわたし知ってる事を知らないフリとかできないから」


「何その謝りからの急な謎の宣言…僕も知らないフリされるよりは知っててくれたほうが話早くて助かるけど。ドラダーシュには来たばかりだからね、色々知りたいし」



2枚目のクッキーをかじりながら、ゼクスは視線で先を促したので、リィナはパンをフルーツジュースで飲み込んでから話を続けた。



「手首に血管が透けて見えるでしょう?領主様への忠誠を誓う代わりに、そこにキスを貰うんですって。流行り病にかからなくなるとか、子孫繁栄のおまじないとか聞くけど」


「なるほど…ほんとに流行り病にかからなくなるの?」


「どうかしら。ほんとかどうかはわからないけど…少なくとも、この街で流行り病が蔓延したって話は聞いたこと無いわ。歴史書にも書いて無いし」


「ふむ。大人になってから患うと子種がやられる流行り病も多いからね、となると子孫繁栄ってのはあながち間違ってもなさそうだな…興味深い」



ゼクスは頷き、残りのコーヒーを飲み干した。

リィナの食事が終わるタイミングを見計らって合わせてくれたようだ。

リィナがフォークを置いた瞬間、今までオムレツの皿があった場所にキラキラと光る藍色のゼリーが置かれた。



「あの、これ頼んでないです」



持ってきた給仕係を見上げると、そこにいたのは黒い長髪を後ろでひとつに纏めた青年だった。給仕係の制服は着ていないが、街の者であるのは間違いない。蜂蜜色の石を揺れるピアスに加工して身につけているからだ。

揺れるピアスに目を奪われ、次に青年の顔を見たリィナは、口を半分開けたまま活動を停止した。


長めの前髪から覗く菫色の瞳、長い睫毛、通った鼻筋、弧を描いた唇。青年の顔面のパーツは、これ以上が無いと言える程に全てが美しく整っていた。

まるで神々を描いた絵画のようだ…服装はわりと雑だけど、とリィナは思った。服をカッチリ美しく着こなしたゼクスに比べると、だいぶ雑な着こなしに見えるのは仕方がない事だが。


鎖骨が見える程に首回りの開いたラフな白い袖の長いシャツに、細身の黒いパンツとロングブーツという格好の彼は、銀のトレイを持ったまま笑う。



「邪魔して悪いな、お二人さん。飯買ったは良いけど席が空いてなくてね。相席させてもらってもいいかい?」



二人が答える前に ー 正確にはリィナはまだ固まっていたので、ゼクスが口を開く前に ー さっさと青年はゼクスの隣に腰を下ろし、テーブルにトレイを置いた。

ゼクスが周りを見渡すと、食堂はいつの間にか人でごった返している。朝食の時間なのだろう。

キッチンの中では四人のシェフが炎と格闘し、ホールにも給仕係が増えている。



「お嬢ちゃん、それは俺の奢りだ。遠慮すんなよ。ここのゼリー、うまいんだぜ。あぁ、もしかして甘いのは嫌いか?」



食事を開始した青年の声でリィナは我に返り、声を絞り出す。



「イエ、スキデス、アマイノ、オイシイ」


「リィナ喋り方おかしいよ…起きてる?」



心配して顔を除きこんでくるゼクスと目が合う。

もう嫌だ。どいつもこいつもわたしなんかより綺麗な顔をしている。リィナがぎこちない笑顔を返すと、青年がゼクスに何かを差し出した。



「色男にはコレだ」


「?」



ゼクスは怪訝な顔で渡された紙を開く。小さな桃色のメモ用紙にはこれまた桃色の可愛らしい花が描かれていた。



「クッキー、気に入って貰えましたか?早番が終わったので、サロンで待ってます。よかったら旅のお話聞かせて下さい…」



つい音読してしまったのだろう。直後決まり悪そうな顔をしたゼクスに、隣のテーブルで食事していた農夫たちが口笛と拍手を贈る。

ゼクスは眉間にシワを刻みながら、ギギ、と音が鳴りそうな程ゆっくりゆっくりと首を回す。



「安心しろよ、色男。当然だが俺からじゃない。ここの給仕係の嬢ちゃんにそこで預かったんだ」



ゼクスの瞳に不安の色を感じたのか、そこで、といいながら青年が顎で食堂の入口を指す。嬢ちゃん、の部分を強調して言う事も忘れない。



「おう、やったな兄ちゃん!早番って事はミリアだな!あいつは良い娘だよ!早く行ってやんな!」

「そんな可愛い娘と飯食ってるのに他の女からも誘われるなんてな!こりゃ修羅場か!?色男は大変だなガハハ‼」

「おいおい羨ましいな!俺ももうちょっと若かったらなァ!」



隣からやんややんやと囃され、助けを求めてリィナを見ると下を向いて震えている。どうやら笑いを堪えているようだ。ゼクスは琥珀色の瞳を細めてリィナに視線を送る。



「リィナ…君、なんか知ってるでしょ」


「うん、すごかったよ!熱視線!だからクッキー断ったの。ゼクスってば全然気がつかないでクッキー勧めてくるんだもの!焦っちゃった。でもさっきはゼクスの後ろにお姉さん居たから、その場で言う訳にいかないじゃない?」



リィナが堪えきれず笑いながら説明する。

外見からは何事もスマートにやり過ごしそうに見えるゼクスが、狼狽の色を隠さずに赤くなったり青くなったりしているのが意外すぎて面白い。

そして説明の最後に、スタイル抜群のキレイなお姉さんだったよ、との補足も忘れない。きっとこれは男子にとっては重要な情報だ。



「サロンで待ってる…ねぇ…。困ったな。じゃあリィナがそれ食べ終わったら出ようか」


「色男、レディを待たすもんじゃないのは知ってるだろ?断るにしろ受けるにしろ、待ってるなら行ってやんな」



もぐもぐと租借しながら青年がゼクスに促す。



「それに、他の女との待ち合わせにこのお嬢ちゃん連れていくなんて確実に揉めるぜ?お嬢ちゃんも厄介ごとは御免だろ?」


「ワタシ モメゴト メンドクサイ ゼリー オイシイ」


「だから何それ?何かの真似?」


「な、うまいだろ?お嬢ちゃん、ゆっくり食べな」



青年がクツクツと笑いながら「色男、ここは俺に任せて早く行ってやれ」と促す。

リィナも満面の笑みで「わたし、ゆっっっくりゼリー食べるから!時間かかっちゃうから!先行っていいよ!またお話しよ!」とか言い出した。お話、の部分を強調する辺り、完全に面白がっている。



「じゃあ僕行くけど…。リィナ、怪しい奴には着いてっちゃ駄目だよ。餌付けされないように気を付けて」



若干不貞腐れた顔で白いマントを翻したゼクスの背中を、隣のテーブルからの口笛と黒髪の青年の声が追う。



「おい色男!俺はアルバ。今度は俺にも話聞かせてくれよ!」



一瞬だけ青年に視線を投げ、次にリィナに向かって少しだけ微笑むと、白いマントは扉の向こうに消えた。


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