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リィナ、城に入る

「へぇ!月夜の一族の城はいくつか見たけど、外側がこんなに手入れされてるのは初めて見たな。他のところは、蔦まみれだったりまるで瓦礫の廃墟だったりするんだ」



ドラダーシュの城は、城壁が白く輝き、重厚な造りになっている。

月光照される時間帯は、月の色を反射して暗闇の中で光るように浮かび上がるだろう。

一際大きく目立つのは時計塔で、鐘がなるようになっていた。

変わったところといえば、その時計は日の出の時間と日没の時間を指し示している所だろう。

城を囲うように深く広い堀がめぐり、大きな跳ね橋が渡されている。



「なるほど。これなら簡単には入れないな。要塞って感じ」



馬車が到着すると同時に、車内の全員が身に付けている通行証が淡く光る。

光に反応したのか、城へと続く跳ね橋がゆっくりと下がり、馬車を城門へと導く。

街の者たちからは誇らしげな笑みが、旅人たちからは感嘆の声が上がった。



「ねぇ、謝るからさ、そろそろ機嫌直してよリィナ。僕、そこそこ大きな声で独り言言ってるみたいになるじゃない」



ゼクスがあれこれ感想を振っても、リィナはむくれていた。

先程からかわれたのが尾を引いているからだ。



「わたし、誰にでもああいう事言う人、無理」


「確かに言ったタイミングは悪かったと思うけど、本心なのになぁ。それに僕、心の底から親切心で石鹸水あげたのになぁ…叩いて落としたのも僕なんだけどなぁ…」


「ぐっ……それはほんとに感謝してます…」



リィナから反応が返ってきたのでゼクスは内心ほっとする。

旅人にとって来たばかりの街では、情報収集が必須だ。

リィナからも聞ける話は聞いておきたい。


ゼクスがリィナのご機嫌を伺っている間に、ゆっくりと馬車が止まり乗客は降りはじめている。



「ほら、僕らも行こう。荷物、持とうか?貴重品大丈夫?」



貴重品は財布くらいなので、スカートのポケットに突っ込んである。あとの荷物は小さな鞄だけだ。

治安が良いとはいえ、スリや置き引きもいる。貴重品を手元に置いておくべきのはリィナも心得ている。


「ありがとう。持ちきれない訳じゃないし、自分で持って出た荷物だから自分で持つわ」


「いいね、そういうの。王都のお嬢さんは荷物持ってもらって当然!って顔で歩いてるよ。丁度、あんなふうにね」



ゼクスが視線で指した方を見ると、ジーンが荷物を男子たちに運ばせている所だった。というか、ジーンの荷物持ちを男子たちが我先にと買って出ていて、リィナは巨乳の魔力に感心する。

取り巻きに囲まれたジーンはまんざらでもなさそうだ。



「お手をどうぞ。これくらいのエスコートはさせて?」


タラップを降りる時、ゼクスが手をとってくれたので、リィナは素直に礼を言った。嫌味なく様になっている、エスコート慣れ感すごいな、と思ったのは胸のうちに留めておいた。王都の男は皆こうなんだろうか。



「ようこそ、我が主の城へ。初めていらした方はこちらへ。ご案内致します。その他の方は通常通り、通行証を翳してお入り下さい」



馬車を降りてすぐの所に、出迎えの者が来ていた。

黒のスーツに身を包んだ執事らしき男のもとに、大半の者が集う。

リィナとゼクスもそれに習った。

リィナたちより幾分年上に見えた者たちは、各々ゲートに石を翳して入城していく。



「これで皆様御揃いでしょうか?では、ご案内致します。御不明な点がございましたら、都度お呼びください」



黒い瞳の執事は、後ろを振り返りながら誘導していく。

前の者に習い、リィナもゲートに石を翳す。どういう仕組みなのだろうか、機械のような物と石が共鳴して小さな音が鳴った。


そのまま城へと延びる石畳を進み、エントランスへと入る。

白昼の光の下、使用人たちが働いているのが見えた。

花壇の手入れをする者、家畜の世話をする者など様々だ。

そういえば、三軒隣のアマツ兄さんはこちらにお仕えしてるんだっけ。などの声も聞こえてくる。

城は街の者たちの仕事場でもあるのだ。領主から給金を受取り、それを使って街を潤す。そうやって、ドラダーシュは発展してきた。



「ふーん、すごいね。噂には聞いてたけど本当に共存してるんだ」


「噂?」


「ドラダーシュの領主は、人々を咬まずに使役するってね。こういう事か。ほら、あの人もあの人も目が紅くない。首筋に口付けられた跡もない。正気のまま、吸血鬼に仕えてるんだな」


「ゼクス、その“吸血鬼”っていう呼び方、この街の人達は嫌いなのよ。なんだか悪鬼みたいに聞こえて…街の皆、領主様を心から尊敬しているから」


「なるほど、ありがとう。気を付けるよ。“月夜の一族”だね」



広い広いエントランスを抜ける頃には、ヒールで足を痛めた娘たちに嬉々として手を貸す男子の姿が見られた。

城内は灯りが灯っていてどこも明るい。窓もあるが、全てにステンドグラスが施され直射日光は入りにくい造りになっている。

太陽光に弱い、という城主の体質から考えれば当然の事かもしれない。


城内には商店街のようなモールになっている場所もあり、買い物や食堂等、城の外に出なくても不自由しなさそうだとリィナは胸を弾ませる。

…すべての店は閉まっていたが。



「すべての店の営業時間は日没から夜明けまででございます。ですから、この城は成人の方にしか解放されていないのです。お子様には夜遊びは刺激が強いですからね。食堂とサロン、遊戯室や図書館等は例外。常に開いておりますのでお好きにお使い下さい。ちなみに、食堂のシチューは絶品ですよ」


「旦那様の部屋を除き、城内全ての部屋は解放されておりますので、お好きに見ていただいて構いません。あぁ、御安心ください。領主様に代々伝わる宝石類など城から持ち出しますと、盗人もろとも灰となって散る仕掛けでございますので、宝物庫を解放しておいても盗人の心配は無いのです」


「城への出入りは基本ご自由にどうぞ。各々お渡しした石をお忘れなく。忘れた場合は勿論門を通れませんし、あれは個人認証にもなっておりますので、他人の物を使っても通れませんのでご注意を」


「では、18になって初めていらした男性…蜂蜜色の石を持つ男性はこちらの客間へ。日没と共に当主様より祝福を。ここでの仕事を希望する方は、祝福を頂いた後に先程のサロンでお待ち下さい」


「18になって初めていらしたお嬢様方は、こちらへ。本日より1年間、お住まい頂く部屋などをご説明致します。それ以外の方は、どうぞごゆるりとお過ごし下さい。旅の方は、宿の門限にお気を付けて」



執事が頭を下げると同時に、ざわざわと人々が動き出す。

とくにリィナと同じ年の者たちは、瞳を輝かせている。もちろん、リィナも同様だ。ゼクスも物珍しいのか、城内を隅々まで見渡し、熱心に執事の案内に耳を傾けていた。



「リィナは…初めて来たんだっけ?」


「うん」


「じゃあ、君は向こうだね。僕はここで。城を見て回るよ」


「色々ありがとう、ゼクス。私も行くね」


「あ、待って。僕は見終わったら、サロンか食堂にいるよ。宿の門限までね。もしリィナの用事が早く終わって、君の気が向いたら食堂かサロンに顔出してみてよ。食事でもしながらこの街の話、もう少し教えてくれないかな?」


「なにそれ、ナンパ?下手すぎじゃない?」



真っ赤な顔してるくせに。ゼクスは吹き出しそうになるのを堪えながら続ける。



「下心は無いよ、今は多分ね。この街に興味があるんだ。こんなに月夜の一族と人間が共存してる街は見たこと無いから。君はドラダーシュで初めて出来た友達だし…いや、まぁ、気が向いたらおいで」



面と向かって下心が無いと言われた。ホッとした気もするし、なんだか失礼な事を言われた気もする。友達かと言われれば早すぎる気もするし、話せば仲良くなれる予感もする。王都の話も聞いてみたいし、この城の感想を言い合えたら楽しいとも思う。



「うーん、わたし昨日あんまり寝てないから、用事が終わったら寝ちゃうかも。まぁ、気が向いたら行くね」



複雑な顔で踵をしたリィナの背中から声が追いかけてくる。



「あ、待って待って」


「まだなんかあった?」


「僕の宿ね、マーカスさんの所。知ってる?暫くいるつもりだから」


「…?マーカスさんの所ね、知ってるわ」


「正式に約束してる訳じゃないし、これで君に会えなくなっちゃったらつまんないからさ、一応教えとこうと思って。ドラダーシュにいる間は城もウロウロしてると思うから、また会えるといいな。じゃ、気が向いたら後で」





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