リィナ、借りを作る
ゼクスと名乗った22歳の青年は、手首に青い石のブレスレットをしていた。
街の外から来た者にも18歳以上であれば青い石が通行証として配布されている。
城に入りたいのであれば、役所に申請して受け取る決まりだ。
ふとみれば、馬車の中にも青色の石を身につけた旅人風の男が何人かいた。
「なるほど。リィナみたいに街で生まれ育った人間は蜂蜜色、僕らみたいに外から来た人間は青色か」
右の袖口を左手で上手く叩けないリィナを見かねて、ゼクスはハンカチを受けとる。
手首を掴み、石鹸水を含ませたハンカチでブラウスの袖口をそっと叩いてやった。
掴んだ手首が思っていたよりも細く、リィナに気づかれないようにすこしだけ眉を上げる。
「ここの領主様、無用心だよね。根城にホイホイ人入れてさ。僕みたいな旅の人間まで入れる。ビックリしたよ。早速行ってみようと思って馬車に乗ってる僕が言うのもおかしいけどさ、人間を城に入れて寝首かかれないと思ってるのかな?」
「領主様はずっと…歴代皆様そうしてきたらしいから。それでも皆に慕われていたし、少なくとも街の人はそんな事しなかったわ。外敵が攻めてきても領主様がずっと護ってくれてるって、おばあちゃんに聞いたけど」
「じゃあ、いつでも敵を返り討ちに出来る程に領主様は強いって事かな?」
「そうかもね」
眼だけ上げてリィナを見ると、ほんのりと赤い頬をしている。
手首にふれているせいか、と気がついたゼクスは思わず口角を上げた。
話を続けながら、そっとリィナを見る。
馬車に乗る同じ世代の女の子と比べると、なんというか…華がない。
服装が地味なので、他の「花嫁になりた~い」「出会いがほし~い」といった女子とは城に行く行くモチベーションが違うであろう事が見てとれる。
「最近はね、王都騎士団が吸血鬼狩りの指令を出したらしいよ。だからここの領主様もさ、気を付けないと賞金狙ったハンターとか手柄がほしい騎士団のやつらが潜り込んでくるんじゃないかな」
「えぇ…ここの領主様を狙われたら困るなぁ…」
「なんで?吸血鬼なんて斜陽の一族だしさ、ドラダーシュの当主は今のところ大人しいみたいだけど、話聞くと吸血もしてないみたいだし、今後血の渇きから暴走したりして狂暴になったら大変だと思うけど」
「だって!あの黒猫ちゃんが使いって事は領主様が飼い主ってことで!黒猫ちゃんの飼い主討伐したら黒猫ちゃんが!黒猫ちゃんが飼い主を失ったら可哀想!それに!領主様のところにはたくさん動物がいるって聞いたし!」
「ちょっリィナ落ち着いて!?ほら、絵の具だいたい落ちたよ!あとは城についたら早く着替えて洗濯したほうがいいよ」
ゼクスが黒く汚れを吸ったハンカチを差し出して見せる。
袖口の絵の具はパッと見てわからない程に落ちていた。
「すごい!ありがとう!…あの、ごめんね、取り乱して。今度石鹸水のお礼するね」
「いいよ、リィナはイケメン領主様より猫が大事なんだってわかったから」
ふたりのやりとりをチラチラ見ていた女子たちから、小さな歓声が上がる。
ゼクスが微笑んだからだ。
歓声に反応して思わずゼクスを見たリィナも、一瞬で真っ赤に染まる。
今までブラウスばかりに集中してたから気がつかなかったけど、この人はこんなにキレイな顔をしてたのか。いわゆる王子様系だ。
ただでさえ、日頃男っ気なく過ごしてきたリィナには眩しい。眩しすぎる。
「いや、うん、ほんとにごめんね…」
「いいってば」
「いや…ゼクス、…手…」
「あ、そっかごめんごめん」
ゼクスは手をとったままなのを思いだし、リィナの手を解放した。
「顔、赤いね」
「うるさいよ!やめてよ!ゼクスのキレイな髪が反射してるだけ!」
「リィナの髪も珍しい色でキレイだと思うよ?サラサラで撫でたら気持ち良さそうだし」
「ヒィ…もうほんと勘弁して…!」
「ぶはっ!」
「ちょっ!わざと言ってたの!?」
ゼクスが今度は声を出して笑う。
何人かの女の子がリィナに羨望の眼差しを向けたところで、馬車は車輪を軋ませて城に着き、馬車の中からは歓声が上がった。