リィナ、馬車で出会う
眩しい、眩しすぎる。
朝一番の馬車に乗るべく、集合場所には人々が集まっていた。
眩しいのは、きっと朝日のせいだけではない。
リィナと同じ頃に誕生日を迎えたであろう同い年の青年たちは、一様にパリッとした正装に身を包んでいる。
女子はといえば、これまたきらびやかな盛装をしていた。
胸の谷間を惜しげもなく放り出している娘、美脚露に白い太ももを晒している娘、深いスリットの入ったドレス…
リィナはといえば、ストロベリーブロンドの髪を緩くひとつに編んだだけで、髪飾りもつけていない。
唯一のアクセサリーである首から下げたペンダントは、昨日届いた石“通行証”をペンダントトップに加工した物だ。
用意しておいた服は肌の露出が少なく、同年代の女子の服装と比べるとどうみてもリィナだけ浮いていた。
化粧も必要最低限というか、目の下に寝不足の証が見てとれる。
「太ももが、眩しい…!」
わたしコレ地味すぎましたよねー、とリィナは思わず目を細めた。
むせかえる程の香水の香りに、クラクラする。
倒れぬようにペンダントを握りしめて気合いを入れた時、賑やかな車輪の音が聞こえ、馬車が近づいてくるのが見えた。
馬車のタラップに足をかけようとスカートをすこしだけ持ち上げた瞬間、真っ白いはずのブラウスにそれを見つけ、リィナは絶望しながら馬車に乗り込んだ。
ゆっくりと走り出した馬車に揺られて、領主の城へ向かう。
眩しい人々は「あ、それ流行りのやつだね」とか「あの子かわいい」「あの人かっこいい」とか始まっている。
そう、とくに男子と一部の女子にとって、最早この場から婚活は始まっているのだ。
大多数の女子はといえば、「どうすれば花嫁に選ばれるか」傾向と対策を練っている。
と言っても、月夜の一族は皆人間より遥かに長命なので伝記などから傾向を導きだそうとする女子も多い。
リィナにも「ねぇ、先代の領主様はどうやって花嫁を選んだのか、あなたの読んだ伝記には書いてなかった?」と太ももが眩しい女子から声がかかったが、リィナは今それどころではなかった。
ブラウスを気にして曖昧な返事を返すと、谷間を放り出した女子が鼻で笑う。
「リィナ、あんた話聞いてる?」
「うう…落ちない…ジーン、水持ってない?」
谷間女子…ジーンは幼年学校が一緒だった。誕生日も同じなのに、ジーンはとにかくスタイルがいい。胸も尻も出ているのに、腰は細い。腰まで伸びた黒髪に流行りのウェーブをかけて、壮絶な色香を放っている。
「残~念、持ってないわ。あんた目の下、凄いことになってるわよ。どうせまた寝ないで絵でも描いてたんでしょ」
「なんか寝ようとすればするほど眠れなくて…昨日使いで来てくれた黒猫ちゃん…、あんまり素敵だったから忘れないうちにと思って…勢いで描きあげたんだけど、出掛ける寸前にどうしても直したいとこ見つけちゃって…」
着替えてから絵を直したせいだろう、袖口に黒い絵の具が着いているのを、馬車に乗る直前に気づいたのだ。
必死にハンカチで袖口をこするリィナに、ジーンはニヤニヤする頬を隠さずにいる。
「あんたほんと変わんないわね!そんなんじゃ花嫁には選ばれないわよ!ていうかあんたのとこ黒猫なんかが使いに来たの!?」
「かわいかったよね、しっぽとかシュッとしててさぁ…」
「知らないわよ!私たちのところはちゃんと執事さんが来たから」
周りの女子からクスクス笑いが漏れる。
それを切っ掛けに、栄光の花嫁大作戦会議が再開された。
「執事さんもかっこよかったから、私執事さんでもいいな」
「あの方、多分人間よね?瞳は黒かったもの」
「領主様からの祝福のキスも相当だっていうけど、花嫁の契約のキスなんて腰砕けるレベルらしいわよ」
「キャー!しかも他の女の血を吸わないとか一途に愛されちゃったら…想像しただけで震えるわ…」
「月夜の一族っていえば揃って皆様お美しいものね、先代の領主様も美しかったっていうし、アインツ様もきっと美しい方よね!」
「最近じゃ悪政する月夜の一族駆逐すべし!みたいに騎士団が出てるけどー、ここの領主様なら悪政なんてしないから安心だしー」
「あーわかるわかる!生活絶対安泰だよねー」
「私も眷属にしていただいて…美しい旦那様と悠久の時を共に生きたい…」
「アインツ様は153歳で御当主になられてから11年、一人も花嫁を選んでないんですって」
「あら、じゃあ私が一番最初の花嫁ね!」
「私よ!」「私よ!」
興味深そうに身を乗り出して話を聞いていたジーンが、横目でリィナをもう一度見る。
リィナは相変わらず、袖口を擦っている。
「リィナ、聞いてる?あんた興味ないかもしれないけど、花嫁に選ばれるってすごいことなのよ。もうちょっと身なりちゃんとしなさいよ」
「へぇ」
「女子の謁見は夜に指名された順番…花嫁候補は一番最後らしいから、あんた多分すぐ呼ばれるわよ。そしたら一回帰って服取りにいけば?」
「ほぅ」
「ま、多分私がアインツ様の一番最初の花嫁になるけどね!」
「うんうん、心からそう思うよ」
リィナが気の抜けた返事を返し続けたせいか、ジーンは顔をしかめ、今度は花嫁作戦に意見し始めた。
と、リィナの視界に小瓶に入った水が差し出される。
「すごいな、皆は本気で月夜の花嫁になりたいと思うんだな」
声のした方に顔を上げると、赤い髪の男性がこちらに小瓶を差し出している。
白一色で纏められたカチッとした服は、彼にとてもよく似合う。
花嫁作戦に参加していない一般の出会いを求めている層であろうか、何人かの女子が彼をチラチラ見ている。
こんな目立つ人、街にいたかな?と水!と思うのが同時に口をついた。
「水!ありがとうございます、誰ですか?」
忙しないリィナに、琥珀色の瞳を細めて彼は笑う。
「水っていうか、石鹸水だよ。ホラ、僕も服白いからさ。万が一に備えて。ハンカチに含ませて叩くといいよ」
「石鹸水!すごい!ありがとうございます!で、誰ですか?」
「ゼクスだよ、よろしく。王都から来たんだ」