第七景 ほうかい
黒須
前回のあらすじ。
異世界に吹っ飛ばされた俺を助けてくれた人が名前を忘れていた。
「気にした事もなかったので……ごめんなさい……」
「……は?」
俺の口癖が出ない時、それは想定外の斜め上を行った時だけである。
「ほ、本当に名前を覚えてないのか、な?」
「覚えてない、というより……最初からなかったような……」
「……今までなんと呼ばれてたんだ、な?」
「……そういえば誰からか呼ばれた記憶も無いです」
「……は?」
一体全体どういう事なんだよ、な!?
覚えてないものは仕方がない。俺は、彼を『エリア』と呼ぶ事にした。なぜこう呼ぶ事にしたのか自分でも理由は分からんが、な。
エリアは、どこからきたのか、という事も忘れていた。記憶喪失なのかと思ったが、この海辺に来てはあるものを探していたらしい。
「何を見てたんだ、な?」
「『人魚』、です。美しい人魚がいるって噂で持ちきりなんですよ」
「なるほど、な……噂?」
「そうです……どこで聞いた噂か覚えてないし、僕も人魚を見た事は無いんですがね……」
「なるほど、な……そして俺を見つけたと、な」
「そうです」
……現状把握は出来たが、何をすればいいのか分からん。
エリアに道案内を頼もうにも、この砂浜以外の事を覚えてないんだからどうしようもない。
……歩いていれば何か見つかるか、な? 愚策な気もするが、それしか方法が無さそうだ、な。
左手に海、右手に雑木林を見ながら砂浜を歩く事10分……あったか、な?
全く変わらない風景に疑問が湧いた時だった。
「……なんでしょうこれ」
「俺に聞くな、な」
雑木林側に『穴』が空いていた。
文字通り『穴』である。
横や後ろから見れば普通の景色が見えるんだが……前から見ると、紙を破いたかのような『穴』が雑木林に張り付くようにあり、中を覗くと道があった。トラップ等が無い事を確認して中に入ってみると、木々に囲まれた道が前の方にだけ伸びていた。
「ケイさん危ないですよ!?」
「大丈夫だ、問題ない、な。エリアも来るか、な?」
「ええと……」
言い淀むエリア。返事を待とうとすると、エリアの後ろの海に違和感を感じた。
明るいはずなのに、突然地平線の方から真っ暗になり始めたんだ、な。
そして、それはどんどん加速しながらこちらへ進んでくる。海が消え、砂浜に差し掛かった時、正体に気付いた俺はエリアを無理矢理引き込んだ。
「うーん……? ケイさんどうされまうわぁっ!?」
引き込んですぐ、エリアがいた場所、というかさっきまで俺等がいた場所が真っ暗になる。困惑するエリアをよそに、近くにあった棒切れを差し込むと差し込んだだけ黒に染まり、引き出すと染まった部分が消滅していた。
「こ、これは一体……」
「マジかよ、な……エリア、先に進むぞ、な……ここも危ないかもしれんから、な」
「えっ」
「アレはまずい、な」
俺はこの現象を見た事がある。
『世界の崩壊』が起きる時、世界の端からあの様に黒く染まり、飲み込まれればなにもかもが消滅する。人も物も構わず。
「アレに飲み込まれたら、もれなく助からないから、な……」
つまり、この世界は崩壊を始めている。
助かるためには、崩壊を食い止めるか、別の世界に逃れるしかない。
エリアの手を引っ張り、世界の崩壊について話しながら俺は先へと進んだ。




