刹那の美しさ
強く吹いていた風は、自分を待っていたかのように静かになった。眼下に広がる町は、自分の育った台地。強く照りつける太陽は、コンクリートを溶かすかのように輝いていた。裸足の足に、焼けるように吸い付く小さな石を足の甲で払う。
こんな時にも、こんな小さな不快が気になる。それがなんだか可笑しくて、少し顔を歪めて笑った。
一歩前に進む。
十五メートル下には、この建物の駐車場がある。東端に赤い乗用車と、二つ離れてシルバーのワンボックスが停まっていた。届かないよな、そう思いながら、意味もなく視線で確認する。自分の足元から放物線を描く。こくりと頷いて一つ深呼吸をした。
「どこへ行くの?」
振り返ると、明るい茶色の髪をした青年がこちらを見ていた。黙って、下を指差す。青年は近づいて、僕の肩を触った。少し長めの前髪が風に煽られて、額を露にした。
「そうなの。だからキレイな顔をしてるんだね。傍に、いてもいいかな?」
何をするつもりだろう。そう考えている間に、青年は靴を脱ぎ、靴下を脱いだ。自分と同じように裸足になったかと思うと、隣に立ったのだ。強い風が吹いたら、十五メートル下のコンクリートに叩き付けられる危険がある。思わず心配して、青年を見つめてしまった。青年と視線が合う。すぐに思い直して、足元を見つめた。自分の知ったことではない。
呼吸を整えるように、リズム良く空気を肺に入れる。そうしているうちに、ふんわりとした気分になってきた。バランスを崩すほどでもないが、眩暈がするかのようにフラフラと重心が動いているのを感じる。心地よい眩暈。このまま重心が大きく傾けば、すべてが終わるのだろう。
自分の中に意識が集中しているときに、再び青年が話しかけてきた。意識が一気に外へと向く。
「僕ね、すごく幸せなんだ。今が最高潮。ね? 僕もキレイな表情してるでしょ?」
邪魔だ。正直、そう思った。この青年の目的が掴めない。一旦この場所から離れようと踵を返した。
「幸せな今のうちに、一番キレイな状態で終わるのって素敵だと思わない?」
振り返るとそこに青年はいなかった。
青年の並んだ靴が、自分の足元にある。状況から、青年のその後を考えるのは簡単なことだった。
「賛同できないな」
小さな声で呟く。青年の問いに答えた声は、もう彼に届くことはなかった。
少し離れたところにある自分の靴まで、ゆっくりと歩く。いつの間にか、風が強くなっていた。足の裏に付いた小石を払ってから靴を履く。
眉間に皺を寄せて、空を見上げた。熱い風が舐めるように顔を撫でる。
不愉快だった。
風も、横取りも、何もかも。




