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君の夢に現るる幻へと  作者: 深津条太
旅する二人
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旅立つ二人

 心地の良い太陽射す正午。部屋には小さな呻き声が響いている。

「――ッ! もう少し丁寧にできないかい?」

「このシビル様を散々、消毒液でいじめてくれたお礼だよ」

 額にできた傷に、薬草の上澄み液を染みさせた綿でなぞっていく。その度に苦悶の表情を浮かべるレイを見て、シビルは何度も噴き出す。

「これでおしまい!」

 包帯を巻き終えたシビルはぐーっと大きな伸びをする。朝から身体中の傷の治療を代わる代わるやり、運動とは違った鬱陶しい疲労感が溜まっていた。

 あの屋敷に囚われていた子供達は、全員無事にこの宿屋に辿り着いた。ベル、リーン、レミの三人がしっかりこの街まで連れて来てくれた。だが、そのあとに彼らの姿を見ていない。

 元奴隷の子供達はこの宿屋の女主人の計らいで、街で仕事をしながら親を探していくことになった。

「何人かはこの街の連れ去られた子供だったんだってさ」

 思い出したように話しはじめるシビルが、ベッドに寝転がる。

「寝るなよ? もう出発するんだから」

 レイが呆れるように忠告する。

 部屋の荷物はすでに馬車に運ばれており、残すは彼ら二人だけだ。

「じゃ、行こっか」

 弾かれたようにベッドから飛び出したシビルが、騒がしく部屋を出ていく。レイも頭の傷に響かないように注意しながら、彼女のあとを追っていった。

 宿屋を出て、馬車を止めている宿屋の脇へ向かう。馬車の辺りがなにか騒がしいとレイは首をかしげた。

 馬車の周りには子供と、その預かり先の住民であろう大人達が彼らを待っていた。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとー」

 たくさんの感謝の声が飛んでくる。そんな光景に二人は顔を見合わせ、くすりと笑う。

「たまには悪くないね」

「英雄になるためにやってる訳じゃないんだけどなぁ」

 子供達の歓声に肩をすくめるレイが苦笑いを浮かべる。こういう目立つことには慣れていないのだ。

「おにいさん! けっこんしてー!」

 子供の中のひとりが発したその言葉にシビルが反応する。

「残念でしたー、このお兄さんはあたしのモノなんですーっ!」

 首に巻きつくように抱擁するシビルに負けじと、その少女もレイの腕にぶら下がるように抱き着く。

 何かの遊びと勘違いしたのか、子供達が我先にとレイ達にぶら下がりはじめる。彼らが解放されたのは、それから十数分経ってからだった。



「あの三人、あそこにいなかったな」

 馬車を操りながら、疑問を口にする。三人とは街で助けた奴隷だった彼らだ。

「奴隷の子達を助けるときに、何人か殺すところを見られちゃってたしなぁ」

 失敗失敗と笑いながら頭を掻くシビル。

「そんな性格じゃないと思うんだけどなぁ? 真っ先に仕事口の斡旋を頼んでおいたし、もう仕事でもしてるんじゃないか?」

 くすりとシビルが笑う。

「真っ先に厄介払いしたのに、気にしてるの?」

 さも当たり前のようにレイに抱き着くシビルが、ニヤニヤと笑みを浮かべながら彼に聞く。

「いや、旅商人とか危ない事ばかりだろう? やっと自由になったのにこんなことの手伝いをさせられないだろ?」

「あぁ。だからわざわざ給金を少ないって言ったんだー。優しいことで」

 あたしにもそれくらい優しければなー、とシビルが唇を尖らせる。

「でも、本当にそれがさ、本人達にとって一番だったのかな?」

「なにをいきなり?」

「預けられた先がまたその子達を奴隷みたいに使ったりしないとは限らないよ」

 そんなことか、とレイが小さく息を吐く。

「また助ければいいさ。それまで耐えてもらわなきゃいけないけどな」

 そうだね、と呟いたシビルがレイの隣に座る。そして、吐き出そうとした質問をこっそりと飲み込む。その問いの答えはあの時に貰っていたと気づいたからだ。

「二人とも仲良いわね」

 びくっと肩を震わせた二人が振り向くと、赤い髪にいくつもの藁を突き刺したベルが立っていた。レイに貰った服も藁だらけだ。

「ふふーん。お給金のためだけに仕事を選ぶわけじゃないんだからね! ほら、もう出てきなさい!」

 少女の呼びかけに応えるように、クローゼットからレミとリーンの二人が顔を出した。

「えっと、ごめんなさい。どうせならびっくりさせようって話になって……」

 リーンが申し訳なさそうに頭を下げる。その陰に隠れているレミの釣られて頭を下げた。

「えっと、気にしなくていいよ。聞いたとは思うけどそれなりに余裕はあるし、なによりシビルの相手をして貰えるのは助かるし、歓迎するよ」

「なによー。あたし邪魔みたいじゃん!」

 駄々をこねるように足をばたつかせながら不満を露わにするシビルの頭にレイの左手が乗せられる。

「あとであのドレスの調整してやるから大人しくしててくれ」

「うん、約束だからねー」

 上機嫌で鼻歌を歌いながら荷台に戻ってきたシビルは、置いてある毛布を取ると藁の山に飛び込む。

「それ、気持ちよさそう!」

 自分も自分も、と藁の山に飛び込んでくる子供達に潰されながら、年上であることを前面に押し出して、最高の眠り方のレクチャーを始めるシビルをレイが小さく笑う。

 ちょっとだけ賑やかになった旅路の行く先に思いを馳せながら、青年は大きな欠伸をするのだった。

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