狂気と二人
暗闇でぞろぞろと列をなす小さな影の群れ。先頭の三つの影は小さく震えていた。
やがて、彼らの眼前には街という大きな灯りが姿を見せる。それと同時に列のあちこちから声が上がった。
森の入り口とでもいうであろう場所にひとつの屋敷があった。
その屋敷の真新しい真紅の絨毯の敷かれた大広間。絨毯だけでなく、床も、壁も新しいものだ。その内装の配置も、貴族の屋敷に似せてはあるが、どこか無骨さが残っている。いかにも成金が建てたそれだった。
そんな屋敷に多くの客が集まって、用意された椅子に座っている。その誰もがわざとらしく輝いた装飾品を身に着け、側に隠すこともなく大仰に武器を担いだ用心棒を控えさせている。
その中にひとり、場に似つかわしくないような簡素な服を着た青年が、壁にもたれてそれを眺めていた。
場内に響くお待たせ致しました、という声と共に、会場の空気が変わる。
「それでは皆様、オークションの時間です!」
それを待っていたかのように、青年が動く。その屋敷内の注目を引くように、司会の男に近付く。
「今日の商品は、何人だい?」
その問いに男がにたりと顔を歪める。
「十人も手に入りましたよ。それは上玉ばかりをね!」
司会が会場に響くように声を張り上げると、客から歓声が返ってくる。所詮はごろつきか、と吐き捨てた青年はその歓声に負けないように声を張り上げる。
「十人だ! シビル、合ってたか?」
「うん! 全員、ちゃんと逃がしたよ! 枷もあれより簡単な作りだったし余裕よ」
その声に呼応するように、少女がバルコニーから躍り出る。逃がした、その単語に反応し、会場内のごろつきが一斉に銃を構え、害悪である二人に向ける。
だが、彼ら二人の行動の方が早かった。再びバルコニーに身を翻すシビル、取り出したダガーで司会の足を切り裂いて、横へ跳ぶレイ。
乱れ飛んだ弾丸が同士討ちを生み出し、場内に悲鳴や苦悶、怒号が入り交じる。その中でも、二人は冷静に動いていた。人の隙間を縫うように動いて誤射を誘発させつつ、彼らの手足の筋を切り裂き、次々と無力化させていく。
「レイ! 下がれッ!」
少女の声に立ち止まるレイの眼前を銃弾が掠めた。
「あたしのレイになにしてんのよっ!」
その翼でバルコニーから急降下してきたシビルは、勢いのままにその手の幅広の剣で人波を薙ぎ倒す。そのまま彼女はレイの隣に着地した。
全員の注目が二人に向けられる。そんな中、レイが回転式拳銃を懐から取り出した。
「ただの拳銃とは違うぞッ!!」
シビルに気を取られて反応が遅れた彼らが武器を構え直そうと動く中、レイが引き金を引く。
複数の炸裂音の次に悲鳴。彼の拳銃から弾切れを知らせる撃鉄が空を叩く音が鳴る。目の前にはいくつもの死体と負傷者。拳銃では引き起こされるはずのない規模の圧倒的な制圧だった。
レイの拳銃には特別な改装が行われていた。それも原形を留めないほどの大改造が。銃口が三つに増えており、それに伴って、弾倉が肥大化して三発が一組となっている。しかも内蔵されたモーターによって連射式となっていた。
「終わったみたいだな」
小さく呟いたレイが空薬莢ごと弾倉を外し、弾の込められている新しい弾倉を取り出してリボルバーに装着する。装弾数が多くなっているために、ひとつひとつ弾を込めていては時間がかかりすぎるのだ。
「まだ人がいそうだよ。さっきから奥がうるさい」
暗く伸びた廊下に目を向けるシビル。煩わしそうに目を細めている。
「ご苦労様、正義の味方さん」
丸々太った老人が二人を睨みつける。口調は落ち着いているが、子供の競売を阻止された挙句に部下や客を殺されたために怒りがにじんでいた。
二人の周りには武装した男達が囲んでいた。仲間を何人も殺されているのだ、その動きの中に隙はない。
「最高のビジネスだったんだがなぁ。お前らに嗅ぎつかれる前はなァ!」
「ぐ……ッ!」
豪奢な装飾がされた杖がレイの側頭部を襲う。その衝撃に無様に地面を転がる。レイの額を一筋の血が流れる。
地面に倒れながらも、レイの瞳はシビルを捕らえつづけていた。そして、その異変に気付く。
「……シビル?」
「ごめん、レイ……」
虚ろな目をしたシビルが頭を垂れる。最後の一息を吐き出すようなかすれた声で二の句を絞り出す。
「――もう我慢できない」
刹那、彼女の身体がゆらりと揺れる。否、そう見えた。気付いたときには左右にいた男の頭がねじ切られていた。
それに気付いた男は彼女に銃を向けるが時すでに遅し、首を裂かれて鮮血を上げながら悲鳴も上げれずに崩れ落ちる。
その男のナイフを引き抜いたシビルが返す手で後ろにいた男の銃口にナイフを刺し込む。それと同時に放たれた弾丸の威力は行き先を失い、その銃身へと衝撃を伝達していく。にたりと口を吊り上げた少女が飛び退くと、銃が持ち主の腕ごと破裂した。
一瞬で護衛を失い、優勢から劣勢に転じた老人がずりずりと後ろへ下がっていく。
青かったはずの瞳を赤く光らせ、老人へとその歩みを進めていく。その目はこの老人を獲物としか見ていないだろう。
「シビル! 待てッ!」
そんな彼女の前にレイが立ち塞がり、そのまま彼女を強く抱き締める。彼女の指が肩に食い込む。
「頼む、これを飲んでくれ!」
小さな瓶に入った真紅の液体を彼女の口に流し込む。びくん、と震えた彼女の身体が力なく崩れる。それをレイが支える。
「あり、がと……」
優しく微笑むシビルが青い瞳でレイを見つめる。
突然、彼女が手に握るナイフを投げ放った。そのナイフはレイを狙おうと散弾銃を持ち上げた老人の右肩に突き刺さった。
「あいつ、どうするの?」
抜き放ったマチェットを老人に向けるシビル。彼女はゴミを見るような眼で老人を睨んでいる。
「この騒動の主犯だから生かしておこう。部下が反乱を起こしたってことでさ」
いいねーと賛同を発するシビルが上機嫌で部屋から出ていく。
「彼女のこと他言したら、容赦なく殺しにきますからね」
突き刺さったままのナイフを捻りながらレイが囁く。老人は苦悶の唸りを上げながらも頷いた。