仲良し二人
「ふぅ、つっかれたー」
荷物を置いたシビルが一直線にベッドに倒れこむ。
「あぁ、入っていいよ」
ドアの前で呆けている三人を手招きする少女は、部屋に入って気が抜けたのか、ローブの端々から透き通る白磁のような肌が覗いている。
だらしない彼女に促された三人は、おずおずと部屋に入ってくる。
「お客様がいるんだから、しっかりしてくれよ」
「今はあたしの部下なんだからいいじゃん」
「おまえは俺の部下だ。命令を聞け」
丸まった洋服店のポスターで文句を垂れるシビルの頭を叩いたレイは、部屋の隅で縮こまる三人に笑顔を浮かべる。
「その袋、ここまで運んでくれた給金だ」
さらりと述べた言葉に目を白黒させる三人。その顔はいよいよ訳が分からないという表情に変わる。
「貰ってあげてよ。そういうの表現するのが苦手なんだよ、レイはさ」
にこにこと得意げにシビルが補足をすると、レイはばつが悪そうに顔を伏せてしまう。
それを見て気をよくしたのか、シビルが勝気な笑みを浮かべる。
「君達を助ける前もさ、いつもはけちなくせに高いドレス買ってくれたりさ」
自慢げに鼻を鳴らしたシビルが、恥ずかしそうにそっぽを向く青年の金色の髪を指で弄る。髪をそっと撫でる彼女の瞳はどこか暖かい色をしていた。
「待って、私が先に開けるわ。危ない物だったらいけないし」
未だに疑い半分の眼をした赤毛の少女が、抱えていた紙袋を慎重に開けていく。糊が剥がれるパリパリと小気味いい音が部屋を包み込む。
「え、これ、いいの……?」
少女はじっとレイを見つめる。その目に灯っていた敵意はすっかり鎮火してしまっていた。
「気が変わる前に貰っといた方がいいよ。なんせ、けちんぼだからね」
「え、えぇ。いただくわ」
紙袋から出てきたもの。それは小さな子供用の服。それが何枚も綺麗に折りたたまれて入っていたのだ。
それを見た他の二人も袋を開けて、おぉ! と歓声を上げる。三人とも嬉しそうな表情をしている。
「ほら、プレゼントは好評みたいだよ」
にっこりと笑顔を浮かべるシビルが青年の頭を掻き回すように撫でる。青年はそれを嫌がる素振りも見せず、三人の子供達を眺めていた。
「……似てたから助けたの?」
ゆっくりとレイの隣に腰掛けたシビルが、溶けそうなくらい優しい声で尋ねる。質問にその青年は答えずに笑みを浮かべる。それだけで十分だというように、そう、と呟いたシビルはレイの肩に体重を預ける。
レイの手が少女の頭を優しく撫でた。
「さあ! 君達は晴れて自由の身だ!」
服へ向いていた注目を自らに集めるように声を張り上げたレイが、すっと立ち上がる。どこかの王がする演説の様に両手を広げる動作までつけて。その声に子供達はビクッと身を震わせたあと、彼らは互いに顔を合わせる。
「あの、私達、居場所がないんです。……あなた達のところで働かせてもらえないでしょうか?」
レイの手を掴み、馴れないであろう敬語を織り交ぜながら、不安げな顔でレイに頼み込む子供達。レイはしばらく考えたあと、にっこりと笑顔を浮かべる。
「給金がお小遣いくらいになりそうだけどいい?」
「は、はい! ありがとうございますっ!」
その答えに緊張が解け、三人の顔に明るい笑顔が戻る。だが、それに反応したのは子供達だけではなかった。
「レイ! あたしの財布はがっちり握っといて、この子達には給金渡すとか聞いてないよ!」
一銭も貰えていなかったらしいシビルが、レイに飛び掛かる。ひらりとローブが舞い、その下に着ていた露出の多い黒い服が現れる。
ひっと三人が短い悲鳴を上げる。彼らの視線はシビルの背に注がれている。
彼女の背中に一対の翼が生えていたのだ。黒く、蝙蝠のような翼のような形の翼は悪魔を連想させる。
「ストップ! 子供達怖がってるし」
髪を引っ張るシビルの顔を押しながら、レイが叫ぶ。まるで子供の様な喧嘩に、怖がっていた子供達もだんだんと呆れはじめていく。
最後には子供に仲裁され、喧嘩は収束した。
「で、これについて聞きたいのかい?」
少女の背中から生える漆黒の翼を指でなぞるレイ。それがくすぐったいのか、少女の身体がぷるぷると震えだす。
「彼女は半分だけ悪魔なんだよ。昔、大怪我をしてね。助かるために俺が勝手に悪魔と取引したんだよ。そのせいで、元の身体は首から上だけになったけど」
ね、と顔を見合わせて微笑み合う二人。その様子は彼らを繋いでいる絆が見える様だ。
「見ての通り、悪い奴じゃないから仲良くしてやってくれ」
「なんか照れるなぁ。まあ、よろしくね、えっと……」
差し出された手を取った赤毛の少女がにこりと笑顔を見せる。
「ベルよ。こっちの子がリーン、これがレミよ」
黒髪の少女、茶髪の少年を順に指差しながら、ベルと名乗った少女が紹介をしていく。紹介された二人は慌てふためきながら、頭を下げた。
「で、レイ。もうしばらくこの街にいるの?」
ベッドに転がったシルバが尋ねると、レイは頷く。
「あぁ、やることが出来たし」
「やっぱり? じゃあ、この三人に聞かなきゃね」
二人に振り向かれた子供達が顔を見合わせ、首をかしげた。