特等席
町一番の金持ちの別荘が焼け落ち、町一番のサーカス団員が消えた翌日。大量の荷物を抱えた二人組がサーカス小屋のテントの前で立ち止まった。その中からは大きな歓声が聞こえてくる。
「このサーカスの紅一点、ロランスは修行の旅に出ました。ですが、この場所に彼女の想いが染み込んでいます! 遠くの地からでも公演の成功を祈っていることでしょう!」
二人はよく知った声に笑みを浮かべ、互いの顔を見合う。二人とも何かを話そうと口を動かして、考えていることは同じだろうと口を噤み、ポケットから紙切れを取り出した。
そして二人は荷物を抱えたまま入場し、興奮しきった観客の群れに混ざった。
ステージの上では、二人の見知ったピエロが数えきれない火の玉を涼しい顔で天に放っていた。その姿に二人は素直に感心する。彼に昨日の空虚な様子はない。それどころか、周りの声援に応えるだけの余裕すら見せている。
「動物が彼女に従っていたのも、彼女の正体に勘付いていたからなのかな?」
青年がステージを歩く猛獣達を見て呟く。その問いに、違うと思うよと否定する彼女の瑠璃色をした瞳は、じっとピエロの泣きそうな笑顔を見つめていた。
「ねえ、これ見て」
黙ったままショーを見ていた少女が突然、腕を上げた。突然呼びかけられた青年は怪訝そうに彼女の指が示す先を辿る。彼女の指さす先、テントの支柱から黒いトカゲが頭を出していた。その瞳はステージの真ん中を見つめたまま動かない。どの観客よりもしっかりとそのサーカスを見ているように感じる。
滑らかな動作で支柱を移動する黒トカゲを目で追っていた少女が口を開く。
「サラマンダーってドラゴンとか言われてるけど、小さなトカゲ、綺麗な女性の姿でもあるんだってさ。前に本で読んだことあるの」
「それなら、あの場所が一番似合ってる。さて、彼らおすすめのラクレットを食べて、出発しようか」
そう言った青年は青い瞳を輝かせた少女に手を引かれて、騒がしいサーカス小屋を後にした。
歓声に震えるサーカスのテントの中、空中で虚しく揺れる乗り手のいないブランコの上で黒トカゲが、少し頼りのないピエロの姿をいつまでも追いつづけていた。




