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秘密

 レイが放った銃弾は、襲撃者の右肩を正確に撃ち抜いた。それでも、その男は小首をかしげるだけで射撃を再開した。その切り替えの早さに、二人は角に隠れる。

「まずいな、数が違いすぎる……。仕方ない――」

 奥歯を噛み締めながら呟いたレイは独特の形をした拳銃の小さなスイッチを切り替える。その動作ひとつで拳銃に内蔵されたモーターが回り出し、虐殺装置への移行を終える。

 レイが飛び出して拳銃の引き金を引く。幾重にも重なった炸裂音が響き、襲撃者の二人が銃弾の雨によって人としての形を崩しながら、地面に倒れ込んだ。その様に残りの襲撃者もどよめきはじめる。

「ぼさっとするんじゃねえ! 撃たれる前に始末しろ!」

 襲撃者の内の一人が唾を撒き散らしながら怒号を飛ばす。その男がボスなのか、他の男達はその声に従うように後退りを止め、銃口をレイ達の隠れている曲がり角に向けた。嫌な気配を感じたレイが壁に飛び込んだ刹那、いくつもの弾丸が石の壁を削り取る。

 レイが滑り込んできた直後、シビルは猛獣と対立したような本能的な悪寒を感じ、身をすくめた。すぐに彼女はその悪寒の原因を知った。血走った眼で曲がり角から現れた男だ。薬によって理性を失い、狂気に塗り固められた表情でナイフを突き立てようとシビルに振りかぶっていた。

 だが、シビルと対峙するにはその動作は遅すぎた。彼女はナイフが振り下ろす前に、腿に隠された幅広のマチェットを引き抜き、男の腕を肩から切り上げたのだ。切断された腕は宙を舞い、後へ続こうとしていた男達の眼前に転がった。

「邪魔するのなら、容赦はしないよ」

 片腕を飛ばされた男にぼそりと囁いたシビルが、動きを止めた後続の前に男を蹴り飛ばした。その男の腕の断面を見た男の一人が蹲ってしまう。直後、その男と片腕の男の頭、二つが吹き飛んだ。

「お前ら、シルビォ様の命令が聞けねぇのか? さっさと殺せッ!!」

 自らをシルビォと呼んだ男は腰を抜かす部下達に向けて怒り、銃口をシビルに向ける。

「お嬢ちゃん、無茶苦茶強いじゃねぇか。お嬢ちゃんの過去……、ろくでもねぇな? 話してくれねぇか?」

「なんでそんなこと……。どこにでもあるお涙頂戴の話でもしてほしいわけ?」

 男を睨むシビルの瞳に赤い陰が射し、瑠璃色と溶け合う。

「言わなくてもわかるさ、その目、悪魔だ。しかも、厄介なくらいに高位な奴だ。それに悪魔の少女なんて、この業界じゃ有名だ。たしか、一夜で燃え尽きた村の――」

 何かを口にしかけた途端、シルビォがいたはずの石畳が吹き飛んだ。

「喋り過ぎは感心しないよ、おっさん」

 煙の上がるマスケットを手に、シルビォを睨むシビルが重い声で威圧する。その彼女の表情を見て、シルビォがにやりと笑う。何かを知っているような顔で鋭い眼光の少女を見る。視線に気味悪さを感じ、小さく身震いをするシビル。

「お前さん、熱くなり過ぎだ」

 シビルが気味の悪さの正体を知ったときには、奴の手下二人に後ろに回り込まれた後だった。

「伏せてっ!」

 シビルは咄嗟に叫んで、レイを押し倒す。その声にいち早く反応したコンラートも、ロランスを自らの背で庇うようにして倒れ込んだ。

 それとほぼ同時に、銃声が響く。転がったままのレイが引き金を引いたのだ。特殊な形状をした銃口から銃弾が面となって不意打ちを試みた襲撃者の頭部を消失させた。

 どちゃりと頭部を失った死体が血だまりにくずおれる音と、発砲の反響音だけが残る路地に小さな苦痛の声が漏れる。それは肩を撃ち抜かれたコンラートが吐息まじりに発する声だった。

「コンラートを連れて逃げろッ!」

 壁の向こうを確認しながらレイが叫ぶ。だが、その声に反応する者はいなかった。代わりに、曲がり角でカバーし合う二人の横を、何かがすり抜けていった。

 彼らの目が捉えたのは、ひらひらと揺れるドレスの裾に黒い髪。それを狙うシルビォの銃口だった。コンラートが彼女の名を呼ぶが、それも銃声に掻き消されてしまった。

 襲撃者がいることを気にすることもなく飛び出したコンラートの目に飛び込んできた景色は、赤一色だった。その景色に三人は茫然と立ち尽くしていた。

 三人の眼前には炎の壁が高くそびえていた。それは空間を分断するように、何処からともなく噴き出し、敷き詰めてある長方形の石をもチョコレートのように溶かしている。

「ごめん」

 火焔の向こうからはっきりとした声が聞こえてくる。それはまごうことなくロランスの声色だった。それに対応するように、炎の壁が蝋燭を吹き消すように簡単に消滅した。

「ヴァレリ達が嗅ぎつけた臭いの正体はこれだったか……」

 彼らの眼前には巨大なトカゲがいて、シルビォを尻尾で締め上げていた。肌は深緑をしていて、口先からちらつく舌の赤さが際立って見える。

 尻尾で巻かれた場所から黒い煙が燻り、肉の焼けるような臭いが路地に漂う。

「ねぇ、ケリーの居場所を教えてよ」

 暗い声でシルビォの身体を壁に叩きつける。短い苦悶の声を上げたシルビォが苦しそうに咳き込んだ。さっきの炎で喉を焼いてしまったのだろう。絞り出すようにシルビォが声を上げる。

「……別荘。奴は丘の上に別荘だ。そこで俺達の報告を待っている。なあ、言ったから助けてくれよ。いいだろ? 俺達は雇われただけな――」

 五月蝿いとばかりに丸太ほどの太さがある尻尾で薙ぎ払われたシルビォは悲鳴も上げられず、地面をのたうち回った。シルビォは突如発生した炎の渦にそのまま飲まれた。悲鳴すら上げれずに肉を焼き落とされたようで、一瞬で消えた炎の中には頭骨が転がっているだけだった。

「ごめん、コンラート。それにお二人さん、変なことに巻き込んで悪かったね。コンラート――愛してるよ。これからも」

 トカゲは目を細めると、彼らに背を向けて歩き出す。壁から噴き出した炎がその姿を掻き消す。足音は地鳴りのような音から、ヒールが奏でる軽快な音に変わっていた。

 コンラートは涙を流しながら、炎に揺らぐ黒髪が見えなくなるまで彼女の姿を追いつづけていた。

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