逃走劇
市場はすごい賑わいだった。煉瓦造りの大通りに線を何本も引くように、色とりどりに塗装された幌付きの屋台が列を成し、その隙間をひしめき合う人々。肉に牛乳、野菜などの食料品から、東洋の細工物、楽器類や家具に服とありとあらゆる物が商品として出回っている。客寄せの大声に、値切る客の挑戦的な声色、住民の何でもないような雑談がそこにはあふれていた。その様に外から来た二人は圧倒されていた。
「この街の人達も捨てたものじゃないでしょ? あんな成金なんかに負ける街じゃないのさ、この街はね」
街を代表するかの様に胸を張りながら、ロランスが力説する。それをコンラートが半ば呆れながらも、その姿を見守っていた。その顔には少しの微笑みがある。街の一員として彼女の発言が誇らしいのか、恥ずかしく思っているのかまでは読み取れない。
レイが彼の顔を見定めるように眺めている間に、ロランスが人混みの中へ割って入ってしまう。そうすると彼の微笑みも崩れて、急いで彼女を追い掛ける。シビルは楽しげに笑うと、二人を目で追うレイの手を取り、その人波に突撃した。
人波を押しのけ、分け入った果てに着いたのは、道の角にある白を基調とした洒落た外装をした洋服店だった。よく来ているであろう二人があっさりとその中へ入っていく。尻込みをしたレイとシビルだったが、緊張しつつも店の中へと入っていった。
その店の中は外観よりも立派で、百、二百は下らない種類の服が、それぞれの個性が一目でわかるように並べられており、仕事の細やかさが見て取れる。
その店の真ん中辺りにコンラートが立っており、初老の女性と挨拶を交わしている。ロランスの方は服を探し回って、店を回遊しているようだ。ところどころにある低くなった棚の上を黒髪が通過していく。シビルも様々なドレスを純白の肌に当てて、大きな姿見の前で回っている。そして、値段を見ては落胆していた。
その中でもレイは、話し合う二人が苦い表情をしていることを見つけていた。
「どうかしたんですか?」
「あぁ、記者に彼女が嗅ぎつけられたらしくてね。入口が騒がしいみたいなんだ。それでこっそり逃げ出せるような出口がないかと思ってね。生憎、裏口含めて大賑わいらしい」
店内を覗けるガラスは全てカーテンで覆われているが、その間からいくつもの目が店内を覗き込んでいるのが見えた。たまにカメラのレンズも現れる。
「そんなの堂々と出ればいいでしょ」
いつの間にか彼らの後ろに回り込まれていたようで、二人の肩に腕を回しながら言った。だが、それをコンラートが制するように言う。
「それじゃあ、店が大混乱だ。そのときに怪我人が出るかもしれない。ロランスもそれはいやだろう? そうならないように穏便に済ませようって話なんだ」
彼の説得に唇を尖らせながらも、ロランスは口を噤んだ。彼女の扱いに関してはコンラートの右に出るものはいないほどで、あっさりと言いくるめて、すぐに自分の思考に戻ってしまった。そのやり取りの間にも野次馬の数は膨れ上がっていく。
「そんなこと、あたしに掛かれば朝飯前よ」
自信げな表情をしたシビルが名乗り出る。そして誰の返事を待つこともなく、大きく息を吸い込んだ。
「裏口から出てきたぞーっ!!」
その叫び声に外の野次馬が騒ぎ出した。角に建てられているという立地のため、群衆は二手に分かれて路地裏の方へ回り込んでいく。それを覗き窓から見送ったシビルが正面の扉を大きく開き、片手を大きく掲げた。
「ほら、簡単でしょ? 早く行こう」
その間中、シビルの顔は険しかった。真剣な目で周囲を睨むように見回していた。
「その顔――シビル、気付いてるみたいだね」
「まあ、流石にね。明らかにろくでもないのが何人か混ざってた。十中八九、そいつらが情報も流したんだろうね。混乱に乗じて何をしようってのかはわかんないけど、あたし達が得することじゃないのは明らかね」
心底、うんざりした顔のシビルが二人を連れて進んでいくが、すぐにその歩みを止める。
「隠す気もない殺気がいくつもある……」
道の先を見据えたレイが隠していた銃に手を掛ける。それを横目で確認したシビルが彼の手を引き、あとの二人を手招きし、脇道へと入っていく。
「奴ら、銃の存在に気付いてる。普通のごろつきなんかじゃない――手練れだ」
「それどころじゃないよ。戦闘狂の目をしてた、交渉の余地なし。それに、あたしみたいのともやり合ってると思う」
一番の隠し玉の存在を知られているということだ。恐らく彼らの前で翼を広げようとも、怯むことすらしないだろう。それどころか、彼らの闘争本能に火を点けかねない。
「手練れって、何の話をしているんだ?」
「それでも、ここで片を着けないとね」
コンラートを無視したシビルとレイが反転し、隠す素振りもなく、武器を取り出す。彼らは四人を見つけるまで執拗に追ってくることは間違いなく、旅商人の二人はともかく、ここに住んでいるコンラートとロランスにとっては死活問題だ。
それから十秒も経たぬ間に複数の人影が現れる。その手には大きな拳銃。どう見ても素人が手にする武器ではなく、それを馴れた手つきで弄り回している。レイはあることに気付いていた。
「シビル、こいつら……」
「うん、わかってるよ。薬で理性飛ばしてるね、こりゃ」
シビルが準備運動をする後ろでロランスがその男達を睨んでおり、それをコンラートが引きずりながら路地の裏へと後退していく。
無言で頷いたレイとシビルの二人が飛び出すと同時に、両者の持つ拳銃の炸裂音が響いた。




