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それぞれのいる場所

 旅商人の二人が借りている宿の部屋に、扉を叩く音が響く。一度目は三回、控えめに。二度目は幾度も、やかましく。

 レイが木の扉を開けると、そこにはコンラートがロランスを静かに叱りつけている姿があった。それは子犬のしつけの様に似通っていて、レイの後ろで少女が声を上げて笑う。それを見つけると、小言を無視するように笑いつづける少女に挨拶しながら手を振るロランス。それを見た男二人は目を合わせ、苦笑いを浮かべる。

「昨日は助かりました。危うく明日の公演ができなくなるところでした」

「いや、犯人に意図を聞き出せずじまいという結果ですから」

 コンラートの言葉にレイが小さく頭を下げる。その後ろにいる二人は、どうせケリーの仕業だと口々にまくし立てている。そんなことは二人もすでに弁えている。

 そんな様子に痺れを切らしたのか、ロランスが「そろそろ本題といこうよ」とコンラートの腕を叩く。コンラートがそんな彼女を宥めながら、それではと話を区切る。

「この街には数日前に着いたばかりなんでしたよね? よかったら案内させてください」

 コンラートが帽子を胸の前に置き、浅く礼をした。頭の後ろで腕を組むロランスは、面倒臭そうにそれを眺めている。

「つまり、一緒に街へ行こうって話だよね?」

 そう言ったシビルはその返事を待つことなく、準備のために部屋に引っ込んでいった。


 レイ達二人が宿から出ると、ロランスがどこから取り出したのか、つばの広い帽子を被っていた。その帽子はサーカスや普段の節々に垣間見えるぶっきらぼうさの中に、上手いこと上品さを織り込んでいるようで、雰囲気が変わったように感じた。

「朝食は取った? いいところがあるんだけど、行かない?」

 にっと口の端を上げたロランスが演技っぽく、帽子のつばを人差し指で押し上げた。彼女のその姿は美しさと凛々しさを体現しているような、一流演劇の主役のような振る舞いだ。シビルですらその姿に惹きつけられ、ため息を吐いた。店に着くまでの間、彼女の色気という話題で、シビルとロランスの会話は途切れることはなかった。

「あそこだよ」

 少し自慢げにロランスが指差す先には、小さなテラスと美しく手入れされた園芸が特徴的な小さな建物があり、店内に設けられた席は半分ほどが埋まっている。閑古鳥が鳴くほどでもなく、行列ができるほどでもない、程良い客の入りだ。その中へ迷いもなく入っていくロランスとコンラート。レイとシビルも後ろに続く。

 店主であろう白髪交じりの男が、コンラートらと軽い挨拶を交わすと、鋭い視線を見知らぬ二人組に向ける。

「ロー、彼らは友人だよ。二度も助けてくれたんだ」

「お前達が騙されるとは思っていないさ。ただ念のためだ」

 コンラートの紹介によって、ローと呼ばれた男から視線の刺々しさが失せ、座ってくれと店の端にある席を指差される。それは彼が指差すまで気付かなかったような一番目立たない場所だ。

「彼はロー。詳しい過去は知らないけど、僕らによくしてくれるんだ。ああ見えて、意外とお茶目なところもあるんだ」

 ね、と彼と顔馴染みらしい二人が頷き合う。

 彼らは当たり前のように、人々から背を向けるように座っている。ロランスは上品な服装で、昨日のサーカスのときのような攻撃的な服装ではないし、特徴的な日焼けした肌も隠れているので見つかることはないだろう。コンラートに関してはピエロのメイクをしていないので、何の問題もないはずだ。

 心地よい喧騒の中、配給係の手で料理が運ばれてくる。人数分の大きなタルトが彼らの前に並べられる。

「勝手に頼んじゃったけど、よかったかな? ここのキッシュはオススメなんだ」

 すでに口の中に料理を詰めたロランスがもごもごと口を動かし、彼の話に賛同の意を表している。そんな彼女が二人に催促するように、美味しそうな湯気を上げるキッシュと彼らの顔を交互に見ている。

「じゃあ、いただきます!」

 待ちきれないとばかりにシビルがキッシュにナイフを入れる。すると切れ目からさらに厚い湯気が噴き出す。生地の黄金色と野菜の深緑色の断面を見たシビルが思わず、感嘆の息を漏らす。それを冷めないうちにと一口分に切り、口に運ぶと、飲み込む前にレイの背中を叩いて、もがもがと聞き取れない言葉で食べることを催促しはじめる。

 もう少し大人しくしなさいと彼女を諭しながら、彼もキッシュを口にする。そのときの彼の表情の変化を見て、ロランスとコンラートが得意げに顔を見合わせる。

「美味しいでしょ? 他にはラクレットとかもオススメだよ」

 そう言ったロランスはいつの間にか料理を平らげていて、二人が食べるのを面白そうに観察している。

「あんた達と一緒なら楽しそうだね。――ねぇ、ウチに来ない?」

 その誘いにレイが首を振り、握っていたナイフとフォークを皿に置いた。

「それは嬉しいが、遠慮させてもらうよ。旅をする方が性に合ってるんだ。それに我々が一緒すると迷惑するよ。なんせ、色々なことをしてるから」

 薄気味悪い笑みを浮かべ、ロランスの瞳を覗くレイ。彼の纏う雰囲気が一瞬だけ揺らいだ。その変化に気付いたロランスは小さく身震いをする。それを隣で眺めていたシビルはただ眉を微かに動かすだけ。それに気付いたロランスがおどけるようにこう言った。

「でもうちのサーカスだって元は旅芸人なんだし、ここを追い出されたら道中で会うこともあるかもね」

 そうかもね、と適当な返事を返したシビルは残りの料理を一気に頬張った。

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