悪徳と二人
夜が明け、陽が真上に陣取ろうとしているころ、二人は街を歩いていた。
昨日の深酒のせいか、レイは片手でガンガンと痛む頭を押さえながら、なんとかシビルに着いていけているといった印象だ。
対するシビルは、けろっとして昨日よりも元気にはしゃいでいる。さらにたちの悪いことに、二日酔い全開のレイもそれに引っ張り出していた。
「なぁ……、帰ってもいいか?」
もちろん彼もそれが通用するなどとは思っておらず、返事がないということに答えを察し、大人しく彼女の街の探索にあちこち引っ張り回されていた。
「わぁ……。かわいい、これ」
シビルが目を止めたのは淡い桃色のドレスだった。目玉商品なのだろう、展示台の真ん中を飾っていて、値段も高級品と呼ばれるものと大差ない。そのドレスは商人になって日の浅いレイの目からでも高級品だと断言できる精緻な作りをしていた。
しかし、当のシビルは欲しいとは決して言わない。口では、けちとか、銭貯めおばけとか悪態をついたりするが、周りの状況も考えている。少なくとも彼女の同年代と比べたらそう言えるだろう。
シビルがレース生地の細かさに感心していると、ガラス越しに見える店内でそれを見つけてぎょっとする。レイが彼女の方を、正確には彼女がうっとりと眺めているドレスを指差していたからだ。楽観主義の彼女でもさすがに慌てて店に飛び込む。
「いや、ちょっと! なにやってるの!?」
「いや、値切ってたんだよ。ですよね?」
店員は少し困った表情で、えぇと頷いた。どうやらこの男、すでに性根まで商人に染まっている、とシビルはうなだれる。
「じゃあ、それでお願いします」
商談が終わったのか、店員が奥に引っ込む。在庫を取りに行ったのだろう。それを見送るレイの顔は満足げだ。
「保証、調節なしで、宣伝広告を馬車に貼って四割引き。上々だろう?」
どう反応していいのかわからず、少女は真っ赤になりながら俯いてしまう。自分のためと分かっているだけに文句すら言い難いのが煩わしかった。
「どうぞ。久々に商売魂に火が点きましたよ。商売上手な旦那さんですね」
またか、そう思いながら、なぜか商売魂を燃やしていた店員からドレスを受け取る。彼女の心にはもう色々なものが渦巻いて、ただひたすらに顔が熱かった。
彼女の熱の元凶である青年は店の前で立っていた。掛ける言葉が見つからず、呼吸すらおかしくなっているシビル。
「う、あ、えっと……、ありがと」
少女が顔を上げると、彼の視線は別の一点に注がれていた。
「あぁ」
シビルもそれを確認すると、目を細める。
ボロボロの服を着た子供が三人と、ガタイのいい男。――奴隷商だ。この広大な大陸では様々な国が乱立しており、統一されていない。それぞれの国の法の抜け穴を使って、様々な悪党が蔓延っているのだ。この国を例に挙げると、人を攫うことは罰せても、人の売り買いは罰することができないのである。
その奴隷商にレイが近付いていく。
「やあ、その奴隷くれないか?」
本人は悪党を演じているつもりらしいが、どうにも怖くないとその様子を眺めるシビルが小さく笑う。
「おう、兄ちゃん。一人金貨四枚だ」
その男がそう言いながら指を三本立てる。あぁ、そういうことか、とシビルがニヤリと笑う。どうやら薬漬けで頭が回っていないらしい。
にこにこと笑顔を浮かべたまま、しゃがみ込んだレイが両手の指を全部広げてみせる。
「三人で金貨十枚でどうだい?」
その提案に男は、うん? あぁ? と唸ったあと、まあいいかと呟いた。本当に頭が回らないようで、まるで簡単な計算すら出来ていない。きっと薬が買える額以上だったのか、簡単に了承する。
「まいどありぃ」
葉巻のようなものを咥えながらレイに三人を繋ぐ鎖と鍵を手渡す。きっと、あの咥えた葉巻が薬なのだろう。男は地面に寝転がりはじめる。自我があるかどうかすら怪しいほど精神が崩壊しているようだった。嫌悪感を覚えたシビルは意識してその男を視界の外に追いやりながら、レイが戻るのを待つ。
「相変わらずレイは、ああいう連中嫌いだね」
奴隷の子供三人を連れたレイに笑いかけるシビルは、彼のいらだちを抑えるために彼を抱きしめる。
「アツアツのところ悪いけどさ、助けたつもりなら、これを外してくれない」
赤髪の少女が、首に巻きつく堅牢な枷を叩く。他の二人も言葉には出さないが、苦痛に顔を歪めている。
レイの手によって、煉瓦なんかよりも重そうなその枷が外されていく。
「一応、これも持って帰るけどいいかな?」
重そうな枷を三つ、片手で持ち上げたシビルが三人に出来るだけ優しく尋ねる。この枷自体に嫌悪感を示しているなら、捨てるしかないと考えての質問だったが、誰も拒否する者はいなかった。
でも、とレイが笑顔を子供達に向ける。その気味悪い笑顔に、子供達が後退る。
「金貨十枚分は働いてもらわないと」
「……ぷっ。さすがはレイ。けちぃね」
いつものことだ、と言わんばかりに笑い出すシビルに当惑する子供達。
「そんなにこき使われないと思うよ」
子供達を安心させるために頭を撫でるシビルが、任せる仕事内容を考えているレイに視線で合図を送る。
「じゃあ、まずはこれを宿屋まで、ね?」
笑顔で大きな紙袋を三人に渡すレイ。中身は子供でも持てるくらいには軽いようだが、その体積のせいで前の景色がよく見えないようで、一生懸命に首を振りながら前を確認している。
結局、宿屋に着くまでにはその荷物の量は二倍に増えて、レイもシビルも両手に荷物を抱えていた。