悪魔達の宵
コンラート達は、ケリーへの対策の話し合いをするために宿舎の中へと行ってしまい、レイ達は帰路に着くこととなった。
石造りの家々に挟まれ、縦に割れた天に瞬く星空の下、二人は冷たい夜風が吹き抜ける路地を並んで歩いている。少女の手が隣を歩く青年の腕を絡めているが、彼はそれをさして気に留めていない様子だ。つれないなぁ、と唇を尖らせるシビルが近付いてくる人影を見つける。
「げっ」
シビルが上げた嫌がる声に、対する人影の片割れも不満そうな声を出す。
「人じゃない者の臭いがすると思ったが、夢魔だったとはな。この一週間が無駄か……」
茶色の長い髪を頭の後ろで結んでいる男が、すぐに使えるように留め金を外して握っていた銃から手を離し、ホルスターの留め金を留め直す。それでも彼の目はシビルを睨んだまま離さない。
その後ろでくすくすと笑うのは、隣の男より一回り小さな少女。彼女もシビルと同じように、異常なまでに整った美しい顔立ちをしており、精巧な人形のようだ。純白の布を幾重にも重ねたような珍妙な衣装を纏っており、彼女の蜂蜜色の髪を際立たせている。
「ヴァレリ、仲良くね」
その少女がシビルより幼く、甘ったるい声で男に注意をした。すると、少女からヴァレリと呼ばれた男は小さく舌打ちをしたものの、渋々とその口を噤む。
「また悪魔退治かい?」
レイが訊くと、あぁ、と小さく頷く。すぐに無駄足だったようだが、とシビルを見た。
「そっちはまだ、その夢魔と流浪しているのだろう?」
「夢魔じゃないですーっ! 半魔だから! 理解してよね、この根暗っ!」
ヴァレリの言葉にレイが返す前に、シビルが割って入る。どう見ても夢魔だと言い切る彼に、さらに言い返すシビル。そこからは売り言葉に買い言葉、二人が終わりのない言い合いを始めてしまった。二人の間に騒がしく漂いはじめた険悪な空気を避けるように、レイと白衣の少女が一歩下がる。
「やあ、ターニャも久しぶりだね」
「半年ぶりくらい?」
相方の険悪ムードそっちのけで、話を始める二人。
「あの谷での話聞いたよ、随分な活躍だったみたいじゃないか」
「運が良かっただけ。今度は生きてる保証なんてない」
顔の相好を一切崩さずに口だけを動かす少女。彼女を初めて見たときには違和感を感じていたレイだったが、旅の中で会うたびにその違和感は消え、それを個性だと思えるまでになっていた。
「ふふ、あのときのヴァレリの慌てようは滑稽」
くすり、と小さく笑う少女。ヴァレリの話のときだけ見せる笑顔に、ヴァレリとの絆が垣間見える。そのときにだけ、彼女からその見た目相応の幼さがにじみ出る。
その笑顔が一瞬崩れる。苦虫を噛み潰したような表情で、その小さな身体をがくりと折った。
「レイ……。悪いけど、騒がずに、ポケットの薬、口に入れて――ッ」
ぜいぜいと肩で息をしながらも、レイにしーっと声を出さないように促すターニャ。ヴァレリに心配を掛けさせないようにするためだろう。
「一つでいいか?」
彼女のポケットに入っていた瓶に詰められた黒い錠剤を一粒、手の平に転がし出したレイが、頷く少女の口にその黒い薬を含ませる。彼女はそれをごくりと飲み下すと、大きく息を吐く。何度か深呼吸をして、いつもの無表情に戻る。
彼女もシビル同様、悪魔の呪いに縛られている一人なのだ。常に縛られ、布で吊るされた細い両腕に悪魔を宿らせている。その強大な力が人の身に害でないはずもなく、発作に苦しめられるか、完全に悪魔に堕ちるかという二択を迫られている。それに彼女らは発作に苦しめられるという道を選びつづけている。
「大丈夫か?」
発作のせいか、顔をわずかに紅潮させたターニャに問うと、口だけで器用に笑みを浮かべて小さく頷いた。やがて一呼吸置いた少女から「いつものこと」と細々とした声が返ってくる。彼女を見ると物語に出てくる病弱な子供を想起させるほどに弱々しい。余計な同情はいらないから、と彼の顔から考えを読み取ったらしいターニャが、レイの靴の先を軽く蹴った。
「もっと大事なものを心配するべき」
少女にそう忠告されたレイが、不毛な口喧嘩を繰り広げている少女をちらりと見る。その視線と組み合わせに気付いて、飛んできたシビルが二人の間に割って入る。
「あたしのいないところで唾つけてないよね?」
そんなことしないよ、とじとりと睨む少女に告げたターニャが、ヴァレリの元へゆっくりとした足取りで歩いていく。
「そろそろ行くが、その夢魔にそそのかされないように気をつけるんだな」
意地悪い笑みを浮かべたヴァレリと、彼の斜め後ろを歩くターニャを見送る。
彼らが路地から大通りの人混みに消えていくのを見届けたとき、レイは微かに漂う焦げ臭さを感じた。シビルもすでに感じていたようで、風上の方向をじっと見ている。
「サーカスのテントの方向か……」
顔を見合わせたレイ達は走り出した。




