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サーカス

 丸く組まれた木材を布で覆った巨大なテントの中。その会場は大いに沸いていた。その歓声は大地を揺らしていると形容するのに相応しいほどだ。

 その歓声の中心にいるのは細身のピエロの肩に乗ったロランスだ。群をなす大衆に物怖じすることもなく、笑顔を浮かべて会場の隅々にまで手を振っている。聞き取ることのできないほどに折り重なった声援が周囲から沸き上がっている。彼女に肩を貸しているピエロは恐らく、コンラートだ。片手で彼女を支えながら、空いた手で歓声に応えていた。

 それだけで彼らの人気が見て取れる。朝の市場よりも人がひしめき、より近くで彼らを見ようと騒ぎ立て、パニック寸前だ。

「この街にもう少し落ち着いた娯楽は無いの?」

 そんな熱狂した客達を、呆れと驚きが混じったような目で一瞥したシビルが呟く。すると、隣に座っている少し痩せこけた老人が小さく笑った。

「お前さん方、旅のお人ですかな?」

 レイが礼儀正しく挨拶をして肯定すると、白い髭に隠れた老人の口が動く。

「ケリーの看板見たじゃろう? 数年前に大陸からやってきたあの富豪が、この街の物を自分色に染めはじめたんじゃ。全てに自分の顔を描かせ、言うことを聞かぬなら嫌がらせをして潰す。典型的な成金のやることじゃよ」

「ここにはその手が及んでいない、ってことですか」

 元々面白かったがね、と笑った老人は置物のように動かなくなり、じっと歓声の中心を眺めはじめた。

 二人がぼんやりとその様子を眺めていると、レイ達に気がついたらしいロランスがコンラートの頭を叩いて彼らを指差すと、その手をひときわ大きく振った。二人はそれに応え、小さく手を振り返す。それにニッと笑って返したロランスが、コンラートの肩から勢いよく跳ぶ。

「さあ、そろそろショータイムだよ! 席に座りな!」

 用意されたブランコに飛び乗った二人がドーム状の中心へと舞い降りる。彼女らの着地と同時に会場中に再び、叫びにすら聞こえる歓声が沸き立った。

 彼らのパフォーマンスは、想像を絶するものだった。

 ロランスが馬と共に火の輪を潜れば、散った火の粉は花びらのように宙に舞う。コンラート扮するピエロがナイフを目にも留まらぬ速さでジャグリングすれば、ナイフの反射光が宝石のように煌めき、観客の瞳を魅了する。暴れまわっていた猛獣も彼女の鞭ひとつで、帝都の軍用犬よりも大人しくなってしまう。

 コンラートが異国の珍妙な乗り物の上で踊っているころには、レイ達二人もその虜になっていた。

「あのナイフ捌きを取り入れたらさ、相手も軌道を読みづらくなるよね!」

 ただし、かなり物騒な方向にではあるが。

 突如、ステージの裏から悲鳴が上がる。誰も状況を把握する暇もなく、ステージ裏から何かが飛び出してくる――熊だ。サーカス用の熊が逃げたようだった。だが、その眼の色に異常を感じたレイが立ち上がる。シビルも同じように立ち上がり、目を細くしながら暴れる熊を睨んでいる。

「魔術や暗示じゃないね」

 遠目から眺めただけでシビルはそう結論づける。二人は確認するように、上着の下に隠された武器を指でなぞる。

「大丈夫じゃよ。ほれ、見ておれ」

 立ち上がった二人を諭すように、老人がその杖で彼らの背を叩く。二人がその言葉に眉をひそませている一瞬の内に、悲鳴が大歓声によって掻き消されてしまう。その歓声の中心はやはりロランスだ。鋭い眼で暴走していた熊の前に立ち塞がり、睨みつけると、熊は腰を抜かすように、へなへなとその場に崩れ落ちた。

「……すごいな」

 その一連の騒動がパフォーマンスであったかのように、観客は彼女に賞賛を送っているが、ステージ上の慌て方からして、異常が起こっていたことは間違いない。それでも、ロランスが観客に応えることでそれを感じさせない。

 熊を入れた檻が奥に引っ込むと、団員がぞろぞろと集まり、観客に一礼する。どうやら終わったようだ。テント全体が歓声に包まれいる。小さな騒動はあったものの、なんとか無事に成功したようだった。


 片付けが終わった頃合いを見計らい、二人はテント裏に足を向ける。何かを運んでいたロランスが二人を見つけると、すぐに中まで通された。

「ちょっと待って。今、ちょっとね」

 目を細めたロランスが、テントの奥にいる男をを顎で指す。

「げっ、あの成金うぬぼれ野郎」

 シビルは汚いものを見るような瞳をその男に向ける。あの看板の男、ケリーがコンラートと二人で話している。その一触即発な雰囲気は、遠くにいる彼らにすら感じ取れる。

「きっと熊に細工したのもあいつ。あいつ、うちのサーカスを買収して、自分が団長になる魂胆なのよ」

「そして、自分中心のサーカスをしようってことか」

 レイがケリーを一瞥する。その恰好はいかにも成金が好みそうな、異国の獣の毛皮を使ったコートに、無駄に煌びやかな装飾品類を音が鳴るほど身体中に着けていた。

「仕方ない。今日はこれで失礼しよう。――どけ」

 低い声でそう言ったケリーを睨みながらも、シビルがその道を開ける。

「よく堪えたな」

 素直に感心したレイが彼女の頭を撫でる。

「これだけで許してあげたよ」

 ニシシ、と意地悪く笑ったシビルの手には三つの宝石。だが、彼女はそれを地面に叩きつけると、ブーツでそれを踏み砕いた。

「宝石を見る目すらないなんて、救いようがないね」

 あの男が身に着けている装飾品の宝石の全てが、無価値なガラクタか、偽物だった。それも少し知識があれば、一目で見分けられるほどの劣悪品だったのだ。中にはガラス製の物すら、いくつか混ざっていた。シビルはそれらを掠め取ったのだ。

「あ、昨日の。来てくださって、ありがとうございます」

 人懐っこい笑みを浮かべるコンラートが二人に手を差し出す。二人はすぐにその手を取って挨拶を交わす。

「売れってまた言われたんでしょ?」

「あぁ、力ずくでもいいんだぞって脅されたよ」

 コンラートはため息を吐くと、大きく肩を落とした。

「とことん人間の屑ね、あいつ」

 怖い怖い、とシビルが分かりやすくため息を吐く。その目は成金の男が消えていった方向を睨んでいた。

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