猛獣使い
指折りの都市に数えられる古都。石造りの街並みが有名なこの街の生活道である小路を二人組の男女が歩いている。
男の髪色は金をしており、十九歳ほどに見える幼い顔立ちだ。腰のホルスターには見たことのないような大きなリボルバーが収まっている。だが彼には粗暴さはなく、物腰穏やかな印象を受けるほどだ。
その隣を歩く少女の肌は、この街のどんな美しい壁石よりも白く、この街の露店で売っているシルクのどれよりもきめ細やかで柔い。傷みのない純白の髪が細い路地を抜ける風になびいている。
二人の顔には、わずかに疲れが見える。彼らは山を二つ越えるほどの長旅をし、やっとこの街へ辿り着いたところだった。
「さすがに堪えたーっ! あんな雪道を三日も走ってさ」
青年の隣を歩く少女が唇を、つんと尖らせる。その動きに青年は頭を掻いて誤魔化すように薄く笑う。
周りを見回して顔をしかめた少女が口を開く。
「さっきからあっちもケリー、こっちもケリー、ケリーばっかり! この顔好みじゃなーい」
「あぁ、この看板か。まぁ、良心的な商売をしているみたいではないな」
その看板の下には、いずれも強引に剥がされたような看板の跡があった。まず自分の店の看板をそこまで荒っぽく扱うことはないだろう。無許可に行われたのか、それとも買収したか、彼らの意に沿わないやり方で撤去したらしい。その看板にでかでかと印刷された顔は、三十歳前半らしい整った顔つきの男だ。よほど自信があるのか、店名よりもその顔が目立ってしまっている。
「こんなのよりレイの方が断然いい!」
そう宣言した少女がレイと呼ぶ青年に飛びつく。青年は数歩バランスを崩すも、すぐに持ち直し彼女を支えた。
「シビル、こっちも長旅で疲れてるんだから、気を遣ってくれないか?」
「やーだよ、ろくな休憩をしなかったレイが悪いんだからね」
頬を膨らませた少女と、それを引き剥がそうとしている青年が、俗に痴話喧嘩と呼ばれるであろう小競り合いをしていると、シビルの肩に何かが当たった。彼女が振り返った直後、少女の動きが停止した。
「レ、レイ、これ取ってくれない……?」
刺激しないよう、静かにそれを指を差したシビルの潤んだ瞳がレイに向く。彼女の肩には彼女の腕よりも太い胴回りをした黄土色の蛇が、彼女の腕の上をのそのそと這っていた。少女はカタカタと震えているが、それが大蛇の重さからくるものなのか、恐怖からくるものなのかは、当人しか知りえない。
「ド派手なことになってるなー!」
路地の奥から、露出の多い恰好をした女が走り寄ってくる。真っ先に遊び人を連想させるような格好をして、大笑いしている。
「いやー、逃げちゃってさ。探してたんだよね」
乱暴に頭を掻く女がケラケラと笑いながら、二人に対して弁明を始める。
「懺悔する前にこの怪物をどうにかしてよっ!」
涙目のシビルが叫ぶ。その声に反応したのか、蛇がその首をもたげて彼女の眼前で二股に分かれた舌を上下させると、少女は声にならないような悲鳴を上げて硬直してしまった。
「悪い悪い。ほら、戻ってこい!」
女が命令しながら腕を突き出すと、大蛇はその浅く焼けた腕に巻きついていく。大蛇が肩まで進むと、女はその頭を乱暴に撫でる。すると大蛇が独特の鳴き声を発した。
「ロランス! 見つかったかい?」
「おー! コンラート、いたぞー!」
反対側の路地からやってきた青年が叫ぶと、女が蛇の巻きついた腕を見せびらかすように振った。蛇は迷惑そうにか細く鳴いたが、彼女の腕から離れることはなかった。コンラートと呼ばれた青年が二人に気付き、深々と頭を下げる。今の状態を見て、何が起きたかを察した様子だ。
「すいません。うちの動物が逃げ出してしまって……」
「非番の子だったから気付くの遅くなってさ」
豪快に笑いながら女が説明していると、隣の青年が彼女を小突く。
「……わかってるって。本当に悪かったな。そうだ! お詫びにこれやるからさ、明日だから来てくれよ!」
そう言って渡されたのは、長方形の紙切れ二枚。その紙には、動物と炎を操る女、それにピエロが印刷されていた。サーカスのチケットのようだ。そこに描かれている女の顔は、彼らの眼前にいる女とそっくりだ。
「サーカスですか」
レイが呟くと、青年が申し訳なさそうに笑った。
「この街でしかやっていない小さなサーカスですがね」
「いやいや、この街で大人気のサーカスだって!」
ロランスは高らかに笑いながら、青年の肩を軽く叩いた。調子がいいんだから、と肩を落としながら青年が懐中時計を見ると飛び上がった。
「すいません、これから準備しなければいけないので、この辺で失礼します」
行くよ、ロランス! と走り出した青年を追うように彼女も走り出した。彼女はその途中で振り向くと、二人に向かって大きく手を振った。小路に消えていった二人を見送ったレイは、へたり込んだままのシビルに手を差し出す。
「さあ、俺達も帰ろうか」
その言葉に気恥ずかしそうにした少女が、ぼそぼそと言葉を紡いでいく。
「あのね、……腰が抜けちゃったみたい」
少女は渇いた笑いを上げながら、その手振りで起きれないことをアピールしている。小さなため息を吐いた青年がシビルの目の前に屈むと、少女がゆっくりとその背中に体重を預けていく。
「これもいつもの作戦?」
「違うっ! あの見た目がどうしてもダメなのっ!」
むくれた顔を真っ赤にした少女を背負った青年は小さく笑うと、彼らに貰ったチケットを内側のポケットに入れ、宿屋がある方向へゆっくりと歩き出した。




