私の風
「それでどうなったの?」
若草の茂る草原に突き出た平たい岩に腰掛けた少女が、並んで座る少女に問い掛ける。
問い掛ける白髪の少女の肌は雪のように白く、絹のように細かい。その幼い姿の中に、全ての男を魅了してしまうような美を備えていた。その柔らかそうな唇は楽しそうに吊り上がっている。
対する少女もきめの細かい肌で、白さも負けていない。それよりも目を引くのは、背中から突き出した大きな翼。だが、それは対ではなく、左側は根元を残して切られていた。
ゆっくりと口を開いた少女は、悪魔を宿らせていると語った少女へ答えを返した。
「さあ、どうなったのでしょう? ――待ち人も来たので、もう行きますね」
彼女は立ち、服に付いた塵をはたいた。そして顔を上げる。空に浮かぶひとつの影。それを見た少女の顔が綻ぶ。
「あなたの待ち人も来たみたいですね」
後ろから馬の嘶きに、蹄鉄の音が聞こえた。彼女らが振り向くと、一台の幌馬車から一人の青年が降りてくるところだ。
「あなたとはまた会える気がします」
「奇遇ね。あたしもそう思った」
二人同時に噴き出す。それぞれ気が合いそうだと。心で思っていることも伝わっているかもしれない。
それから二人は言葉を交わすことなく別れ、それぞれの場所へ駆けていく。
「もうよかったのか?」
「えぇ。私はあなたにだけは我が儘を言いますから、本当ですよ?」
「それは信頼と呼べるのか?」
苦笑する男に、もちろんです、と笑顔で返すフレデリカはとても幸せそうだ。吹き抜ける風が二人を包み、若草を揺らしている。
風に流された髪を手で掬いながら、少女が穏やかな目をマティアスに向ける。
「あのとき、連れ出してくれてありがとう」
「どうした。改まってお礼なんて」
男の空いていた手をひったくった少女は、なんでもないです、と瞳を閉じ、風の音に耳を澄ませた。
村の上空に怪物が解き放たれ、それが消滅した日から数日。空は穏やかな風が吹き、白い雲がいくつか流れていた。
開けた場所に飛行機が置かれていた。ニューポール11。愛称をベベという戦闘用の機体だ。しかし、それにあるべき機銃は積まれておらず、どこの所属でもないカラーリングがされている。
その機体に色を塗っている男が一人。白髪交じりの屈強な男だ。その表情はどことなく憂いを帯びているが、優しい目をしている。
「本当に行っちゃうのですか?」
操縦席の後ろに作られたスペースにすっぽりと収まる少女が問いかける。男は頷いた。
「どんな理由であれ、お前達の同族を殺したんだ。殺されないだけマシってもんだ」
ふうん、と興味なさげな言葉を返した少女が、折りたたんだ足を、ぎゅっと抱きしめる。その顔は影が落ち、よく見えなくなった。
「最後にさ、お願いを聞いてもらっていいですか?」
フレデリカがそのスペース内で伸ばせられるだけ、足を伸ばしながら聞いた。それと一緒に背中の銀の翼を広げるが、左側はなくなっており、包帯ににじむ血の斑点が痛々しい。
「翼を返せとか、無理難題以外ならな」
大きく伸びをしたフレデリカは、飛行機から飛び出して男の元まで駆け寄って、その隣に立つ。息を吸って、言葉を紡ぐ。
「もう一度、空が飛びたいの。私をここから連れ出して」
敬語を使っていない彼女の本気の願いに、マティアスは作業の手を止める。
「本当に行きたいのか?」
少女は力強く頷いた。彼女の瞳に迷いの色はなく、マティアスの目をまっすぐに見つめている。
「わかった、フレデリカ。もう一度、広い空を飛んでみないか?」
「えぇ、よろこんで」
春であることを感じさせるそよ風が、二人の間を吹き抜けていった。




