表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/34

血と呪い

 嘘だ。少女は心の奥で何度も呟いた。彼女の絹のような柔肌は、枝葉によっていくつもの傷になり、そこから血が垂れている。

 懐中時計には見覚えがあった。あれは、少女がいつもこっそりと出かけていた街で、何度か助けられた男の持っていた物だった。彼が軍人で、家庭を持っていることも、彼女は知っていた。それでも想っていた。

 その男が持っていた懐中時計をマティアスが持っている。それがどんな意味を為すか、それを少女は知っていた。そうだからこそ、彼女の瞳からは大粒の涙があふれて止まらない。

「……こんなことって、ある?」

 森の奥深く。そこに虚しい問いに答える者はいない。木々が群生し、陽光もわずかにしか届かず、薄闇が遠くまで広がっている。延々と広がる暗闇の奥からは、折り重なって判別のつかない動物の鳴き声が響いている。

「辛いだろう? 憎いだろう?」

 森の奥から聞こえる野太い声を聞いた少女は、はっとして顔を上げる。

「あぁ、なんと哀れな少女、ヘルガよ」

 芝居がかった声がどこからともなく響いている。だが、その声ははっきりと耳に届いていた。

「誰ッ! どこにいるのッ!?」

「お前の近くで遠く、お前の上で下の世界。我が名はハウレス。全てを知る者」

 頬を撫でられたような感触に、少女はぞわりと悪寒に襲われる。次に、内側から燃えるような熱に襲われる。

「――ッ!! なに、をしたの……?」

 その問いかけに、声は答えない。ただ、どこからか注がれる鋭い視線に、少女は戦慄するしかない。その間にも身体を溶かすような灼熱に、意識を蝕まれつづける。

「偶然などありはしない。あるのは謀略と、運命のいずれかだ」

 その声に少女の細い身体は崩れ落ちた。熱を伴う激痛に、精神が負けたのだ。

「運命か、謀略か、その両方か。判断は汝次第」

 哀れな辺境の民よ。そう呟いた声が次に喋ることはなかった。

 数分後。少女はゆっくりと瞼を押し上げる。虚ろな瞳は炎のような赤。翼は激しく脈打ち、落ち着きなく震えていた。

「……許さない」

 紅色の翼が大きく振るわれる。風圧で周囲の木々が根元の近くで折れていく。

「憎い」

 ゆらりと宙に舞うヘルガの燃えるような瞳は、真っ直ぐに村の方向、あの男の方向へと向けられていた。


 大きな揺れに、倒れそうになる少女をマティアスが支えた。

「大丈夫か?」

「ええ。でも、今の揺れは?」

 直後、強い風がフレデリカの蜂蜜色の髪を靡かせる。風上を見たフレデリカが絶句する。

 森が燃えていた。焼き尽くされていた、といった方が正確だろうか。

さっきの爆撃の比などではない。森の中心が、すっかり焼けた土を晒している。その被害から免れた木々も、中心から発せられたらしき暴風に、枝を吹き飛ばされていた。巨木以外は根元からへし折れ、無残な姿を残すだけだ。

「何が、起きているんだ……?」

 予想を大いに超えた異常に、マティアスの顔にも驚愕が浮かんでいる。見開かれた眼は、その森の惨状に向けられている。

「行きましょう」

 フレデリカが決意したように小さな両手で、彼の手を包む。その声は微かに震え、弱々しい印象を隠し切れないでいる。その強がりを尊重するように頷いたマティアスは少女を連れ、愛機が置かれている広場に走った。

 広場には先ほどまで多くの人がいた跡を残すように、ゴミや、食べかけのランチが散乱していた。逃げるときにでも蹴ったのだろう。

 マティアスが操縦席に飛び乗り、すぐに発進する。そのすぐ後ろにはフレデリカの銀翼が煌めき、粒子が舞っているようにも見えた。

 機体を安定させると、マティアスがフレデリカの方へ向く。

「よかったのか、着いて来て」

「私は村の鼻つまみ者です。消えても誰も悲しみませんから。それに、見過ごせません」

 少女は地獄の一角のような景色を睨むと、翼を大きく羽ばたかせた。

 男は何かに気付き、振り向いた。そこには軍用機が十機、隊をなして飛んでいた。第二波だ。一人で戦うには数が多すぎる。フレデリカもそれに気付いたようで、空中で停止し、一団を見ている。

 だが、その脅威はすぐになくなった。その飛行隊のさらに上空から降った火炎によって、溶かされてしまったのだ。残骸すら残されていない。

「なんですか、あれは……」

 フレデリカは遥か遠くを仰ぎ、唖然とする。マティアスも一時、操縦を忘れるほどの衝撃を受けた。

 血のような真紅を脈打つ、どろどろとした半液体で形成されているそれは、竜と呼ぶには薄気味悪く、人と呼ぶには歪な姿をしていて、脈打つたびに人から竜へ、竜から人へと歪んでいる。変わらないのは、中核になっている胸部の膨らみだ。

 それを見たフレデリカが、やわやわと口元を押さえて目を見開く。

「嘘……。ヘルガなの?」

 朱色の薄膜で覆われた容器の中で膝を抱えて浮いている少女の姿は、あまりにも痛々しかった。いくつも伸びた薄桃色の管が、血管の浮いた身体に接続され、規則的に何かを送り出している。よく観察すると、その動きと連動して、巨大なそれの表面を脈打たせていた。

 少女の口は呪詛のように、ひたすらに何かを呟いていた。その言葉を口にするたび、容器に満たされた液体に気泡を作る。

「憎い」

 少女の声に呼応するように、巨大なそれが火球を吐き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ