親友
マティアスはすぐに追いついた。いや、ローバックが待っていた。
並んで飛ぶ二機は牽制し合うように、近すぎも遠すぎもしない距離を保ったまま飛んでいく。彼らの飛んだあとには、示し合わせたような美しい二重の螺旋の軌跡を引いている。
「血を見ただけで怖気づいたか?」
ローバックが押し寄せる圧など気にしないというように笑みを作る。
「一般人を殺すよりはマシさ。堕ちたな、ローバック」
「任務優先なんだよ。邪魔するなら道を開けてもらうだけさ」
マティアスはそれを鼻で笑い、小さく肩をすくめる。そんなひとつひとつの動作の中でも、彼は警戒を怠らない。
「そんなふざけた命令を聞くとは驚いた」
口元に微笑を浮かべただけのローバックが機体を急旋回させる。軌道を変えた機体が、マティアス機の左翼を掠め、嫌な音が響く。よく見ると、プロペラに巻き込まれたのか、下翼の端が削り取られていた。
対するローバックの機体は、彼の追跡を誘うように弧を描いていた。マティアスはその誘いに乗った。速度を上げ、上位互換であるその機体を追い掛けていった。
「どれくらい前だった? こんな風に前に二人で空を飛んだのは!」
「新人の頃の模擬戦以来だろうな」
びゅおびゅお、と風を切る音に乗せて言葉を交わす二人。その顔は過去を懐かしむような、穏やかな表情をしている。
「あの頃はお前が仕事バカだったのにな」
「まったくだ!」
腹から笑いながら、マティアスが機銃の引き金を引く。ばら撒かれた弾丸がローバックの機体にいくつかの穴を作っていく。
「お前は何のために生きてんだ?」
銃弾を受けた機体を立て直しながら、ローバックが尋ねる。
「さあな。でも、ふざけた命令に従う事以外だ」
マティアスの返しに、彼はにやりと口を歪める。まるで、意地の悪い子供がいたずらを思いついたような顔だ。
「恋人でもできたか?」
ローバックのその言葉を鼻で笑うマティアス。
そんなやり取りの中でも、互いに背後を狙って牽制し合っていた。それぞれ譲らず、彼らは並走しつづけている。そんな中、ローバックが真剣な声を出す。
「おれ達はどこで違った?」
その言葉に、マティアスが微笑を浮かべる。
「最初からさ。俺達は大空に独りだ。そうだろう?」
呟いた彼は機体を失速させる。安定性を失い、がたがたと音を上げるマティアスの機体が分厚い雲の中へ消える。
広い青空に取り残された男が、雲に消えた好敵手を探そうと目を凝らすが、雲が濃く、その姿は見えない。その雲の中から声が響く。
「周りを見てみろ。周りに誰もいない空はどうだ? 孤独だってわかるだろう」
その声にローバックは顔をしかめる。
「だが、この空は自由だ。階級も、勲章も、家族も、負い目も関係ない。全ての中心が自分になるんだ。墜ちるも、墜とすもな」
「つまり、そこが違いか。おれとお前の」
晴れやかに笑ったローバックが、無限に広がる雲海に機銃を叩きこむ。だが、その中から敵機の残骸が落ちてくる気配はない。
「マティアス!」
ローバックが、姿の見えない親友に語り掛ける。
「きっと、この戦いでどちらかが死ぬ。それでも恨みっこはなしだ。後腐れなく逝くとしようぜ」
その声に応えるように、雲の中からマティアスが飛び出す。マティアスはローバックの機体目がけて飛んできている。二人の迷いのない瞳は、互いを捉えて離さない。まるで世界に彼らしかいないかのように。
互いに機銃を撃ち、すんでのところで機首を持ち上げる。着陸用の車輪が触れ合うような距離で上昇していく。
「燃料も無いようだし、そろそろ決着にしようじゃないか。相棒」
「誰が相棒だ、――兄弟!」
示し合わせたように互いに背を向ける二人。離れた二機は大きな半円を描いて反転すると、エンジンの出力を上げた。
マティアスは迫る敵機に機銃の引き金を引きつづける。聞こえるのはエンジン音、機銃の発砲音に、風の音だけ。目に見えるのは、空、雲、そして最も親しい親友の機体。それでも彼は躊躇わない。
向こうからも飛んでくる弾丸に臆することもなく飛び、その軌跡は直線を描く。
互いに無言だった。男はすまない、と空虚に祈る。
そして、そのスイッチを入れた。
機体の側面に据え付けられた、特殊部隊専用の小型爆弾が即座に切り離される。そのまま親友だった男の機体の上をすれ違う。
後方で爆音が聞こえた。
それから、一度も振り返らずに村の広い場所に機体を着陸させた。村の竜族は、たったの一人で多数の敵を倒した英雄として、彼を盛大に迎えた。
「お疲れさま。決着、着いたみたいだね……」
背中を軽く叩いた少女の頭を軽く撫でたマティアスは、ゆっくりと歩き出す。その顔には影が落ちていた。
「それ、懐中時計?」
彼の手に握られた金色のそれを見て、フレデリカは尋ねた。それに彼は頷く。それは親友が爆弾を受ける直前、彼に投げ渡した物だった。届けてくれ。そういう事だろう。空中分解した機体の操縦者の遺体は、滅多に回収されることはない。
その中を見ると、蓋の内側に家族との写真がはめ込まれていた。ベタな奴、と彼は小さく口を緩めると、懐中時計を上着のポケットにしまった。
それを見て、愕然としている少女がいるとは知らずに。




