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空戦

 森から一機の戦闘機が飛び出した。先に上空にいた戦闘機の一世代前に当たる機体だ。

 だがその戦闘機が描く軌跡は、他の誰にも真似できるような生ぬるいものではなかった。まだ温まり切っていないであろう機体で突如、直角に曲がったのだ。

 その動きに着いていけなかった一機が、無慈悲な機銃の雨に晒される。その機体はその形を保てず、空中で無数の部分に分断されていき、それが焼ける森に降る。乗っていたパイロットもあの塵の中に混ざっているのだろう。

 出会い頭に一機を沈めた旧型機は迷うこともなく、雲海へ飲まれていく。

 仲間を殺された戦闘機のパイロット達が目を凝らす。エンジンの駆動音を頼りに、雲の切れ間を猟犬のように睨む。しかし、彼らにその姿を捉えることはできない。

 その中で笑みを浮かべている男がいた。その航空隊の隊長をしている男であった。

「やはり、生きていたか」

 そう呟くと、その男は操縦桿を大きく倒した。身体に強い圧が押し寄せる。彼はぎりっ、と歯を食いしばる。

 突然、進行方向を変え、雲に突っ込む隊長機に部下達がたじろぐ。だが、部下達の動揺はすぐに消えた。隊長機が雲に入ってすぐ、見失っていた敵機が雲から飛び出してきたのだ。

 マティアスは焦ってはいなかった。彼のしなければいけないことは、ただ避難が終わるまで爆撃を中断させること、それだけだ。

 彼は知っていた。この小規模な爆撃は、軍が秘密裏に行っている表沙汰にできない特殊作戦だということに。その証拠に特注された戦闘機用の小型爆弾が、各機の両翼に吊るされている。大型機を発進させては怪しまれるため、小型機で済まさなければいけないのだ。

 相手は少数精鋭だ。だが、彼には長年の経験と腕がある。彼らともやり合えると自負できるだけの腕を持っている。

 左右を挟まれ、残りの一機が後ろに回ろうと、速度を落として機首上げた。それと同時に彼は動いた。がくりと直角に曲がってみせたのだ。彼の眼前に広がるのは燃えた森、彼の機体は下を向いている。だが、彼はそこで止まらない。視界はさらに回りつづけ、眼下に雲が広がった。そのまま機体を半回転させ、視界を元に戻す。頭に集中していた血が全身に帰っていく。

 マティアスの機体の軌道を追えず、彼らの隊列が乱れた。そこへ旋回したマティアス機の機銃掃射が行われた。だが、彼らも精鋭。そう簡単に墜とされるわけもなく、機体を旋回させて鉄の雨を避けていた。

 それでもマティアスが有利な位置にいることに変わりはない。旧型機が新型機の集団を追い立てていく。先の読めないマニュアル離れした操縦に、何度も肝を冷やしながら、逃げに徹している。

 彼らの時間稼ぎの目的に、マティアスは気付いていた。そして、隊長機の姿が無いことに。雲の中で背後から機銃を乱射されたとき以降、その姿を見ていない。

 意を決して機体を翻すと、逃げていた三機が反転して追い掛けてくる。ここまでは彼の予想通りだった。幾重もの機銃の雨を回避しながら、いびつな曲線を描きながら空を飛ぶ。

 突如、雲の中から恐ろしい速度の機体が飛び出してきた。

「ぐッ!」

 桿を思い切り引き、機体の向きを変える。彼の目の前を弾が乱れ飛び、風を切り裂く。そのすぐ上をその機影が追い越していく。

「マティアス! お前の考えなんてすぐに読めるんだぜ?」

 唯一の親友、ローバックが大声で叫んだ。その返事として、鉛玉を数発お見舞いするが、全てが空を切り裂くだけだ。

 機銃を撃ち終えた隊長機は再び、白い雲の中へと消える。対するマティアスもそれを追って、雲の中へと飛び込む。

 しかし、先に雲から飛び出したのは、マティアスの方だった。その機体にはいくつかの擦ったような跡が残されている。飛び出した彼に待っていたのは、敵機の追い撃ちだ。

 冷や汗をにじませたマティアスは、操縦桿をめいっぱいに傾ける。がくり、とその進路を変えたその戦闘機は、曲線ともいい難い線を描きながら、青い空の上をのたうち回る。全身が締めつけられるような感覚に、彼の口から苦悶の声が漏れる。

 それでもすぐに体勢を立て直したマティアスは、二機で並ぶ敵機に向かって飛んでいく。二機からばら撒かれる弾丸を、機体を回転させながら避けていく。弾幕を恐れもせずに向かってくる機影に、恐怖が身体の端々から彼らを蝕んでいく。

 二度、響いた短い掃射音。機体の中心を撃ち抜かれ、空いた穴から吹き込む風が、戦場に奇妙な音色を奏でた。やがて、その風圧に耐えられなくなった機体がゆっくりと、その風穴から裂けていく。

 マティアスは機体を水平に保つと、息をひとつ吐き、瞼を降ろした。

 聞こえてくるのは、風を切る音。降る戦闘機の残骸が上げる、ぱちぱちという残り火。そして、雲の中から聞こえるエンジンの駆動音。

 見つけた、そう心で呟いたマティアスが機体を傾ける。

「なあ! こうやって戦うのは、何年振りなんだろうな?」

 声は彼の真横から聞こえてくる。隠れるつもりがあるのか、それすら怪しいものだ。だが、マティアスは微笑を浮かべながら、その話に耳を傾けている。

 一瞬、上を横切った影に、咄嗟に機体を雲の中へと沈める。視界の悪い中、ローバックの尾翼をわずかに捉えることができていた。マティアスを狙ったのは、彼ではない機体だった。最後の喧嘩のときのように、一対一で殴り合いをさせてはもらえないらしい。マティアスは邪魔者がいるであろう方向の空を睨みながらも、隊長機を追う。

 だが、その判断が誤りだった。

 雲から飛び出した直後、真後ろには敵機が待ち構えていた。回避も間に合うか、微妙だ。一秒後には照準も合い、撃ち出された弾が機体を引き裂くだろう。マティアスは覚悟を決めて、瞳を閉じる。とっくに避難は終わり、役目も終わっているはずだ。

 だが、いつまで経っても、彼に終わりをもたらす衝撃は訪れない。

「何をぼさっとしてるんですかッ!」

 その声に顔をしかめる。振り向いた彼の目に見えているのは、戦闘機の翼に取りつく少女の姿。その背には特徴的な銀の翼が美しく広げられている。紛れもない、フレデリカだった。

「行ってください!」

 マティアスを狙っていた戦闘機はバランスを崩され、ふらふらと空を泳ぐ。フレデリカが大きな翼で羽ばたくと、その動きがさらに大きくぶれた。

「決着を着けるんでしょう? 先に下で待ってますから、帰ってきてくださいね」

 少女の笑顔を見て、マティアスは自信あり気に口角を上げる。片手を軽く振って、雲に飲まれてゆく少女と戦闘機を送った。直後、雲の中で小さな爆発が起こった。

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