小さな欠片の想い
翌日。慌ただしく動く村人。しかし、その顔は楽しそうであった。
「三度目の宴って……」
騒がしいもの好きのシビルですら呆れている。こんな辺境の村、めったに新しいことも起きないのだろう。とにかく羽目を外せる場を作っているだけだ、と彼らは思いはじめてすらいた。そんな話をしながら、彼らも足を進める。
向かうのは長老の家であり、この小さな村の政治の中核である建物だ。
そこで彼らを迎えたのは、先に家を出ていたリリアナだった。その恰好は昨日までのものよりしっかりした服を着ている。
「ごめんね、置いてっちゃって。さすがに夜が明ける前に起こすのはね」
えへへ、と笑ったリリアナが、いけないと顔を引き締め直した。
「待たせた」
その声のした方向に顔を向けると、エダが部屋から出てきた。
「えっ? さっきのドレスはどうしたのっ!?」
「え、いや……、堅苦しかったし、脱いだ」
レイ達が、彼女の出てきた部屋の奥を覗くと、乱雑に丸められたドレスがひとつ、机上に転がっていた。
あんなに苦労して着せたのに、とリリアナはがくりと肩を落とす。どうやら、朝早くに家を出たのはこのためらしい。
「もういいわよ。――では改めまして、紹介しましょう。彼女が今日からこの村の長となるエダです」
リリアナが面倒臭そうに目を泳がせるエダを、ぐっと前に押し出した。前長老亡きあと、この村を治める者が決められたが、満場一致でこの少女に決まった。どうやらリリアナによる洗脳にも近い、入れ知恵があったとか、なかったとか。
「私に何をすればいいのか、なんてものは分からないがやれることをやっていくよ。本当に今回は助かった、ありがとう」
「こっちこそ助かった。なにかあったら商人ギルドに手紙を渡してくれれば、すぐに対応させてもらうよ」
謝礼はいただくけどね、と付け足したレイに、守銭奴め、とシビルが笑った。
「それじゃ、あとで見送りに行くね」
レイ達に手を振ったリリアナがエダの肩を掴む。ドレス着ようね、と言うリリアナが、件の部屋にエダを引きずり込んでいく。
「まるで秘書みたいだな。楽しそうでなによりだ」
「レイにはあたしがいるじゃない!」
上機嫌で飛びついてきたシビルにバランスを崩しながらも、それを受け止める。そのまま部屋から聞こえてくる騒々しい口喧嘩を無視しながら、その家を出た。
出発準備が一通り終わったのは昼過ぎになった頃だった。終わってから数十分後、リリアナが馬車までやってくる。その手には袋を三つも抱えていた。
「これ、今回のお礼の香辛料よ」
押し付けるように渡された袋を片手で抱え、よろめくレイを、シビルとリリアナが支える。
「それと、もうひとつあるの……、これも」
腕を支えるように持ったまま、その顔を青年に近付ける。そして、そのまま気がつかない青年の頬に唇を触れさせた。
「あああぁぁ――ッ!?」
自分でも赤くなっていることが分かるくらいに熱くなった顔を押さえながら、シビルの叫び声を背にリリアナは走り出す。片手は大きく振りながら。それと、小さな厄介事を残して。
「お兄さん。お姉ちゃん達が睨んでるんだけど」
落ち着いた口調のレミがしばらく掛かるだろうなと藁の上に座って、流れる雲を眺めた。
「邪魔する」
「……あの村の人間は馬車に飛び乗るのが趣味なのか?」
荷台に座るエダに問い掛けるレイは呆れ顔だ。
「しっかりと礼をするのを忘れていたからな。売れそうな物をいくつか見繕ってきた」
そう言って、荷台の床に置いたのは動物の毛皮だった。それもかなり上等な物で、下処理も済んでいた。
「前の住処にあったものだ。必要ないから心置きなく貰ってくれ」
それじゃ、と馬車から飛び降りようとするエダをレイが呼び止めた。
「これをリリアナに。いろいろあって渡しそびれてね」
いろいろあって、と言ったところで、馬車の中の空気が一瞬、禍々しいものに変わる。
レイが取り出したのは小さなロケットだった。リリアナの育ての母親の物だ。開閉できなかった蓋が、何の引っ掛かりもなく動くように修理されていた。
「わかった。渡しておくよ」
会話をしている間に止めておいた馬車から、易々とエダが飛び降りる。
それを見送ったレイがぼそりと呟いた。
「あ、食べ物を買っておくの忘れてたな……」
「じゃあ、またビスケットと水なのっ!?」
バカーー!! というシビルの叫び声に驚いた鳥達が、一斉に飛び立った。次の街までは、まだ三日は掛かる。




