残すものと伝えるもの
レイが気がつくとあの悪魔の少年は消えていて、荒れ果てた森の中央で彼ら二人が取り残されていた。
彼らの目の前に転がるのは、哀れな生物の骸。そして、彼方に見えるこの生物が餌として捕食した人間の一部。
「リリアナに見せられるものじゃないな」
岩で組み上げられた洞窟に踏み入ったレイは、洞窟内に立ち込める腐敗臭に顔を歪める。その足元に転がる無数の骨。しかも、ほとんどが途中でその先が無くなっている。あの生物は骨まで食べていたのだろう。そして、ここに転がる骨は食べこぼしに過ぎない。
「とりあえず、遺品になりそうなものを集めるか」
薄暗い洞窟の中、その骨の山から身元を特定できそうなものを集めていく。時計、指輪、眼鏡、手紙……。様々の物が骨の山の中から出てくる。誰かへの想いの欠片として、彼らが最期に残した物なのだろう。
遺品を袋に詰めると、外へ出ようとレイは足を踏み出す。カラン、とその足が何かを蹴りあげた。
「ペンダントか。見逃して……」
顔をしかめたレイがそのペンダントを拾い上げた。
眠るシビルを背負い、無言を保ったままのレイがリリアナにペンダントを差し出す。
「お母さんの……」
壊れて、開いたままになったロケットの中にリリアナと仲良く笑う女性が写っていた。それは仲睦まじいもので、幸せを体現しているように見える。
「……泣かないんだな」
掛ける言葉を見つけられず、レイがふと浮かんだことを呟く。
「うん。なんとなく分かってたから」
寂しそうな表情を浮かべるが、その瞳は力強くロケットを見つめていた。彼女のその様は、写真の中の母の姿を心に刻んでいるようだった。
「あなた達二人を見てたら受け入れるのも大事かなって、そう思ったの」
にこりと笑う彼女の声は、澄んでレイの耳に届いた。踵を返したリリアナは鼻歌交じりで、来た道を引き返しはじめる。
「早くみんなに安全だって教えてあげないとね!」
レイはリリアナのそんな様子を見て、小さく苦笑する。
「そんな大層なものじゃないのにね」
いつの間にか目を覚ましていたシビルが、にやにやと駆けていく少女の背を見つめていた。
「あぁ、まったくな」
その応えを聞いたシビルが、ぎゅっとレイを抱き締める。彼女の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
夕方。傾いた太陽を眺める子供達の表情は寂しげだ。
「働かされてたときはこんなに寂しくなかったのに……」
その小さな身体には不釣り合いな銃を抱えた赤髪の少女が、ぼそりと呟く。その瞳は紅に照る森を見つめている。
その森からひとつの影が伸びてくる。
「なにか来たッ!」
咄嗟に叫んだ少女の声に慌てるように、リーンとレミが武器が使えるかを確認する。
次第に大きくなっていくその姿に、三人は手にした武器を降ろした。リリアナだ。
「朗報よっ! やったの!」
駆け寄ってきたリリアナに、がしっと肩を掴まれ、なにがなんだか分からないままに揺さぶられる。だが、その少女の心を占めるのは、たったひとつの問い掛けだった。
「あのふたりはッ! あのふたりは無事なのっ!?」
あの二人の姿が見えないのだ。もしかして、という考えをぐっと押し込めながらリリアナの答えを待つベルの心は、その一秒でさえ耐え切れないとばかりに渦巻いている。
「あ……、置いてきちゃった。あぁ、もちろん無事よ。怪我といっても全然大したことないし」
それを聞いた子供達三人は一斉に胸を撫で下ろし、ぺたりと地面に腰を下ろす。山神様と呼ばれているような、そんな奴を倒す。そう聞いたときからずっと、彼女らの心を食い潰していた不安が、すっと消えてなくなった。
まさに太陽が沈もうとしていたそのとき、彼ら二人も森から戻ってきた。
「遅かったわね。どれだけ待ったと思ってるの?」
「ちょっと予想外の大物に手間取ってね。心配かけて悪かった」
頭を撫でようと伸ばしたレイの手を、ベルは払いのける。そして怒り気味に、
「心配なんてしてないわ。ただ、馬車でなんて寝たくなかっただけよ」
子ども扱いしないで、と不機嫌そうに言い放ったベルは、武器を青年に押し付け、リリアナに着いていった。
素直じゃないの、と小さく笑ったレミがレイの腕を見て、目を細めた。
「ベル姉ちゃんが心配するから、無茶しない方がいいよ。最後には縛りつけられて外出禁止にされるかも」
冗談なのか、分かりにくい真面目な声色でニッと笑うレミに、気をつけるよと応えるレイが彼の頭を撫でる。
「何はともあれ、おかえり。じゃ、あとはリーン姉ちゃんとも話してあげて、お姉ちゃんも心配してたからね」
リーンを押し出したレミは一歩下がり、二人の様子を笑みを浮かべながら眺めている。
「レミってば、余計なことを……。まずはおかえりなさい」
「あぁ、ただいま」
「おかえり――って! 手が腫れてるじゃないですか! どんな無茶をしたんですか!?」
それはねぇ、と話に乱入してきたシビルが、
「無茶な改造した銃で、無茶な連射をしたからよ」
と楽しそうに語りはじめた。
反動だけでどうしてそうなるんですか、と呆れ気味に呟きながら、少女がポーチから取り出した軟膏を、特に腫れている手首を中心になれた手つきで塗っていく。
「あまり無茶しないでください」
リーンは諭すように怒りを露わにしながら、自身の荷物を持って、リリアナを追い掛けるように行ってしまった。
「レイって意外と人徳ある?」
からかうように笑うシビルがレイの肩に手を乗せる。
「じゃあ、村を救った英雄の帰還に参上するとしましょうか!」
シビルは馬車から自身のものとレイの荷物の二つを背負い、英雄の背を押してきつい坂を登りはじめた。




