破壊の獣
「攻城戦兵器ッ!? 城の城壁も砕いて、砲撃にも耐えうるような化け物と二人でやり合うつもりなのッ!?」
その生物兵器は二人を探して、巨木をいとも容易く砕いていく。そろそろ隠れるにも潮時だった。
二人は頷き合うと、呼吸を合わせて飛び出した。
巨大な生物の雄叫びにも怯まず、そいつの懐へ飛び込んだ。振り下ろされた腕に一発撃ち込みながら、その腕を駆け上がるレイがリボルバーの安全装置をフルオートに切り替えると、拳銃の中から小さな駆動音が響きはじめる。
それと同時にシビルが怪物の股下を潜りながら、剛毛に覆われたその足をマチェットで切り裂いていく。そのまま空中で一回転し、怪物の後方に着地したシビルが腰のホルスターから古くさい銃を取り出す。マスケットと呼ばれる種類の旧式の銃だ。
さらに、その怪物の腕から飛び上がったレイがその拳銃を両手で構える。
直後、爆発的な火力が二方向から怪物を襲う。
「レイっ!」
弾を撃ち尽くしたレイが放物線を描いて落ちていく。それを飛び出したシビルが受け止め、安全圏まで離れる。
「あれでも死なないか」
猿のような怪物の様子は苦しみよりも怒りが占めているらしく、辺りの地面を抉るように殴っている。頭に当たった銃弾も、分厚い頭蓋骨に阻まれて致命傷は与えられていないようだ。唯一、効果があったのは左目に直撃した弾だけだった。
レイは、ズキズキと痛む腕を振りながら、弾切れの回転式弾倉を引き抜き、新しい弾倉を装填する。
中折れ式のマスケットから空になった薬莢を捨てたシビルが、空いた二つの薬室に弾を二つ押し込む。
「さて、どうするかな……」
「あたしに任せてくれてもいいんだよ」
にっと笑うシビルに、俺の恰好がつかないだろ? とレイが笑いかけると、互いに図ったように走り出す。
片目を潰されて怒り狂う怪物が、追撃を仕掛けようとする二人にへし折った大木を投げつける。しかし、片目を失った怪物は遠近感が掴めずに、巨木は二人の前方に突き刺さり、大きな土煙を巻き上げる。
その大木を足場に舞ったシビルが、怪物の額をマチェットで横に大きく切り裂いた。だが、シビルの顔は晴れない。その斬撃が頭蓋を断ち切れず、表面を裂いただけだと感じていたからだ。
「レイ! おねがいッ!」
大木の巻き上げた砂塵の中から躍り出たレイが、荒れ狂う弾丸の嵐を一番柔らかい場所、つまり腹部に叩きこんだ。
怪物の咆哮が森を震わせる。少しは効果があるようだが、どうにも致命傷には程遠いようだった。
レイが拳銃を取り落とす。すでに彼の手は限界に達していた。かなりの反動があるリボルバーを何度も使いつづけた結果だった。
「無理しないでよ?」
駆けつけたシビルが、レイと拳銃を回収し、木の後ろに飛び込む。
「ここまで来たら、仕方ないよ。レイ……」
小瓶を取り出したシビルが、それをレイに握らせる。昨夜、彼から採集したものだった。
「いいのか?」
「いいの。昨日も言ったでしょ? あたしはあなたの武器になるって」
落ち着かせるように息をひとつ吐くレイ。その手はわずかに震えている。
レイがゆっくりと小瓶の外蓋を外すと、その下には短いが太い針が隠れていた。それをぐっと握り締めたレイがそれをシビルに生えた漆黒の翼に突き刺す。
少女は仰け反りながら儚げな吐息を漏らし、その場にくずおれた。直後、少女の身体が身震いを始め、その背の翼が肥大化していき、少女を包み込むように丸まった。
その異変に気づいた怪物が、突き刺さった巨木ごと彼らを潰そうと図太い腕を振り下ろした。腹に響くような低重音が響き、砕けた木の破片が、雪のように空から舞い落ちている。
「僕にこんな役目させるとはね」
聞き覚えのない声が木の破片の霧の中から響く。
そこには白い衣装の美しい少年が、城壁すら粉砕する腕を悠々と受け止めていた。
「もう準備は済んだのだろう?」
「えぇ、あんたの助けなんていらなかったのに」
血よりも深い赤をした瞳。異性はともかく、同性すらも魅了するほどに美しい白い肌の細い四肢。
そんな見た目の少年を眼前にしても、シビルの瞳は揺るがずにレイの瞳を見ている。彼に微笑みかけると、その黒い翼で怪物の前に飛翔する。
すう、と息を吸い込んだ少女が、聞き取れるようなものではない言葉を発する。だが、それに反応するように頭を抱え、苦しみはじめる怪物。混乱した怪物が周囲の地面を抉るように暴れている。
シビルが発したその言葉を理解しているであろう少年が、小さく頷く。
「なんて言ったんだ?」
「任務を終えろ、だよ。及第点ってところじゃない?」
面白いねぇ、と冷笑する少年の瞳は、暴れる怪物を捉えて離さない。元々、攻城戦兵器として生まれた生物だ。恐らく、命令系統は作られていたのだろうが内部抗争かなにかで消失してからは、知能の低い獣として扱っていたのだろう。やがて、その手に余ってこの森に廃棄された。
その獣が一人の少女の言葉に従い、その言葉に蹂躙されている。
それは悪魔が、――楽しそうにその様を眺める少年が、助ける代償に少女に与えた能力だった。
命令にひとつだけ従わせる。
そのひとつで、生きる意義をも消してしまえる凶悪な武器だった。
大きく咆哮した怪物が自分の腹に、自らの腕をめり込ませる。その腕は数回でその銃弾さえ通さなかった硬い腹を貫いた。赤黒い血が大地にこぼれ落ちていく。
ぐらりと崩れ落ちた化け物。人間の都合で作り出された生物は絶命する直前に、か細く鳴いた。
無言のままレイの前に舞い降りたシビルがにっと笑い、そのまま崩れ落ちた。
「……お疲れさま」
気絶しても笑顔を浮かべる少女を抱き締めたまま、レイが彼女に囁いた。




