生贄と夜
その夜、すぐに宴が催された。酒や料理が並び、皆が火の周りで伝統的な踊りを踊っている。
「品のない踊りね」
「シビルに言われたくはないと思うよ」
むっとしながら肉を頬張るシビル。彼女の口の周りはソースや、肉汁で汚れている。
「仕方ないから、あたしの美しさを見せてあげる!」
レイから奪い取ったハンカチで口周りを拭うと、踊りの輪の真ん中へ跳び出す。それに合わせて男達の歓声が数倍に膨れ上がる。
その歓声に応えるように、シビルがこの村には伝わっていないであろうサンバを踊りはじめる。最初は戸惑っていた村民達も、すぐに黄色い歓声を少女に送りはじめる。
彼女の踊りに合わせ、淡いピンクのドレスの裾も一緒に揺れ、その度に真白色の太ももが炎の赤に照らされる。
「ほら、そこで座ってないでリリアナもおいでよー!」
長老に次いで高い席に座らされていたリリアナを手招きするシビル。恥ずかしがりながらもリリアナが視線の集まるシビルの踊る場所へとやってきて、シビルにいくらか動きを教わると、リリアナも楽しそうに踊るシビルを真似ながら踊りはじめた。
主役の踊りに歓声も一番大きくなり、その中からも踊り出す者も出てくる。
まったく、とレイは好き勝手しているシビルを眺めながら、小さなグラスに入ったリンゴ酒を飲み干す。
「まーた、独りで飲んでるし」
踊り疲れたのか、顔に汗をにじませたシビルがレイの隣に戻ってくる。その手にはどこで手に入れたのか、リンゴ酒の瓶を持っていた。
「もう一杯、付き合ってもらうからね」
レイが動く前に、空いたタンブラーグラスに酒をそそぎ込む。次いで、自らのカップにもなみなみと酒をそそぐ。
「乾杯!」
シビルが一方的にそのグラスをレイのグラスにそっと触れさせる。触れたときに数滴がレイのグラスの中へと飛んでいく。これが彼ら二人のいつもの乾杯だった。
シビルがそのまま青年にぴったりと密着する。そのまま、彼女が流行らせたサンバを踊る人達をぼんやりと見つめる。
「これを機にして、外の文化に興味を持ってくれるといいんだけど」
少し優しい目をしたシビルが、ねっ! とレイに体重を掛ける。
「そのためには、山神なんて迷信を取っ払わないといけないな」
シビルを押しながら、酒を口に流し込んだレイがゆっくりと、それを噛み締めるように呟いた。
彼の目はじっと、長老の座る豪勢な席を捉えていた。
宴も終わり、早朝の見送りの準備のために皆が寝静まった深夜。
「よかったのか?」
レイの声に人影が肩を震わせる。月明かりに照らされ、蒼白にも見える少女が振り返り、にこりと笑う。
「うん、村の皆のためだから。それに、お母さんの手掛かりになるかもしれないし」
リリアナには確かな覚悟があり、進んでその役目を引き受けたようだ、とレイは微かに笑みを浮かべた。そんな彼女が遠慮がちにレイを見つめる。
「みんな寝てるよ」
レイの言葉に、リリアナが躊躇いながらも口を開く。
「あの……、シビルさんって、どんなことがあったんですか?」
遠くを見つめたレイが窓に手を掛ける。懐かしんでいるような、悲しんでいるような表情で空を見上げている。
「彼女は昔、家族を失ったんだ。両親、弟をいっぺんにね」
青年は明るい口調のまま、それを告げた。その答えにリリアナの口からは、「そうなんですか……」としか出てこなかった。
「そのときにシビルも大怪我をして、彼女を助けるために、俺が彼女の身体を悪魔に売った」
今度は憎しみのこもった瞳で虚空を睨みつけたレイがゆっくりと言葉を紡ぐ。
「後悔してもないし、恨んでもないってば」
開きっぱなしになった扉にもたれたまま腕を組むシビルが、きっと自身の話をするレイを睨む。
「大体、勝手に話してさ。そんなに自分を悪人に仕立てたいの?」
泣きそうな目でレイを睨んだまま、青年に近付いていくシビルの足取りは力なく、安定しない。レイの真ん前に立ったシビルは、リリアナがいることなどお構いなしにレイに平手打ちをした。
「生贄サマの護衛が頬腫らしてたんじゃ様にならないから弱めにしといたから」
「ちょっと、えっ、やめなよ」
戸惑うリリアナに、作り笑顔を浮かべたシビルが歩み寄る。
「これっくらいやらないと通じないの」
わずかに赤くなった頬を撫でながら、手厳しいなぁ、と苦笑するレイを眺めるシビルは、彼にゆっくりと歩み寄る。
行く末を見守るしかないリリアナがそれでも仲裁の言葉を探してに語句ならない唸りを上げるが、彼らにはどんな言葉も届きそうにない。
「軽口でもなんでもなく、あたしはレイと一緒ならそれでいいの。そのためなら武器にも、足にも、レイを縛る鎖にだってなるんだから」
鼻頭がぶつかりそうなくらい近付いた少女はそれだけ言うと、部屋に戻ってしまった。
「いてて、寝てると思ったんだけどな」
レイがそう言った直後、またシビルが出てきた。
「忘れてた。レイ、血」
ほれほれと急かされたレイは、取り出したナイフを人差し指の腹の上に滑らせる。すぐに切れ目から澄んだ紅血が筋を作って垂れていく。その光景に、またしても着いていけないリリアナは傍観者と化してしまう。
「それだけー? けちー」
文句を言いながらも、シビルはその人差し指にできた赤い小川に、取り出した小瓶を当て、血を集めていく。やがて、瓶の半分くらい溜まったところで自然と血が止まった。
「明日も早いんだから、そろそろ寝なきゃダメよ? あと、浮気もダメだよ?」
さっきの雰囲気とは一変して、子供っぽく二人を指差したシビルが部屋に戻っていく。
「えっと、血とか、さっきの雰囲気とか……」
なにがなんだか分からないリリアナが慌てていると、レイがにこりと笑う。
「ああいう奴なんだよ。切り替え早すぎるような奴なのさ」
慣れっこだというように頭を掻いたレイは、ああ言われたから寝るよ、とリリアナに手を振って、彼の部屋へと戻ってしまった。
リリアナが小さく笑う。悩むことすらどうでもよくなり、すっきりとしたリリアナは大きく伸びをして、綺麗に欠けた三日月を一瞥して部屋に戻っていった。
長い下り坂。そこを降りていくのは六人だ。ほとんど売ってしまった荷物は随分と軽くなっていた。
「最後の見送り、よかったな」
早朝から大勢の見送りがいて、全員が涙を流していた。それほど、彼女が愛されているということだろう。大きな都市ではめったに見れない情景に、シビルでさえも感涙していた。
これから森の奥にあるという祠を探して歩き回ることになる。長老でさえも正確な場所は分からなかったため、教えられた方角へ歩く以外に方法はない。
しかし、森に馬車を引き連れていくわけにもいかず、子供達に武器を持たせて馬車の警備を任せた。山神なんかと殺し合うよりは安全であることは間違いない。
「馬車、頼むぞ。三日で帰ってこなかったら、お前達だけでここを離れてくれ」
「えっ!? そんなこと……」
リーンが彼らに近付こうとするのをレミが止める。彼が一番現実的で、仕方のないことということを分かっているようだった。それでも彼の小奇麗な手も小刻みに震えていた。
「三日ね。それが過ぎたら勝手にやらせてもらうわよ。――死んでるってわかっても、探しに行ってやるわよ」
「……わかった。行ってくるよ」
にっこり笑ったベルが三人を送り出す。彼女の目は小さくなっていく三人の姿をずっと追っていた。
「あの子達拾ってから、随分と死ににくい商売になったね」
けらけらと笑うシビルが、前を進むレイの背中を面白そうに叩いている。
その刹那、そのままレイの背中を蹴飛ばしたシビルがその勢いのまま、リリアナを抱えて飛び退いた。
何かが彼らのいた場所に突き刺さっていた。木製の矢だ。かなり正確な精度で足を狙っている。どうやら殺す気ではなく、怪我を負わせて村へ引き返させようとしているようだった。
「帰れッ!」
女の声が森に響き渡った。その音は様々な場所で反響し、幾重にもなって聞こえていた。
それに反応した鳥達が一斉に、曇天の空へと舞い上がった。




