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君の夢に現るる幻へと  作者: 深津条太
迷いの森
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小さな村

「塩を十袋。確かに納品しました」

 形式的な口調でレイが目の前の老婆に報告する。その隣の少女は煩わしそうに顔を下げている。

 この村の長老だ。巫女のような役割も担っているのか、しわだらけの枯れ木のような肌の身体のあちこちに、生き物を象ったような奇妙なタトゥーが施されている。


「わかった。もう、さがってよい」


 どこか刺々しい口調で二人に下がるように命じた老婆は、二人の従士を従えて、のそのそと奥の部屋へと消えていった。

 それを見送った二人は大きな扉の前で一礼し、その屋敷から出た。それと同時にシビルが気怠さを振り払うように大きな伸びをした。

「なにさ、あの時代錯誤の高慢ババア! どこの王様なのよ!」

「それでも羽振りのいい顧客なんだから大きな声で文句を言わないでくれよ。まあ、妙に羽振りがよすぎて、少し疑問が残るんだけど」

 小さな村にしては、いい価格で買っていたのだ。だからといって、高い税を徴収している雰囲気でもなさそうだ。

「生活必需品だから、ってことじゃない? それっくらいの値段で買わないと、ここに来る商人は少なそうだし」

 シビルは話を変えたそうに不機嫌そうにしながらも、レイの話に付き合っている。

「やっぱり似合ってるな、それ。今度、同じドレスとケープを仕入れてみようか?」

 彼女の嫌厭を察したのか、話題を変えようと、レイが彼女の着ているドレスを褒めた。

「ダメ! これはあたしだけが持ってればいいの!」

 レイの腕に手を絡めた少女はそのドレスを誇らしげに指で摘み上げ、それを見せびらかすように一礼する。そのあとに小さく笑ってみせた少女が、はやくいこっ! と青年の手を取って走り出した。



 リリアナの家に入ると、お香の香りと共に別の香りも漂っていた。

 賑やかな部屋を覗くと子供達全員がテーブルを囲んでいた。件の香りの発生源もここかららしく、爽やかな芳香が部屋に広がっていた。

「ハーブティ淹れたから、ほら、座って座って」

 ティーポットを抱えたリリアナに促され、二人はその輪に加わる。

 その真ん中には焼きたてらしきクッキーも置かれていて、子供達が美味しそうにそれを頬張っている。どうやら、これが目当てらしい。

「おいしーっ! 久しぶりにこんな美味しい物食べたわ! どこかの携帯食のビスケットと水なんかとは天地の差だよ」

 クッキーをかじったシビルが、皮肉げにレイの横顔を睨む。

「言ってくれれば、どこかで露営くらいはしたのに」

「その分、あの森の中で長くさまよう羽目になるだけでしょ?」

 薄く色づいたハーブティーを飲んだシビルが笑うと、それに釣られてレイも笑った。

「これ全部、リリアナが一人で作ったのか?」

 綺麗な焼き色のクッキーをかじったレイがリリアナに尋ねると、そうよ、と自信満々に胸を張るリリアナ。


「家事とか、料理とかはお母さんから教えてもらったの。お母さんには本当に感謝してるわ」


 寂しげな目をしたリリアナが、その顔を隠すようにハーブティーをすすった。

「お母さん、亡くなったの?」

「あ、おい!」

 シビルのぶしつけな質問をレイが止めようとすると、リリアナが小さく首を振る。

「ううん、いいの。少し聞いてほしい気分だったから」

 すう、と大きく息を吸い込んだ彼女がゆっくりと話しはじめる。


 リリアナの話を纏めると、ちょうど一年ほど前、いつものように調香のための香草を探しに行った彼女の母親はそれっきり帰ってこなくなってしまったということらしく、それからは母親の仕事を継いで、調香師としてやっているということだった。

 

「失踪、ね……。森の噂に、あの壊れた馬車といい、ちょっと変じゃない?」

 あぁ、とシビルの問い掛けに眉をひそめるレイ。

「偶然にしては出来過ぎた状況よね」

 呑気にハーブティーをすするベルが、感想を口にする。

「でも、私達には関係ない話じゃないの?」

「レイがこうなっちゃったら、あたしでも止められないよ」

 素直でよろしい、とベルの頭を撫でながら告げるシビルが、何かを考えている様子のレイを見る。その様子にいい加減に飽きたのか、レイに跳びつくシビル。

「あとで一緒に考えてあげるから、今はお菓子食べようよ!!」

 駄々っ子に跳びつかれたレイは、わかったわかったとその大きな子供を引き剥がそうと、彼女の頬を押す。抱き着くシビルも負けじと、頬ずりをしようと顔を近づけていた。

 結局、根負けしたレイの太ももの上に腰掛けるシビルは、美味しそうにクッキーを頬張っている。しばらく携帯食ばかり食べていた彼らには目の前のお菓子はごちそうのように見え、すぐに皿の中のクッキーはなくなってしまった。



 翌日、とてもいい一夜を過ごした面々を叩き起こしたのは、街から聞こえてくる嫌な騒がしさだった。

「朝の賑やかさ、ってわけでもなさそうだ」

 騒がしさに起こされた彼らは、村の様子がよく見える二階の窓に集まっていた。

 そのとき、先に様子を見に行っていたらしいリリアナが走ってくる。そのまま息も切れ切れに、彼らに向かって口を開いた。

「鍛冶屋のおじさんが昨日、いなくなっちゃったって!」

 その口ぶりから、その男が自然死や蒸発なんかではないことが感じられた。しかも、かなり特異なもののようだ。――例えば、謎の失踪のような。

「長老様がそのことで今から集会をやるんだって!」

「あの胡散臭いババアが何のために? 祟りじゃーとか言い出すの?」

 慌ててシビルの口を塞いだレイがその集会に参加するために、部屋に彼女を連れたまま入っていった。



「合ってたじゃん」

 自慢げに鼻を鳴らしたシビルが、小さな声で青年に耳打ちする。

 眼前に設置された高台の上に立つ長老が高々と叫ぶ。

「十年に一度の災悪じゃ! 山神は若い命を欲しておるのだ!」

 つまりは呪いを鎮めるには、若い生贄が必要だと言っているのだ。

「こういう孤立した村には古い風習が残るとは聞いたことがあるけど、ここまで古くさいとはね」

 老婆の演説を聞いているレイが苦笑を浮かべる。それと同時に隣でつまらなさそうに地面を蹴る少女を見る。この少女はこの世界に悪魔がいることの証明になってしまう。

「まあ、魔物がいるんだから、当然か」

 つい三十年前に発表された情報だ。何処からか、突如にして現れた生物。最初は隠していた政府も隠しきれず、ついにはその存在を公表せざるを得なかったと知り合いの老商人に聞いたのだ。彼も悪魔の存在をほのめかしていたな、と退屈に任せて熟考していると、人混みの中から声が上がる。

「わたしがやります!」

 その声の主はリリアナだった。自分から生贄になることを立候補したのだ。彼女の周囲はざわつき、彼女を心配する声や、称賛する声が触発されるように増えていく。

「明日の朝、森に入ればいいんですよね?」

 リリアナの凛とした声が、大きな歓声を抜けて響く。その声に老婆がゆっくり頷く。

「物語とかだと、生贄って結局、定期的にすることになるよね」

 呆れるように本を読む仕草をしながらレイを見るシビル。その瞳の端々に血のように赤く染まっていた。

 そのつもりだ、とシビルの真っ白の髪を撫でたレイが手を上げる。

「長老様! 我々がそこまで護衛します。熊に襲われたら生贄になりませんからね」

 いいだろうと長老が快諾し、レイは背中にリリアナの驚く視線を感じた。

「また厄介事に足を突っ込んだね」

「とかいいながら、君も来てくれるんだろ?」

 にっと笑ったシビルは、人波を掻き分けてリリアナの家の方へ戻っていってしまった。

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